468.ディプラクラ


 この血の浅瀬は、魔力を伝え易かった。

 迷宮の奥にいるカナミまで届けと、大地を振動こえで震わせる。


(せっかくの『終譚祭』だから、最後に私の話を聞いて欲しいな――)


 魔法道具マイクを通したかのように、戦場にいる全ての人まで、その振動こえは届く。


 カナミと二人でギルド運営をしていたときの連絡手段と同じ手法だ。

 あの日から成長した私ならば音量は上げ放題で、『魔石線ライン』を通じて、連合国中に・・・・・、響かせることもできる。

 ちょっとした微震が起きているけれど、今日はお祭りだからと気にせずに続ける。


(知ってる人は知ってると思うけど、私は強かった。まさしく、子供たちの目指す『最強』ってやつで……。でも、この強すぎる力のせいで、色んなものを失った)


 その間も『血の騎士』たちは動く。

 だが、私の振動こえを全身に受けて、明らかに動きが鈍っていた。


 護衛してくれるセラさんによって、近くの一体が殴り飛ばされて、四散する。しかし、遠くのクウネルの足元から、すぐに新たな『血の騎士』は生まれる――が、その生成スピードが、最初の四体よりも明らかに遅い。


 無詠唱の《ヴィブレーション》の振動こえが、血の浅瀬の魔法構築を妨害していた。

 そして、私の足元では、血が沸騰し始めている。

 ただ、これは単純に体温。『竜化』時の体温だけで、血の浅瀬が蒸発しようとしていた。その血の蒸気は私の身体の蒸気と混じり、脈動する赤い霧に変じていく。


 赤い霧に包まれた私の姿を見て、周囲の騎士や『魔石人間ジュエルクルス』たちが息を呑む。


 よく見れば、『魔石人間ジュエルクルス』たちの多くが、苦しそうに脂汗を浮かべていた。

 私たちが《インビラブル・アイスルーム》内で好き勝手に動くので、結界の維持が辛そうだ。中には、すでに倒れている子もいる。


 それでも、『魔石人間ジュエルクルス』たちが魔法を保ち続けているのは、神を信じているからだろう。

 竜人ドラゴニュートとしての強さを誇示する私を睨み、新しき経典の「――『天におられる我らが神よ』『神聖なる魔法を我らに与え給え』」を口ずさんでは、祈っている。


 その何かに縋りながら戦う姿は、どうしても思い出してしまう。


(――私に、ここにいるみんなは似てる)


 そう呟くと、ここにいる『魔石人間ジュエルクルス』たち全員が表情を変えて、憤った。


 スノウ・ウォーカーは大貴族に名を連ねて、生命力の象徴でもある竜人ドラゴニュートだ。

 家も名も与えられず、短い人生を強制された『魔石人間ジュエルクルス』たちにとっては、当然の反応だろう。


 百も承知で、私は話を続ける。

 それは、私の嫌っていた貴族然とした姿に近く――いつも疲れた顔で頑張っていた義兄グレンの後ろ姿を少しだけ思い出した。


(似てるよ。……この竜の血のせいで、私は人生の一歩目が狂った。失敗して、故郷と家族を失った。それから、何度も失敗して、居場所を失って、大切な人たちをたくさん失って……、頑張っても頑張っても酷い目に遭い続けてると、真面目に頑張ろうって気がなくなるよね? 最後には、もう人生の自由さえ失う。残された少ないものに、縋るしかなくなる)


 棒立ちの私を守るように、騎士のセラさんが立ち塞がっては、『血の騎士』たちを両腕で吹き飛ばしてくれている。


 途中、彼女と一瞬だけ視線が合ったが、私を責める様子はなかった。むしろ、言いたいことがあるなら全部言っておけと、励ましてくれる表情だ。


 だから、クウネルの『血の騎士』は問題ない。


 しかし、使徒ディプラクラは別だった。

 動かずに語るだけの私を隙だらけと見て、木の巨人の指先で再度摘まもうと、動かし出すのだが――


(みんなのレヴァン教と違って、私にはウォーカー家が残ったよ。だから、そのウォーカー家に伝わる『本当の英雄』ってやつを、ずっと私は待ち続けた……。人生が辛くて、もう他のみんなと同じように生きられないから……、縋って、祈って、誰かが助けに来てくれるのを願い続けたんだ……)

