第36話失敗した男の話
「うふふ」
朝食を作りながら左手の薬指にはめられた指輪を眺める、毎日眺めては嬉しい気持ちが込み上げてくる。健は料金にビックリしてた様だけどね! 皆で頑張って稼いだお金なのよ、何も気にしなくていいのに……貯金だってまだ余裕があるんだから、指輪を買ったあと心配そうにしてたから通帳を見せたらビックリしてたっけ。これでもう五泉で働く場所さえ見つかってくれればなぁ……京子から連絡も無いし、でもアテがあるみたいな事言ってたしもうちょっと待ってあげよう。
「おはよぅ……今日も寒いね」
「おはようアナタ、もう少しで2人共帰って来るから朝食もう少し待ってね」
「うぃ」
「ほら、来て」
大切な人を抱きしめる……私達にはそれぞれこんな隙間時間があり、少しの時間に愛を確かめ合っていると。様子がおかしい……何時もなら強く抱き締めてくれるのに……これはもたれかかってる様な? 良く見ると顔色が悪い、小刻みに震えている様な気がするんだけど……
「ねえアナタ? 具合悪いの?」
「うっうぅん……どうなんだろう?」
まさか……もう時間なの? 動揺しているとヒエと茉希が帰って来た。
「ねえ! どうしよう健の様子が」
「どうしたの? 具合悪いの?」
「寿命来ちゃった?」
「笑えないわよヒエ!」
「ちょっとごめんよ」
茉希が座り込んでいる健の顔を覗き込んで、何かを探して見つけると。
「師匠、はい体温計これ使って今すぐ」
「うぃ、ヤエ取り敢えず朝食を……」
「うっうん、今運ぶね」
朝食を運んでテーブル迄持って行くと、茉希がヤレヤレって顔をしていた。
「こりゃ風邪だね、師匠さ関節痛くない?」
「痛い……バッキバキに……でも朝食を食べれば」
取り敢えず全員で朝食を食べると
「師匠さ今日休んで病院行ってきなよ、インフルエンザとか洒落にならないから」
「仕事……稼がなきゃ……」
「3人掛かりで今から無理矢理汗かかせても良いんだよ? ねっ2人共?」
「病院いきまづ……」
茉希の脅迫じみた言い方はどうかと思ったが……茉希曰くインフルエンザだった場合、最悪感染させて迷惑極まりない事になるらしい。でもこれって……健が人間に少し戻り始めて……
「ヒエさ師匠を宜しく、病院付き添って行って」
「全く人間はふべ……ってまさかアンタ!?」
「大丈夫だって、心配しすぎ! 人間にはよくある事、油断してたらアタシらもヤバイんだよ?」
「うん……会社に電話しとく……ヒエお願い」
少しの不安は有るけれど人間だものね。今迄人間離れしてただけ、これが普通なのよね? 今の私とヒエにはだからこそ月のものが有る、なら当然な事だとおもう。
「ヒエお願いね、今すぐ昼食……」
「ヤエ、私に任せておきなさいな、お粥位余裕よ?」
「そうね……私は仕事に行くけど無茶だけはさせないでね」
「任せておきなさい!」
「アタシも残りたいけど単位が……」
「きにじないで……いっできて……」
後片付けをいつも通りヒエに任せて出勤の支度を終えて、健のことが気になるが……ヒエを信じて出かける。
「風邪?」
「はい……引いたみたいで……」
「まぁ今流行ってるみたいですからねぇ〜私の同級生も何人かインフルエンザで」
「ヤエちゃん気を付けてね! もうウチの主力何だから!」
そう言われると身が引き締まり仕事モードに切り替わり、返事にも力がこもる。
「もちろんです!」
「おっ良い返事! 皆! 今日も美味しく作るわよ!」
「当然です!」
「はいよ!」
早速、全員で仕込みに入ると、一先ず健の事はヒエを信じて自分の仕事に集中する。何時ものようにオープンまでに作り上げた惣菜を並べて、今日のオーダーメニューを受付ける準備を整えるとミホさんが……
「さぁ! 元気よく今日もオープンだよ!」
「「「いらっしゃいませ!!」」」
