11 言いたくて仕方がない
扉の向こうに京子の足音が遠退いて、修司は広げた掌でホッと胸を押さえる。
「なぁ、京子さんいつも通りだったか?」
「どういう意味よ」
「落ちてるとか、テンション高いとか」
昨日駅で目撃してしまった光景が、頭に焼き付いて離れなかった。
触れるように重なった二人は、本当にキスをしていたのだろうか。
「何でアンタがそんな心配するのよ。アンタまさか京子さんに変なことしたんじゃないでしょうね?」
「俺は何もしてねぇよ」
「俺は、って何よ。確かに言われてみれば、さっきちょっと元気なさそうにも見えたけど……」
「そうなのか?」
「けど昨日は夕方まで
胸ぐらを掴みかけた美弦の手を空中でキャッチして、修司は彼女の耳元へ口を寄せた。
「いや俺さ、昨日東京駅で京子さんを見掛けたんだよ」
「はぁ? 何で学校帰りにそんなトコ行ってんのよ」
「いいから話させろって。譲に連れてかれたんだよ」
「またアイドル活動?」
「俺は付き添いだからな?」
呆れる彼女に『付き添い』をアピールするが、譲に便乗して撮ったえりぴょんの写真がスマホに入っているのは事実だ。
横浜で戦ったあの日以来、美弦はジャスティの話をすると不機嫌になった。消しておくかと諦めながら、修司は話を続ける。
「京子さんが、知らない男と一緒に居たんだ」
「桃也さんの事送って行ったんでしょ? 桃也さんだったんじゃない?」
「俺が桃也さんを見間違えるかよ。だいたい、背が低かったぜ? 京子さんと殆ど変わらなかったから」
「じゃあ、道でも聞かれたのかしら」
「そんな距離感には見えなかったんだよなぁ」
「何が言いたいのよ」
じっと睨む美弦と向かい合って、修司は「うーん」と唸る。
目に見えたものが全てではないと思うけれど、キスしてたように見えたのは誤解なのだろうか。何が言いたいのか自分でもよく分からないけれど、自分一人の胸に留めておくには衝撃が強すぎて吐き出してしまいたかった。
黙り込んだ空気に空調の音がブンと響いて、美弦が呆れ顔で修司を見上げる。
「で、相手はどんな人だったの?」
「気になるか?」
「事実を知りたいだけでしょ? 勝手に妬かないで!」
頬を真っ赤にして、美弦はキッと修司を睨んだ。
「妬いてねぇよ。それがさ、茶髪でチャラそうな奴だったんだよな。京子さんより年上っぽくて、青シャツにスーツ着てさ」
「それってホストの営業じゃないの?」
「あぁ──見た目だけだとそれが近いのかも。けど、京子さんに限ってそんなの相手にしないよな?」
ないないと手を振って、修司は昨日の二人を頭の中に蘇らせた。
別れのキスのような素振りを見せた後、男は立ち去る──切り取られたような短いシーンにタイトルを付けると、どうしても『恋人同士の別れ』に行き着いてしまう。
「やっぱり営業かナンパよ。それだけってこと。詮索は良くないわ」
「ナンパ……かな、やっぱ」
「もうやめましょう」と美弦が修司の好奇心を強めにぶった切ったところで、「おはよう」と綾斗が部屋に入ってきた。
二人は「おはようございます」と声を合わせる。
「何かずいぶん盛り上がってたみたいだけど、何かあった?」
修司たちの興奮が、知らないうちに声のボリュームを上げていたらしい。
「いえ」と美弦は誤魔化した。
綾斗は京子の机に缶コーヒーが乗っている事に気付いて「あれ?」と首を傾げる。
「京子さん来てるんだ」
「はい。長官に呼ばれて上に行ってます」
「へぇ、珍しいな。この間休暇の確認してたから、今日はてっきり用事があるんだと思ってた。どこかの帰りかな」
「コーヒーで分かるんですか?」
キスの衝撃が強くて忘れていたが、京子は例のホスト男から買ったばかりの飲み物を渡されていた。そこにあるのは、それなのだろうか。
「京子さんが仕事中に缶コーヒーって、あんまりないなと思って。それにこれ
「綾斗さん、すごい観察力ですね」
絶賛する美弦に、修司は相槌を打つ。
「で、どうかした?」
ふと尋ねられて、思考がうまく回らなかった。
つい口が滑ってしまったのは、昨日考え過ぎて眠れなかったせいだ。
「いえ、昨日京子さんが知らない男と一緒に居る所を駅で見掛けて」
「京子さんが?」
「ちょっと! 修司の馬鹿!」
すかさず飛んできた美弦の
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