「…………」


 そう私が口にしたとき、ぴたりと。

 木の巨人の動きは止まった。


 ディプラクラは高みに避難していたが、ずっと話せる距離にいる。

 ゆえに使徒らしく、慈悲深く、高みから私の話に応じてくれる。


「……ならば、スノウ・ウォーカーよ。そのまま、祈り続ければよいではないか。この『終譚祭』に、おぬしも参加せよ。どうか、『幸せ』にして欲しいと祈るだけで、そのおぬしの願いは叶うじゃろう」


 姿は違えども、根っこのところはシスと同じようだ。

 自らの正義を強く信じ、負けず嫌いで、異様なまでにお喋り好き。


 そのディプラクラが、本心から私を憐れんで、勧誘する。


「思えば、おぬしほど我らが神の福音を聞いた者はおらん。いまからでも、遅くはないぞ。自身の『竜化』が恐ろしく、誰かに助けて欲しいのならば、いますぐレヴァンの神に祈るのじゃ。されば、きっと神はおぬしに、苦しみも不安もない世界を与えてくださるじゃろう。――強く望むならば、『英雄』が助けてくれる未来も、その魔法の糸で上手く紡いでくださる」


 『竜人わたし』が言った『魔石人間ジュエルクルス』に「似てる」の意味を、ディプラクラは正しく理解していた。

 スノウ・ウォーカーもレヴァン教に相応しいと見抜き、その巨人の手を摘まむ形から差し伸べる形に変えて、入信を勧めた。


 ただ、その慈悲の手を、私は拒否させて貰う。


(ディプラクラ、そんな都合のいい『英雄』はいないよ。いないって、カナミが言ったんだ。レヴァン教の神様自身が、その福音ってやつでね)


 苦しい思い出だけれど、そう返した。

 真っ向から私は、レヴァン教を容赦なく批判していく。


(縋ろうとする私にカナミは、自分の人生は自分の意思で進めって教えてくれた。誰かに縋るのは楽だけど、優しい嘘に騙されちゃ駄目だとも――)

「な、何を言っておる! そのような言葉、レヴァン教の『経典』にはない!! 嘘を吐いて騙そうとしておるのは、いまのおぬしじゃろうて!!」


 その批判にディプラクラは怒り、真っ向から反論した。


 『経典』にないらしい。

 だが、当たり前だ。

 だって、あれを書き遺したのは、聖人ティアラだ。

 そして、その聖人ティアラの『糸』に抗い続けたカナミの教えを、真の『経典』を読むつもりで私は口にしていく。


(嘘じゃないよ。他にもカナミは、誰かに任せ切るのは一方的過ぎるとも言ってた……! 『英雄』って呼ばれるのも嫌がってた! そのカナミが、いま神様って呼ばれてる! もう『英雄』どころじゃない! そんなものを一度でも背負わされたら、もう誰とも対等じゃなくなる! その怖さが、いまの私ならわかる!)


 もちろん、みんなの願いを背負える人はいるだろう。

 きっと、それを『強い人』と呼ぶ。


 だが、自分の願いすら見失っているようなカナミが――

 見栄を張り、僕は『世界の主』になれるなんて。

 道を間違えて、僕は『魔法』に至るなんて。

 ――『風の理を盗むものおねえちゃん』と『地の理を盗むものあのバカ』と、そっくりの失敗をしている。


 いや、あの二人だけじゃない。

 『理を盗むもの』全員の失敗を内包している。

 だから、異世界からカナミは選ばれて、こちらにやってきたと聞いている。


 その意味を私より知っているであろうディプラクラは、声を震わせて、反論を口にしていく。


「……わ、わかるじゃと!? あの神の心を、おぬしがか!? いいや、もう神の心は、誰にも読むことはできぬ! 儂らでも、儂らの元主でさえもな!!」


 震える気持ちはわかる。


 カナミの力は強大過ぎる。ゆえに、ディプラクラは畏れている。さらに怯えて、竦み、身体を震わせて――縋ろうとしていると、私には共感できた。


 この人もまた『魔石人間ジュエルクルス』たちと、本質は同じだ。

 むしろ、誰よりもレヴァン教にのめり込んでいる。

 そのディプラクラに、私はカナミから教わったことを繰り返す。


(それでも、私は読みに行くよ。だって、『相棒パートナー』として傍で支え合うって、誓ったから――)


 そう答えて、上に陣取るディプラクラに向かって、顔を向けた。

 彼とお喋りしている間に、私の『竜化』は進んで、《インビラブル・アイスルーム》内でも動けるようになる。


 その少し卑怯な時間稼ぎをした私を見たディプラクラは、勧誘を完全に諦めて、今度こそ巨人の腕を動かす。

 ただ、先ほどと違って、周囲の被害を気にしない乱雑さだった。


「神と支え合う!? 自惚れるな! 不心得者め! おぬしこそが優しい嘘で塗り固めておる! 人々を騙そうとしている悪魔じゃ! 『相棒パートナー』など、儂でも……、儂ら使徒でさえも! もう到底できぬこと!!」


