53 プロデューサーの黒い噂
外へ出ると、制服姿の
修司に気付いて手を振るも、アルガスの敷地に足を踏み入れた彼はずっときょろきょろしっぱなしだ。そして敬礼される修司に「うぉぉ」と目を輝かせた。
護兵に見送られて門を潜り、修司は「おはよう」と先に声を掛ける。
譲は興奮冷めやらぬ様子だったが、急に不満気な顔を見せて唇を尖らせた。
「メールの返信くらいしろよな。無事だって言えばいいだけだろ?」
修司が「ごめん」と頭を下げると、譲は「心配したんだぞ」と修司を
青空の底に沈み込むような重い空気に息苦しさを感じるが、譲になら全部話してもいいと思える。「聞いたら、腰抜かすからな」と前置きして、修司は自分の
「あのダンディな産婦人科医の伯父さんと血が繋がってないのは、納得した」
「はぁ? そこ?」
一通り話し終えた所で、譲が「腰抜けたわ」と苦笑する。
「でも悪いこと聞いちゃったかな。修司にとって触れて欲しくなかったことなんじゃない?」
「譲にならいいかなって。溜まったメール見た時、お前には話そうって思ったんだ」
「ありがとね。ハンバーガー食ってる時、何でキーダーとかホルスの話をしてるのかなって思ったけど、まさか修司がキーダーになるなんてさ」
譲は修司の左手を勝手に持ち上げて「すげぇ」と再びテンションを上げる。「触っていい?」と許可を取ってから指をスリスリっと這わせて、「すべすべだ」と大喜びする。
「こんな近くで見たの初めてだけど、見た目は意外と普通なんだね」
譲はそれ以上修司を責めることも追及することもなく、「がんばれよぉ」と背中を叩いた。
「来てくれてありがとな。助かったよ」
「もしかして学校行くの嫌だなって思った?」
悪戯っぽく笑う譲に、修司は「違う!」と否定してみたが、強がってるのは見え見えだ。
譲はくるりと修司の正面に回り、「いいか?」と人差し指を突き付けた。
「嫉妬しない奴なんていない。俺だって羨ましいんだからね? キーダーは映画で言ったら完全無欠の主人公。俺なんてどう頑張ったって主人公の補佐役がいいところなんだから」
自分がそんな日の当たるポジションにいるとは思えず、修司は「そうか?」と恐縮してしまう。
「気後れすることなんかない。ノーマルに
やはりメールの返信をしておけばよかったと後悔した。
「
銀環を付けただけでまだきちんと返事もしていない自分は、キーダーと呼べるのだろうか。前向きな返事をしながらも、こんな時に再びその疑問が浮かんできた。
譲は組んだ両手をぐんと上げて背伸びをし、「よしっ」と気合を入れる。
「これで、心置きなく明後日のファイナルに行けるよ」
「ファイナルって、ジャスティのライブ? この間の浜松と一緒か?」
譲は足取りも軽やかに、「そうそう」とジャスティの曲を口ずさんだ。もちろん音程は合っていない。
しかしサビを歌い終えたところで急に歌うことをやめて溜息を漏らした。
「でも今、彼女たちの周りに良くない噂があってさ」
駅に着き、譲はしんみりとジャスティの話をする。
「彼女たちは何も悪くないんだ。問題は彼女たちのプロデューサー。
譲に言われて、急にその名前を思い出す。
そういえば、酔った京子と綾斗が彼の話をしていた。
近藤はジャスティを中心に幾つものアイドルユニットを世に送り出している大物プロデューサーで、芸能界を
特に興味もない修司に言わせれば、坊主頭の太ったオッサンである。前に電車の中刷りで見掛けたゴシップ誌の記事によれば、彼からデビューするアイドルこそ成功を収めてはいるものの、その陰では使い捨てにされている子も多いという話だ。
譲が言うには、近藤は金儲けに
「よりによって、何でアイツなんだろうって思うね」
カンカンと強い足音を響かせて、譲は
「あんないい曲作る人なんだから、もっと真面目になればいいのにさ」
重い溜息を吐き出した譲の沈痛な顔が、ふと修司を逸れて背後へと吸い付いた。ジワリと晴れていくその表情に修司は何事かと振り返り、納得する。
いつもとは違うその駅からも、ビルの壁に貼られた大きな彼女たちの笑顔が見えた。
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