308.章始め

 魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》は解除され、『過去視』の旅が終わった。それと同時に疑問の声が口から零れる。


「どうして、父さんが……?」


 最後に見えたのは父さんの顔だった。間違いない。

 ノスフィーの記憶を視て、なぜ僕の過去が視えたのだろうか……。いや、彼女の身体には僕の『血』が使われているのだから、そういう繋がりがあってもおかしくはないだろう。いまはそれよりも、ノスフィーのことに集中しないと……。


「カナミのお兄さん! 大丈夫っすか!? 滅茶苦茶顔色悪いっすよ! ノスフィーさんの過去、ちゃんと見れたっすか!?」


 隣で魔法からの帰還を待っていたラグネちゃんが、僕の肩を心配そうに揺らしてくる。

 軽くステータスを見たところ、MPが大量消費されていたが『状態』に異常はない。とはいえ、もう完全には信用しきれない『表示』だ。すぐに自分の感覚に頼って、体内と脳内の異常を確かめていく。


 まずは目に映る視界の明るさ。

 いま世界は暗いのか明るいのか。僕は『代償』とやらで何をどれだけ失っているのか。それに自分で気づけているのか。――先ほどの『過去視』の情報を元に確かめていく。


「うん、大丈夫……。ありがとう、ラグネちゃん。ちゃんと視てきた。おかげで、やっとわかったよ……」


 大魔法後の疲れはあるが、感覚は普通に感じる。

 安心しきれないが、これからの行動に支障はなさそうだ。とりあえず、魔法使用中の僕を守ってくれたラグネちゃんに成果を報告していく。


「千年前の本当の僕を視てきた。レヴァン教で崇められていた始祖は、本当に最低なやつだったよ……。ああ、本当に……」


 最低だった。

 しかし、あれが僕の本当の姿なのだろう。これまでずっと僕は千年前の自分を『始祖カナミ』と呼んで、別人のように扱っていたが、今回こそは自分ぼく自分ぼくとして扱えたと思う。


 相川渦波という男の気性は荒々しく、口汚く、無責任だった。考えることを諦めて自暴自棄になり、目につく敵たちと戦い続け、関わる全員に迷惑をかけていた。


「僕がノスフィーを傷つけて、壊して、追い詰めてた……。しかも、それを僕は関係ないって言い張って、一切認めず……最後には、そのことすら忘れていた」

「……はあ。やっぱり、悪いのはカナミの兄さんだったんすね」


 いま認めていく。

 続いて、もう一つ。ノスフィーと向き合おうとしなかった理由を、『過去視』の最後にあった幼少の記憶を元に回答する。


「僕がノスフィーを避けてた理由も、はっきりとわかったよ。……あのノスフィーは僕なんだ。ずっと親に構ってもらえなくて、その背中を見続けるだけで、一歩も踏み出せなかった僕そのものだ。たぶん僕は、僕の子供の頃と同じことをするノスフィーを見るのが嫌だったんだと思う……」

「ふうむ……。同属嫌悪っすか。なるほどっす。二重の意味で逃げてたんすね」


 ノスフィーに投影して見ていたのは自分自身。取り返しのつかない罪悪感と共に、思い出したくない劣等感がそこにはあった。だから、目を逸らした。


「ノスフィーには嫌いな僕の何もかも詰まってる……。それを見たくないから、僕は彼女を無意識に避けてた。わかってみれば、本当に簡単で……。本当に最低なことだった……」

「なるほどっす。それで、ノスフィーさんの真実を知ったカナミのお兄さんはどうするつもりっすか……? そこが一番重要っす」

「たぶん、ここからはいつも通りになると思う」


 認めるまで長かった。

 だが、いま自分の間違いに気づけた。理解もした。それが重要なことだ。


 僕は決して顔を俯けず、前を向く。

 暗い顔もしない。僕の見てきた『理を盗むもの』たちは、自分の間違いと真実に気づいたとき、誰もがいい顔をしていた。それにならう。


「いつも通り? えっと、その、いつも通りってどういう意味っすか……?」

「いつもの守護者ガーディアン戦をするよ。ノスフィーに会って、向かい合って、心を開いて、本気で話す。とにかく話す。きっと話せば話すほど自分の嫌いなところを認めることになると思うし……、結局は謝ってばかりになるとも思う……。それでも、僕は彼女との『話し合い』を最後までやる。その責任がある」

「なるほど。それは確かにいつも通りっすね。けど、今回ばっかりはカナミのお兄さんでも途中で心が折れそうな気がするっす。いわばノスフィーさんは、対カナミのお兄さん用の守護者ガーディアンっすから」

「……大丈夫。最後まで折れない自信がある。きっと今日までの守護者たちみんなとの戦いは、このときの為でもあったんだ。この臆病で嘘つきで、打算的で見栄っ張りで、妄信的で情けない性格を――守護者たちみんなのおかげで変えられる」


 今回の守護者ガーディアン戦は『光の理を盗むもの』ノスフィーとの戦いだけではなく、僕自身『次元の理を盗むもの』との戦いも同時に行われると思う。


 あれだけ偉そうに守護者たちみんなへ説教してきた僕が、自分の番になった途端に「もう無理だ」なんて口が裂けても言えない。


 確かに、僕には自分の嫌いなところがたくさんある。けど、その嫌いな自分が、少しずつだけどみんなのおかげで変わってきているはずだ。

 みんなの顔を思い出すだけで、同じ失敗は繰り返さないと心から思える。みんなの生き様が教えとなって心に生きている。だから、大丈夫。ノスフィーとだって自分とだって向き合える。


 そう意気込む僕を見て、ラグネちゃんは疑いながら確認を取ろうとする。


「んー、その胡散臭い性格が本当に変わるっすかねー? 根本的なところってなかなか難しいっすよー?」

「変えられるよ。ノスフィーのためなら絶対に変えられる」


 もう変わってきている部分もある。

 以前の僕なら、ここで断言なんてできなかっただろう。約束できないことを約束するような性格でもなかった。少しずつ臆病さが消えていって、勇敢さが増してきている。


 そうだ。

 せっかくの機会なのだから、一人称を『僕』じゃなくて『俺』に変えてみようか……?