そして慌ただしい時間が過ぎて、私達の昼休憩になった。スマホを確認すると、ヒエから布団に寝込む健の写真付きでメールが届いていた。
『インフルエンザだってさ!』
少しホッとした、原因不明の病気じゃ無くて……もし原因不明の病気になったら、その時は……今を毎日を大切に過ごそう健と
「どうしたのよヤエちゃん涙なんか零して?」
「えっ!?」
自分では気付かなかったが涙が一筋溢れていた。
「彼、大丈夫だったの?」
「はい! 只のインフルエンザでした!!」
「「全然大丈夫じゃ無い!!」」
「もうしょうがないねぇ、桃の缶詰めでも買って帰ってあげなさい」
「何で桃の缶詰め何ですか? シゲコさん」
「買って帰れば八神さん喜ぶよ、多分ね」
それからは何気ない会話が続き、私も緊張が解れて話していると……ヒトミちゃんの目線が私の左手の薬指の指輪に気づいたらしい。
「ヤエさん結婚したの!?」
「「はぁ!?」」
今日何度目だろう驚かれるの……
「まぁ隠すつもりもありませんでしたし、一応籍は入れてないんですよ」
「指輪してたなんて始めて気が付いたわよ、普段は調理用手袋してるから」
「すみませんミホさん、隠し事するつもりじゃ……」
「良いわよ別に、でもあの人大丈夫なの?」
「インフルエンザですか?」
「違うわよ! 人間としてよ! 他にも女いたじゃない?」
「それはもう私達で解決済みですから」
「少なくとも八神健は信用出来るかもね」
「どうしたのシゲコさん? 知ってるの」
「えぇ、気になってさ……ちょっとだけ知人と話題になってね思い出したって事さ」
私の知らない部分の事だろうか? 健と記憶の共有はしていた筈だったけど……
「ちょっと教えて下さいよシゲコさん」
「でもねヒトミちゃんこれは……」
「私も知りたいです、教えて下さいシゲコさん」
「はいはい! 私も聞きたいけど休憩時間に終わる?」
「簡単な話さ……上司の不正を暴いた筈が、持ち上げてた周りから梯子を外されて、追いやられて退職しちゃったって話」
そうか……その時、健は結婚してて妻さえ助けてくれ無くて狂っていったんだね……続きを黙って聞く……
「どんな不正を暴いたんですか?」
「詳しくは知らないけど、1番可哀想なのは会社が不正をしていた上司を、なぁなぁで済ませたって話だよ」
「そんな! どうして!」
「まぁ今で言うなら? 失敗した半沢直樹ってところかねぇ」
「味方が居なかった?」
「さっきも言ったけど不正を見つけた事を相談した結果、担ぎ上げられて追求して」
「外されたと……救われないね……」
「人懐っこい性格でね、バイトも社員も別け隔てなく付き合う明るい性格でね当時はさ」
「だからヤエちゃんから紹介された時、全然別人だったから」
「だからあの時キツめだったのね……」
「そんな人だけど幸せに、そして幸せにしてあげてねヤエちゃん」
大雑把な記憶なら分かりきってる……その後転々と職を変え、どんなに頑張っても認められず、どんどん追い詰められて結果『コワレ』た。
「大丈夫ですシゲコさん、私が支えます支えて見せます、あの人は私を助けてくれた……」
「そうね……頑張りなよ」
「じゃあ湿っぽいのはここまで!! 休憩時間終了!!」
「午後からも作るわよ!!」
「はい!」
シゲコさんは何時も通り、私とヒトミちゃんは元気よく返事を返すとキッチンへと向かって行った。
退勤後、シゲコさんが車で送ってくれるとの事で、お言葉に甘えてアパートの近くのスーパー迄乗せて貰った。礼を言うとシゲコさんは自分の買い物に向かい、私は桃の缶詰めとスポーツドリンクを買って帰宅した。
でも……何で桃の缶詰め?
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