第9話 協力して、殺そ?

「具体的に高梨はなんて言ってたんだよ。」


阿々津の衝撃の報告を聞いた柿原が急いで返事を求める。


「『マスターキーが特権の人がいてもおかしくない』って、『マスターキーがあるなら自殺に見せかけた殺人も可能だろ』ってそんな感じ。」


柿原は阿々津の返事を聞き露骨に機嫌を損ねた。


「おい知念、おめえなんか高梨に言ったのか?」


「い、言うわけないでしょ。」


「じゃあなんでマスターキーなんて思いつく?」


「知らないって・・・たまたま思いついただけなんじゃない。」


感情的な柿原とそれに気圧された知念が言い争っている。

高梨の発言は本当に偶然なのか、偶然でないとすると高梨はどこまで知っているのか阿々津は黙って考えていた。

色々考えてはみたが、これを聞くのが一番手っ取り早い。そう思った阿々津は知念に質問をする。


「ねえ、美奈。あなたの特権が本当に他の人全員の特権を知ることが出来る『特権把握』なんだったらさ、高梨の特権も教えてよ。」


知念は自身の特権を阿々津、柿原には暴露していた。それは10日目、腕時計の示す数字が507だった時にまで遡る。


―――その日の昼、ある人物が柿原の個室を訪れた。知念だ。

女の子が一人で自分の部屋を訪れてきたことに、悪い気のしなかった柿原は知念を部屋に招き入れ、部屋の中で話を始めた。

話は何かと柿原が尋ねると、知念は勇気を振り絞り言葉を発した。


「柿原君、わたし怖いの。皆はもう大丈夫って思ってるのかもしれないけど、それでもやっぱり。岡部さんが生きているってだけで怖いよ。」


泣きそうな顔で知念は話始める。


「だから柿原君、協力してほしいの。協力して、岡部さん殺そ?」


知念は柿原の目をまっすぐ見て、そう言った。

柿原はどう返事をすべきかわからなかった。人を殺すことは当然許されないことだ。だが今回のケースはどうだろうか。岡部を殺せば目の前にいる女の子が助かる。殺すことはそんなにも悪いことなのか。平木を殺した岡部を殺す。日本には死刑制度がある。正当な理由があれば人を殺すことは正当化されるのだ。そう、そうに違いない。

都合のいい自己暗示をかけた。結局柿原も知念と同じだった。

殺人犯と同じ建物にいる恐怖。早くそれから解放されたかった。自分が皆を不安から解放できるヒーローになれる機会だ。

悩みに悩んだ結果、柿原から出た第一声は


「そんなこと、できるの?」


という、知念からの協力を拒否する言葉とは程遠いものだった。

この質問に対して知念は答える。


「できる。私たちの特権があれば。柿原君の特権は『マスターキー』でしょ。柿原君の特権があれば岡部が部屋に籠っていようが関係ないもの。」


柿原はなんと答えたらいいのかわからなかった。

知念から急に指摘された内容は事実であり、確かに柿原の特権はすべての個室を自由に開閉できる『マスターキー』であった。

なぜ知念がそのことを知っているのか。理解が追い付かず、口に出すべき言葉が見つからなかった。少し間をおいてやっと出た言葉が、「なぜ」の2文字だった。

すると知念は微笑を浮かべながら答えた。


「わかるよ、私の特権は他の人の特権を知る特権『特権把握』だもん。金庫の中の紙に書いてあったの。『柿原君の特権はマスターキーだ。』ってね。」


柿原はこの返答にただただ納得がいった。だからこそ自分の特権を言い当てることが出来たのかと。そして同時に知念の狙いもわかった。もう一人殺傷性のある特権をもつ人間と協力すれば、確実に岡部を殺すことが出来るということなのだと。


柿原は恐ろしくなった。はじめは誰よりも怯えていたであろう知念が、いくら身の安全のためとはいえ、ここまで思考をめぐらせ現実的な策を実行しようとしているなんて。こうも簡単に人間は危機に瀕すると人格が変わってしまうのか。



殺害計画が現実味を帯びてきて、実際に実行案の話が知念によって進められた。

柿原の予想通り、もう一人殺傷性のある特権をもった人物と協力する必要があると知念が言い出したので、柿原は他に誰がどんな特権を所有しているのかを尋ねたが、今は教えられないと断られた。

