69 誰が敵で味方なのか──?

 白い息を吐きながら彰人あきひとが戻って来た。

 淹れたてのコーヒーを片手に、朝食のテーブルを三人で囲む。少し冷めてしまったベーコンエッグにサラダ、そして焼きたてのトーストにコーンスープまで、全部平野ひらのが用意してくれた。


「どれも美味しい。平野さん、ありがとうございます!」

「こんなんで喜ばれるとはな。普段家で何食ってんだ?」

「まぁ、適当に……」


 ここ最近は早めに本部へ行き、基礎訓練をした後に食堂でご飯を食べるのが、京子の朝のルーティンになっていた。本部の宿舎で寝泊まりする学生組の三人とは時間がズレるせいで、のんびりとした朝の一人時間を過ごしている。

 仕事がオフの日は朝食をとらない京子にとって、目覚めた部屋で食事するのは新鮮だった。


「僕もあんまり食べないかな。良くないのは分かってるんだけど、ついね」

「お前等、若いんだからしっかり食えよ? 空腹のまま事件に巻き込まれても知らねぇからな?」

「はぁい」


 呆れ顔でたしなめる平野を前に、京子は彰人と顔を見合わせて笑う。


「ところで彰人くん、支部に行ってたんでしょ? 早かったね」

「そうでもないよ。行きはタクシー使ったけど、帰りはのんびり歩いてきたから」

「結構距離あったと思うけど、昨日ちゃんと寝れた?」

「寝れたよ。本部から一時間くらいかかったけど、歩くのは好きだから」


 「そっかぁ」と京子は自家製ジャムをたっぷり塗ったトーストをかじった。

 京子が夕べ羊を数えた無駄な時間を考えると、彼との睡眠時間は同じくらいなのかもしれない。


監察かんさつは相変わらず忙しいのか?」

「そうですね。やっぱりホルス関連の調査が増えてますから──まぁ、成果は三割あるかないかってトコですけど」

「仕方ねぇよ」


 早々とコーヒーを飲み干した平野が、コーヒーメーカーからポットを外してくる。京子と彰人のカップに中身を足して、残りを自分の所に注いだ。


「ホルスかぁ。まだまだ実態が見えないよね」


 アルガスとホルスは対極の組織だ。ホルスは能力者が銀環ぎんかんを付けて国の言いなりになる事を拒絶して、キーダーを救いたいという理念で活動をしている。


「本当の敵が誰かなんて分からねぇからな。菓子くれるからって誘われても、付いて行くんじゃねぇぞ?」

「菓子って。私、子供じゃありませんから!」

「例え相手が仲間でも気を許すなってことだ」

「平野さん、それって──」

「頭に入れといた方が良いだろ? 味方だと思ってた奴が敵だったなんて話、ザラにあるぜ? 彰人だってそういう仕事してるもんなぁ?」

「まぁ、そういうことですね」


 彰人は監察員の中でも潜入捜査にけている。バスクのふりをして安藤りつに近付いたのは、去年の春の事だ。

 気まずそうに眉をしかめる彰人は、あまりその話題に触れて欲しくないようだ。けれど平野はお構いなしに話を続ける。


「アルガスにも、銀環を良く思ってない奴が居るって事だよ」

「キーダーの中にホルスと通じてる人がいるの?」


 思わぬ話に京子は半分かじったトーストを皿に戻して、テーブルの上に身を乗り出した。

 彰人は「調査中だけどね」と苦笑いする。


「まだハッキリしていない事だらけで、アルガス内でも公表は限られてるから」

「ホルスの信念なんてのは置いといて、銀環するのが嫌な奴は居るだろうな。俺だって好きで付けてるわけじゃねぇし」


 平野は彰人の手首を見て溜息をついた。彰人の銀環は久志ひさしが作った特別仕様で、着脱が可能になっている。スパイをする彼の仕事と実績を考慮してのものだ。


「そんな……」


 全国でキーダーは20人も居ない。

 のんびりとした朝食タイムが急に深刻なムードになって、京子は彰人をそっと振り返った。


「京子ちゃんだって強いんだから大丈夫だよ」


 彼は楽観的に話すが、京子の心臓は不安に脈を打つばかりだった。



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