465.ディアブロ・シスその2
気持ちのいい朝を迎えた。
眩しい快晴の青に、打ち上がり続ける多彩な花火。
朝の陽射しが降り注ぐ
お祭りならではの不思議な空の下、俺は大きめの外套で顔を隠して、ヴァルトの市場を通り抜けていき――途中、お祭りを楽しむ人たちとすれ違った。中には「あれが欲しい」「俺も欲しい」とねだる姉弟の子供がいて、両親と思われる男女が「今日だけだぞ」と答えていた。
その光景を、やっと俺は穏やかな気持ちで見ることができて。
懐かしみながら一刻ほど歩き、目的地に辿りつく。
フーズヤーズ大聖堂では昨晩、大々的な
だが、俺が顔を明かして「シスに会いに来た」と堂々と宣言すると、すぐに面会は許された。
事前に上から、言い含められていたのだろう。
俺は最奥の神殿まで案内される。
ただ、人払いが行われたようで、中に一般客は見当たらずに、騎士と神官たちのみだった。
少しだけ懐かしい。
綺麗に切り取られた立方体の空間に、一定間隔で石柱が立ってある。
床と壁は鏡のように磨き上げられて、厳かな空気を強調する。
入口から祭壇まで赤いカーペットの道が敷かれて、その両隣には来客用の長椅子がいくつも並んでいた。
一年前、俺は賓客として、その長椅子に座っていた。
祈祷用の似合わない服を着せられて、いまかいまかとカナミがやってくるのを待っていたが――今日の俺は真逆。
安物の外套の下には、迷宮探索用の装い。使い込まれた革の手袋と胸当てに、神殿に相応しくない武骨な剣を佩き、後ろの腰には薬の入った袋や小道具を下げている。
この姿で、今日俺はカナミを迎えに行く。
そのつもりなのだが、赤いカーペットの上に立った俺を取り囲む騎士たちは、それを許しはしないだろう。
包囲する騎士を見て、ぼそりと俺は呟く。
「……これだけか」
ざっと見たところ、五十人程度。
広い神殿を全く埋め切れていない。
戦力の少なさに、俺は顔を顰めた。
新しい『元老院』たちが出てこない。
騎士たちの淀みない動きから、指揮系統は上手く機能している。近くで『元老院』の誰かが、隠れて指揮していると思いたい。だが、代表格であろうクウネルは俺との対決を避けて、下の『政務資料室兼コネクション保管所』から別の場所に移動した可能性が高そうだ。
どうにか移動先の情報を読み取れないかと、周囲の騎士たちをつぶさに観察し続けていると、神殿の隅にある出入口から足音が鳴る。
シスが姿を現した。
そして、ゆっくりと神殿の壇上に登っていく。
騎士たちは仕える使徒の登場に、一斉に騎士の礼を取った。
俺とシスを結ぶカーペットの上を妨げるものはなくなり、壇上に立つシスと目が合う。
ステンドグラスを通り抜ける光のせいか、後光が射しているように見えた。
使徒の神聖さを纏ったシスは、静かに語り出す。
「落ち着いてるわね、ディア。私が中にいた頃と比べると、本当に成長したわ」
情報収集に余念のない俺を見て、そう評した。
「……まあ、そりゃあな。これでも、色々と修羅場をくぐってきたんだ。なんだかんだで迷宮探索者として、もうベテランだ」
褒められたので、少し自慢してみた。
ただ、成長してるのはシスもだろう。
早朝の厳かな神殿内で、シスは淡い光を浴びながら、ゆったりと話す。
「そうね。もうあなたを超える迷宮探索者は、この連合国にいない。確か、最後に潜ったのは、80層くらいだったかしら? ……本当に、もう終わり間近だったわ」
「そうだな。だから、たぶん、今日にも俺は『最深部』に辿りつくと思う。それで子供の頃から憧れ続けた『冒険』は、終わりだ」
「子供の頃から? ……ああ、村の教会にあった娯楽小説ね。そういえば、あればっかり読んでいたわね。ちょっと懐かしいわ」
「なんだ。あのときから意識があったのか、おまえ」
