262.ただいま


 戦いは終わった。

 僕は一人で歩いて、アイドとティティーに近づく。スノウは草原に寝かせたディアと陽滝の様子を見守ってくれている。これが守護者ガーディアンたちの最後の時間であると予想して、付き合いの深い三人だけにしてくれるようだ。


 僕が近づいてきたのを見て、まずアイドが笑って話しかけてくる。


「……見事でした。これで終わりですね。今日にて『統べる王ロード』の座は空席となり、その後見人だった使徒は消えました。このヴィアイシアの戦いは終わりでしょう」


 それに隣のティティーも続く。


「これでもう、童たちに未練はないのう……。あるとすれば、ノスフィーくらいか? ただ、あれはかなみんじゃないと駄目みたいじゃからのー。よし、かなみんよっ、童の友達ノスフィーは絶対におぬしが幸せにするように! 頼んだぞ!」

「え、えっと……、努力はするよ」


 最後にとんだ無茶を頼まれ、僕は困った顔を見せるしかなかった。それにティティーは不満そうに唸る。


「むぅー……いや、あとはかなみんたちの問題か。これ以上はやめとくのじゃ」


 ただ、唸りながらもティティーの顔は晴れやかだ。口で言うほど不満はないことが、その表情からわかる。


「童はかなみんもノスフィーも心の底から信じておるからな! 二人とも自慢の友達じゃ!」


 僕がいる限り安心だと言ってくれる。

 僕を信じてくれる彼女を未練なく見送るため、困った顔のままだけれど頷いて返した。


 それにティティーは嬉しそうに「うむっ」と頷き、それを隣のアイドは笑って祝福する。


「ふふ、あの姉様に友達ができたのですね……。少しだけ羨ましいです」

「何を言う! アイドも、かなみんと友達じゃろう!?」


 その姉の言葉を聞き、僕とアイドは驚きながら見つめ合う。

 そして、その言葉が真実であることを、すぐに確信する。


 笑えることに、夕日の下で殴りあったかのようなベタな友情が、確かに僕たちの間にはあったのだ。その友情を感じ取ったアイドは本当に嬉しそうな顔を見せる。


「そうみたいですね……。思いがけず、ここにきて欲しかったものが全て手に入ったようです……。ああ、やはり『ここ』は素晴らしい……」


 いまにも泣きそうな感極まった顔をアイドは見せる。当然、守護者ガーディアンである彼の姿は、『未練』喪失に合わせて薄くなっていく。

 よく見れば、隣のティティーも同様だった。


「おいっ、二人とも……! 身体が……!」

「正直、すっからかんじゃからな! 魔力もだけど、未練ものう! ゆえに終わりみたいじゃ! ばいばいじゃ!」


 消失を予感し、まず遠くのスノウにぶんぶんと手を振った。

 その表情に一切の陰りはない。空気に溶けるかのように自らの存在が希釈されていくのを受け入れている。


「もう……お別れなのか?」


 できれば、もう少し三人で話をしたかった。ようやく全ての溝が埋まったというのに、最期の時間が余りに短すぎる。そう思ったのだけれど、ティティーは違ったようだ。首を振る。


「違うぞ、かなみん。もう、ではないぞ。この『いま』の時間は短くなどない。千年より長い一瞬が『いま』『ここ』にあるのじゃ……。確かに『ここ』にな……」


 その細めた両目で、ティティーは周囲の景色を見渡す。

 魔法で構築した故郷《桜童楽土アイド・エンド・ティティー》の映すヴィアイシアの景色を見て、永遠にも相応しいものが詰まっているのだと断言した。


 なにものにも代えがたい価値が『ここ』にあると――ティティーは頬を赤くして、大きく口を開けて喜ぶ。


「やっと童は童の時間を生きておる……! ぎゅうっと時間が詰まっておる! あの落ちるように加速するだけだった千年とは違う! 確かな時間が『ここ』にある! いま童は千年よりも長い一秒を生きておると確信しておるぞ!!」


 そして、座った両手を広げて、この故郷の空気を一杯吸い込んだ。

 堪能しながら、その素晴らしさを僕に教えてくれる。


「ああ、凄いのじゃ……! 世界が華やいでる! 色づいてる! 時間が輝いておる!!」


 時間が輝く――僕には追いつけない感覚だったが、隣にいる弟は違ったようだ。


「ふふっ、そうですね……。確かに、やっと生きている気がします。昨日までの色褪せた世界が嘘のように鮮やかで……目が霞みそうです……」


 二人は満足そうだった。

 ならば、僕は微笑んで身体が薄くなっていく二人を見送るしかなかった。


 いま、完全に二人は『未練』を解消した。これ以上呼び止めることはできない。あとは、もう別れを告げるだけ――

 

「それじゃあの、かなみん! ここまでの道案内、ありがとうのっ!」

「心から感謝しています、渦波様。あなた様もあなた様の故郷に帰れることを願っております」


 お礼を言われた僕は、少しだけ迷ったあとに、小さく手を振った。

 身体が透けて、背中の木が見え始めている二人に別れを告げる。

  

「ああ、じゃあな……。二人とも……」


 永遠の別れの挨拶が終わる。


 そして、消える直前まで共にいようと、座ったままティティーとアイドは手を繋ぐ。

 もう二度と離さないと手を握り締め合い、姉弟最期の一瞬を過ごしていく。

 