 いや、いきなりはみんながびっくりするか。形からではなく中身から変えていくのが大切だ。


「おー、この連続の揺さぶりにも耐えるとは……。カナミのお兄さん。なかなかいい感じになったっすねー。これはお嬢にいい報告ができるっす!」


 強気に言い切った僕を見て、ラグネちゃんは高い評価をつけてくれる。

 その評価に安心しつつ、僕は動き出す。


「そうだね。早く中に戻って、みんなに報告しよう。それから、すぐにノスフィーだ」

「うぃっす! なんかこれで私の頬も安心っぽいっす!」


 とんとん拍子に進んでいく話に、ラグネちゃんは喜びの声を上げて家の中へ戻ろうとする。その前に、僕は彼女に一歩近づきお礼の言葉を投げる。


「ラグネ、本当にありがとう……。ラグネのおかげでノスフィーと向かい合う勇気が持てた。絶対にノスフィーを救って、君も救ってみせる」


 呼び方の距離も一歩分縮めて、ラグネに約束する。

 いまのこの固い意志はラグネのおかげだ。僕の数少ない理解者になってくれた彼女を、こんな巻き込まれただけの戦いで死なせはしない。


ノスフィーさんも・・・・・・・・私も救う・・・・っすか……。いやあ、本当に強気っすねー! いまのお兄さんは嫌いじゃないっすー」

「ラグネは絶対に死なせはしないから……。絶対に」


 強気になってラグネを救うと言いたくもなる。はっきり言って、いまラグネは僕を救ってくれた。道を彷徨っていた『次元の理を盗むもの』に真正面から勝負を挑み、勝利したと言っていい。このお礼は絶対にしないといけない。


 そう僕が一人で決意していると、じっと見つめ返していたラグネが乾いた笑い声を漏らし始める。


「……あはは。なんかカナミのお兄さんを見てたら、私も勇気を持てる気がしてきたっす」


 そして、最後に僕のことではなく、自分について話をする。


「ラグネも……?」

「私、諦め癖ついてたっすからね。負けるってわかったら、すぐやる気がなくなって降参――私の悪い癖っす。でも、たとえ負けるとわかっていても戦わないといけないときは世の中に一杯あるっす。例えば、この傷。もう死ぬかもしれないんすから、言い訳なんてしてる場合じゃないっすよねー……」


 僕と似て、彼女は戦う前に計算し尽くすタイプだ。その性格のせいで、本来手に入るはずの勝利を今日までいくつも逃してきたことを自分で理解しているのだろう。

 このままではいけないと、ここにきて彼女も僕と同じような決意をしようとしていた。


「よーし、次は本気出すっすよー! 出し惜しんでいた『舞闘大会』用の必殺技もお披露目するっす! これでたぶん、『魔人化』した誰か一人くらいは抑えて……いや、有効打を一発くらいは叩き込めると思うっす! たぶん!!」


 それはこの後に控えているであろうフーズヤーズ城襲撃のどこかで、自分を使ってもいいという提案なのだろう。そこで例の奥の手とやらを使ってくれるらしい。


 ただ、絶対に勝利できるという約束まではしてくれない。そのラグネらしくも、いつものラグネと少し違う姿を見て、僕は微笑を浮かべて歩き出す。


「ああ、もう言い訳してる場合じゃないな……!」

「うぃっす! さあ、みんなで頑張りましょーっす!」


 ラスティアラたちの待っている家の中に二人で入っていく。


 いますぐノスフィーを助けに行く。そのための協力をラグネだけでなく家の中にいる全員に頼むつもりだ。


 僕がノスフィーを避け続けてきたことで悪化した事態を遅れながらも収拾したいと、情けなくも報告する。その上で厚かましくも、自分一人で戦うのは不安だから協力して欲しいと願う。どんなに格好悪くても、謝りながらお願いし続けようと思う。

 ラスティアラたちに嫌われるのを恐れて、いい子の振りをするのは終わりだ。


 僕とラグネは廊下を歩き、まっすぐ真っ直ぐ仲間たちのいる居間へ向かっていく。

 『過去視』をする前に家から出たときとは全く逆の表情を浮かべて。



 ◆◆◆◆◆



 丁度、居間ではラスティアラの治療を終えた面々が揃って休憩しているところだった。

 ラスティアラが中央の一番大きなソファに座り、仲間たちを侍らせてマッサージをしてもらっている。


 見張りをしているはずの僕が戻ってきたことで、みんなが少し不思議そうな顔を見せる。


 正直、先ほどの戦いの一件で顔を合わせにくい。けれど、それを言い訳にして後回しにすることはできない。すぐに本題を全員に伝える。


「――みんな、急にごめん。いまから僕はノスフィーを助けに行こうと思う」


 並んだ不思議そうな顔が驚きの顔に変わる。

 その中、マリアがみんなを代表して疑問を口にする。


「えっと、助けにですか? 倒しにではなく?」


 その確認に僕は即答する。


「うん、助けたい。ラスティアラの言ってた通り、ノスフィーは仲間だった……。いま、ようやくそれが僕にもわかった。ノスフィーをあそこまで追い詰めたのは僕で、彼女は一切悪くなかった。彼女をあそこまで追い詰めたのは僕なんだ……。ずっと我がまま言ってたのに、また我がまま言ってごめん……。僕の手でノスフィーを助けたい」