「少しだけね。あなたが中々レベルを上げてくれないから、全然表に出られなくて、ずっとやきもきしていたわ」
使徒特有の一方的な語りをしない。
シスは声を張り上げることなく、こちらに対して聞く耳をちゃんと持っていた。
おかげで、遠くで打ち上がる花火の音がよく聞こえる。
さらに、祭りの喧騒や演奏も。
厳かな神殿で語るシスを讃える伴奏のように流れている。
その耳を澄ませる俺を見て、シスは警戒を強める。
「本当に落ち着いてるわね。まるで、こうなることがわかっていたみたいに……。ねえ、ディアは主の『計画』を、いつから見抜いていたの?」
「んー、難しいな。……もうカナミ駄目っぽいなって、はっきり意識したのは温泉旅行あたりだな」
「温泉旅行って……。『血陸』攻略前の? ほぼ直前じゃない」
「ああ、ほんと直前だったんだ」
例の最後の戦いを超えてから、カナミが苦しんでいたのは誰もが薄らと感じていたことだ。
だが、シスの望む答えに相応しいのは、温泉旅行だろう。
あの温泉旅行の日、俺はマリアたちと一緒に、『終譚祭』について話し合った。
そして、ラスティアラの言っていた「最後の敵」を一致させて、この祭りに待つ戦いを予期し、覚悟を決めた。
それは、どれだけ困難な戦いが待っていても、決して諦めないという覚悟なのだが……あのとき、こうもマリアは言っていた。
馴染みの仲間たちと露天風呂に浸かりながら、「――でも、もしカナミさんが変な気を遣って、この温泉の話し合いを覗いてなかったら、話は別ですね。すごく楽な戦いになるかもしれません」と冗談めかして、笑っていた。
そのマリアの読みを、俺は信頼している。
もちろん、スノウもリーパーも。……当然、ラスティアラも。
みんなを信頼しているから、こうして俺は安心して、一人でシスに会いに来た。
その俺の内心を読んだように、シスは頷く。
「そう……。覚悟して、一人なのね。でも、どうして、まずここに来たの? あなたなら、真っすぐ『最深部』に向かいそうなのに」
「もちろん、すぐ迷宮には行くさ。けど、ただカナミのところに行くだけじゃあ、駄目らしい。色々準備しないと駄目なんだ」
シスは純粋な質問を続けて、俺は偽りなく答えていく。
というより、俺とシスは交渉や駆け引きに向いていないので、そうする他ないと言ったほうが正しいかもしれない。
「準備? へえ……、どんな準備がいるの?」
「俺は余り頭がよくないから、ラスティアラの遺言は全部理解できなかった……。けど、なんとなくはわかってる。あれはたぶん、忘れものがあっちゃ駄目だってことだ」
行くだけでいいなら、既に行っている。
しかし、目を閉じれば、思い出のラスティアラが俺を止めるのだ。あの最期の夜も、彼女は「『みんな一緒』だよ」と繰り返して、笑っていた。
「忘れものね。……もう『終譚祭』は始まってるというのに、随分と悠長なこと言ってるのね」
「別に焦る必要はないって、マリアに教えて貰ったからな。だから、俺は俺らしく、全力で止めるだけだ」
「……止めさせないわよ。いえ、もう主は止まれないのよ。新生するレヴァン教と『神聖暦』は、これから永遠に続くわ」
止めるという言葉を聞き、シスの顔に緊張が奔る。
すぐに両手を広げながら、自らが保護する宗教を説明していく。
「我が主に魔法《シス》として復活させてもらってから、ずっと私はレヴァン教を広める仕事をさせて貰ったのだけれど……。こんなに素晴らしい宗教は他にないわ。私の知る限り、最高で完璧な教えよ」
説得しようとしているのだろう。
できれば俺と戦いたくないと考えているのが、かつて一心同体だったからこそ分かる。
「いい宗教だって俺も思う。けど、最高で完璧とまで言われるとな……。そうか?」
