175.闇の理と火の理

 惜しくも、両の刃によって剣は防がれる。

 けれど、距離は剣の間合いだ。僕は息をつく間も与えず、剣を振るおうとする。


「――《ダークフィッシャー》」


 しかし、それは闇魔法によって中断される。

 パリンクロンの影から無数の黒い触手が伸びてくる。触れられることを嫌った僕は、大きく距離を取って魔法を避ける。


 その魔法から違和感を感じた。

 余りに魔法構築が速すぎる。それに魔力の量も増している気がする。


 僕のいぶかしむ目に気づいたパリンクロンが、楽しそうに答える。


「俺の力じゃない。仲間たちの力さ」


 パリンクロンは周囲に倒れている兵たちを指差した。

 意識を失った肉体は、溶解の速度を増していた。もはや原型を失って、ほとんどが魔力の粒子へと転換されている。

 その魔力がパリンクロンへ注ぎ込まれているのを《ディメンション》が感じ取った。


「この『世界奉還陣』は俺とも繋がっている。いわば、MP無限の状態だな。さらに、こんな真似もできるぜ?」


 パリンクロンは隣に倒れていた高官の男へ手を当てる。

 すると、その肉体の変換が加速していく。全て変換されてしまうと思った瞬間、ぼこりと大地が膨らみ、割れた。


 大地の奥から色の違う魔力が溢れ出し、変換された兵の魔力と混ざり合っていく。

 二つの魔力は絡み合い、凝縮され、とある形を象る。

 それは鳥の姿だった。


 魔力は物質化されていく。鳥の臓器、骨、肉、皮膚、羽毛となって、一羽の怪鳥が完成する。

 全長五メートルはある巨体。

 迷宮の経験から、その初見の怪鳥を咄嗟に『注視』する。



【モンスター】ウィンドリーバー:ランク35



「モ、モンスター!?」

「『世界奉還陣』は『迷宮』と同系統の術式、『想起収束ドロップ』くらい容易いもんだ。むしろ、これが『世界奉還陣』の本来の使い方とも言えるな」


 どう説明されようと、その術式の細部はわからない。

 しかし、迷宮のモンスターを召喚する能力もあることは確かのようだ。そのことから、『世界奉還陣』と『迷宮』は密接な関係にあることがわかる。


 怪鳥ウィンドリーバーは金切り声をあげながら、翼を羽ばたかせた。轟風が吹き荒らしたあと、僕の頭を飛び越えてマリアへと襲い掛かる。

 僕は慌てて前衛の役割を果たしにいく。


「――魔法《氷結剣アイスフランベルジュ》!」


 その巨体へ対抗できるように剣の長さを調節する。そして、僕を無視して飛ぶウィンドリーバーの背中の翼を斬り裂いた。さらに落下していくウィンドリーバーの首を斬り飛ばし、パリンクロンへ向き直る。


 パリンクロンは新たなモンスターを五匹ほど生成しようとしていた。その材料となっているのは兵たちの肉体だろう。だというのに、やつは何の躊躇いもなくモンスターへと変えていっている。


「――《ダーククロース》」


 パリンクロンは初めての魔法を使う。

 影から溢れた黒い液体がモンスターたちへと纏わりつき、鎧のような形となった。おそらく、闇属性の強化魔法だ。もしかしたら、モンスターの精神に何かしらの影響を及ぼしているかもしれない。

 だが、モンスターの『状態』は人と違って見られない。


 代わりに五匹のモンスターの名前とランクを『注視』する。

 木の身体の双頭犬ツリーダイダス。空を飛ぶ大蜥蜴リザードフライ。わし頭の巨人ピッドジャイアント。一つ目に四枚羽の蝙蝠ムーンレスフォウ。中身のない動く鎧アンコンケラブル――どれもランク30前後のモンスターたちだ。