 謝りながら、自分の勝手な要望を提案する。

 それをマリアは神妙な面持ちで受け止めた。その返答がされる前に部屋の隅からライナーが口を挟んでくる。


「キリスト……。もしかして、『過去視』の魔法でノスフィーの過去を見たのか?」

「見た。だから、もう僕はノスフィーを敵に見れない」

「そうか。ならいい」


 ライナーは何も言わない。

 ラグネと一緒で、彼もこうなるとわかっていたのかもしれない。一度過去を見てしまえば、僕はノスフィーを守ろうとする。突然の心変わりのようだが、『過去視』の結果であれば問題はないといった様子だ。


 僕は自分の要望を通すため、説得を始める。

 まずは先の戦いでぼろぼろになったラスティアラだ。


「ラスティアラ、昨日の夜はごねてごめん……。ちゃんとこれからは僕がノスフィーを見るよ。みんなのことだって信じる。僕は自分にできないことをラスティアラに任せっきりだったけど、そういうのはもうやめる」


 ラスティアラや仲間たちならばノスフィーを幸せにしてくれると思っていた。もう自分はノスフィーに関わらないのが一番なんて思っていた。けれど、それは間違っていた。致命的なまでに間違った判断だったことを伝える。


 同時に仲間たちとの絆を信じることも誓った。先の戦いでラスティアラは身体を張って、僕がありえないと断言した仲間たちとの絆を証明してみせた。もう頭ごなしに否定だけなんてできない。


「カナミ……?」


 昨夜は否定していたものを僕が受け入れていくのを見て、ラスティアラは名前だけ口にして疑問符をあげる。


 正直、まだ心の隅で『みんな一緒』なんて絶対に上手く行くわけがないという声は響いている。だが、そういったものも含めて、僕は僕の嫌いな部分を変えていきたいのだ。


「みんな……。もう小難しく考えるのはやめるよ。やってみる前に言い訳ばかりするのもやめる。ノスフィーは――」


 僕は言葉を続ける。


 もう敵とか味方とか関係ないだろう。守護者ガーディアンとか『理を盗むもの』とかより大事なものがある。『魔石人間ジュエルクルス』とか千年前の『光の御旗』だとかも重要じゃない。大切なのは――


「ノスフィーは僕の血で生まれた『僕の娘』だ。だから、放っておけない。いますぐ迎えに行く」


 それだけを理由に向かうと宣言する。

 その乱暴だが明確な話に、誰よりも先にラスティアラが声をあげる。またもや名前だけだったが、そこには歓喜の感情がこもっていた。


「……カナミ!!」


 続いて、マリアが冷静に言葉を紡いでいく。


「はあ……。まあ、仕方ありませんね……。私もノスフィーさんはそんなに嫌いじゃありませんし、消滅でなく説得の方向でいきましょうか」


 僕がノスフィーとの対峙を決意した姿を見せ、さらには過去の情報から『僕の娘』と発言したというのに、マリアの反応は僕が予想していたよりも遥かに優しいものだった。

 ディア、スノウ、リーパーの反応も同様である。


「だなあ。一緒に遊んだけど、そう悪いやつじゃなかったしな」

「ノスフィーって色んな意味で強いし、友達になってくれたら嬉しいかも」

「アタシはいつでも友達募集中!!」


 もう驚きの表情はなく、むしろようやくここまで来たかといった様子である。


「え、あれ……? その、ノスフィーは『僕の娘』だよって話は……」


 この情報だけでみんなの度肝を抜くはずだった。

 そこから幻滅され、嫌われる可能性があると思っていた。そのために、かなりの謝罪の言葉を頭の中で用意していたのだが、それを使うタイミングが来ない。


「前から知ってました。カナミさんのいないところで、詳しく素性を聞きましたから……妻云々のついでにわかった感じです」

「ああ、聞いた聞いた。あいつってカナミの子供みたいなもんなんだろ?」

「えーっと、それをカナミが認知しないから、ずっと反抗期?」

「アタシは相変わらずお兄ちゃんはアレだなあって思ってたよ!」


 『娘』という情報で動揺しているのは僕だけだったようだ。

 僕がノスフィーを避けてる間に、みんなは普通に本人から直接聞いていたらしい。


「みんな知ってたんだ……。それなら僕に早く……。いや、僕が聞かなかっただけか」


 思い返せば、僕のノスフィーに対する態度は酷かった。

 さらに僕自身が、何も聞きたくないという空気を出していた。誰もそれを話題に出さないのも当然だ。最近の僕の不安定さを危惧していたライナーとラスティアラが、全員に口止めしていた可能性もあるだろう。簡単に言えば、ずっとみんなに気を遣わせていたのだ。


 それを悔やみながら――しかし、引きずることなく話を続ける。

 謝罪の言葉を全て捨てて、代わりの言葉を返す。


「……みんな、ありがとう。知ってたのなら話が早くて助かるよ。そういうわけだから、すぐに僕はノスフィーに謝りに行くべきだと思うんだ。それで今夜にでも、フーズヤーズ城を襲撃したい。もうこの大聖都でもお尋ね者になるのは間違いないから、賊っぽく手荒く侵入してやろうと思う」


