280.第一話を読んで


 ――なんて物語の始まりがあった。


 これをラスティアラのやつは見てしまったのだろう。

 聖人の器という生まれのせいで、その記憶の断片を見る権利があった。そして、その登場人物の少女に尋常ではない感情移入をしてしまったわけだ。


 こんなのを見てしまえば、確かにティアラさんとキリストの二人が結ばれるべきだと思うのも無理はない。ティアラさんがキリストを好きだと主張するのも当然かもしれない。


 そして、その主張は『正解』だった。


 ティアラさんから『答え』を譲渡され、全ての事情を知ったいま、その鋭すぎる洞察力には頭が下がるばかりだ。


 結局、昨日の『儀式』で正しかったのはラスティアラで。

 騙され、間違えていたのは僕――ライナー・ヘルヴィルシャインだった。


 間違いなく、ティアラさんは『相川渦波』と出合った瞬間から死ぬまでの間、ずっと異性として愛していた。つまり、あのラスティアラの言い分は、少し狂気的ながらも、徹頭徹尾正しかったというわけだ。


 そして、きっと当初のラスティアラの疑い通り、彼女の持つ愛情の半分はティアラさんのものだろう。下手をすれば、いまのキリストが感じているラスティアラへの想いの半分さえも、本当は千年前の――……はあ。


 溜め息が出てしまう。

 キリストが過去の全てを思い出したとき、きっと大変気まずくなることだろう。


 一度気づけば終わりだ。

 これから先何があっても、そのラスティアラへの愛情の中にティアラさんの影がちらつき続ける。かといって、それに気づいたときには、もう別れることなどできないほど深みに嵌まっている。


 その状態こそがティアラさんの狙いの一つ。

 『自分がいなくても、自分を愛して貰うこと』。


 本当にティアラさんはラスティアラとよく似ている。

 似たもの同士過ぎて、笑いが出てくるほどだ。


 ただ、似てはいても――その年季レベルが違った。

 年齢で比べれば四と千なのだから当然の話だが、ティアラさんは完全にラスティアラの発展型と言える。

 ティアラさんのほうが、より重度で、より嘘をつくのが上手い。


 その演技力といったら、演劇好きが高じて主演女優レベルにまで至ってしまっていて。

 そのスキルの数たるや、弟子の振りをし続けたことで聖人レベルに至ってしまっていて。

 なにより、その愛情の濃度に、子供と大人ほどの違いがあった。


 ラスティアラの『好き』が万能だったように、ティアラさんも同じく万能で――ただ、桁外れに愛が深い。


 だから、先ほどの『星空の物語』の続きは――こうなる。


 病気を治してもらって元気になったティアラさんは塔から出る。次に彼女は、計算高く周りに気を遣いながら、始祖渦波の傍に居続ける方法を探し始めた。

 異性として好きであるとバレてしまえば、妹さんや使徒に睨まれるのはわかっていた。ゆえにティアラさんは始祖渦波を師匠として慕っているという演技をする。

 これならば角が立つことなく、みんな楽しくやっていけると思ったのだ。同じ舞台に立って、『みんな一緒』に笑っていられることを優先した。


 『みんな』笑顔で、『みんな』幸せに、『みんな』ハッピーエンド――たくさんの星が瞬き煌く完璧な物語こそが、彼女の生き様モットー


 生まれついて傲慢で、強欲過ぎる『人』。それがティアラ・フーズヤーズ。


 その後、彼女は強かに生きた。

 決して、その感情を悟られないように、慎重に生きた。


 各地で悪さをする魔人の討伐に参加し、『魔の毒』を分解する術式の開発を手伝い、各国の安定に尽力し、魔法の基礎を少しずつ築いていった。

 キリストが始祖と呼ばれ、ティアラさんは聖人と呼ばれた理由がこれに当たる。


 しかし、その途中、三人の『使徒』たちの計画が一つ崩れる。

 妹さん――相川陽滝の治療に失敗し、始祖渦波が暴走を始めてしまったのだ。


 それを予期していたティアラさんは『魔石化』という魔法を持ち出して、始祖渦波の説得を行う。ただ、そのときには『理を盗むもの』たちの戦争は末期に至り、世界を滅ぼす『世界奉還陣』も発動してしまっていた。


 結果、多くの登場人物が死んだ。

 それを代償に、人同士の戦争も『異邦人』と『使徒』の戦争も終わる。


 生き残ったのは四人だけ。

 『始祖』渦波。

 『聖人』ティアラ。

 『使徒』レガシィ。

 『火の理を盗むもの』アルティ。

 四人だけだった。


 戦後、全てをやり直すための『迷宮』計画が立てられる。

 これで治療に失敗した相川陽滝は元通りになり、無念のまま散っていった『理を盗むもの』たちも救済できる。そんな予定の計画だ。


 戦争後は何もかもが上手くいっていた。

 もう誰もいがみ合うことも争うこともない世界に近づいていた。

 ティアラさんの望む完全無欠なハッピーエンドに向かっている――ように見えた。


 が、もちろん、そんなことはない。


 その契機をもたらしたのは『使徒』レガシィ。

 平和な日々の中、生き残りの一人が裏切りを白状する。

 これが偽りのハッピーエンドであると『使徒』が、『聖人』と『火の理を盗むもの』の二人に伝えた。


 まだ本当の敵が残っていること。

 『理を盗むもの』たちと『使徒』たちとの戦い全てが茶番であったこと。

 全てが一人の少女の手の平の上であったこと。

 千年後に本当の戦いが待っていること――


 ――全てを白状した。


 すぐにティアラさんは確認を取りにいった。

 そして、『最深部』にて一人、その言葉が真実であると理解する。


 ティアラさんは考える。


 もう時間はない。

 例の『迷宮』が完成する前に選択しないといけない。


 このまま手の平の上で踊り続ければ、始祖渦波と幸せになれるのは間違いない。

 きっと百年ほどの間、二人で夫婦のように暮らせるだろう。それだけの絆が二人の間にはあった。それをみんなに許される積み重ねもあった。


 はっきり言って、ティアラさんは『相川渦波』が好きだ。異性として、世界で一番愛している。彼と幸せになりたいというのは、『未練』であり悲願でもあった。


 しかし、ティアラさんは自問自答していく。


 本当にそれだけでいいのか?