 だが、パリンクロンの強化魔法のせいで正確な強さは計れない。


 唸り声をあげながら、モンスターたちはそれぞれ独特な軌道でこちらへと向かってくる。だが、なぜか僕を無視して、マリアへと――


「――なっ! おい!」


 僕は『持ち物』から『クレセントペクトラズリの直剣』を取り出し、双剣に切り替える。そして、左右を抜けようとするモンスターに剣を伸ばす。


 五匹のうちの二匹、犬と巨人のモンスターの足を剣で斬ることには成功する。しかし、残りの三匹は横を抜けてしまう。仕方なく、再度『魔力氷結化』で剣を伸ばして、無防備な背中を追撃する。


 しかし、モンスターの背中を斬りつけた剣先から、ぬるりとした嫌な感触が伝わってくる。パリンクロンの施した黒い鎧のせいだ。

 魔力の刃の先端では十分な力が乗らない。その厚みを突破できず、三匹のモンスターの足止めに失敗してしまう。


「――《フレイムフランベルジュ》!!」


 マリアの手から炎剣が伸び、モンスターたちを斬り裂く。その動きは拙く遅いが、攻撃力と貫通力は高い。モンスターの手の届かない距離から、黒い液体の鎧ごとモンスターを貫いた。

 何とかモンスターたちを迎撃できたと、一息つくものの問題は大きい。僕が前衛として機能しなければ、陣形の意味がなくなってしまう。


 こうして僕たちがモンスターに手間取っている間も、パリンクロンは大地に手をついてモンスターを呼び続ける。


「さあ、少年。どんどんいくぜ。次は倍だ。その次も倍だ。その次の次も倍だ」


 周囲の兵の粒子化が加速し、十匹ほどのモンスターが生まれる。さらに遠くでは、もっと多くのモンスターが生まれているのも感じる。どうやら、戦場全体でモンスター召喚が起こっているようだ。


 多種多様のモンスターたちが、こちらへと雄たけびと共に向かってくる。それも、また僕を無視してだ。

 僕はマリアを守ろうと双剣を構える。

 しかし、そんな僕の背中を炎が押す。


「カナミさん! こんな雑魚は放っておいて、パリンクロンを叩いてください! 私は大丈夫ですから!!」


 ここで守りに入ってはジリ貧になると判断したのだろう。だからといって、身体能力の低いマリアを乱戦の中に放置するのは躊躇われる。

 判断に迷う。

 そこへパリンクロンのダメ押しが入る。


「言っとくが、少年がこっちにくるなら、俺は防御を捨ててマリアのお嬢ちゃんを狙うぜ?」


 薄笑いと共にパリンクロンは宣言する。

 それがブラフだとは思えなかった。あいつは痛みを省みずに『世界奉還陣』を構築した実績がある。だが、それを踏まえてのハッタリの可能性もある。


「行ってください! それ以上迷うようでしたら、その耳を焼いてあげますけど、どうしますか!!」


 パリンクロンの一言一言に振り回される僕を見て、マリアは叫んだ。燃え盛る熱が、じゅわっと僕の皮膚を焼いた。それもブラフだとは思えなかった。彼女にも色々と実績がある。

 何より、彼女はいまの僕に心底いらついている。もののはずみで燃やされそうだ。


 僕は仲間の勇ましさに感謝しながら、パリンクロンへと走る。


「マリアっ、少しの間耐えててくれ!」

「耐えるだけじゃありません! 私も攻撃に参加しますから!」


 心強い返答が返ってくる。

 その言葉通り、マリアは迫るモンスターだけでなくパリンクロンにも炎を飛ばす。


 モンスターの群れを通り過ぎて、パリンクロンへ肉迫する。モンスターたちも僕の横を素通りしていった。向こうも、先の言葉を有言実行するつもりのようだ。


 双剣のまま、パリンクロンへと斬りかかる。

 僕は双剣を得意としていないが、それでも僕の圧倒的な優位は変わらない。『感応』を使うまでもなく、『剣術』を使うまでもなく、『魔力氷結化』を使うまでもなく、真っ向から戦えばパリンクロンに負けはしないのだ。


