81 助手だから

 それが悪い事だという自覚はあるらしい。

 朱羽あげははにっこりと笑んで、龍之介のさすまたを指差した。


修司しゅうじくん、それってまだ発動させていないわよね?」

「はい。俺の力は込めてありますけど、どうするんですか?」


 朱羽の笑顔がどことなく悪さを含んでいるような気がして、龍之介は修司と目くばせを交わす。


「さっき修司くんが龍之介を戦わせようとしたでしょ? 私、そのさすまたにそんな使い方があるなんて知らなかったのよ」

「そうなんですか? 久志ひさしさんが説明してるって綾斗あやとさんが言ってましたよ」

「あぁ──聞いてなかったかも」


 あっけらかんとした顔でぺろりと舌を出す朱羽に、修司が眉をしかめる。

 確かに龍之介が初めて彼女の事務所へ行った時、さすまたは本棚の前で埃をかぶっていた。


「けど、いい考えが浮かんだのよ。うまく行くと思うの。ちゃっちゃと済ませて銀次ぎんじくんの手当てをしなきゃ」


 突撃の寸前に銀次が倒れ、さすまたは力を燻ぶった状態になっている。放置すればそのまま抜けてしまうらしいが、朱羽は「じっとしてなさい」とガイアから手を放し、きょとんとする龍之介のさすまたを横から掴んだ。


 特に説明もないまま、「手伝って貰うわよ」と炎へ向かって歩く。

 彼女の顔がすぐ横にあるが、龍之介にドキドキしている暇はなかった。

 燃え盛る炎の近くで朱羽は足を止め、流れる額の汗を拭う。


 彼女が何をするのか、誰も想像ができなかった。

 朱羽が「離れててね」と修司へ指示するのと同時に、彼女の手からさすまたへと強い光がキンと走る。修司の込めた力に重ねて、さすまたは朱羽の力をも飲み込んだ。

 二人分の力を溜めて、さすまたは戦闘中に見たものよりも強い光を発し、龍之介は眩しさに目を細める。


「炎と戦う気ですか?」

「それは無理よ。私は魔法使いじゃないから、嵐を起こす力はないもの」


 曖昧な説明に、疑問符が増えるばかりだ。

 けれど、これがどんな作戦かなんてどうでもいい気がしてくる。


「俺は朱羽さんの助手ですから。朱羽さんが望むなら、何だってしますよ」

「言うわね、龍之介。ありがと。私にタイミング合わせてくれればいいわ。反動が強いと思うけど、目は閉じていてもいいから離さないでね」

「反動?」


 意味が分からないまま龍之介が彼女の視線を追って顔を落とすと、そこには防波堤へと続く硬いコンクリートの地面があった。


「何するんですか?」

「そこに蛇口があるじゃない? それを狙えば水が出ると思って」

「蛇口……? まさか水道管破裂させるつもりじゃ」

「当たり!」


 彼女が示す建物は、まだ被害が少ない。

 壁に貼り付いた給水コックを確認して、龍之介は「本気ですか?」と息を呑む。


「本気よ」


 朱羽は満面の笑みを広げて、引き上げたさすまたをくるりと上下反転させた。先端の二股が地面に向く。


「どうなるか分からないけど、チャレンジは大事でしょ? だからちゃんと掴んでて」

「ちょっ、朱羽さん!!」


 朱羽が力を込め、勢いのまま腕を振り下ろした。

 ズンと重い衝撃が全身に響いて、龍之介は驚愕に塞いだ目をこじ開ける。

 折れてしまうと思ったさすまたの先端は地面を捕らえ、コンクリートに突き刺さっていた。


 一呼吸の沈黙を挟んだ後に衝撃が襲う。わんわんと強い力がさすまたを押し上げてきて、龍之介は慌てて柄にしがみついた。

 そのタイミングで、修司も理解したらしい。


「ちょっ、これってまさか……」

「しっかり押さえて。修司くんも援護お願い!」

「はいっ!」


 修司の声と同時に龍之介の手元が少しだけ軽くなったのは、彼の念動力のお陰だ。その後ろでは、目も口も広げて驚愕するガイアがいる。


「本当にやっちゃった……」

「龍之介、怯えてる暇なんてないわよ。気を抜いちゃ駄目!」


 狼狽する龍之介をよそに、朱羽が更に力を込める。

 龍之介にはその気配を感じ取ることはできなかったが、修司とガイアがその凄まじさに顔を歪めて「うわあっ」と悲鳴を上げた。


 勢いが地鳴りを響かせながら管をさかのぼる。そのルートに沿って足元のコンクリートがバリバリと亀裂を刻んだ。

 何ヶ所からも水が吹き上げる様は魔法のようで、龍之介はそれまでの動揺を「うわぁ」と歓声へ変える。

 高く立ち上る冷たい水は、炎を押し上げるように広がっていった。


 けれどそんな水芸のような技に感動したのも束の間、その数秒後には消防車のサイレンが幾重にも鳴り響いたのだ。

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