 真実を知ったいま、それで私は満足できるのか?

 その後に待っているであろう本当の戦いを見過ごして、終わってもいいのか?


 おそらく、その戦いに参加できるのは私くらいだ。『異邦人』でも『使徒』でも『理を盗むもの』でもない『人』の私だけだ。


 その『人』である責務を放棄して、そんな終わりベターエンドで私は納得して死ねるのか? 本当に――? もしかしたら、陽滝姉は千年後、あの・・約束・・、信じて私を待っているかもしれないのに……?


 ティアラさんは迷った。


 約束されたベターエンドを受け入れるか否か。

 『相川渦波』か『その他の全て』か。


 その結果、ティアラさんが出した答え――


「もう二度と間違えないよ……。私が一人だから・・・・・・・駄目なんだ・・・・・……」


 ――そう呟いて、どちらか一つという選択を拒否する。


 どちらか一つではなく、両方を。

 誰か一人でなく、全員を。


 師匠と結ばれながらも、全部救ってやる――という完全無欠のハッピーエンドを志してしまう。


 一人残ったティアラさんが目をつけたのは一つの魔法。

 すぐに、とある魔法の修得にかかる。


 前例があった。

 全ての問題を解決してくれそうな魔法が、もう存在していた。

 師が先んじて、可能性を示してくれていた。


 ――それは魔法《影慕う死神グリム・リム・リーパー》。


 『契約』『代償』『親和』『永遠』。

 当時の魔法技術の全てが、その魔法には結集している。


 ティアラさんの出した回答は単純だった。

 魂の分散。


 その高過ぎる『数値に表れない数値』が、『魔石人間ジュエルクルス』の本当の利用法を見つけてしまう。


 いまの私で無理ならば、いまの私をやめるしかない。

 一人が駄目ならば、一人を止めればいい。

 つまり、『人』でなくなればいい。

 『理を盗むもの』でもない。

 『使徒』でも『異邦人』でもない。


 全く新しい『存在』。


 ――『魔法・・』。


 私と師匠の二人で創った『魔法』こそが、全ての答えだった。


 生死も我も超越した――現象となればいい。


 そうだ。

 『本当の魔法』に、私自身がなるんだ。

 一人じゃない。

 世界中のみんなが使う『魔法』に成れば、きっとみんなを同時に幸せにできる。


 ああ、やっとわかった。

 そういうことだったのだ。それが答え。

 最初から答えはあって、最初からそれだけしかなかった。

 あの日、私が師匠と出会ったのは、このためだ。師匠に弟子入りし、ここまで辿りついたのは、きっとこの時のためだったのだ。


 これで。

 『永遠』に挑戦できる。

 師匠とだって、ずっとずっと死ぬまで一緒だ。

 偽りのベターエンドではなく、完全無欠のハッピーエンドに挑戦できる。


 そう誓ったティアラさんは、その後、他の登場人物三人――『使徒』レガシィ『異邦人』渦波『理を盗むもの』アルティたちとの生存競争に見事勝利し、最後の世界の登場人物ひとりとなった。


 たった一人生き残った偉人として、フーズヤーズ国にて君臨し、世界全土を支配し操り始める。


 千年後のための土壌を作るため、『魔石線ライン』や『レヴァン教』を世界に広めていった。千年後に失敗を演出するための『予言』を残し、どう『過去視』されてもわからない偽りの歴史を紡いでいった。――たった一人。孤独に。死ぬまで。


 しかし、その人生に曇りも迷いもなかった。これから先、避けようのない永遠の孤独が待っているというのに、ティアラさんは笑顔だった。

 百年かけて老衰死するまでの間、ずっとずっとティアラさんは笑顔だった――


 ティアラさんの胸の中には全てへの感謝が詰まっていた。

 この道を進むことを彼女は受け入れていた。

 心から納得していた。


 ――みんなを幸せにすることが、私を幸せにしてくれたみんなへのお礼だから――


 そう信じて。


 『聖人』ティアラ・フーズヤーズは身体を捨てて。

 『魔法』ティアラさんになって。


 千年後――僕と出会う。


 それなりに信用できそうな『人』。

 ライナー・ヘルヴィルシャインという名の――都合のいい記憶の預け箱を見つけて「やはり自分は幸運だ」と再確認し、ティアラさんは笑ったらしい。


 ――こうして、僕は幸か不幸か、全てを知ることになる。


 ティアラさんの計画は、また一歩、完全無欠のハッピーエンドに近づいた。


 …………。

 ……………………。


 ……これで大体の記憶の整理は終わりだろう。


 多過ぎる記憶に混乱したが、大筋は捉えられたはずだ。

 正直、まだ全ての確認は終わっていない。けれど、短期間で無理をしてしまえば、情報を処理しきれずに倒れてしまうだろう。細かなところは、時間をかけて見聞していくしかない。


 ここから先の計画だけは、ミスするわけにはいかないから慎重に……。


 まだ時間はある。

 まだまだ道は長い。

 ゆっくりやっていけばいい。


 ティアラさんやキリストたちと違って、まだ僕だけは・・・・・・、自分の物語のプロローグにすら辿りついていないのだから――


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