 ゆえに一瞬で、またパリンクロンの片腕を斬り飛ばす。

 ただ、身体の一部を失ったパリンクロンは笑みを絶やさず語りかけてくる。


「おいおい、本当にお嬢ちゃんを放っておいていいのか? 今回の戦いの兵力は南軍はおよそ二万と少し。北軍は一万と半分ほど。いずれ三万のモンスターとなって、お嬢ちゃんへ群がるだろうよ」


 本当は言い返したい。だが、聞く耳はもたない。

 下手に返答すれば、本当に炎で耳を焼かれてしまうだろう。

 僕は飛ばした片腕に剣を突き刺し、氷結魔法を使う。


「――《凍れアイス》!」


 黒い液体でできた腕が凍り、砕け散る。

 ティーダと同じ身体ならば、これで再生はできないはずだ。


「へえ」


 その的確な攻撃にパリンクロンは声を漏らした。

 有効であることを確信し、その攻撃の手を止めない。


 それに対して、パリンクロンは常に逃げの一手を打ち続ける。

 だが、いくら後退しようとも速さの差は歴然だ。すぐに身体は斬られ、凍らされ、残った片腕までも飛ばされ、砕かれる。目に見えて、黒い身体は削られていく。

 液体化した身体は、確かに脅威だ。だが、それはMPの余裕のない低レベルだったときの話だ。慎重に凍らせながら戦えば、それだけでいまの僕ならば完封することができる。このままいけば、全てを砕くのは、すぐ――そう思ったときだった。


 パリンクロンは大きく後ろへ跳躍し、息をしていないモンスターの死体へと飛びついた。横たわっていた死体は、先ほど斬り殺した怪鳥ウィンドリーバーだ。

 ここは迷宮じゃない。だから、モンスターが死んでも、すぐに光となって消えはしない。

 その巨大な死体を盾にでもするのかと思った。しかし、その考えはすぐに裏切られる。


「な、な――!?」


 パリンクロンの身体に触れた途端、モンスターの死体が黒く染まり、液状化した。そして、その黒い液体はパリンクロンの欠損した身体を補う。


「ああ、これはティーダの能力だぜ?」


 勘違いされるのは心外だからとでも言うように、パリンクロンは言い訳した。

 そして、すぐにパリンクロンは次の補給地点モンスターへと逃げ出す。その間も『世界奉還陣』からモンスターは溢れ、マリアを囲みだしている。


「くっ! 面倒くさい能力すぎる!」


 アルティがティーダを不死身に近いと評していたのを思い出す。

 まさしくその通りだ。身体の修復にモンスターを使うというのならば、この状況ではHPが無限にあるのと同義だ。


「カナミさん! できるだけ、死体を残さないようにモンスターを燃やします! だから、そのままで構いません!!」


 僕とパリンクロンのやり取りを見たマリアが、後ろから助言を入れる。


「そ、それは――」


 確かにその方法ならば、いずれパリンクロンを追い詰められるだろう。

 だが、いずれだ。どれだけ時間がかかるかはわからない。


 いま僕は剣だけで戦っている。だからパリンクロン相手に使用してるMPは極僅かだ。正直、三万のモンスターを全て修復に回されても、いつかは勝つ自信がある。


 けれど、マリアはそうもいかない。

 通常の攻撃手段をもたない彼女は、全て炎で戦わないといけない。いくら魔力の扱いが上手いと言えど、燃費は僕よりも悪い。


 僕は焦りを隠せず、パリンクロンの足を止めにいく。

 しかし、その安易な思考はパリンクロンの長けた観察眼によって読まれていた。

 足狙いの剣は、黒い刃が弾く。


「くっ! ――《ディメンション・決戦演算グラディエイト》!!」


 仲間に危険が近づいていると感じて、MPを大量消費する戦術へ切り替えた。


 全身全霊の刃で飛びかかる。

 その結果、双剣がパリンクロンの足を斬り離すことに成功する。が――足を失ったパリンクロンは、液状化されている片腕をどろりと移動させて、すぐさまに足の代わりとした。

 MPを消費して足を斬ったにもかかわらず、得た戦果はまた腕一本だった。


「なっ」


 パリンクロンの老練な防御能力に加え、『闇の理を盗むもの』の特性。余りにも厄介すぎる。

 この場合、『地の理を盗むもの』の絶対防御能力を破った共鳴魔法《親愛なる一閃ディ・ア・レイス》でも有効な攻撃手段にはならない。

 

