【番外編】20 ホワイトデー
──『ちょっと我慢してて』
東京駅で
攻撃ともとれる強い気配から庇ってくれた行動だというのに、そう言わせた事に胸が痛む。彼を拒絶したつもりはないが、嫌がっているように見えたのだろうか。
今彰人に昔と同じ感情を抱いているかと聞かれれば否だけれど、彼は京子にとって初恋の人だ。だから、あの時少し寂しそうに聞こえた声を申し訳なく思ってしまう。
「京子、何悩んでんだよ」
階下を見渡せる階段の
頭上からハスキーボイスの「どうぞ」が響いて、京子はそれを両手に受け留める。
「コージさん! 今日来てたんですか」
振り返ると、トレードマークの長髪を下ろした長身のコージがパイロット姿で立っていた。
「これ渡すために来たんだって言いたい所だけど、仕事。この間はありがとな。今日来れるか微妙だったけど、一応準備はしてたんだぜ」
「有難うございます。ここって最近話題になってるお店ですよね?」
今日はホワイトデー当日だ。
記憶にある店名が包みに小さく印字されている。情報番組で取り上げられているのを見たことがあった。
「俺、甘いの好きだから。前にここのケーキ食べた時、
「本当ですか?」
長官がデパ地下に居る姿など、
「朝からみんなにお返し貰っちゃって、何だか申し訳ないです。私、3粒しか渡してないのに」
手作りチョコ3粒に対して、京子の自室のテーブルはお菓子やプレゼントで一杯になっている。どれも義理のお返しとは思えないような立派なものだ。
一人だけ既製品のチョコを渡した
「
「
「見た目がちょっとなのはご愛敬だろ? 京子が料理できないのなんてみんな知ってるから」
そんなにハッキリ言わなくても良いと思うのに、コージは断言して高らかに笑う。
「みんな知ってるんですか……」
「京子のウリはそこじゃないだろって事だよ。味は満点なんだから胸張って良いし、義理なんだから、二粒だっていいんだぜ?」
「それじゃ少なすぎませんか?」
「いいんだ。それで? 本命にはやったの?」
にんまりと口角を上げるコージに、京子は黙って首を傾げ眉間にグッと
「もしかして、それで悩んでたのか?」
「そうではないと思います」
「
「今好きな相手が居るとしますよ? その人と昔好きだった相手って、何か違うんですかね?」
「はぁ? 何それ。高校生みたいな質問?」
「真剣なんです! 私の経験が少ないからって事にしておいて下さい」
「そうは見えないけどな」
どんどん声のトーンが上がるコージに、京子は「もうちょっと小さな声で」と声を潜めた。
「少ないんですよ! それで昔好きだった相手でも、身体は無意識に拒否しちゃうのかなと思って」
「なんだエロい話か」
「コージさん!」
違うとも言い切れず動揺する京子に、コージは「ゴメンゴメン」と笑う。事情通の彼は『昔』が誰を指すのかおおよそ想像できるだろう。
京子は周りに人気が無いのを確認し、更に声のボリュームを落とした。
「ここだけの話ですよ?」
「複雑に考えるなよ。男より女の方がその辺はハッキリしてるんじゃないの?」
「……そうなのかな」
「まぁ人によるんだろうけど。過去なんて関係ねぇよ。今好きな相手か、それ以外かって事だと思うぜ」
「今……」
「お前は意地っ張りっていうか、鈍感というか……何なら俺で試してみる?」
バッと両手を広げるコージに、京子は「ごめんなさい」と
「真っ赤な顔して、まだまだお子様だな」
コージは笑って、階下からの足音を振り向く。
「ほら、次の相手が来たぞ。お前と話したいってさ」
外から戻って来た綾斗に少しだけ挑発するような視線を投げる。「がんばれよ」と京子の髪を頭のてっぺんからグシャグシャと撫でて、コージは階段を上って行った。
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