殺傷性のある特権を持つものは複数人いるが、最初は玉井のもとに知念が一人で説得に行くとのことで柿原は知念を見送った。


それほど時間も経っていないのに知念が再び部屋を訪れてきたので、柿原は協力の誘いが失敗したのかと思ったが、案の定玉井は知念の計画には協力できないようだ。


どうするんだと慌てる柿原だったが、知念は冷静に、次は阿々津に呼びかけると言った。

これが本当にあのビビりまくっていた知念なのかと、人間らしさが欠如している、そんな風に柿原は思った。


知念が阿々津の部屋を訪れ、大事な話があるというと、阿々津は意外とあっさり知念を部屋に招き入れるのだった。


知念は柿原と同じ説明を阿々津にする。


「阿々津さんの特権は『他人の特権のコピー』で合ってるでしょ?」


知念は自身の特権を証明するために阿々津の特権を言い当てる。


可能性は低いが、カマをかけているだけだという可能性も考え、阿々津はこの知念の発言にリアクションを示さない。

その様子を見て、知念は話を続ける。


「阿々津さんの特権、随分と使いにくそうだよね。使用条件が自室の監視カメラに向かってコピーしたい特権とその持ち主を特定し宣言しないとだめで、しかもコピーできる特権は一つだけなんて。」


「随分細かいところまで知っているのね。」


知念が説明した特権はまさに、阿々津の所有する特権そのものだった。

ここまで言い当てられたら、知念の特権は疑いようがない。


「私の特権については信用してくれたみたいね。で、阿々津さんが協力してくれるって言うなら、うまくいくんだけどどうかな?」


一番今回の肝となる質問を知念がする。


阿々津には断る理由もなかった。表面上では冷静な様を装っているが、本心では平木を殺した犯人を激しく呪っている。阿々津は実はかなりの優性思想の持ち主である。この世には生きるべき人間と死ぬべき人間の2種類あると考えている。こんな思想を抱くようになってしまったのも彼女の過去に大きな原因がある。



―――阿々津静は罪人だ。

この女は幼少期から父親による虐待を受けて育ってきた。

灰皿の代わりに使われた腕についたやけどの跡は今でも痛々しく残っている。

狭い部屋で父親と2人で暮らしていたこの女。

毎晩のように父親の性のはけ口とされ、泣き叫び抵抗すると顔を重い拳で殴打される。

心が既に殺されていたこの女は感情を表に出すことをしなくなった。

そんな中、彼女はとあるニュースを目にする。

自分と同じ年頃の少女が自分の親を殺害したというニュースだった。

そうか、殺せば。殺せば助かる。アイツは絶対に死ぬべきなんだ。私は生きるべきかわいそうな人間。このニュースの女の子もかわいそう、世間みんなが彼女の敵。本当は違う。彼女はきっと悪くない。死ぬべき人間を殺しただけ。そう、だから私があいつを殺したとしても私は悪くない。だから、殺す。殺す。殺す。殺す。


夜も更けた頃、包丁を片手に寝ている父親の横に立つ。

この人ともこれで終わりだ。殺したい殺したい心底殺したい。そんな男を目の前にしているのに、決心できない。意味の分からない涙が溢れてきた。

どうして、私はこんなにもこの男を殺したいのに。

深く深呼吸をし、これは正しいことだともう一度自分に言い聞かせた。

もし仮にこの男が死ぬべき人間でないならば、私がこの人を刺したとしても、きっと神様が生き返らせる。もし死ぬんだったら、結局死ぬべき人間だったということ。あとは神様に任せよう。

そんな意味不明な理屈で自分の行いを正当化し、震える右手を左手でつかみ、両手でしっかりと握った包丁を父親の胸を目がけて思い切り振り落とす。

刺さった、奇妙な感覚。目の前にいる男の大きな叫び声が聞こえる。

刺したところからは液体があふれ出てくる。


「てめえ!!!どういうつもりだ!!ぶっ殺す!!」


その怒鳴り声を聞くと、女は裸足のまま玄関を飛び出し、走った。とにかく走った。

当然あの傷で追いかけてくるわけがないことはわかっていた。

しかし女は走った。とにかく逃げたかった。逃げて逃げて逃げきりたかった。何からかはわからない。

途中何度も転んだ女の体は傷だらけになっていた。


その後女は警察に保護され、父親は近所の通報により一命はとりとめたということを知らされる。

自分が殺人犯にならなくてよかったという安心感、自分が殺人犯になれなかったという虚無感。結局自分は殺すべき人間を殺すことが出来なかった。神様ひょっとしてあんな男でも生きるべき人間だというのですか。そんなことを考える程、女は衰弱していた。

この女の罪は父親に対する殺人未遂というわけだ。



―――阿々津にとっては、殺人をした者なんかは死ぬべき人間であるため、それを殺すことは悪ではなく善である。知念の案には前向きだった。ただそう簡単に話に乗っかることのない、いくつか気になったことを尋ねる。


「私が協力するかどうか、それを決めるために少し質問に答えてほしい。」

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