「そうよ。だって、このレヴァン教は『本物』よ? 偽物と違って、確かな加護がある。千年前では『魔の毒』に苦しむ人々を救い、生活を豊かにする神聖魔法を広めて、現代ではパリンクロンや陽滝といった敵たちから世界を救った。ただ、《レベルアップ》させるだけじゃない。様々な恩恵を人々に与えてくれる」
マニュアル通りの説法ではない。
シスの心からの布教だと、言葉にこもる熱から伝わってくる。
「それは、なぜかしら? 他の宗教と違って、新生レヴァン教には『本当の神』がいるからよ。だから、祈ったら祈った分だけ、しっかりと返ってくる。……ねえ、ディア。こんな宗教が他にある?」
このレヴァン教に比類するものは、大陸のどこにもないだろう。
それは否定できないと、俺が首を振って応えると、
「そうっ、他にないわ! ……ずっと、なかったのよ。でも、私たちはやっと……、やっと長い苦しみの末に見つけた! それは偽物でも紛い物でもなければ、気休めでもない! 『本当の神』を、私たち使徒が見つけた!!」
次第に、シスの視線が宙を彷徨い始める。
その先に
「いえ、私たち使徒じゃなくて、この『私』ね。目を閉じれば、この使徒シスの功績をすぐ思い出せるわ。正義の使徒だった私は、いつも同じ言葉を繰り返していた。「世界を救う礎になれるのは、とても誉れ高いことだ」と、まだ神じゃなかった頃の主に向かって、何度も言ったわ。何度も何度も何度も、「主に犠牲になれ」と言い続けて……。ついに、その私の言葉が、主を……」
ここにいないカナミを見つめて、シスは口元を緩めた。
笑っている。
ただ、眉尻は下がっていた。
「――この『
誉れ高そうな笑顔だった。
ただ、同時に懺悔するかのような表情にも見えた。
シスは布教を続ける。
「千年前から色々なものを犠牲にして、犠牲にして犠牲にして犠牲にして――たくさんの礎を築き――とうとう世界を救うという使命を、私は果たした。ちゃんと『最深部』まで見届けて、前の主に褒めても頂いた。一言だけだったけれど、確かに褒めて頂いたの……」
「……シス、よかったな。色々あったけど、おまえが頑張ってたのは、俺もよく知っている。これで、おまえの使徒の使命は、やっと終わりを――」
「違うわ。まだ終わりじゃない」
労いは遮られた。
シスは複雑な笑顔を崩して、決意に満ちた鋭い顔つきとなる。
「まだ使命は続くわ。使徒の使命には、続きがあったの。……その続きとは、新たな主を守ること」
「……守ってくれって。あのカナミが、そう命令したのか?」
「いいえ。ただ、『最深部』の主の姿を見て、そう私が心に誓っただけ。これは誰かに命令されたからじゃない。この使命の続きは、『私』の意思で選んだ私の道」
元主のノイすら関係ないと、あのシスが言い切る。
さらに、視線の先に
「ゆえに使徒シスは命尽き果てるまで、この身全てを新たな主に尽くし、守り続ける」
後光が眩しい。
初めて見るシスの姿だった。
だが、俺の人生で初めて見る姿ではない。
シスは使徒という枠組みを超えた大事なものを、ついに手に入れたのだろう。
新たな心の支えを得て、命懸けで自分の選んだ道を突き進もうとしている。
そのカナミを捕まえて離さない姿は、どう見ても
「そうか。『
「運命……? ディア、何を言ってるの?」
その俺の妙な返答と表現に、布教を空振りしたシスは首を傾げた。
一言で説明できないことだが、俺は俺なりに伝えていく。
「俺が使徒シスの転生先になったのは、必然だったんだろうな。俺は生まれながらに『
あの日、まだレベル1だった俺は、酒場で働くカナミを連れ出した。
千年前のシスと、やったことは変わらない。
「シス、カナミを追い詰めたのは『
「……それは違うわ!! 運命!? 本当に何を言ってるの!? ディアに使徒の使命は関係ない! だから、後悔することだって一つもない! 主の言葉を忘れたの!? ディアはディアよ!