 巨人の腕を落としながら、ディプラクラは捲し立て続ける。

 ただ、ときおり視線が逸れて、彷徨う。


 私に激怒しながら周囲を気にしているのは、「いまも神に視られている」と信じているからだろう。


「ああっ、できぬ! もうおぬしには何もできぬ! 今日も、また失敗することじゃろうて! 上手くシスの巫女ディアを囮にしたつもりじゃろうが、それは儂らに見抜かれた! この迷宮から迸る光と魔力を見よ! おぬしならば、流れ・・も感じられるはず! 世界の主は無限の魔力だけでなく、全ての運命を変える力を得た! 過去、現在、未来の全てを見通し、糸によって世界を整え続けてくださる! ――その主に願え! どうか、みんなを『幸せ』にしてくださいと!!」

「要らない。だって、私はカナミが怖くない。――鮮血魔法《フライソフィア》」


 『竜化』は完了した。

 私の両腕は変異し切り、蒼い両翼も得た。


 かつての『舞闘大会』四回戦で見せたときよりも、それは大きく、色濃い。

 ただでさえ長身だった私だが、いまやこの場にいる誰よりも背が高い。

 鋭利な牙の奥からは、人のものとは思えない唸り声が響き、血の匂いのする蒸気が吐き出され続ける。


 今日までの『冒険』で得たレベルの分も加算されて、過去最高の『竜化』なのは間違いない。


 だが、まだ足りない。

 私は種族的に、性格的に――何より、今日まで『竜化』を恐れた弊害として、変身の練度が異常に低い。

 ここから、さらに『魔人化』に入らないといけないのだが、その前に空からの光が完全に遮断される。


 地面が落ちてくるような木の巨人の手のひらが、とうとう目の前まで来ていた。


 すぐに私は右拳を振りかぶる。

 私と巨人のサイズ差は歴然。

 針金と金槌がぶつかり合うような状況だったが、恐れずに全力で上に向かって、殴りかかる。


 『竜化』した剛腕と木の巨人の手のひらが近づき、接触した。

 瞬間、大地が揺れる。

 周囲の血の浅瀬がさざ波でなく、大爆発したような飛沫をあげて、一瞬だけだが戦場から全ての音が消えた。


 ――そして、二つの腕の力は拮抗して、止まる。


 ディプラクラと拳を突き合わせた私は、こちらの最後の言い分を振動こえにして敵の腕に伝わせていく。


(ディプラクラも一緒に、支えに行こう! 与えられた偽りの『幸せ』じゃなくて、自分で選んだ道を進もう! たとえ、その未来が失敗すると決まっていても! その先で破滅が待っていても! それが自由に生きるということだって、カナミが! それが楽しく生きるということだって、ラスティアラが・・・・・・・! 私たちに教えてくれたんだから!!)

「――――っ!」


 しかし、その言い分に反応したのはディプラクラでなく、周囲で巨人の摘まみ取りに巻き込まれかけた『魔石人間ジュエルクルス』たち。

 《インビラブル・アイスルーム》が解けかけるほどの動揺が奔っていた。


 それほどまでに、いま出てきた「ラスティアラ」という名は特別なのだろう。


 あと、たぶん私たちと一緒だ。

 こういうときのために、生前のラスティアラから何か言われているのだ。


 それが簡単に想像がついて――周囲の『魔石人間ジュエルクルス』たちに釣られて、私も彼女との思い出が溢れ返る。


 口では厳しい話をしても、いつも私に大甘だったラスティアラ。

 あの明るく前向きな後ろ姿を見ていると、ずっと甘えていたくなった。

 けれど、その幼く純真過ぎる笑顔を見ていると、いつまでも甘え続けるわけにはいかないとも思えた。この齢四才の女の子に頼り切りではいけない。私も頑張って、隣に立って、支えないといけないと――って。


