498.ラストバトル


 そして、地下した


 100層は《生きとし生きたヘル・ヴィルミリオン赤光の歌・ローレライ》によって赤く染まり、煌めき、どこまでも広がっている。


 射し込む赤光が『最深部』の海に乱反射して、焼き付けられた橙色が散らばってもいる。


 本当に不思議な場所だ。

 水平線を見つめれば、その先で誰かが待ってくれている気がする。

 天上を仰げば、地上うえで誰かが信じてくれている気がする。


 顔を上げているだけで、『終譚祭』の振動こえが聞こえる気もした。

 地上うえの喜びも楽しみも、諍いも戸惑いも、全てが振動こえとなって、ここまで届くのだ。


 それは、空想か魔法か。

 少なくとも、家族であるフラン姉様が地上うえで何をしているのかは、弟の僕には容易に想像できた。


 あの姉様ならば、必ず友人であるディアを助けて、強引な勝利をもぎ取る。

 そして、ディアが心から説得をすれば、使徒たちの心は必ず揺れるだろう。

 その揺らぎは『元老院』の協調を乱して、『吸血種』クウネルにも届くはずだ。

 そこから『南北連合』代表となったルージュまで波及すれば、国外から来た人々も事情を察して、迷宮に挑戦してくれるかもしれない。


 散らばっていた点と点が結ばれていくように、『少し悪いタイミング』たちは連鎖して、『終譚祭』を描く線を少しずつずらしていく。


 そして、『終譚祭』の絵図が変わるということは、それと繋がっている『最深部』も変わるということ。


 いま、僕の目の前では、『最深部』の主である男も天を仰いでいた。

 『魔人』のように合成獣キメラの特徴を持ち、八本腕となった異形の主キリスト。


 その表情は、虚ろ。

 僕と違って、その地上うえに思いを馳せる瞳の焦点は合っておらず、光も全く映っていなかった。

 眉を歪ませて、目尻に涙を浮かべて、震える口から声を零していく。


「ち、違う……。考え直すことなんてない。一つもないんだ、エル……」


 いま自分がどこにいるのかも分からないように、ずっと空に向かって言い訳をし続けている。


 その言い訳の相手は、フラン姉様から始まって、色々な人を通じて、いまはシッダルク家当主エルミラード。

 天上の地上うえで結ばれていく点たちを、厄介な敵を見るように、怨めしそうに睨んでいた。

 ただ同時に、どこか美しい星座を探すように、眩しそうに目を細めてもいた。


 ――繰り返すが、全て自業自得だ。


 地上うえの星空を作ったのは、キリスト自身。

 そして、その星空のおかげで、地上うえの面々による陽動が上手くいったのを感じる。


 もちろん、陽動だとキリストは気づいていただろう。

 しかし、こちらの「注意が逸れてくれるとありがたい」という要望に応えるように、全力で地上うえに集中してくれている。


 相変わらずだ。

 一人一人の想いを小まめに受け取っては、一つたりとも無視できない主に向かって、僕は聞く。


「……キリスト、何が視えた?」


 ずっと二人で天を仰いでいたが、僕が声をかけたことで、キリストは緩やかな動きで視線を落としていく。

 こちらに向き直って、乾いた唇を動かす。


「ライナーが見せたかったものは視たよ……。いや、観せられた。確かに『少し悪いタイミング』が積み重なってる」


 直前のこちらの言い分を認めて、深く頷いた。

 ただ、困った様子は全くなく、頬を綻ばせた。


「けど、元々僕は、僕の『紫の糸』を信じてない……。最初から、こういう風にずれてもいいように、『計画』を立てている。だから、これはむしろ嬉しい報告だよ。また一つ連合国の絆が深まった。特にシスとディプラクラの二人の成長は、本当に嬉しい。あぁ、やっと使徒でなく、普通の『人』として生きていけるんだ……」