咄嗟に、シスは俺を庇った。
ただ、その庇う言葉の中に「後悔」「罪」「責任」が混ざっていることに途中で気づき、酷く動揺した。
そのシスの言葉に、すぐ俺は同意して、話を続ける。
「ああ、罪も責任もあるはずない。俺もそう思う。ただ、それは、シス――」
あの日、カナミを迷宮に連れて行ったことを悔やみはしない。
カナミと俺が出会ったのは間違いじゃなかったし、『なかったこと』にもしない。
そう思っているから、まず俺は
「シス、それはおまえもだ。おまえも俺と同じなんだから、何の罪も責任も感じなくていい。……使命を果たしたおまえは、もう使徒じゃない。そういうのは全部、ここで終わりにしようぜ」
今日一番の目的を口にした。
ただ、それは予想通り、シスにとって受け入れがたく、徐々に表情が険しくなっていく。
「もう使徒じゃないですって……? この私が?」
「ノイってやつのところにカナミを連れて行ったなら、もう使徒の役割は終わりだろ? もう、ただのシスだ」
「ディア、あなたでも言っていいことと悪いことがあるわ。まだ私は使徒よ? これまでも、これからも、ずっと私は主に仕える使徒シス。ただのシスなわけがないわ……! ずっと特別な存在で、対等な相手なんてこの世にいない……! いなかったのよ!」
シスの『使徒』は、俺の『剣士』と同じなのだろう。
もう意味はなくとも、その役割にこだわり続ける。
その気持ちがわかるから。
対等の友達として、俺はシスを誘う。
「シス、俺が止めると言ったのは、カナミでも『終譚祭』でもない。……おまえだ。俺はおまえと一緒に、カナミのところに行きたい」
ただの名前を繰り返し呼び、俺は右腕を――魔力で固めた義手を伸ばした。
さらにカナミを真似るように、シスを口説いていく。
「最後に一度だけ、『ディアブロ・シス』を今日限定で復活させようぜ。二人で一緒にカナミを捕まえて、引っ張って、連れ出してやるんだ。きっと驚くぞ」
「そ、それだけは……、絶対にさせないわ! だって、主は行くのよ? 『最深部』へ! いや、『その先』へ! 誰も行けなかった領域まで! そこでみんなを『幸せ』にしてくれる! 主自身も! 元主のノイ様も! 私も、あなたも!! みんなが『幸せ』になって、世界は救われる! その完璧な結末を、邪魔する気!?」
俺の目的を知り、シスは顔を何度も左右に振った。
両の拳を力一杯に握りしめては、自らの正義を力説し続ける。
「『幸せ』は自分で手にするものだって、俺は読んだことがある。必死に手を伸ばして、やっとの思いで掴み取るから、代えがたい価値を持つ。……そう本には書いてあって、間違ってなかったことを俺は『冒険』で確認した。ただ無条件で降って湧いてくるような『幸せ』は、すぐ普通になるだけだ。いつまでもみんなが有り難く、神に祈り続けてくれるわけがない。その内、必ず『呪い』になる」
上手く反論できているとは思わない。
ただ、使徒として各地を回った経験が、ただ祈って祈られての関係では共倒れになると言っている。
実際に俺は倒れて、この連合国までやってきた。
探索者としての経験でも、絶対に間違いだと言っている。
「それはつまり、人々が『幸せ』に慣れるって話かしら? いいえ、慣れることはないわ。その程度の問題、すでに主はセルドラやクウネルで実験して、解決済み。どれだけ論じても、常に主が
「カナミ一人だけが『幸せ』じゃないって隙がある。そんなやり方じゃあ、いつか絶対にカナミは倒れる」
「いいえ、主も『幸せ』になるから平気よ。『その先』で『幸せ』になるって、そう私と約束してくれたもの」
「それ、まだ『幸せ』じゃないってことだろ。……そもそも、案外カナミは約束を破る。その場だけ誤魔化す悪い癖もある。今回も、「俺の傍にいる」って言ってたくせに、あっさり行ったしな……」
言い合いになる。
そして、意地の悪いことを言っている自覚はある。
だが、確認のためにも、もう少しだけ続ける。
「そ、そんなことない! 主は約束を守る! いまも『切れ目』を通じて、ちゃんと傍にいてくれているわ! 『終譚祭』のあとも、魔法になって私たちを見守り続けてくれる! 主は千年前の私との約束を、きちんと守ってくれた! 私に本当の『魔法』を見せてくれた! 今度も、約束を守ってくれる!!」
「そうやって、カナミは仲間にも恰好いいところしか見せようとしないから、すぐ限界を迎えるんだ。それが原因で大事なときに弱くて、負けてばっかりだ」
「弱い!? 主は強いわ!! 本当にすごいのよ!? 使徒を生んだノイ様をも、超えた存在よ!? その私の真の主を、馬鹿にするな……! 主を馬鹿にするのだけは許さない! ディア、たとえあなたでも許さないわ!!」
シスは服の裾を掴み、ぎゅっと強く握り締めながら、そう叫んだ。
その仕草を見て、どれだけカナミが好きなのかが確認できた。
やっぱり……。
ここに来て良かった……。
――俺の一番の絆は、シスだ。
だって、俺もそう思ってる。
俺だって、カナミを強いと思ってる。
本当はすごいって尊敬してる。
きっと約束だって守ってくれると信じている。
カナミを馬鹿にするやつは絶対許さない。
その『繋がり』を強く感じるから。
ラスティアラが言っていた『みんな一緒』の中に、シスもいると確信できる。
当たり前だ。
あのラスティアラの『みんな一緒』が、俺たち仲間とだけ?