 簡単に言うと、ラスティアラを思うだけで、元気が出る。

 そんな人だった。

 だから、力が湧く。


 竜人ドラゴニュートの剛腕が巨人を押し始めるのを、ディプラクラも負けじと自らの声を魔法で伝わせて、私に叫び返す。


「全てっ、嘘じゃ! 儂は知っておるぞ! おぬしは、ただ神が欲しいだけじゃろう!! そうやって、奪う隙を探しておるだけじゃろう!? ああっ、相も変わらず、欲深く愚かな種族共め! 個人の自由よりも、みなの『幸せ』を優先せよという神の声が、聞こえぬか!? 感じぬか!? いまも、福音が儂らには聞こえておるぞ!! ああ、あるじっ! 必ずやっ! 必ずや、主の忠実なる使徒しもべディプラクラが、あなたの『計画』を完遂してみせますっっ!!」


 ディプラクラの姿は拳で見えない。だが、その言葉選びから、周りが見えなくなった『理を盗むもの』たちを連想する。


 例のカナミの『呪い』が、親しかったからこそディプラクラにも強く影響している。そう思えるほどに、彼の言い分は――『狭窄・・していた・・・・


「そしてぇ! いまぁっ! おぬしの狙いを、儂は見抜いたぞ! ははっ、儀式の仕組みを知り、我らレヴァン教の神を奪おうとしておるな!? 絶対にさせぬ! あれは、もう我らレヴァン教のものじゃぁあ!!」

(――――っ! 違う! カナミは誰のものでもない!)

「いいや、我らのものよ!! 我らが呼び、我らが神として迎えた! 多くの代償を払い……、やっとじゃぞ!? やっと、あやつが……、選んで呼んだ陽滝ではなく、儂を慕ってくれた男が! 神になると、そう言ってくれたのじゃ! もうどこにも、あやつを逃がすものか! 誰にも渡すものか! 儂らの千年の絆に、割って入ってくるでない! やっと世界は救われるというのに、この禍々しき竜の末裔めがっ! おぬしも、ティアラや陽滝と同じく、悪魔じゃっ! おぬしこそが伝承の悪竜あくりゅう! 現代の『悪竜ファフナー』め!!」


 ディプラクラは一心不乱に叫び続け、その勢いのままに、ぐぐぐと巨人の腕に力をこめ続ける。


 少し予定外だった。

 彼はレガシィやシスと違って、暴力を嫌い、対話を好み、知と中庸を司る使徒と聞いていた。

 だが、いま彼は知性も中庸も捨てて、ただ神を妄信するのみ。


 おそらくだが、千年前から悪意に揉まれ続け、何度も失敗して、どこか自棄になっている――からこそ、私はディプラクラを放っておけないという気持ちが湧く。


みなよ!! この悪竜あくりゅうを、決して神に近づかせるな! この者は儂らを『幸せ』にしてくれる神を殺す! それが可能な『呪い』が、古来より悪竜という名には在る!! この世界を救えるのは、もはや我らが神のみじゃというのに……! 欲深くも、我らが神を奪おうとする悪竜は、絶対にここで封印せねばならん! この世界の平和のためにも! 声を揃えて、神を讃えよ!! ――『天におられる我らが神よ』『神聖なる魔法を我らに与え給え』! ――神聖魔法《ブラッドライン・ロックフィールド》!!」

「「「「「て、『天におられる我らが神よ』『神聖なる魔法を我らに与え給え』。――《ブラッドライン・ロックフィールド》」」」」」


 『魔石人間ジュエルクルス』たちは《インビラブル・アイスルーム》の維持で消耗してた。中には、私とディプラクラの恥の多い口論を見て、動揺している者もいる。


 しかし、私を伝承の悪竜扱いしたことで、一時的だが統率が取れた。

 そして、その初めて聞く魔法は、一時的でも効果は絶大だった。


「なっ――!?」


 巨人の拳の重さが、急に増す。


 しかし、すぐに違うと気づく。

 抵抗する私の腕の力が減衰したのだ。


「悪竜スノウ!! おぬしの『竜化』は、神の『計画』通りじゃ! ゆえに、時間稼ぎをしておったのは、こちらのほう……! 血の浅瀬の下に隠れた『魔法陣』が、すでに起動し終えておったのがわからなかったか!? それは簡易的な『世界奉還陣』――いや、より実践的に改良された『対竜人用封印陣』といったところじゃな……!」


 いつの間にか、足元の血の浅瀬が淡く発光している。

 そして、戦場に逆さまのオーロラがいくつも発生して、揺らめいていた。


 見たことがある。

 一年前の本土中央でパリンクロンが使った『世界奉還陣』と似ている。もちろん、こちらこそが元祖であり、より強固で専門的。


 その『対竜人用封印陣』で勝利を確信したのか、ディプラクラは少し熱の引いた声で説明していく。


「本来、『世界奉還陣』は世界樹を利用して、完全なものとなる。……儂とて、千年も封じられた術式じゃ。おぬしには脱出不可能。その竜人ドラゴニュートの特性で慣れることはできず、食らわせもせん。ただ、優しく包みこんで、世界樹と同化させよう」