 そして、お隣の家に謝りにいくかのような気軽さで夜襲を提案する。

 その大雑把な計画を聞き、ラスティアラが驚く。


「お、おぉ……!? カナミの話が回りくどくないし、早くて簡潔っ! カナミってもっともっと面倒くさいはずなのに……。本当にどうしたの? そもそも、カナミがノスフィーに歩み寄るのはもっと後になるって思ってたのに、すごい急のような……」

「え、そんなに急……? 結構ゆっくりと考えてた気がするけど……」

「急だよ。こっち側なんて、これからはより慎重にノスフィーとカナミの間を取りもとうって話をしてたところだったもん」


 そんな話をされていたことに少しショックを受けながら、自分の変化について考える。


 みんなからすれば僕の変わりようは急らしい。

 しかし、僕からすると大聖都にいる間、ずっと頭を悩ませていたつもりだ。特にラグネには、うじうじしたところを何度も見せて、かなりの迷惑をかけた気がする。


「最近、ラグネに僕の駄目なところを色々と教えてもらってたんだ。僕がいない間にラスティアラたちがノスフィーと話していたように、みんながいない間に二人でね。それのおかげかな?」

「え、ラグネちゃんが……?」


 ラスティアラは意外そうな顔を見せる。

 正直なところ、ラスティアラの指示でラグネは僕の話を聞いてくれていたと思っていたので僕も意外である。

 名前を出されたラグネは僕の隣で体育会系のように挨拶をする


「押忍! お兄さんには色々言ったっす! 見てられなかったっすから!」

「……もしかして、言い難いこと言ってくれた感じ?」

「そんな感じっすねー。私はみなさんと違ってカナミさんに嫌われても、さほど痛手はないっすから。色々と厳しいこと言えたっす」


 暗に余り好きではないと言われてしまったが、その屈託のない彼女の態度が、ラスティアラたちを納得させる。


「へえー、そういうことかぁ。いや、まさかのリスク大嫌いなラグネちゃんが、こっちの手が塞がっている間に大働きとは……。ナイス、ラグネちゃん! というかこのパーティー、思っていたよりもチームワークいいような!?」

「あはー、褒められると嬉しいっすねー。でも実際は、なかなか頬の傷が治らないから、保身で焦って急かしただけなんすけどねー」

「それでも凄いよ。なかなかできることじゃないって。いや、本当に」


 ラスティアラはラグネの隣に近寄り、手放しで褒める。

 それは部屋の誰もが同じで、次々とラグネの偉業を讃えていく。


「はい。本当に凄いですよ、ラグネさん。あのネガティブで自虐癖のあるカナミさんを前向きにさせるなんて、並大抵のことではありません」

「確かに、カナミは卑屈なところあるよな。謙虚さが悪循環することが多いから、なかなか面倒くさいときがある」

「しかも、結構頑固。口だけ達者で動かないことが多い。あのカナミを動かすなんて、私には真似できない」

「なにより、お兄ちゃんには妹さんのこととなると周りが見えなくなるというという最大の欠点があるからねっ。最近はラスティアラお姉ちゃんで似たようなパターンに陥ってたから、それを突破したのは尊敬に値するよっ!」


 その称賛のついでに――いや、こっちがメインのように僕の悪癖が羅列されていく。

 それらが事実なのはわかっているし、これから直せばいいだけの話だともわかっているが、こんなにも悪口が並ぶと心に響くことは響く。


 ただ正直、ショックや悲しさよりも、安心感のほうが強い。

 あれだけみんなの前でいい人でいようと思っていた僕だったが、実際は僕の悪いところをみんなはよく知っていた。


 どんなときでも理想の僕でなければならないという節が僕にはあった。けれど本当は――僕自身が僕を嫌いになりたくないから、必死になっていただけだ。


 みんなは僕の悪癖を知った上で仲間でいてくれている。

 それが本当に安心できる……。


 こうして、僕の悪癖暴露を利用した意思統一のような儀式が済まされたところで、ラスティアラが会議の準備を始める。


「よーし。パーティーが一致団結したところで、フーズヤーズ城襲撃の作戦会議をしようか。流石の私でもノープランは嫌だからね。それじゃあ、ちょっと椅子が足りないから集めてー」


 座っていた中央のソファを端に追いやり、大きな机を中心に置いて、その周囲に人数分の椅子をみんなで並べていく。

 昨日の屋敷のときと比べると随分と手狭になった。その簡易的な会議室が完成したところで、次々と席に座っていく。


「では、私がカナミさんの隣で」


 僕が座ったところを狙っていたのか、マリアが誰よりも先に隣に座った。そして、さりげなく椅子を寄せる。それに対抗してか、ディアが逆隣の席に座る。


「……じゃあこっちは俺だ」

「で、出遅れた……!? うぅ、なら今回はディアの隣にしようかな。……え、えへへ。ディア、手握ってもいい?」


 スノウが席に座り、最近仲良くなった親友に甘えていく。

 それをディアは「仕方ないな」と言いながら渋々と了承するが、ディア自身もかなりの友達依存症であることを僕は知っている。


 そして、その二人の微笑ましい姿を優しげに見守るラスティアラが、次の席を取る。


「じゃあ、私はマリアちゃんの隣で。もちろん、椅子はくっつける!」

「はい、どうぞ」


 こちらもこちらでかなり仲がいい。出会った頃からの関係を、いまは一方的にではなく、お互いが望んで構築している。

 続いて、迷っていたリーパーが少し慌てながら声を出す。


「え? んー、ならアタシはここで! いや、どこでもいいんだけどさっ」


 その妙な流れに乗って、リーパーはスノウの隣に席をくっつけて座った。


 ……平和だ。

 つい先ほどまで殺し合いをしていたことを忘れるほど、本当に仲が良い。そのメンバーの切り替えを見たラグネが苦笑いを浮かべながらラスティアラの隣へ普通に座り、最後に余った席二つへ、陽滝を引き連れたライナーが座った。


