67 冗談に聞こえなかった

 消灯の直前にスマホを確認したが、綾斗あやとからのメッセージは入っていなかった。

 返事を求めるようなメールを送ったわけではないが、何かあればと期待してしまったのは何故だろうか。


「綾斗くんとはどう?」


 緊張しっ放しのピロートークで、彰人あきひとが唐突に綾斗の話題に触れる。

 告白された事は話していないはずだ。


 京子は彰人の方へと寝返りを打って、少し熱くなった布団を胸の辺りまでいだ。和室は隙間から漏れる外からの明かりでぼんやりと明るかったが、平野ひらのの背が壁になって彼の表情は見えない。


桃也とうやと別れてまだそんなに経ってないのに、みんなに綾斗の事を聞かれる。そういう風に見えるのかな?」


 一歩踏み込んだ話に戸惑いながらも、京子は胸の内を伝えた。


「自分でも、わかんなくて」

「少なくとも僕と居る時と彼と居る時とでは、大分違うように見えるけど?」

「そうかな? 彰人くんと話す時だって、私は一人で緊張してるよ?」

「昔、好きだったから?」

「……うん」

 

 ストレートに聞いてくる彼は、どんな顔をしているのだろうか。

 彰人とこんな話をする未来が来るとは、思ってもいなかった。


「彰人くんから見て、綾斗はどんな人?」

「どんな……か。桃也は年下だけど同期だってのがあるから横の関係だけど、彼は同じ年下でも先輩だからね。みんなに頼られて凄いなって思うよ」

「だよね、いつの間にか綾斗はそうなってた。いつも側に居てくれるから、私も頼りすぎてると思う」

「いいんじゃない? 彼もそれで本望みたいだし」


 それは、仕事の関係以上の気持ちが含まれているからだろうか。

 彼を思うと不安になる時がある。このまま綾斗の告白を断ってしまったら、今の関係は崩れてしまうのか。

 

「私、綾斗の事は後輩だと思って接してきたつもりなの。けど、その関係が円満だって思ってたのは自分だけだったのかな」

「彼に何か言われたの?」

「…………」


 暗闇で小さくうなずいた答えが、彼に伝わったかどうかは分からない。


「ごめんなさいって、はっきり断れなかった。この間みんなにチョコ渡した時も、綾斗が他の女の子からたくさんチョコ貰ってるの見て嫉妬したの」

「へぇ。それって……」

「どうなのかな。けど、昔桃也に告白されて、まだ好きだって自覚してない時期に『友達から』ってOKした事、今もちょっと後悔してるんだ。だから、ちゃんと好きだって思えないと返事なんてできないよ」


 結果オーライと言えば聞こえはいいが、はっきりと彼を好きだと思えたのは、京子の煮え切らない態度に彼が別れを口にした時だった。

 今のまま綾斗と一緒になれば、今度は彼を悩ませてしまうかもしれない。


「苦しいって思うほど悩むくらいなら、僕にしとけば?」

「それは……」


 冗談だろうか。

 けれど京子に悩む隙も与えず、彰人は「ごめん」と謝る。


「そんな事言えた義理じゃないからね。僕じゃ役不足かな。応援するって言ったでしょ?」

「彰人くん……」

「明日は僕も東京に移動しなきゃだから、一緒に帰ろう? 僕はロッカーに預けてあるけど、京子ちゃんは実家に荷物取りに行かなきゃでしょ? 一旦郡山に戻ろうよ」

「そうか。じゃあ、帰りの新幹線代は払わせてね」

「自分の分だけね。お昼、近所にあったラーメンやさん覚えてる? 春ノ屋だっけ、あそこ行ってみない?」


 通っていた中学の側にある、小さなラーメン屋さんだ。店で食べたこともあるが、田母神たもがみ家ではどちらかというと良く出前をとっていた。


「わぁ懐かしい。勿論行くよ。ありがとね、彰人くん」

「どういたしまして」


 ふわぁ、と彰人が大きくあくびを零す。


「少し眠くなってきたかな。京子ちゃんは寝れそう?」

「うん、寝れそう」

「じゃあ良かった。おやすみ、京子ちゃん」

「おやすみなさい」


 京子は平野のいびきと彰人の呼吸音を背にして、再び目を閉じる。

 しかし、もちろんまだ眠くない。ただひたすら羊の数を数えて、三千匹を過ぎた所でようやく眠りについた。



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