「ふふふ、流石は姉様です……。いつかの褒美、『いま』『ここ』をありがとうございます……」

「うむ。ようやく、童たちは『いま』『ここ』に還れたのう……。だが、すまぬ。かなり遅れてしまったのじゃ……」

「しかし、間に合いました……。間に合ったのです。『褒美』を、ありがとう、ござい……ます……。もう、手離しは……しません……――」

「童だって、おぬしを手離さない……のじゃ……。もう……二度と……――」


 身体の消失に合わせて、声は途切れ途切れとなっていく。

 その最期の会話は、千年前の約束――『褒美』についてだった。


 二人が昔を懐かしんでいるせいか、その薄くなった大人の身体に子供だった頃の二人の姿が重なって見えた。

 舞う魔力の粒子――その光に詰まった思い出を、僕の《ディメンション》が読み取っているのだろう。


 翠の髪のハルピュイアの少女と白い髪のドリアードの少年が見える、

 かつて褒美を約束した『白桜ピエリス・アイシア』の木の下で、二人の子供が手を繋いで寄り添い合っている。


「この、草原……――懐かしい、匂いが――するのじゃ……。アイド、空が青――いぞ……――」

「はい。こんなにも――世界は綺麗だったのですね。とても……、風が気持ち、いい――です……――」


 掠れていく声。

 小さく遠くなっていく。

 けれど、二人の声は確かに聞こえた。


 二人の最期を迎える声――



「「――ああ・・やっと帰れた・・・・・・懐かしい故郷・・・・・・――」」



 最期の言葉は綺麗に重なり、風に吹かれて掻き消えた。

 そして、ふっと吹き飛ばされる靄のように、二人の身体は世界から完全に消失した。


 姉弟の魔力の粒子が、ヴィアイシアの風によって舞い上がっていく。


 いま、ヴィアイシアの少年少女――ティティーとアイドは『未練』なく、今度こそ二人一緒で納得のいく死を迎えた。つまり、これで――


 ――幼い二人の綴った『統べる王ロード』の物語は終わりだ。


 その物語の最後を飾る一枚絵は、波打つ草原に立つ白桜の木の下。

 風が吹き、花弁が舞い、手を繋いで、肩をくっつけて、一緒に笑う姉弟の姿で終わった。


 物語の最後、二人は答えに気づいた。

 二人が二人を証明するのに、他に何もいらなかったことを。

 姉には弟がいて、弟には姉がいる。

 ただ、家族がいる。

 たったそれだけでよかったことを――


 それを証明するかのように、その舞い上がる最期の光の奥に視える・・・


 未来視も過去視も行っていない。

 ただ、その濃い魔力の残滓から、光景が感じ取れた。


 最期の光の奥に見えるのは、家――切り妻屋根の家だ。

 その懐かしい香りのする家の入り口前に、二人の『魔人』の老夫婦が立っている。微笑みながら、家族の帰りを待ってくれている。


 そこに家の隣の『白桜ピエリス・アイシア』で座っていた二人の子供が立ち上がり、駆け寄っていく。


 そして――


ただいま・・・・なのじゃ!」

ただいま・・・・です!」


 ――童二人の元気な声が聞こえたような気がした。


 その光景を最後に、舞い上がっていた光の全てが収束していく。

 二つの結晶に変わっていく。


 それは手を繋いでるかのように重なった魔石。

 守護者ガーディアンを倒した証明――『理を盗むもの』の魔石が二つだった。



【守護者の魔石】

 守護者アイドの魔力の結晶

【守護者の魔石】

 守護者ティティーの魔力の結晶



 続いて、守護者ガーディアンの層の突破を意味する『表示』が見える。



【称号『風に寄り添う童』を獲得しました】

 木魔法に+0.50の補正がつきます

【称号『木に寄り添う童』を獲得しました】

 風魔法に+0.50の補正がつきます



「帰れてよかったな……。ティティー、アイド……」


 祝福と共に、僕は落ちた魔石を二つ拾う。

 そして、伏せた目を上げて、周囲に向けると、展開されていた魔法《桜童楽土アイド・エンド・ティティー》が解除されていた。


 二人の故郷が消えて、僕の知っている王都に戻っていく。

 

 いや、違う。よく見れば、違うところがところどころある。

 ただでさえ緑の多かった王都に、さらなる自然が芽吹いていた。


 アイドの動かした城に踏まれたところに、木属性の魔法で生い茂ったであろう草花が広がっていた。それも、ただ広がっているだけでなく、庭師の手が入っているかのように整然としている。


 何より、一番変化していたのはヴィアイシア城だった。

 巨人ツリーフォークとなっていたはずの城が、ただの一本の大樹に変わっていた。

 城としての機能を保っているのは中腹までで、そこから先は完全に樹だ。


 空に触れるまで大樹が育ち、そこから無数の枝が伸び、白い花が咲いていた。

 その樹の種類は間違いなく、『白桜ピエリス・アイシア』。

 荘厳で幻想的な大樹が、姉弟の去った跡に遺った。


 僕は二人の魔石を握り、ヴィアイシアの空を見る。

 大樹に咲いた満開の花が風に揺れている。


 ――ああ、風が心地いい。


 ヴィアイシアに風が吹き、白い花びらが舞っている。

 ただ、それだけのことが、なぜかとても幸せに感じた。

 どうしてか、この時間が長く感じる。


「ティティー、おまえの言う通りだな……」


 確かに、世界は色鮮やかで、時間は輝いているのかもしれない。

 そう僕は思った――


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