 ライナーは周囲を確認しながら、僕と同じような安心した顔で話していく。


「ほんと驚いたな……。いつの間にか、かなり仲良くなっているな。あっちもこっちも。……ということは、全部僕の杞憂か。ま、長く組んでたら自然と親密にもなるか。全員同じような失敗をして、同じような趣味をして、同じような夢を持ってるし……」


 付き合いの長さが仲の良さと比例するのは自然な流れであるとライナーは言う。その持論に僕とラグネが同時に――顔を背けて汗を垂らしながら反応する。


「え、あ、うん。そうだね……」

「そ、そうっすねー」


 はっきり言って、僕たち二人は全く逆の考え方をしている。大人数で長くパーティーなんかやってしまえば亀裂は必然的に入るし、男女混合の絆なんてありえないと思っている。

 その考え方のせいで僕とラグネは、どこか仲間たちを疑っていた。ラスティアラ、ディア、マリア、スノウの四人の間にある絆を信頼しきれていなかった。


 そんな性格の僕とラグネが、いま否定せずに頷いたのは、これからは前向きに生きようという決意の表れだろう。これから僕たち二人はポジティブに生きると、ついさっき決めたのだ。


 僕とラグネが全く同じ顔をしているのを見比べて、ライナーは驚きを深める。


「ラグネさんはキリストと本当に合うんだな。色々と説得もしてくれたみたいだし……。正直、そこが今日一番の驚きだ」


 そして、ライナーは心の底から安堵した様子で、背中を椅子に預ける。

 ずっと保っていた緊張を、いま解いたように見える。思えばライナーは、視野の狭い僕の代わりに色々なことを警戒してくれていた。それに感謝しながら、僕は作戦会議を始める。


「……よし、みんな席に着いたね。それじゃあ計画を立てる前に向こうの戦力を整理しようか」


 ノスフィーの周りには『素直』という免罪符を得てやりたい放題の騎士がいる。

 おそらく、その騎士たちがいる限り、ノスフィーは戦いを続けようとするだろう。その騎士たちの名前を連ねていく。


「まず『血の理を盗むもの』ファフナー・ヘルヴィルシャイン。こいつが一番厄介だ。さらに『魔人返り』しているエルミラード、グレンさん、セラさん、ペルシオナさん、ノワールちゃんの五人もいる。たぶんだけど、この六人が寝ずに僕がやって来るのを待っていると思う。……戦うために」


 エルミラードとノワールちゃんが特に要注意だ。

 この二人がいては、まず間違いなくノスフィーとまともに会話なんてできない。


 その六人の名前を聞き、ラスティアラとマリアが一人の名前をあげて相談する。


「そうそう、そういえばセラちゃんが向こうに取られてたねー。屋敷襲ってきたとき、びっくりした」

「何度も謝りながら戦ってましたね。セラさんは早く解放してあげないと、あとに響きそうです」

「たぶん、セラちゃんは他と違って『魅了』にやられたっぽいね。ノスフィーって、明らかにセラちゃんの好みだし」

「それです。一人一人操られている原因が違うのが厄介なんです。たぶんですが、グレンさんはノスフィーさんの魔法の影響は受けてません。あの顔は間違いありません」


 グレンさんに関して、マリアは確信がある様子だった。僕と合流する前は彼と一緒に旅をしていたからかもしれない。


「キリスト、ここにいる全員で襲撃するって方針はいい。けど、妹さんはどうするんだ?」


 ラスティアラとマリアが話し合う中、ライナーから新たな相談が出る。


「陽滝も一緒に連れて行くよ。ディア、陽滝と手を繋いで行動してくれ。移動が制限されると思うけど、陽滝の扱いはやっぱりディアが一番だからね。速く動きたいときはライナーかスノウあたりに運んで貰って」

「わかった。俺もヒタキがいてくれたほうが心が休まる」


 ディアは僕の頼みを迷いなく受け入れてくれた。だが、ライナーは食らいついて疑問を重ねる。


「……妹さんを戦いの場に? 危険じゃないのか?」

「確かに危険だと思う。だけど、だからと言って置いていくのは嫌なんだ。そういうのは、いつも失敗の素になってきた。これからは、大事なところへは全員でいく」


 固まって動かないから、目の届かないところを突かれるのだ。

 そもそも、ノスフィーは今日、僕の周囲を攻撃すると素直に宣言したばかりだ。動けない僕の妹なんて、一番狙いやすいところだろう。ならば、あえて連れ出して、できるだけ距離を縮める。


