51 薬

 木々が騒めく。

 地面から突き上げられるような衝撃は、朱羽あげはとガイアの戦闘によるものだろうか。少なくともまだ決着が着いていない事に安堵あんどする。

 龍之介は暗闇の中先を急ぐが、朱羽のマイクをギリギリ拾えない位置で、まさかの人物が行く手を立ち塞いだ。


「シェイラ……」


 電灯の下で影になった首元から、龍の顔が覗いている。

 生気の薄い瞳で凝視する彼女に昼間の恐怖が蘇り、龍之介は足をすくませた。


「奥で戦ってたんじゃないのか? さっきの爆音と炎はアンタだろ?」


 公園裏に立ち上った炎は、当然彼女の仕業だと思っていた。修司を心配した綾斗あやとがそっちへ向かったのに、彼女は何故かノーマルの龍之介の所に現れる。


「キーダーを探してたんだろ? 俺なんかと鉢合わせして残念だったな」


 恐怖を隠すように強がって見せると、シェイラはあからさまに不機嫌な顔を見せる。細めた瞳にぐっと力が籠った。


「いいえ、貴方を探していたのよ」


 強弱のない声で否定して、シェイラは妖艶な笑みを滲ませる。

 昼間会った時とは、あからさまに様子が違った。


「俺? 何で」


 彼女が何を考えているのか分からない。


 すぐそこで朱羽が戦っている。

 京子はまだ倒れたままなのだろうか。一刻も早く広場へ戻って二人の無事を確かめたいと思うのに、シェイラの横をすり抜けて行く度胸も力も持ち合わせていなかった。

 足の震えを悟られまいと、毅然きぜんと立ち向かうフリをするのが精一杯だ。


「あの女の心配なんてすることないわ。幾らアイツがバスクでも、キーダーに囲まれちゃ粋がっていられるのも時間の問題よ」

「アイツって……ガイアのこと言ってんのか?」


 まるで他人事のような口調で話すシェイラに、龍之介は思わず耳を疑ってしまう。


「ガイアはアンタの仲間だろ? アンタの為に戦ってるんだって言ったじゃないか。信じてやろうとは思わないのか?」

「信じる? ウィルを取り戻そうとしてくれる気持ちは有難いけど、願望だけじゃ結果は出ないの。現実はちゃんと見極めなきゃ」


 つまりシェイラは、この戦いでガイアが負けるとんでいるらしい。


「だからさっき言ったでしょ? 貴方に力をあげるって。私に手を貸さない?」

「ガイアに加勢しろってことか?」

「そんな一時的なことじゃないわ。貴方の好きな『仲間』ってのになれって言ってんの」

「馬鹿言うなよ。俺に朱羽さんを裏切れってことなんだろ?」

「そうよ。アルガスと通じたまま、陰で私に協力してくれればいいわ」


 再び銃を抜いたシェイラに、龍之介は全身を委縮させた。彼女はさっき同じことをして躊躇ためらいなく引き金を引いたのだ。


「引かないわよ。今は貴方を脅しているだけ」

「信用なんてできるかよ」

「撃って欲しいなら撃つけど?」

「……やめろ」


 信用などできなかった。龍之介はぶるぶる手を震わせて、さすまたを彼女へと構える。こんなもので対抗できるとは到底思えない。さすまたのリーチは銃に通用しないのだ。


「それで本当に戦えると思っているの? ガイアもそうよ、自分の戦いが無駄だって気付かないのかしら。だってウィルはキーダーに負けたのよ? 真っ向勝負でガイアがキーダーを倒せるとは思えないわ」


 少なくともガイアはシェイラの為に戦っているように見えた。裏で捨て駒のように言われている彼が、少し哀れだと思えてしまう。


「そんなこと言ってアンタはガイアを戦わせているじゃないか。俺はお前の仲間になんてならないからな?」


 龍之介は言い切った。

 シェイラは「ふぅん」と呟いて、銃を腰へ戻す。

 緊張で蒸れた汗がヘルメットの間から額を伝って流れ落ちた。


「キーダーやバスクと同じ力を得られるとしても? 貴方は断るの?」

「同じ力って、何だよそれ」

「詳しくは言わないわ。薬を飲んで欲しいって言ってるの」


 どう考えても胡散臭うさんくささしか感じない。


「薬って。そんなの飲んで死んだらどうすんだよ」

「大袈裟ね。死なないはずよ」

「だったら、まずアンタが試せばいいだろ?」


 興奮して声を張り上げると、シェイラは「残念だわ」と疲れたように溜息を吐き出した。


「後悔するわよ。キーダーの力が欲しい奴なんて、ごまんと居るんだから」


 銀次は力があればと言っていた。にわかの龍之介でさえそう思う。

 キーダーとして朱羽の側に居られたらどんなにいいだろうと思うけれど、彼女の話はリスクが高すぎて、『やったぁ』と手放しに喜べるものではない。


「俺は後悔なんてしないからな。絶対に朱羽さんを敵になんか回さない!」


 さすまたを構えたまま龍之介はシェイラの横をぐるりと広場側まで回転し、勢いをつけて飛び退すさった。

 銃弾が飛んでくるかもしれないと思ったけれど、撃たないと言った彼女の言葉に賭けてその場を立ち去ったのだ。




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