 柔和な笑みを浮かべている。だが、見上げていたときに溜めた涙が、いま喋りながら零れ落ちた。


 常人からすれば狂気的な表情だろう。

 だが、僕からすれば、ただの「子供の見栄」としか感じない。


 間違いなく、キリストは『最深部』での連戦で消耗して、余裕がない。

 そこに地上うえから届く振動こえの数々によって、その精神こころが揺らがされている。


 それでも、絶対的強者であろうと強がって喋る姿は、ティティーを思い出す。


「は、ははは……。フェーデルトさんもクウネルも、最後は見違えたよ。その成長は間違いなく……、全部、僕から離れたおかげだ。これで、また憂いが減った。身体が軽くなった。身軽になった分、またさらに先へ僕は行ける。つまりは、そういうことなんだ。相川渦波は『なかったこと』にしたほうが、上手くいく。そして、どう転んでも『計画』は、上手くいく。だから――」


 話しているようで、自分に言い聞かせるような口調。

 明らかに精神こころは乱れて、意識は僕以外のところに逸れている。


 キリストは注意散漫なまま、八腕の内の一つを持ち上げて、後ろに振り返った。


「――星魔法《グラヴィティ・グリード》」


 そして、その腕の先から発動させたのは、星の魔法。

 もう何度か味わっている属性の魔法で、身体の重みが増していくのに僕は身構えた。


 だが、キリストの星魔法の対象は、僕ではなかった。

 背後に向かって、人一人を飲み込める球体状の重力の塊《グラヴィティ・グリード》を、獣のように走らせる。


 その先には、吹き飛ばされたはずの黒の『魔石人間ジュエルクルス』ノワールがいた。

 先ほど奇襲したときと同じ方法で、隠れて近づこうとしているところだった。


 ノワールは堪らず、『魔人返り』で蝙蝠バットのモンスターの特徴を得た両腕を広げて、同じ魔法を放つ。

 もちろん、その仲間たちに合わせて、僕も動く。


「くっ、ルージュちゃん!! ――共鳴・・魔法《グラヴィティ・グリード》ォオオ!!」


 いま、ノワールは一人。

 隣には誰もいない。

 しかし、ここにはいない信頼できる友と呼吸を合わせて、共鳴魔法を成立させた。


 ――二つの重力の獣が、ぶつかり合う。


 ノワールの渾身の魔法だった。

 魔法《レヴァン》で魔力を増幅させた上で、赤と黒の『魔石人間ジュエルクルス』の二人で共鳴させている。

 もしキリストの意識の外から決まっていれば、万が一もありえた重さを感じる魔法だ。


 しかし、もう同じ奇襲は食らわないと教えるように、しっかりとキリストはノワールを見据えて、魔法《グラヴィティ・グリード》を強めながら、話す。


「気を逸らして、奇襲するタイミングを待ってたなら、逆効果だったね……。むしろ、地上うえのルージュちゃんが口にしてくれたおかげで、タイミングを完璧に読み切れた」


 どこか申し訳なさそうな声色だった。

 『終譚祭』前から分かっていたことだが、キリストは事前に叩き潰すという行為を嫌ってる。


 あの妹さんと同じく、この期に及んで相手の戦い方に合わせる悪癖を露見させながら、話し続ける。


「確かに、地上うえは予想外の出来事が多かった……。僕にとって、困ることも色々あった……。でも、全てが雑だ。結局、地上から僕への魔力供給は止められていない。多少止まったり淀んだりしても、僕にとっては十分すぎる。結局は、全てが僕の『計画』通り」


 キリストは余裕を見せつけようとする。


 事実、先ほどの地上観察の時間で、魔力に余裕が生まれたのだろう。

 さらには、思ったよりも『最深部』に奇襲をかけてきた僕たちの抵抗を温く感じているのだろう。

 このまま、『理を盗むもの』たちとの戦いのダメージを回復させれば、自分の勝利だと確信している様子だ。


 明らかに調子に乗っている。

 そのキリストの顔に向かって、ノワールは魔法の押し合いをしながら、唾を吐きかけるように言い返す。


「雑なのは……、おまえだ、カナミ!! 何が、予想外でも『計画』通りだ! ただ、読みを外すことを恐れて、予防線を張ってるだけだろう!? ああっ、格好悪いっ!!」

「……そうだね。でも、『未来視』や『紫の糸』があれば、格好悪い予防線も許されるんだ。そして、僕は許される限り、全てを許容する。ノワールちゃん、君の成長も。よくそこまで強くなったね。だから、あとは……。――《グラヴィティ・グリード》よ、優しく圧し掛かり、彼女を失神させろ」