「それに陽滝は身の危険を感じたら勝手に氷結魔法を使うんだ。ディア、そうだよな?」

「ああ、シスのやつがそういう風にしてる」

「そこを計算に入れてるのもある。陽滝は『水の理を盗むもの』だ。自動的な反撃だけでも『魔人化』した騎士を圧倒できる」


 むしろ、戦力になると判断した結果である。

 その説明にライナーは納得して頷き、次はマリアから手があがる。


「あ、カナミさん。ファフナーさんは私にやらせてください」

「マリアがファフナーの相手か……。確かにそれが一番かもしれないけど……」

「ああいった手合いと戦うのは、私が一番向いています。あとは私の補助に誰か一人いれば、うまく拮抗状態へ持ち込めるでしょう。できれば、リーパーと組みたいですね」


 向こうの陣営で一番強いのはファフナーで、こちらの陣営はマリアだ。この二人がぶつかり会うのは必然でもある。

 それにはリーパーも賛成のようで、身体をマリアの影に移すことで意思表示する。


「だねっ。私たちでファフナーさんとやるのが一番だね」


 少しずつ襲撃の方針が固まっていく中、ずっと静かだったスノウが話に入ってくる。この一年で指揮官としての能力を身につけたおかげか、とても真面目で真剣な表情だ。


「ファフナーはマリアちゃんとリーパーで……。ディアと妹さんが騎士たちの相手をして……。カナミはノスフィーのところへ一直線。残る敵は『魔人化』してる騎士が数人と警備の人たち? ……そのくらいなら私一人で十分だよ? 結構、戦力余るね」

「いや一直線って言っても僕も向かう途中、何人かと戦うつもりだったけど……」


 とにかく戦力がこちらのほうが過剰なのは間違いないだろう。


 例えばだが、城の中に侵入して、優雅に歩き続けるディアと陽滝の二人がいるとする。それをファフナーを含めた全員が襲い掛かっても、止められる気がしない。ディアの圧倒的な火力と陽滝の精密な氷結魔法による自動迎撃。相手をする騎士たちが可哀想になってくるほど堅牢な進撃だ。


 そこでラスティアラが僕への同行を提案する。


「カナミ。余裕があるなら、私もノスフィーちゃんと『話し合い』がしたいかな……。もちろん、それがカナミの役割だってわかってる。それでも、その場に私はいたほうがいい気がする……」

「ノスフィーさんはラスティアラさんに駄々甘ですので、そこまで悪い話じゃないですね」


 それに隣のマリアが賛成する。一人だけ抜け駆けしているような形になるので不満が出るかと思ったが、そんなことはなかった。


「きっとノスフィーさんは『作りもの』で『代わり』となるだけの運命だったラスティアラさんを、自分と重ねて見ているのでしょう。ラスティアラさんと顔を合わせば、向こうに隙ができるはずです」


 先ほどノスフィーの過去を視たからこそ、その考えには同意できる。

 ラスティアラはティアラの器になるために造られた。それはティアラの『代わり』として作られたノスフィーとほぼ同じ境遇だ。


 お互いがお互いを重ねていると、ラスティアラ自身が強く認める。


「うん……。だから。ノスフィーちゃんは私に対して、本当に優しかった……。私は恨まれていてもおかしくないのに、心の底から心配してくれていた……。そんなノスフィーちゃんを……私は勝手にだけど、お姉ちゃんだって思ってる。私たち二人は、同じ生まれの家族なんだって本気で思ってる」


 かつて大聖堂でラスティアラは『魔石人間ジュエルクルス』たちを家族のように扱い、その一番上に立っていた。そのときからの流れがあるのだろう。自分よりも先に作られた『魔石人間ジュエルクルス』ノスフィーを姉として見ていた。


 ノスフィーに僕という家族がいるということを主張するならば、ラスティアラの存在も必須かもしれない。


「……わかった。ラスティアラは僕の後ろについてきてくれ」

「ありがとう、カナミ。色々援護するよ」

「それじゃあ、ラスティアラもノスフィーのところへ行くとなると……。残りをラグネとライナーに埋めてもらおうか。あとは――」


 マリアが最大の難関であるファフナーを受け持ったことで、ノスフィーを説得するまでの流れはあっさりと固まっていく。

 そして、その終わり際に僕は提案する。


「――大体の方針は決まったかな。あとは僕の『魔法』を使いながら細かいところを決めていこうか。例の『未来視』だ」

「っ! ティティーのときに使った《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》だなっ」


 静観の多いライナーが珍しく興奮して声をあげた。

 他の面々も話に聞いていた魔法が発動するとなり、期待した表情を見せる。その中、先ほど類似の魔法を見たばかりのラグネが確認を取る。


「それがお兄さんのもう一つの反則技っすね」

「うん、遠慮なく使おうと思う。こと作戦会議で、これ以上に有用な魔法はないからね」

「じゃあ、また魔法の使用の間は見守ってるっす。みんないるんで遠慮なく魔法に集中してくださいっすー」


 反対者はいないようなので、すぐに僕は席を立ち、机に両手を突いて魔力を練っていく。


 幸い、まだ僕の魔力は国中に満たされたままだ。

 《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》の残り香とも言うべき魔力が、大聖都を包んでいる。


 ついさっきまで次元魔法を禁止されていたフーズヤーズ国は、いまや世界で一番次元魔法を使いやすいフィールドに変わった。

 漂っていた『光の理を盗むもの』の魔力を『次元の理を盗むもの』の魔力が全て侵食したのだ。


 これにより、スムーズに魔法構築は進んでいく。

 その魔法の手応えは強い。大魔法中の大魔法なのだから当然だが、発動すれば必勝という確信すらある。

 正々堂々の決闘を望むエルミラードや、接戦好きなラスティアラには悪いが――


「ただ、これで城の戦いは一切盛り上がらなくなると思う。――魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》」


 襲撃戦は一方的な展開で終わると、いま確定していく。


 そして、先ほどの《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》と同じように、魔力を消費すると共に頭の中へ記憶が混入していく。