 残された手段は、MPを大量消費しての氷結魔法の連打しかないだろう。

 だが、それは最後の手段にしたい。防がれたら後のない戦術は避けたい。

 焦りと共に思考が空回る。


 ここにきて『並列思考』を抑えている弊害が出てくる。作戦を悠長に練っている間に、パリンクロンが次の一手を打ってくる。


「……よし、そろそろ姐さんの天敵も呼ぼうか。少し負担は大きいが、呼ぶだけの価値はある」


 大地から黒い霧が噴出する。

 そして、その霧は一箇所に固まり、漆黒と呼ぶべき黒の鉄の塊と化した。それは二メートル近い黒鎧の形をとり、中身もないのに動き出す。

 まだ黒い霧の噴出は止まらない。鎧の腕の中に人の頭部が、足元に車輪で動く戦車が、その車を引く黒い馬が二頭、大地から産まれる。



【モンスター】ディープデュラハン:ランク45



 ディープデュラハンはマリアへ向かって、ゆっくりと気味の悪い動きで駆け出す。


「――《フレイムフランベルジュ》!」


 咄嗟にマリアは火炎魔法で迎撃する。

 しかし、ディープデュラハンは炎剣を鎧で弾いた。戦車を走らせる馬たちも、鉄をも溶かす炎を意に介していない。


「――っ!? ――《インパルス》!!」


 堪らずマリアは無属性の振動魔法で敵を遠くへ弾き飛ばす。

 迷宮の溶岩地帯に出たモンスターと同じだ。ディープデュラハンに炎の耐性があることは明らかだった。しかも、その中でも上位のモンスターなのも間違いない。パリンクロンは敵に合わせて都合のいいモンスターを選べるようだ。


「すげえな。流石、あの姐さんを一度殺した悪魔だ。こいつだけ呼んでれば解決っぽいな――」


 物騒な発言をこぼしながら、ディープデュラハンをさらに量産しようとするパリンクロン。

 集中させまいと僕は剣を振るうが、パリンクロンは身を犠牲にして魔法を唱えることに慣れてきたのか、蜥蜴の尻尾きりのように自らの四肢を僕に差し出して召喚を行う。

 結果、計三匹のディープデュラハンの召喚を許してしまう。


「くうっ――、これは、もう……!」


 さらに遠くでは無差別召喚が進み、数十のモンスターが並んでいるのが見える。

 その中に炎耐性のモンスターも交ざっている。いかにマリアといえど、一人で処理できる相手ではないだろう。無属性魔法も少し使えるとはいえ、アルティの火炎魔法と比べてしまえば心許ない。