 キリストは《グラヴィティ・グリード》に反則的な魔力を継ぎ足して、肥大化させた。


 二倍以上に膨れ上がった重力の球体は、易々と同じ魔法を呑み込み、敵の術者であるノワールに襲い掛かっていく。


 言葉通り、優しかった。

 キリストの並外れた魔力制御によって、本来ならば獣のような動きをする《グラヴィティ・グリード》が、ノワールを怪我をさせない程度に圧し掛かって、ぴたりと静止している。


 ノワールにとっては、得意魔法を真正面から打ち破られた形だった。

 その上で、さらなる上から目線をされてしまい、彼女の怒りは限界を迎える。


 見えない重力の獣に取り押さえられながら、僕を睨んで、呟く。


「はぁっ、はぁっ……、ライナー。もう十分でしょう……? 私の役目は――」


 ついに作戦外の言葉を、種明かしのように吐いてしまった。

 だが、あの気の短いノワールから考えると、これは――


「十分過ぎる。……最高だ。おまえたちは間違いなく、作戦も『計画』も超えた。だから、(――二人とも、私の自慢の妹たちですよ)」


 魂と共に褒め称えた。


 正直、僕は赤と黒の『魔石人間ジュエルクルス』が二人とも嫌いだ。

 だが、いまだけは素直な称賛を贈りたい。


 あの利己的なノワールが囮役に徹して、キリストの警戒を一身に受けた。

 先ほど見せた魔法《レヴァン》への侵入は、本来ならば僕たちにも隠しておきたかった切り札だろう。


 しかし、みんなの為に、自らの全てを使い果たした。

 そして、圧し掛かった《グラヴィティ・グリード》によって、その肺から空気を全て押し出されて、彼女は気絶する。

 そのときのノワールの顔は、姉である白の『魔石人間ジュエルクルス』に褒められたことで、緩んでいるように見えた。


 ああ、本当に感謝している……。

 ノワールのおかげで、いま、僕たちの作戦は成功を迎える。


 ただ、その成功によって、ノワールが助かるということはない。

 なにせ、僕が作戦に合わせて動いた先は、前ではなく後ろ。

 ノワールの渾身の魔法に合わせて、大きく後退して、位置取りを変えただけだった。


 そして、キリストから確実に、あいつ・・・を隠した。

 ただ、その隠したものに向かって、僕の喉と口は勝手に動く。


「(――そして、感謝するのは我らがリーダー・・・・・・・も)。(ええ、私からも深く感謝します。ただ、あなたは遅刻ですよ。我が友・・・――)」


 ノワールと同じように、もう十分だからと。

 作戦の種明かしをするような声が出された。


 僕の意思ではない。

 勝手に『魂の腕』が動くように、僕の喉と重なった『魂の喉』が震えたのだ。


 そして、ノワールが倒れたことで、その魂は白の『魔石人間ジュエルクルス』から、次へと、進んでいく――


 いまの呼びかけで、僕の後ろに隠れたあいつ・・・が前に出る。

 ノワールの意識を奪って一安心したキリストが、僕の隣に並び立った人物を見て、呟く。


「シ、シアちゃん……?」


 まず僕たちのパーティーリーダーであるシア・レガシィの名前を出した。


 間違ってはいない。

 その小さな体躯も、無害そうな小さな顔も、全て彼女のものだ。

 しかし、その口から返ってくるのは、全く別。


「(――ははっ)」

「…………っ!?」


 彼女らしからぬ笑い声。


 いまの僕と同じだ。シアの身体を通して、別の誰かが喋っている。

 それにキリストも気づいて、ノワールに集中させていた警戒を全て向け直す。


 もう隠すことはできないと諦めたあいつ・・・は、ぱちぱちと拍手を始める。

 その小さな手を使って、呑気に繰り返していく。冗長に拍手され続けるキリストは、何かを思い返したかのように零す。


「あ、ありえない……」


 その反応で、満足したのだろう。

 次は喜色を交えて、穏やかな挨拶を投げかけていく。


「(――よお。カナミの兄さん)」


 明らかにシアの振動こえではなかった。

 ただ、それもまた僕と同じ。

 この『最深部』という最後の到達点ゴールにて、ついに届き、重なった魂――


「パ、パリンクロン・・・・・・……? パリンクロン・レガシィ……」


 その名前を、キリストは口に出した。


 かつて本土中央にて、『世界奉還陣』を展開し、たった一人でキリストたちと戦った元『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』パリンクロン・レガシィ。