 千年前にセルドラと争い続けた経験値で、竜対策は完璧なのだろう。

 だが、その『対竜人用封印陣』という餌を前に、私は挑発するように笑う。


(ディプラクラ、やってみればいい。いまの私は、世界の誰よりも諦めが悪いよ。これはカナミのところへ行く前に、あえて食らってみるのもいいかもね)


 この程度、『魔人化』のいい準備運動だと思った。


 どうせ、さほど手間は取らないし、食らうのは・・・・・攻撃でもある・・・・・・

 封印系魔法を多用するであろうカナミ対策に、これで腹ごしらえするのも悪くない。


 という私の傲慢で強欲な意思が伝わったようで、ディプラクラは忌々しそうに答える。


「くっ、この……! 本当に、セルドラのようなことを言う……! だからこその慣れさせぬ封印じゃと言っておる! 決して、食らうことなどできぬ!!」


 ディプラクラは千年前を思い出したのか。振動こえを震わせて、私と突き合わせた巨人の腕を、急速に膨らませていく。

 枝や根を急成長させることでの肥大化だ。


 その腕は私を潰すのではなく、抑えつけることを目的としていた。

 ただ大きくなるだけでなく、いくつかの根がモンスターの触手のように動き、私の身体に絡みついてくる。このまま隙間なく包み込んで、取り込むつもりなのだろう。


「もう儂の勝ちじゃ! 神殺しを企む罪深き悪竜は、く祭りから消えろ! いまさら、『魔人返り』で古代の伝説を掘り起こそうとするでない! 『竜人種』と『翼人種』の物語なぞ、とうの昔に決着したのじゃ!!」

(…………っ!)


 古代の伝説。


 勝利宣言されたことよりも、その単語が私は気になった。

 私が『竜化』の先にある『魔人化』まで至れば、その意味がわかるのだろうか。


 少し期待して、私は腕に力を込め、翼から風を巻き起こし、真っ向から巨人の手のひらを食い破ろうとする――そのときだった。



「――共鳴・・魔法《フレイムアロー》」



 基礎中の基礎である《アロー》の魔法名が、戦場に響いた。


 ただ、その魔法の光はフレイムという名前に反して、赤でなく白。

 真っ白な閃光が、私の視界一杯に満ちた。


 拳の壁によって暗く染まっていた視界を晴らして、開放させてくれる。

 そして、突きあげた拳にかかっていた重さも全て消えて、はっきりと周囲の状況を把握できるようになった。


 迎え撃っていた木の巨人の拳が、綺麗に消えていた。

 正確には、魔法の矢《フレイムアロー》によって破壊されて、吹き飛ばされて、空で蒸発していた。私に絡みつこうとしていた枝や根さえも纏めて、ごっそりと全てが消失した。


 木の巨人が隻腕となっている。

 木の根で宙に浮かぶディプラクラは、それを呆然と見ていた。


 私は呆然としない。

 いまの滅茶苦茶な威力と綺麗な白色には、親しみしかないからだ。


 もう追いついてきたのかと私は驚き喜び、後ろに振り向いた。


 迷宮前の戦場から少し離れた『正道』の先に、片腕を前に突き出した人影が見える。

 ただ、その人影は可愛らしい女の子――ディアではなかった。


 黄金の長髪を靡かせる男が雄々しく、敢然と立っていた。


 その突き出した腕は、私たちと同じく肥大化して、獣の毛並を纏っている。獅子の特徴を持って『魔人化』した男は、その金の髪を焔のように揺らめかせて、こちらに歩き向かいつつ、喋る。


「スノウ、悪癖が移っているぞ。……貴族の先達として忠告するが、持つ者の考えが分け隔てなく伝わるなど、あのカナミと同じ失敗だ。いいから、君は君らしく、君の相手まで急げ」


 その凛とした声は、私と違って大きな振動こえではないのに、しっかりと戦場の隅々まで通った。


 私の知っている声だった。

 いまの《フレイムアロー》を放ったのは学院時代の友であり、連合国の貴族を代表する男エルミラード・シッダルク。


 そのエルミラードの後ろには、人だかりができていた。

 彼のギルド『スプリーム』の面々を筆頭に、ラウラヴィア国の人たちが集まっているのが見える。

 その中には、私と親しい顔も多く交じっていた。

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