そんなに狭いはずがあるか。ラスティアラは俺の知る誰よりも心が広くて、俺がどんなに錯乱していても、笑顔で受け入れてくれた人だ。
その尊敬するラスティアラを真似て、俺はシスと本心をぶつけ合う覚悟を決める。
同じ人を好きになったからこそ、殺し合ってでも、もっと言い合おう。
その戦いの先に強い絆が生まれると、俺は知っているから――
――だから、今日必ず、俺は
戦意が伝わったのだろう。
シスは震えながら、悔しげに口を閉じていく。
そして、目の前にいる俺から視線を外して、俯きながら周囲に知らせていく。
「みんな、聞いて……。残念だけど、ディアの説得はできなかったわ。彼女は私を迷宮の『最深部』に、引き摺ってでも連れていく気よ。その上で、我らが神も倒す気でいる」
その発言によって、神殿内に緊張が走る。
神を信じる敬虔な者たちが集まる場所だからこそ、その緊張は只ならない。
「もちろん、神が倒れることは絶対にないわ。けど、私の巫女は新生レヴァン教を祝福する『終譚祭』を崩す可能性がある。絶対、迷宮に入れてはいけないわ。神の儀式を邪魔させちゃ駄目……!」
そう宣言したところで、シスの纏う魔力が変質した。
白く発光し始めて、指向性を持ち、背中から扇のように広がっていく。
天使が翼を広げるかのように美しく、よく目を凝らすと魔法陣の模様が描かれているのが見えた。
神殿のステンドグラスから差し込む陽光と合わさり、本当に神々しい。
天から神の加護を受けていると、誰もが信じられる姿だった。
そのシスがゆったりと手を持ち上げて、指先を俺に向ける。
「みんな、私が力を貸すから、優しくディアを捕縛してあげて。私の巫女は凄まじい魔法を使うけど、室内だと全力では使えない。もし追い詰められて使ったとしても、全く同じ魔法で私が必ず『
神聖なる使徒から、指示が出された。
そして、カナミの魔法による
控えていた騎士たちが近づいてくる。
とはいえ、全員ではない。
精鋭と思われるのが、五人だけ。
まず柔らかい口調で話しかけてくる。
「ディア様、失礼します。進言したいことがあれば、『終譚祭』のあとで」
「あなた様はただの巫女ではありません。使徒様と同様に……いや、それ以上の存在だと思っている騎士は多いのです」
「この距離で、この人数。どうか、ご抵抗はなさらずに。誰もあなたを傷つけるつもりはありません」
忠告と共に、先頭を歩く貴族出身らしき騎士の手が伸ばされた。
すぐに俺も手を伸ばし返す。
貴族騎士の右手と俺の右義手が合わさった。
同時に視線も合わさり、俺の微笑が騎士の瞳に映る。
貴族騎士は小さく嘆息する。
俺が降参したのかと、安心したのだろう。
すぐさま紳士が淑女の手を引くように、優しく奥へ誘おうとしてくれる。
ただ、その優しさに対して、申し訳ないが俺は力を入れる。
それは数値にすれば、レベル59。
『筋力』は15.00を超える。
人外の膂力をもって、不意を討ち、貴族騎士を上空に放り投げた。
矢を放ったかのように軽々と天高く、重さ七十キロはあろう男性の肉体が打ち上げられる。
「――――っ!!」
その迎撃に対して、他の精鋭騎士たちの行動は迅速だった。
俺の膂力に目を見開きつつも、「降参する気なし」と判断して、同時に疾走し始める。
前方から、さらに四人。
常人ならば目にも留まらぬ『速さ』で距離を潰し、捕縛しようと腕を伸ばしてくる。
その全ての腕を、俺は大きく身体を反らして躱した。
同時に左足の先を跳ね上げさせて、直近にいた二人目の騎士の
さらに俺は、頬が床につきそうなほどに身を反らして、また躱した。
身体の反れ具合は、限界も限界。
普通ならば倒れる体勢だ。
だが、魔力で固めた義足のおかげで、倒れることは決してない。
左義足は形状を変えて、床を貫き、根を張り、俺の全身を支えていた。
おかげで、その無茶苦茶な体勢から、攻撃に転じられる。
