53 ささやかなチョコ

 加湿器のタンクを手に、颯太そうたはいつもの調子で「待ってたよ」と京子を迎える。

 彼の机に山積みのチョコレートを見つけて、京子は思わず「すごい」と歓声を上げた。


 アルガスにはこんなに女子が居ただろうかと思わせる数だ。

 競い合うような豪華なラッピングはどれも義理には見えないが、一番上に乗った緑色の小さな袋に何だかホッとしてしまう。京子と同じ3粒のトリュフが入った、美弦みつるのチョコだ。


「俺、一応独身だから」


 ラッピングの一つ一つにその本気度が透けて見える。京子は大分少なくなったバスケットから、チョコの入ったピンク色の袋を颯太に渡した。


「私のチョコも混ぜてくれますか?」

「勿論。美弦ちゃんと作ったんだって? 手作りなんて凄いじゃん、ありがとうな」


 アルガスに来て間もない彼には、京子のガサツなイメージがまだ付いていないらしい。

 タンクを機械に入れるとゴボゴボッと水が充填じゅうてんされる音がして、床置きの加湿器が程なくしてシューと白い蒸気を立ち昇らせた。


「いえ。それと、この間はお世話になりました」

「俺、何か世話したっけ?」

「相談の事……」

「あぁ、大したことじゃねぇよ」


 前に桃也との事を彼に話した。改めて報告をする事ができず今になってしまったが、彼と別れた事はもうアルガス中に広がっている。


「正直言うと、こうなるんじゃないかと思ってた。けど京子ちゃんが出した答えなら、それが正解だ」

「ありがとうございます。また何かあったら相談させて下さい」

「俺で良かったらいつでもどうぞ。今は気になる奴いないの?」

「いない……と思います」

「ちょっと考え中?」

「どうなんだろう……」


 首をひねる京子に、颯太は「そうか」と唇の端を上げた。


「京子ちゃんの周りは男が多いからな。手作りチョコなんて渡したら、逆に勘違いする奴出て来るんじゃねぇの?」

「みんなに同じの配ってるんですよ? そんなことないですって」

「そぉかぁ? 京子ちゃんの事気にしてる奴なら、大喜びだと思うぜ。京子ちゃんにその気がなくても、他と違う事されたって思ったら心臓射貫いぬいちまうかもな」


 颯太は胸を撃たれたジェスチャーをして、京子のチョコを山に乗せた。

 美弦のと並んだ二つのチョコは、豪華な他のチョコと比べると大分小さく、富士山の頂上を染める雪のようだ。


「デパートの高級チョコはうまいけどさ、そうじゃないだろ? 京子ちゃんにとってはたくさん作った中の一つでも、ここに並ぶとこの二つは特別に見えねぇ?」

「そう……ですか?」

「あぁ。ありがとな」

 

 そう言って颯太は喜んでくれるが、京子にはささやかなチョコにしか見えなかった。



  

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