 僕は大丈夫だが、マリアが限界だ。

 もう迷っている時間はない。MPを大量消費して氷結魔法を使おうと覚悟する。

 かつてローウェン相手に使った《次元の冬ディ・ウィンター歪氷世界ニブルヘイム》クラスの広範囲魔法でないと、この数をさばくことはできないだろう。


 戦場全てを冬に変え、氷付けにするイメージを頭に浮かべる。

 今回はラウラヴィアのときと違って密閉された空間ではないので、成功させるのは容易ではない。ステータスが上がったとはいえ、間違いなく最大HPいのちが削れるだろう。

 それを想像して、僕は――


 ――口を歪ませて笑った。


 そして、その魔法発動のため、マリアへ炎を収めるように告げる。


「マリアっ、もう限界だ! あとは僕の氷結魔法で全部やる!」

「いいえ! カナミさんはやらなくていいです!」


 しかし、逆に僕の冷気を収めろと言わんばかりの熱気が僕を襲った。


 目を向けると、そこには厳しい顔のマリアが首を振っていた。


 そのマリアの言葉と表情から、彼女も同じことを考えていたとわかる。限界を悟り、自らのMPを燃やし尽くそうと決意しているのがわかる。

 しかし、MPを絞りきるのは最大HPいのちに関わることだ。それはマリアでなく僕がやるべきことだ。そう思い、僕は言い返す。


「やるなら僕がやる! 命を削るなら、僕の方がいい!!」

「だから、カナミさん! そんな嬉しそうな顔を・・・・・・・、しないでください!!」


 パリンクロンへ向いていた炎が、僕に奔った。

 軽くだが、右の頬が焼ける。


「――っ!?」


 何をするのかと怒ろうとして、その言葉を失う。


 マリアは怒っていた。僕以上に。

 そして、その炎の両目で真っ直ぐ僕を睨んでいた。

 マリアを中心に、徐々に炎の渦が膨らんでいくのが見える。生半可なモンスターでは近づけないほどの業炎だ。その炎の中を進めるのは、ディープデュラハンだけだった。


 限界だと思っていた火力が、天井知らずに高まっていく。

 その中心でマリアは僕を睨み続けている。


「さっきの続きです。よく聞いてください――」


 大きく息を吐いて、マリアは冷静さを取り戻す。

 そして、小さな声で、しかし僕へはっきり聞こえるように喋る。


「パリンクロンは絶対に、カナミさんを助けてくれはしません。あれは敵です。敵なんです。だから、自暴自棄は止めてパリンクロンと戦ってください。もう手を抜かずに……!」


 マリアの発した単語が胸を突き刺し、身体が硬直する。


 じ、自暴自棄……?

 その単語から、とある白い少女の姿を思い出してしまった。


 マリアのMPが底に穴の空いた水桶のように、急激に減っていくのを感じた。尋常ではないスピードで、魔力が熱へと変換されていく。

 全ての熱が炎となって、天へと立ち昇っていく。

 その源である少女は僕に言う。


「おそらく、これで私は全ての魔力を使い切ります。きっと、戦場の中心だというのに動けなくなることでしょう。だから、その前に言いたいことを全部言います!」


 僕がハイリを見ていたときと同じ目で、マリアが僕を見ていた。

 おそらく、僕とハイリが重なって見えているのだろう。


「――いい加減にしてください!! 何もかもわからなくなって、自分の生きる価値を見失って、死ぬことが救いだと思ってませんか!? 負けてもいいなんて思ってませんか!? 自分に価値はないと思ってませんか!? 決してそんなことはありません! カナミさんの価値は、みんながわかってます! わかってるんです!!」


 指摘され、ようやく僕は理解する。

 そして、愕然とする。


「…………っ!!」


 あんなにも嫌悪していたハイリの自殺行為と、同じことを僕はしていたのだと気づく。

 あのときのハイリと同じように、僕の口元は歪んでいる。敗北を前に、嬉しそうに笑っている・・・・・・・・・・


 だからマリアはキレている・・・・・のだ。


「最後のディアの言葉を思い出してください! 別れる前のラスティアラさんの表情を思い出してください! 砦で戦っていたスノウさんの姿を思い出してください! みんな、カナミさんのためですよ!!」


 かつてない熱の波動と共に、マリアの声も届く。

 マリアは砦で叫んだことを、もう一度繰り返した。言っても聞かない子供を叱るように。


「もし、カナミさんがカナミさんじゃなかったとしても、私たちには関係ありません。私たちのカナミさんは、ここにいる『あなた』です。千年前のことも『魔石人間ジュエルクルス』のことも関係ありません。ここにいるあなたが、私たちは好きなんです。あなたの助けになりたいと、みんな必死になっていたんですよ! それをわかってください!!」