 それは『過去視』と同じだが、手に入るものは全くの逆。過去にあったことではなく、これから未来に起こるであろう記憶が手に入っていく。


 目が冴えるような感覚と共に、視界が光の海の中に落ちる。

 この大聖都フーズヤーズのあらゆる未来が、四方八方で十以上に重なって見える。

 その中で僕が選び取る『場所』は遠くにそびえるフーズヤーズ城。さらに『時間』を一時間後ほどに焦点を合わせる。

 これで僕たちが襲撃しているときの光景が重点的に集まってくる。


 視えるのは――フーズヤーズ城入り口を一人で溶かすマリアの炎――それを迎え撃つ入り口の番人グレンさん。その隙に二階の窓から侵入する影――待ち構えていた何十人もの騎士を打ち払いつつ階上へと向かうラスティアラ。続いて、『竜化』したスノウに抱えられたディアと陽滝が中央の空洞に陣取り――『魔人化』したノワールちゃんと空中戦をしている――などの多くの光景。


 もちろん、同時に別の光景も視える。

 マリアが外の庭で城そのものを炎に包む光景もあれば、ラスティアラとディアが協力して城の結界を上書きする光景もある。


 分岐した様々な未来が視える。

 前に使ったときにわかっていたことだが『未来視』で確定した未来を視ることはできない。様々な可能性を先に知ることができるというのが、この魔法の正確なところだ。


 その可能性の中から最善のものを選び、その最善の未来に至るための方法を知る。それが《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》の力である。


 これをノスフィーは無敵の力のように言っていたが、使用者の僕からすれば欠点だらけだ。まず僕の情報処理能力の低さのせいで、視ると決めた人たち以外の未来がまるで拾いきれない。今回は見ると決めた空間――フーズヤーズ城の敵陣営を中心に『未来視』しているので、その空間以外は隙だらけだ。


 もし妹の陽滝のような賢さ――頭の回転の速さが僕にあれば楽なのにと思いながら、幾重にも分かれたフーズヤーズ城の可能性の枝を追いかけていく。


 あらゆる奇襲のルートを『未来視』で確認し、成功の確率と成功した後の状況の良さを吟味する。


 突入するタイミングにも同様の確認を行っていく。ここで重要なのは見回りする騎士の動きと休憩の時間。特に五人の『魔人化』した騎士たちの位置は重要だ。


 戦術も吟味していく。こちらのメンバーは属性魔法のほとんどを網羅しているため、水攻めも火責めも試せる。闇に紛れるか光に紛れるかも選びたい放題だ。


 襲撃時の天候。気温に湿度。風向きに風速。城外の情報も集める。

 城内の騎士の人数を数え切る。警備の巡回ルートも。伏兵の位置も。非戦闘員の所在も。その一人一人の体調を、発汗の量まで細かく把握する。こうして、ありとあらゆる可能性を見ていく中――


 一つだけ、見逃せない未来の光景を僕は見つけた。


 その場所は屋外。

 フーズヤーズ城の最上階。

 日時は朝。煌く朝の光を浴びているのは、僕と陽滝の二人・・・・・・・


 ここで重要なのは二人が向かい合い、何かを喋っていることだ。


 陽滝が目覚めていた。

 しかし、何を喋っているかまでは把握できない。

 余りに可能性の低い未来のせいで、ぎりぎりのところで僕の魔法が届かないのだろうか。


 ただ、か細い枝の先にある未来だとしても、こんなにも早く陽滝が目を覚ます可能性もあるらしい。ファフナーを味方につけ、世界樹の使徒ディプラクラを解放し、目覚めの魔法を開発するという手順が、この一夜で済む場合もあるのは間違いなく朗報だ。

 何もかも上手くいけば、この襲撃の終わりに僕は目を覚ました陽滝と会える。


 胸の鼓動が速まる。

 同時に、魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》に――どくりと、力が入ったような気がした。何が理由かわからないが、魔法の効果が強まった。

 いま僕の次元魔法が進化した。


 その思いもしない強化のおかげで、僕は『未来』の視界を得ながらも、いま『現在』の視界も得る。

 魔法に集中していたことで俯けていた顔を上げて、周囲を見回せるようになった。


 『現在』、家の居間には仲間たちが揃っている。テーブルと椅子を揃えての作戦会議中だ。

 そのテーブルの一席には陽滝も座っている。夢遊病という特殊な状況ながらも、いま妹が傍にいてくれている。

 そういえば、僕は会議の中で妹の意見を一つも聞いていなかった。そう思い、『未来視』を保ったまま、『現在』の陽滝に声をかける。


「――陽滝・・


 声が届いているのかどうかはわからない。

 けれど、声をかけられた妹が、僕と同じように俯けていた顔を上げて、見つめ返してくれたような気がした。


 もちろん、妹から声は返ってこない。

 それでも僕は声をかけ続ける。


「陽滝、これがいまの僕だよ……。この異世界で色んな人と出会って、色んな人と戦って、色んな人と別れて……ここまで来た」


 不思議と、いまの『未来視』と『現在』を視ている状態ならば声が届くような気がした。

 かつての僕ならば無理でも、いまの僕ならばと――そう思い、かつて言えなかったことを僕は妹に言う。


「この戦いが終わったら、たくさん聞きたいことがあるんだ……。本当にたくさんできた……」


 真っ直ぐ妹を見つめる。

 その目は閉じているように見えて、薄く開いているのはわかっている。その瞼の下にある瞳と向かい合い、自分の中にあったコンプレックスを全て捨てて、口にする。


「目が覚めたら、ゆっくりと話そう……。そのときは、もう隠し事はしないって約束して欲しい。僕も何も隠さないって約束するから……」


 妹に頼りきりも、もう止める。

 いまこそ認めたくない自分を受け入れ、初心に戻って――僕の人生を作った妹・・・・・・・・・とも向き合うときだ。


 そう決意したとき、向かい合う妹の睫毛がぴくりと動いた気がした。


「今日でこの異世界での戦いは最後だと思うから……。終わったら、もう休もう。『不老不死』にさえ手の届くディプラクラにノスフィー――そして、ここに並ぶみんな。これでその病気ってやつが治らないわけがない……。もう明日で終わりにしよう」