 一度キリストに完全勝利して、洗脳から手駒までにした男だ。

 あのティアラやヒタキと並び、最もキリストを追い詰めて、苦しめたと言っていいだろう。


 ――その男が、兄様やハイリさんと同じく、ここで待っていた・・・・・


 一年前、世界中の地図が塗り替えられた『大災厄』の日に、彼は自らの『世界奉還陣』に呑みこまれた。

 それでキリストとパリンクロンの戦いは、決着と思われていた――が、こうして『最深部』まで辿りつき、『世界奉還陣』の仕組みについても明かされた今ならば、それは違うと気づける。


 件の魔法陣は元々、不純な『魔の毒』を分離させる術式だ。

 そして、繋がる先は『最深部』。

 そこに呑み込まれた魂はゆっくりと浄化されて、また地上に生まれ変わるという手順を踏むのだが……。『世界奉還陣』を発動させた術者ならば、その手順に穴を空ける術式を足せるだろう。


 レガシィ家は『死した使徒の魂を、血縁者の身体に転生させる』という魔法が伝承された血筋だ。その血筋に生まれたパリンクロンならば、「術者パリンクロン・レガシィが『世界奉還陣』に呑み込まれても、魂の浄化は行われない。『最深部』にて、転生できる血縁者の身体を待つ――」という特別扱いの術式を足せても不思議ではない。


 つまり、あの日からずっと、パリンクロンは『最深部』に留まっていたのだ。

 自らの作りし第二迷宮という門を潜り、『最深部』を通る誰かを待ち続けて――


 今日いま、皮肉にも、自らの姪のシア・レガシィと再会した。


 ――本来ならば、たとえ『親和』できる姪でも、そう易々と意思疎通はできない。

 事実、かつてシアが第二迷宮を探索していたときは、叔父の名残しか感じられなかったらしい。


 しかし、この『終譚祭』という日は、あらゆる奇跡が重なった。

 伝説の竜たちの大振動おおごえが、地上から『最深部』まで響き渡った。

 死して諦めない信者たちの歌も、地下から『最深部』まで響き渡った。

 それらを正しく繋げたのは、グレンさんの垂らしてくれた『黒い糸』。

 他にも、多くの魂たちが生き抜いた。

 そして、いま――


 シア・レガシィの右手に、漆黒の魔石が握られていた。

 ノワールの《グラヴィティ・グリード》に合わせて動き、僕が先んじて渡した『闇の理を盗むもの』の魔石だ。


 それを胸に当てて、体内に埋めながら、頷き答えていく。


「(ああ、俺だ。俺はパリンクロン・レガシィ。……だから、これは本当に『最悪』だな。できれば、この道だけは避けたかったんだが)」


 ここに来て、パリンクロンのやつが妙に大人しい。

 いつもの胡散臭い挑発が控えられて、自嘲している。


 思うところがあるのは、僕やキリストだけじゃないようだ。

 パリンクロンは自らの胸元に目を落としながら、姪のシアの身体をおもんぱかる。


「(かつて守った姪の身体が、結局はクソ野郎の魂に乗っ取られているわけだからな。いまなら、あんときのカナミの兄さんの気持ちが少しわかる気がするぜ。……本当に最悪な血の繋がりと運命だ。ははっ)」


 事前にシアと話し合い、全て納得した上のはずだが……。

 それでも、いざキリストの前に出ると、その思うところを抑え切れないようだった。

 家族である姪の身体を使って、戦いで傷つけるのを恐れていた。


「…………っ」


 その気持ちを、キリストは共感できるのだろう。

 かつて家族である妹の身体を使い、戦いで傷つけることを恐れていたからこそ、その返答に戸惑っていた。


 ただ、そのキリストとパリンクロンに忠告するように、まず僕の喉が震える。


「(いいえ、パリンクロン。あなたの姪は、本当に強いです。なので、これはあなたが乗っ取っているのではなく、私たちが使われているんですよ。……本当に最高な血の繋がりと運命でね)」


