69 助っ人

 門の前を固める護兵ごへいたちに挨拶して、雨上がりの濡れた夜を二人で走り出す。

 厚い雲から覗く欠けた月明かりに照らされた朱羽あげはの横顔に、凄くいけないことをしているような気がした。


「どうして俺の事連れてきてくれたんですか?」

「綾斗くんが貴方を慰霊塔に連れてきたのと同じ理由よ。それに、銀次くんが関わっているんだもの、来るなって言われても絶対追いかけて来たんじゃない? だったら始めから側に居て貰った方が良いと思ったの」


 朱羽はにっこりと微笑む。

 昼間綾斗に『置いてくるリスクの方が高い』と言われた。正直な話、アルガスでじっとしている気にはなれないし、そんな感情は彼女にも見抜かれているようだ。


「けど一つ確認させて。リーダーは国の犬よ。相手が誰でも敵だと見なしたら躊躇ためらうことはできない。龍之介が見たくないと思うなら、戻ってもいいのよ?」

「アイツのしていることが正しいかそうじゃないかって事くらい、ちゃんと判断できるつもりです。だから側に居させて下さい」

「無理しなくていいのに」

「無理なんかじゃなくて。俺、朱羽さんの助手でボディーガードなんで!」


 朱羽は「そうだったわね」と頷く。「忘れないで下さいよ」と拗ねた龍之介の声は、速くなった足音にかき消されてしまった。


 銀次が彼女に伝えた『埠頭』がどこなのか龍之介には分からなかったが、アルガスから海へ向けて数百メートル走ると、視界の奥に海が広がった。


 この町に電柱がないのは戦いに邪魔だからなのだと朱羽が説明する。

 駅の周りは背の高いビルや建物が多いのに、海側は箱型の簡易な倉庫ばかりだ。地下シェルターも完備しているというこの町ならではの備えは、もしもの事態を想定している。

 修司が言ったように、バスクがあの壁と門を突破するにはそれなりの腕と自信が必要だろう。現にガイアはその選択をしなかった。


 「あそこよ」と朱羽が指差したのは、暗い倉庫街が途切れた位置だ。刑事ドラマで密売人が交渉でもしていそうなシチュエーションが真っ先に浮かんでくる。

 朱羽は少し遠い位置で足を止め、オレンジ色の街灯が灯る暗闇に目を凝らした。


「いるわよ」

「ガイアの気配……ですよね?」

「恐らくね」


 ノーマルの龍之介には、海からの穏やかな潮風しか感じ取ることができない。

 ふと顔を上げた朱羽が「誰?」と背後を振り向くと、足音が遅れてやって来た。


 龍之介はさすまたを暗闇へ伸ばして警戒する。

 現れたのは青色の制服を着た彼だ。


「修司くん! 応援に来てくれたの?」


 辺りに他の仲間の姿はない。修司は二人の前で足を止め息を整えた。


「怪我人二人置いてアルガスを離れられないからって、綾斗さんの指示です」

「修司くんが来るなら、美弦みつるちゃんもついて来るって言ったんじゃない?」


 確かに『戦闘だ』なんて言ったら彼女が真っ先に飛び出してきそうだと龍之介は思った。案の定、修司が「大変でした」と苦笑する。


「窓から飛び降りる勢いでした。けど俺の言う事は無視する癖に、アイツ綾斗さんの言う事はちゃんと聞くから、それでどうにか」


 ジェラシーを滲ませつつも、修司はホッとした顔を見せる。


「そりゃあ、直属のトレーナーの言う事は聞くわよ」


 そんなことを言う朱羽は、さっきマサに「駄目です」と啖呵たんかを切っていた。


「こっちには朱羽さんがいるから安心してって、綾斗さんに言われました」

「かいかぶりすぎよ。けど、修司くんが居てくれて助かるわ。それに龍之介も。私一人でって言いたいところだけど、二人に頼らせてもらうわよ?」


 「は、はいっ」と男子二人で声がぴったりと合って、驚いた顔を見合わせる。


「けど、ここは私が決着をつける場所だと思ってる。だから二人はここまでよ。修司くんは、もし私に何かあったらよろしくね」

「わ、分かりました」


 プレッシャーに飲み込まれそうになる修司に、朱羽は「リラックス」と微笑む。


「まだ慣れないかもしれないけど、修司くんのデータは読ませてもらってる。貴方なら戦えるはずよ。美弦ちゃんの為に、無事でいてね」

「頑張ります」

「うん。龍之介もお願いね」

「わかりました。朱羽さんも気を付けて下さい!」

「ありがとう。さっき飲んだコーヒーのお陰で、頭もスッキリしてるわ。けど……」


 朱羽がふと、アルガスの方向を振り返る。


「けど?」

「ううん、何でもない。私たちは目の前の仕事をすべきよね」


 けれどその続きを言わないまま朱羽は唇を結んで、暗闇に消えていった。


「朱羽さん……」


 彼女の無事を祈るのは、今自分が居るこの場所を安全だと思うからだ。けれど、そう思っているのは龍之介だけだったらしい。


「修司さん?」


 ふと目に入った修司が顔を強張らせているのに気付いて、龍之介は不安を過らせた。



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