71 アンコール

 京子は柱の時計を確認して「来なかったね」と立ち上がり、モニターを見やる。

 屋上の戦闘は落ち着いたかに思えたが、桃也とうやはまだ現れなかった。


 場内の興奮が最高潮さいこうちょうに達して、修司のお気に入りの曲がフィナーレを迎える。暗転するステージに息を飲むと、誰かが「アンコール」と叫んだのを皮切りに、言葉が次々に重なって大きな歓声となった。


 京子が改めて「修司」と振り返る。


「安藤りつに会っても、キーダーで居られる?」


 やはりその質問なのかと思いながら、修司は「居られます」と答えた。


「よろしい。じゃあ、あの女を捕まえに行こうか」


 天井を指差して、京子が先に動いた。いつもハイヒールの彼女が、今日はスニーカーをいているせいで目線が近く感じる。

 律はいつもそうだったが、やはり戦うには動きやすさ重視なのだろう。


「別支部のキーダーも来てるって聞いたんですけど、全部でどれくらいいるんですか?」

「応援は一人だよ。うちは桃也と修司が来てくれたから全員ね。綾斗あやと美弦みつる搬入口はんにゅうぐちを守ってる。観客の避難はそっちを使う予定だから」

「応援は一人なんですか?」


 応援が九州の人だとは聞いていた。平野が居ないのも知っていたが、その心許こころもとない人数に不安を覚えてしまう。

 そんな修司に京子は強気な姿勢で、ポジティブな言葉を投げた。


「キーダーは弱くなんてないよ。向こうの戦力におとっていない。だから、仲間を信じて自分のできることを精一杯やろう?」


 そして京子は階段を上りながら、「彰人あきひとくんもいるからね」と加える。


「彰人さん……」

「彼のことも聞いた? 色々あったけど、今はすごく頼れる人だよ」


 「分かってます」と修司は答える。『仕事だからね』とはにかんだ彼の顔が忘れられない。


「いい? 無理だと思ったら逃げることも強さ。生き残ることが一番の強さなんだってことを頭に入れておいて」


 最後にそう言って、京子は修司より二歩先に四階へと足を踏み入れた。



   ☆

 コンサート会場である吹き抜けのホールは四階まで届いていたが、中へとつながる扉は三階までしか付いていなかった。ロビーも若干狭じゃっかんせまく、下の階と同じサイズのモニターが大きく感じられる。


 映し出される場内は、繰り返されるアンコールに、満を持しての登場を期待する頃合いだ。

 京子が「あっちで待ち合わせてるから」とホールを取り囲む細い廊下を指差した。奥を示す案内板には『貸会議室』と書かれている。


 そしてモニターには、いよいよジャスティの少女たちが姿を現した。

 感極かんきわまった叫び声が防音の壁を震わせたその瞬間、先に走り出した京子の足音にもう一つの足音が重なる。


 警戒して動きを止めるが、彼女との急な鉢合はちあわせから逃れることはできなかった。

 律だ。


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