 嬉しそうな声で、友二人に向かって言い切った。


 そして、その『魂の腕』をパリンクロンと同じく、胸元に置いて――血の繋がらぬぼくを自慢するように笑った。


 ……嬉しかった。

 二人と違って、ハイン兄様は信じてくれている。

 僕とシアが、兄と叔父を本当に頼りにしているという気持ちが、確かに伝わっている。


 何故だろうか。

 それが誇らしくて、涙が滲みそうになった。


 その僕の様子を見て、パリンクロンは兄様からの助言を素直に受け入れる。


「(……しゃあねえ。じゃあ俺も、そう思うとするか。ぐだぐだ考えるよりも、そっちのほうが気分いいしな)」

「(そういうことです。なので、私たちは私たちの責任に集中しましょう。あの日、お嬢様の教育係を請け負った私たちには、その責任があります)」

「(ああ。俺らで育てた大馬鹿娘が、異世界よそさまの子に迷惑かけてるみたいだからな……。はぁ。一応、あいつの騎士だったからなぁ、俺ら)」

「(ええ。だから、今度こそラスティアラお嬢様の騎士として、私は少年を――)」


 ラスティアラの味方を自称する二人が、僕とシアを通じて、会話を続ける。


 100層の奇跡と不思議さが極まった光景だった。

 いま、この『最深部』という場所は、本当に様々な魔法が入り混じっている。

 千年前の伝承も神話も超えて、あらゆる奇跡の宝庫と言っていいだろう。


 その結果、もう二度と会えないはずの人と会えている。

 聞けないはずの言葉ものを聞けてしまっている。


 それは『本物』か『作り物』か。

 信じるのは、生きている人次第だが――


 対面するキリストは、もう完全に認めていた。

 見る者の心を反映して姿を変える『最深部』で、その漆黒の瞳に――


「敵じゃない……。いまさら、この二人くらい……、大丈夫……――」


 騎士ハイン・ヘルヴィルシャインと騎士パリンクロン・レガシィ。 

 この二人を『本物』と認識して、かつての騎士の姿で、確かに瞳に映していた。


 だから、キリストは臨戦態勢に移っていく。

 もちろん、本当は信じられないだろう。

 ふざけていると文句を言いたいだろう。

 しかし、多くの偶然が重なって――いや、二つの必然が繋がって、いま、ここに騎士二人は揃ってしまっている。


 ヘルヴィルシャインの血脈によって、千年かけて目指した降霊の魔法。

 レガシィの血脈によって、千年かけて目指した転生の魔法。


 ――本来、始まりも目的も方法も、別々の軌跡と奇跡だった。


 だが、その二つの道の先は、繋がった。

 この『最深部』で交じり合っていた。


 だから、これは張りぼてでも虚仮威こけおどしでもないと、キリストは理解している。

 強敵との戦いを覚悟し、唇を噛んで、ゆっくりと身構える。


 そのキリストに、パリンクロンは一歩近づいて、宣戦布告する。


「(じゃあ、カナミの兄さん。……やるか・・・。なにせ、まだだからな)」


 ただ、その手には武器もなければ、魔法を構築する素振りもない。

 これからやる・・のは、もっと別のものらしい。


 それをキリストが推測して、口を挟む。


「ま、まだ? ……違う、もう終わってる。『試練』は全部、終わったんだ」

「(ああ、『第二十の試練』は終わったな。ティーダもレガシィも満足した。百までの全ての『試練』をクリアしてたのは、ちゃんとここから俺も見てたぜ。――だから・・・次だ・・。カナミの兄さん、知ってるか? 物語ってのは次々と繋がっていって、最後の頁なんてないらしいぜ? ……ははっ、余り俺の趣味じゃない話だが、いまだけはその理に感謝して、続きを紡がせて貰おうか)」


 パリンクロンは肯定した。


 そして、すぐに次の話に続いた。

 自分まで繋げてくれたみんなに向かって、感謝していく。


「(俺と繋がっているのは、ハインだけじゃない。もしグレンが来なければ、俺は誰にも気づかれることはなかっただろう。シアがいなければ、『闇の理を盗むもの』の魔石という門は開けなかっただろう。そして、そのティーダの幼馴染であり、我がご先祖様のロミス様の執念もだ。あとは千年前の使徒レガシィの遺した数々の呪術。なにより、大聖堂の……、……あー、分かってる。もちろん、アルティの姐さんにも感謝してるさ)」


