42 もしも──

 『大晦日の白雪しらゆき』の慰霊塔は良く目にしていたが、龍之介が実際にここへ来るのは初めてだった。

 徐々に大きくなるその姿に圧倒されて、「でかい」と思わず零してしまう。

 そういえば少し前から車の流れはスムーズになっていた。


「うん、間違いなかったみたいだ」


 綾斗あやとが窓を全開にして、呆れたように溜息を零す。


「ガイアがバスクなら、これはアルガスの仕事っていう事になるんですか?」

「そうだよ。まぁシェイラが絡んでるから、警察から押し付けられたって言っても過言ではないんだけどね」


 龍之介は、助手席に座る修司が膝に乗せた手を震わせていることに気付く。

 慰霊塔のある公園と駅は横断歩道で繋がっていた。赤信号で留まる大勢の人が、表情に畏怖を連ねて青になった途端改札へ駆け出す。


「始まってるのか?」


 木々の向こうに白い煙が立ち上るのが見えて、龍之介は「うわぁ」と前の席へ身体を乗り出した。


「綾斗さん! 火事ですよ!」

「見りゃわかるだろ? それにあれだけの煙じゃ火事とは限らねぇよ」


 慌てる龍之介を左手で押し戻しながら、修司が「うるさい」と苛立った。


 綾斗は青いスポーツカーを公園に隣接するタクシープールへ停めて、「待ってて」と一人で外へ出る。後を追ってきた白いバスが後ろに並んで、運転席へ駆け寄った。


「さっき俺、美弦みつるにカッコいい事言っただろ」


 車内で二人きりになって、修司がふとそんな話を切り出す。


「美弦先輩を来させたくないっていう修司さん、カッコ良かったですよ」

「だろ? 俺さ、この間までバスクだったんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。実家がキーダーを毛嫌いしてる家だったから、キーダーになってまだ三ヶ月」


 突然の告白にさっきの美弦の動揺を察して、龍之介はこっそりと息を呑んだ。つまり能力者ではあるが、キーダーとしては素人ということだ。

 何らかの理由で出生検査を回避し、ノーマルに紛れて生活する人を『バスク』という。朱羽あげはをさらって行ったガイアや、一年前京子に捕まったウィルもそれだ。


「けどバスクだったってことは、ウィルって人みたいに力も使えていたりするんじゃ」

「この三ヶ月必死に訓練したつもりだったんだけどな。実際に戦闘だって言われたら、このザマだよ」


 修司は震える手を握り締める。


「キーダーの誰よりも弱い事なんか自覚してるのに、アイツの前では強がっちまう。カッコ悪いのは分かってるのに……」

「さすまたの俺よりはマシですって」

「そりゃそうなんだけど。せめて迷惑掛けるようなヘマはしないようにしないとな」

「やってやりましょう!」


 修司は「面白い奴」と笑って、バスの方を見やった。スモークガラスで中は見えないが、続々と下りてくる人間は三十を超えているだろう。


 揃いの青い制服は、アルガス施設員と同じものだ。ヘルメットを被っているが、武器らしきものは見当たらない。

 彼らはやがて公園の中へとバラバラに散っていった。


 綾斗は車に戻ると、リアから紺色のヘルメットを取って後部座席の扉を開ける。


「本当なら車の中で待ってて欲しいんだけど、きっとそうはしてくれないよね? とりあえず俺から離れないで、言う事聞いてね」


 綾斗はヘルメットをおもむろに龍之介の頭に被せると、車外へと促した。


「これも気休めみたいなものだけど」


 キーダーの二人はヘルメットもなく制服のままだ。『身軽が一番』らしい。


 次第に周囲の騒々しさも消える。道路を行き来する車の音とからの横断歩道に流れる信号の音が、うるさいくらいに響いていた。

 戦闘音のようなものもなく、混乱の中心と思われる煙もすっかり消えている。


 綾斗は通りの奥を見据えて、腕時計を確認した。

 一刻も早く朱羽の所に行きたいとはやる龍之介を、綾斗は「待って」と制する。


「俺たちは最後。まずは京子さんを先に行かせなきゃ。修司は反対の入口に回って貰ってもいい?」

「はい。あの、綾斗さん?」


 綾斗の指示に修司は緊張を滲ませつつ、言い辛そうに尋ねた。


「もしもシェイラの銃弾が飛んで来たら、どうすればいいですか?」

「キーダーの力は弾を弾き返すことだって、軌道を変えることだってできるよ。美弦みつるが龍之介くんを守っただろ? その瞬間さえ見逃さなければ大丈夫。自分からもうダメだと思うと当たるからね?」

「やっぱり当たるんですね……」


 投げやりに聞こえるが、綾斗は至って真面目だ。尻込みする修司を笑顔で送り出す。


「何かあったらすぐに教えて」

「わかりました……」


 がっくりと肩を落とした修司に、龍之介は無言のエールを送った。数歩歩いた彼の足がピタリと止まって龍之介を振り向く。


「お前、綾斗さんの足引っ張るなよ?」


 強気な声でそう言って、修司はそのまま公園の中へと走って行った。

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