45 終わりを告げる灯り

 朱羽あげはの事務所で書類を受け取り、京子たちは少し遠回りをしてアルガスへ向かった。


「ちょっと休憩」


 海沿いの低い防波堤に腰かけて、湾になった海を肩越しに眺める。

 夕暮れの赤い空が凪いだ水面を淡く色付け、背後を過ぎる車が次々とライトを付け始めた。


 対岸の埋め立て地には巨大なショッピングモールが建っていて、徐々にネオンを色濃くしていく。上京したばかりの頃はそのスケールに驚いて、京子は休みの度にそこへ足を運んでいた。

 飲食店も豊富で、朱羽や桃也とうや綾斗あやとともそれぞれに思い出のある場所だ。


「この風景も、そろそろ見納めかな。あの明かりが消えちゃうのは淋しいよね」


 ぐるりと伸びる湾を見渡すことができるこの場所を、京子は良くジョギングコースに選んでいる。工場地帯から見える都会的な夜の風景がお気に入りだ。


 しかしそんな慣れ親しんだ風景が、湾岸エリアの再開発とやらで消えてしまうのを知ったのは半年ほど前だった。エリア一帯の閉鎖へ向けて、ショッピングモールでは今初売りと閉店セールが同時に行われるという。


「あと少しになっちゃいましたね。あそこの観覧車まだ乗ったことなかったんで、この間修司と行ってきたんですよ」

「へぇ。大行列だってテレビで言ってたよ。結構遠くまで見える?」

「はい! 海と都会の風景が半分ずつ見えて、凄く綺麗でした」


 ショッピングモールのシンボルともいえる観覧車は、子供たちやカップルに大人気のスポットだ。

 普段修司とデートした話などあまりしてはくれないが、余程楽しかったのか美弦は声を弾ませた。


「けど修司って高い所苦手じゃなかったっけ?」


 ふとそんな事を思い出して、京子は「あれ?」と首を傾げる。

 修司とヘリに搭乗したことはないが、高度と修司の青ざめ具合は比例すると聞いたことがある。飛び降りる瞬間に奇声を上げるというのは専らの噂だ。

 そんな修司に、美弦も不満を滲ませて唇を尖らせた。


「聞いて下さいよ。アイツ、降下訓練の時はあんなにヘタレなのに、それ以外なら高い所は平気だって言うんですよ? 何が違うのかサッパリ分からなくて」

「あぁ──それはちょっと分かるかな。私も降下するのは嫌いじゃないけど、高度でヘリの扉開けた時って、ちょっと気が引き締まる感じがするから。それを苦手な人は『怖い』って思っちゃうのかも」

「そうなのかしら……」

「荒療治をするわけじゃないけど、少しずつ慣れて貰わないとね」


 しなければならない事ではないが、効率を考えるとできて損はないだろう。

 京子は海風に髪をなびかせて、光り出した観覧車に目を細めた。


「あそこ結構行ってるけど、そういえば私も観覧車は乗ったことないなぁ」

「京子さんも、綾斗さんと行ってきたらいいんじゃないですか? 私は昼に行ったんですけど、夜もロマンチックで素敵だと思います」


 是非、と美弦が推してくる。吊り橋効果でも狙っているのだろうか。

 美弦の視線が獲物を狙うような光を煌めかせた。


「いや、男の人と二人で観覧車に乗りに行くって、なかなか難しいシチュエーションじゃない?」

「そんな事ないですよ。月末で終わっちゃいますよ?」

「機会があったら……だけど、多分無理じゃないかなぁ。次はレジャー施設になるって言うから、その時……かな?」

「えぇ? けど、プールとかあったらみんなで行きたいですね!」


 観覧車から話題を逸らして、京子は「そろそろ行こっか」と防波堤を降りる。

 月末のショッピングモール閉鎖まで、京子が綾斗とその観覧車に乗ることはなかった。


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