 次々と理由を並べていく。

 ただ、『火の理を盗むもの』の名前が出たところで、それは止まった。


 この100層のどこかから、急かす振動こえが聞こえているかのように、その女性に向かってパリンクロンは一礼する。


「(アルティの姐さんに……いや、『マリア・ディストラスの二人』に、最大の敬意と感謝を。その彼女らの道に俺も続いて、やろう・・・。ああ、よく聞け。これが最後の挨拶だ――)」


 さらに、礼は続いていく。

 まずパリンクロンは何も持っていない手で、剣を振る仕草をした。


 その仕草は流麗過ぎた。

 何も持っていないのに、そこに剣があるかと錯覚するほどの自然な動きだった。

 弛まない反復練習の末に身につくであろう技であると、直感的に理解させられる。


「ぁ、ぁあ……」 


 その剣の演舞を見て、キリストは血の気の引いた顔を見せた。


 そして、パリンクロンは騎士の礼の終わりに、もう一度だけ胸に手を当てた。

 そこにいる誰かを感じて、もう決して偽ることのない『魂』で宣言していく。

 ゆっくりと顔をあげながら、両手を広げつつ――



「(――さあ、舞台は整った。ここが・・・この百層こそが・・・・・・・百二十層・・・・。『闇の理を盗むもの』シア・レガシィの階層だ。ここならば、急造でも無断拝借でもなく、二十層どころか百層どころか、百二十層と言い張れるだろうよ。……ははっ、答え合わせの次は、忘れないように復習の時間にでもするか? 何にせよ、カナミの兄さんには、俺たちの『第百二十の試練』を受けて貰おう)」



 先に消えて逝った九人の『理を盗むもの』たちの残した想いものを拾うように、次へと、例の口上を繋げた。


 僕にとっては、懐かしさを感じるだけの台詞だった。

 だが、キリストは違うようだ。青い顔のままで、首を振り続ける。


「め、迷宮は……、終わったんだ。百十も百二十も、あるわけがない……」

「(はははっ。でも、姐さんは終わってねえって言ってるぜ?)」

「マリアたちが勝手に言ってるだけだ!! 迷宮を作った僕の許可も得ず!!」


 ついにキリストは激昂して、叫んだ。

 さらには、その異形の八本の腕を全て持ち上げて、勢いよく地面に叩きつけた。


 衝撃で、爆発するような水飛沫が、浅瀬で八つ弾けた。

 水面は荒々しく波打っていく。その飛沫と波紋の全てをパリンクロンは足元で受けて――、吸い上げる。


 『闇の理を盗むもの』の力だ。

 100層の水に自らの魔力を練り合わせて、黒い泥に作り替えていく。

 それを足に纏わせて、まず厚底の靴ブーツを作った。さらには脚と胴を覆う衣服も。そして、両腕には長めの手袋ロンググローブを黒い泥で作って、最後には大きな黒い仮面で貌を隠した。


 よく見れば、靴と手袋が普通の大きさではなかった。

 手足を延長させるように長い――と思った瞬間には、全身が黒い泥によって大人の体躯となっていた。


 パリンクロンは動きやすい背丈を選び、両手を目前で開け閉めして、その出来を確認していく。

 途中、視線をキリストに向けて、お揃いの異形を見比べて笑う。


「(く、くくっ、ははっ……! よく見れば、カナミの兄さん。前の俺みたいな姿してるな? そんなに囲んでぼこられた敵役おれの気持ちを味わいたいのか? ……ならば、喜んで。今度は、一人になったカナミの兄さんを、俺らで囲んでやろうか。ははははっ)」


 パリンクロンは黒い泥で剣を一つ作って、その切っ先を前に向けた。

 しかし、決して一人で向かって行きはしない。


 単独での暗躍のイメージが強い男だが、この最期の戦いだけは違った。

 生前に出来なかった協力を求めて、横にいる僕に瞳を向けた。


 拒否する理由はない。

 また僕の喉は動き、合わせる。


「(――分かっています、パリンクロン。ただ、きちんと見習い時代を思い出してください。私が前で、あなたは後ろから援護ですよ)」

「(――心配すんな、ハイン。これでも、騎士訓練は真面目にやってたんだぜ? こうして、世界の命運を懸けた戦いを夢見て。ずっとな!)」


 共に同じ道を歩き出す。

 赤い双剣と黒い片手剣。

 それぞれの騎士の剣を手に、『第百二十の試練』を課しにキリストへ向かっていった。

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