 終わりにしよう。

 そう言ったとき、また妹が動いた気がした。

 そして、ゆっくりと頷いたように見えた。

 僕の提案に対する了承の意志を感じる。

 それに対し、僕はお礼を言う。


「……ありがとう」


 口にしながら『未来視』で、妹との再会の光景を夢見る。

 フーズヤーズ城の最上階。

 朝焼けの中、みんなが揃っている。

 そこにはノスフィーがいて、ラスティアラもいる。ディアもマリアもスノウもリーパーもライナーもラグネもファフナーもセラさんもグレンさんもエルミラードもノワールちゃんもいる。

 『みんな一緒に』、僕の物語の終わりである陽滝の復活を祝う。

 そんなみらいを視る。


「え、え? これは……。もしかして、カナミの意識が戻った?」


 僕が妹と向かい合う中、恐る恐ると近くのラスティアラが話しかけてくる。

 それに僕は笑いながら軽く答える。


「……そうだね。ちょっとこの魔法に慣れてきたみたいだ。使いながらでも話ができる」

「慣れた? 慣れたって、ええ? それってつまり、未来を見ながら戦えるってこと……?」

「そういうことだね」

「え、ええぇ……。それ強すぎでしょ……」


 使い込むことで魔法が便利になるのは《次元の冬ディ・ウィンター》などで何度かあった現象だ。


 僕は僕の『魔法』が、まだ進化できると確信する。

 いや、進化というより、ようやく完成に至れる感覚だ。


 あとほんの少し。

 この最終戦に合わせているかのように、あと少し。

 僕の理想。

 理想の魔法。

 誰もが望む。

 誰もを幸せにできる魔法に――


「あの、カナミ。カナミが魔法使ってぼうっとしている間に、こっちはこっちで面白い作戦案をみんなで話してたんだ。ちょっと聞いて欲しいんだけど……」

「みんなで? わかった。それが上手くいくかどうか『未来視』で答え合わせしようか」


 《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト先譚リアライズ』》ならば、作戦を試すまでもなく、現場の遠くから作戦の成否を診断できる。これを繰り返していく内に、僕たちの襲撃計画は相手にとって対処不可能なプロセスだけが残っていくだろう。


「え、えぇ、答えあわせって……。それもやばすぎだね……」

「いや、でもそれ以外に言いようがないし……」


 本来ならば始まるまで不確定なはずの戦いが、事前に確定していく。

 反則も反則だろう。だが、作戦を失敗するわけにはいかない以上、向こうの陣営に手加減をする気はない。


 こうして、僕は『未来視』を研ぎ澄ませ、仲間たちと一緒に具体的な作戦内容も固めていく。

 それはまさに問題集の回答を答え合わせしていく作業に似ていた。自然と解答欄に残るのは○のついた答えのみ。全問正解の襲撃計画となっていく。



 ――その反則的な作戦会議は日付が変わるまで行われた。



 そして、会議終了と同時に、


「――よし、それじゃあ作戦開始だ」


 掛け声をかけ、それにみんなが応え、


「開始!!」

「はい……!」

「俺は陽滝とスノウとだな」

「二人とも捕まってー」

「お嬢、よろしくっす」

「ライナーお兄ちゃん、よろしくっ」

「ああ、よろしく頼む」


 一斉に地下街から動き出す。


 元々、襲撃のタイミングは起きている人間の少ない深夜にするつもりだったが、会議が終わった時間が丁度よかった為、すぐに行動を開始したのだ。上手くいけば、朝が来る手前で作戦は完了となるだろう。


 ――各班に別れ、地下街を出て、各々のポジションを目指して歩く。


 もう街は真夜中だ。

 空に暗雲は一つもなく、白く丸い月が浮かんで街を照らしている。

 深夜でも、地上の大聖都は少し慌ただしい。僕が『魔石線ライン』を停止させたことで不審に思った町民たちが騒ぎ、警備兵たちが調査に歩き回っている。


 『魔石線ライン』を止めた犯人として少しだけ罪悪感がある。ただ、これからさらに大聖都を混乱させるのだ。すぐに無駄な感情は振り払って、僕は怪しまれないようにゆっくりと街中を進んでいく。


 歩く街道は明るい。

 夜だというのに、先ほど視た過去のフーズヤーズの昼間よりも明るい。この千年でフーズヤーズ国は本当に明るくなった。『光の理を盗むもの』のおかげで、街も心も光が灯っている。


 けれど、それを成したであろうノスフィーの世界も心も未だ暗いままだ。

 フーズヤーズ国の光を霞ませてでも、必ずノスフィーを助けると心の中で誓い直す。


 ――何よりも優先して手をノスフィーに差し伸べる。


 それが今作戦の最終目標であり――おそらくだが、それが彼女の『未練』を果たす方法でもあるだろう。

 ただ、いま『未来視』をしたからこそ、その難しさはよくわかっている。


「『たった一人の運命の人』か……」


 道中、一言、呟いた。

 いま口にした言葉こそが、ノスフィーを何よりも優先する上で最も邪魔になるだろう。

 その言葉を捨てるように僕は歩く速度を上げる。

 振り切るように速く、その自分で選んだ道を――

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