まず手を伸ばし切っている三人目の騎士の腕を、両手で掴み、背負い、神殿の壁に向かって投げた。四人目の騎士は躊躇なく剣を抜いていたが、その白刃を右義手で掴み、握り折ってから、左の拳を顎に入れて気絶させる。
五人目の騎士は、かなり出遅れていた。なので、直近で悶絶していた二人目の騎士の胴体に回し蹴りを叩きこみ、吹き飛ばし、五人目の騎士ごと剣の間合いから追い出した。
そこで、最初に上へ投げた一人目の貴族騎士が落ちてくる。
流石は精鋭の騎士で、神殿の天井を足場に跳躍して、加速した上に魔法まで唱えていた。
「巫女様を捕らえろ! ――《ウォーターフィッシャー》!!」
しかし、選ばれたのは、水の網の魔法。
まだ捕縛を優先とは、本当に紳士的だ。
俺は回し蹴りを終えた体勢から、右義手を掲げる。
しかし、魔法を使うわけではない。
魔力で構築された右義手を長く鋭く変形させて、迫りくる水の網を斬り裂き、そのまま貴族騎士に向かわせた。
だが、切っ先が届く前に、騎士は突風を発生させて、真横に移動し、神殿の壁に張り付く。
見覚えがある魔法運用だ。
若さからして、ライナーの友人かもしれない。
一通りの戦闘が終わり、魔力の粒子が神殿に散り舞う。
一息ついたことで状況に理解が追いついたシスが、驚愕の声をあげる。
「な、なっ……? どうして……!?」
接近戦が弱点だという認識があったのだろう。
それは距離を取っている騎士や神官たちも同じようで、与えられた情報の修正を頭の中で必死に行っているのが、表情から伝わってくる。
そして、まだシスは『
ありがたいことだ。
ならば、俺は『魔力物質化』を操って戦うだけだ。
師から聞いた話によると、この『魔力物質化』は『剣聖』を多く輩出するアレイス家に伝わる技術で、騎士の奥義の一つらしい。
正直、俺が使えない道理はない。
それどころか、ずっと俺は無意識に、この奥義を使い込んでいて、次の
自らの身体を見直す。
限界まで胴体は捩じれて、顎先は天井に向き、いまにも倒れそうな体勢で静止している。
左義足が『魔力物質化』の上級応用によって、腰あたりまで魔力を根のように張り巡らせ、身体のバランスを安定させている。
右義手は『魔力物質化』の初歩運用によって、長く鋭い剣となっていたが、その刀身をゆっくりと縮ませていく。
ここまで力強く流麗に運用できるのは、一年前から日常的に使っていたおかげだろう。
それと、あの最後の戦いで、『水の理を盗むもの』ヒタキが見せてくれた
俺は掲げられたままの右義手の切っ先を見つめて、こんなときだというのに感慨深さを感じる。
本当に、俺は成長した。
変わりもした。
でも結局、いま俺が掲げているのは『剣』でなく、『剣の形をした魔力の塊』。
思えば、ずっとこれに振り回されてきた人生だった。
その異常な魔力ゆえに、故郷の村に帰れなくなったのが、全ての始まり。
使徒と呼ばれ続けて、自分を見失い、逃げるように連合国の迷宮に辿りついた。
そこでレベル1のカナミと出会って、仲間のみんなと仲良くなった。あとはシスに身体を奪われたり、大事な人を失ったり、最終的には世界の危機に立ち向かったりして、その日々は本当に――
「――本当に、苦しかった。けど、楽しい『冒険』でもあった。それは『まるで、昔読んだ英雄譚のようで』――」
思わず、言葉が出た。
詠んでしまった。
周囲を囲む騎士たちが息を呑み、警戒を増していく。
想像以上の
ずっとこちらは不安定な体勢で隙だらけを演出しているが、引っ掛かってくれそうにない。
俺にはオーバーなところがあって、フェイントや誘いこみが下手だという師の忠告を思い出して、諦める。
右義足の固い魔力を膨らませ、変形させる。
腰から背中まで覆いながら持ち上げて、ゆっくりと胴体を起こしていく。
肉体に頼らず、魔力だけで体勢を直立に整えた俺は、『剣の形をした魔力の塊』をアレイス流『剣術』で構えた。
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