80 北陸行き、保留

 北陸支部のキーダー・如月きさらぎやよいが亡くなったという。

 それが事実だと聞かされても、京子はすぐに受け入れる事なんてできなかった。


「ちょっと待って……冗談でしょ?」


 さっきマサが久志ひさしに言っていた言葉を繰り返す。

 朝朱羽あげはから連絡を貰い、居なくなったやよいを久志ひさしが探していたのは知っている。

 悪い予感を覚えなかった訳ではないが、他に理由なんて幾らでも想像できた。


「冗談でも嘘でもねぇ。外に倒れてたやよいを久志が見つけたらしい。アイツがやよいを間違える訳ねぇだろ?」

「外に倒れてたって……病気とかじゃないの?」

「向こうも混乱しててな、詳しい話はできてねぇんだ。けど外傷が多いみてぇだから、殺られた可能性は高いだろうな」

「そんな……」

「とりあえず上と話してくるから、お前たちは待機してろ」


 苛立った重い空気をまとって、マサは部屋を後にする。入口で鉢合わせした修司しゅうじ美弦みつるを「おい」と呼び止めた。

 いつになく落ち着きのない様子に、二人は「はい」と戸惑う。


「修司、お前の北陸行きは一旦保留な」

「え? 何かあったんですか?」

「説明は後だ」


 それだけ言って、マサは足早に去っていった。

 もう修司の北陸行きどころの話ではない。状況の読めない指示に、美弦も困惑して綾斗に説明を求めた。


「どういうことですか……?」

「やよいさんが亡くなったらしい」

「やよいさんが?」


 思わず高くなった声に唇をぎゅっと結んで、美弦が「どうして」と戸惑う。


「俺たちも詳細は分からないんだ。とりあえず修司の出発は延期だろうから、指示出るまで待ってて」

「……はい」


 二人は不安顔を見合わせる。事実を受け止めきれず動揺を隠せない美弦に、修司が寄り添った。


 京子はずっと握り締めていたマグカップを机に放すと、スマホを出してメール画面を開く。やよいの事で何かあったら連絡すると朱羽あげはに言っていたからだ。

 けれど、文字を打ち込もうとした指がガタガタと震えて、スマホが手から床へと滑り落ちる。

 カンと高い音が鳴って、京子は「ごめん」と謝った。


「大丈夫ですか?」


 心配する綾斗に「うん」と首を傾げて、京子はスマホを拾い上げる。


「朱羽に何て言おうかなと思って」

「そのままで構わないと思いますよ」

「そうだよね」


 誤魔化しても仕方のない事だ。

 京子はマサに言われたままの短い言葉を打ち込んだ。


 メールはすぐに既読マークがついたが、彼女からの返事はなかった。

 代わりに、それから30分と経たぬ間に本人がアルガスに現れたのだ。


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