12 キーダーの敵は
この世に生まれて来た史上、こんなに暑い夏はなかった。
「リュウ、去年もそれ言ってなかったっけ」
申し訳程度の風を手うちわで顔に送りながら、
木陰のベンチを探してコンビニで買ったアイスを開けるが、あっという間に表面が溶けてきて慌ててかじりつく。
「毎年、右肩上がりに気温が上昇しているなら、つまり俺が爺さんになって死ぬ頃には、夏は家から出られなくなっているってことだな」
「それなりに対策はするだろ。けど、これは異常だよな」
棒から落ちそうになった最後の一欠片を下から口でキャッチして、龍之介は木の葉で阻まれた空を見上げた。今日は風もなく、遊具の多い公園だというのに子供たちの姿はまるでない。
こんなことならファストフード店にでも行けばよかったと後悔しながら、龍之介は話を切り出そうとする銀次の視線を受け止めた。
「で、リュウ。さっきの話は本当なのか?」
コンビニから来る途中、龍之介は銀環の彼女に会えた報告をした。
予想通り彼女がキーダーだという事、偶然会えたその場所に
あまりにも速い展開に、その事実が受け止めきれなかったらしい。
「ちょっと待って」と銀次は残りのアイスを口へ放り込む。
「お前がキーダーのボディガードをするだなんて、信じられるかよ。しかも
銀次は怪訝な顔を見せるが、急にフッと鼻を鳴らした。
「それってお前が男だと見られてないってことじゃないのか?」
「言われなくても分かってるよ。元々俺がチンピラから助けられてこうなったんだし」
あまりにも自虐的で、龍之介は頭を抱える。この先、状況を覆す事などできるんだろうか。
「けど相手だって、そんなの分かってて採用してるんだろ?」
確かに戦う訳ではないと言われたけれど、仕事の肩書にそんな言葉が小さくでも添えられている以上、少しは役に立ちたいと思ってしまう。
「お前が辞めるなら、俺が代わってやってもいいんだぜ?」
「辞めるかよ! やっとあの人に会えたんだからな」
「女神様……か。分かった、せいぜい頑張れよ」
相変わらず彼女をそう呼んで、銀次はアイスの棒を向かいのごみ箱へ投げると「俺、キーダーになりたかったんだぜ」と龍之介を振り返った。
「知ってるよ。何回も聞いてる」
銀次は「だな」と笑って長い足を豪快に広げると、熱された木製のベンチに背を預けた。
「キーダーはこの国を守る砦だ。小さい時テレビの向こうで戦ってるキーダーを見て、かっこいいって興奮してさ。その人に憧れて、自分もああなりたいって本気で思ったんだ。セロテープの芯に銀紙巻き付けてキーダーごっこしてたんだぜ」
「憧れた人って、隕石から東京を救ったキーダーの事か?」
「
銀次は楽しそうに語ったが、「けど」と表情を陰らせた。
「勉強でも運動でも、他の奴より頑張れば、俺もキーダーになれると思ってた。なのに少し大人になった時、努力じゃ叶わない夢なんだって思い知らされたんだ」
「俺たちは、ノーマルだもんな」
「そういう事。それに、俺の憧れたキーダーは、もうキーダーじゃないらしい」
「キーダーじゃない、って。トールになったってことか?」
龍之介は覚えたての言葉を口にする。キーダーという肩書を捨てた能力者は、生まれ持った能力を剥奪され、『トール』と呼ばれるらしい。
「詳細までは分からないけど、その人は力が自然に消失したって聞いてる」
「生まれつきキーダーだった人が? そんなことあるのか?」
「
「俺はキーダーになりたかった。魔女の薬でも飲んで力が得られるなら、迷わずにそうする。けど、そんなのはないって分かってるんだ。だから余計に、俺はお前に嫉妬してる。お前がキーダーに必要とされていることが羨ましい――いや、妬ましいと思うよ」
「銀次……」
「言っただろ? 俺が勉強もバイトも全力でしてるのは、可能性を潰したくないからだって。キーダーになれないなら、それ以外のことで諦めたくないんだよ」
返す言葉が見つからず、龍之介は「ごめん」と頭を下げた。
「お前が謝る話じゃないよ。けど、俺もキーダーと一緒に戦いたかったな」
「なぁ銀次、キーダーってのは誰と戦っているんだ?」
キーダーがアルガスという機関で日本のために戦っているという事は、誰もが周知していることだ。けれど、それは警察や自衛隊とは違う。相手は殺人事件の犯人でも、外国でも災害でもない。
テレビの向こうで何かが起きているという事は理解できるが、それが何なのかは曖昧だ。
「対・隕石ってわけでもないんだろ?」
二十年以上も前に起きた隕石落下を防いだのは
龍之介はふと顔を上げて、遠くの風景に目を凝らした。
東京タワーのある方角、公園を囲う木々の上からびょっこりと生えた銀色の塔が空へ向けて伸びている。
それは七年前に起きた『大晦日の白雪』の慰霊塔だ。そこが大雪の降る大晦日に起きた事件の現場だった。
銀次は暫く黙っていたが、やがて慰霊塔を見上げると質問の答えをくれる。
「キーダーはバスクと戦ってるんだよ」
「バスク――?」
生温い空気を孕んだ風が通り過ぎて、龍之介はその名前をもう一度呟いた。
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