 叫びが炎へと変換される。その変換は『詠唱』の『代償』にも似ていた。


 炎は螺旋状に立ち昇り、体積を膨らませながら空を貫いた。降る雨の全てを蒸気へと変え、雲を払いながら、世界を縦に絶つ炎がそびえる。

 塔のように高く城壁のように厚いそれを、マリアは――


「――『輝け炎剣』!!」


 『剣』と呼んだ。


 その魔法の宣言によって、炎の形が変わる。逆十字架となって炎は燃え上がる。それはまさしく、『剣』と呼ぶべき形状だった。が、『剣』と呼ぶには余りに大きすぎる。

 雨雲よりも更に上へと伸びる剣は、町一つは容易に呑みこむほど巨大化する。そして、今もなお体積を膨らませているのが恐ろしい。薪をくべた炎のように、どこまでもどこまでも炎剣は大きくなっていく。


 空と大地を覆いつくさんとするほどの炎。

 その熱は無限に上がり、剣の芯・・・の色が赤から白へと変わっていく。その色はアルティが使っていた炎の色と似ていた。後進であるマリアが、アルティへ追いついているのがわかる。

 これがマリアの真の力。迷宮探索で補助に徹していた理由がようやくわかった。

 

 その白い炎剣は『世界奉還陣』の光にも負けぬ輝きを放つ。


「――『地平線を斬れ』! ――《フレイムフランベルジュ》!!」


 世界を斬るかのような巨大炎剣を、マリアは振り落ろす。

 空一面に広がっていた炎がゆっくりと大地へ近づいてくる。

 

「-――ダ、《ダーククロース》!!」


 遠くで防御は捨てると言っていたパリンクロンが、前言を撤回して魔法で身を守ろうとしていた。黒い液体で身体を包み込み、球体のように丸まる。


「――《フリーズ》!!」


 僕も冷気を出して身を守る。先ほど焼かれた頬が、まだ熱い。


 そして、空を覆っていた炎が大地を呑みこむ。


 炎は津波のようになって戦場を駆け抜ける。すぐに視界全てが炎一色に染まり、戦場は煉獄へと落ちる。

 息を吸うこともできない高温に僕は焦る。だが、すぐに想像よりも温いと気づく。

 よく目を凝らせば、マリアの炎が僕だけを避けているのがわかった。嵐の目のように、僕の周囲だけ炎がとてつもなく薄い。


 だが、敵に容赦などはない。

 まず周囲で召喚されていたモンスターたちが焼き殺される。一瞬にして炭化し、その炭も燃えて消える。文字通り、消し炭も残らない。


 その紅蓮地獄の中、炎に強いディープデュラハンだけは生きていた。溶岩の中を泳ぐように、ゆっくりと魔法の元であるマリアへと近づこうとしている。


 全力で両手を振り下ろしたマリアは、顔を上げながら叫ぶ。

 まだまだ足りないと、燃焼を加速させる。


「薙ぎっ、払えぇえええええ!! 《フレイム》ッ、《フランベルジュ》ッッ――――!!!!」


 マリアが両手を横へ振るのに合わせ、轟音を立てながら炎剣が横に動く。


 炎剣が戦場にある全てを燃やし尽くしていく。赤い炎には耐えられたディープデュラハンたちだったが、剣の芯である白い炎と接触した途端、どろりと身体を溶かした。


 炎が無効だろうが関係なかった。

 《フレイムフランベルジュ》は『耐性』というルールごと燃やし尽くす。


 マリアを中心にぐるりと剣は振り回され、全てのモンスターが暴虐の炎によって食いつかされる。

 たった数秒のことだった。

 たった数秒で戦場にあった草木と岩が全て消失し、遠くにそびえ立っていた山のいくつかが形を変え、地面のほとんどが溶岩状となり、戦場は赤い荒野と変貌した。


 《ディメンション》のおかげでわかる。

 周囲数キロメートルに展開された万を超えるモンスターたちが全滅していることに。

 仲間の魔法ながら、ぞくりと背筋が凍る。この高温の中でさえ、寒気がする。


 しかし、それでもマリアはまだ満足していない。

 モンスターたちを全滅させた勢いのまま、もう一度炎剣を天に掲げ直す。

 その視線の先は――


「パリンクロン・レガシィイイイイイイ――!!」


 炎剣の回転斬りを黒い液体で耐えていたパリンクロンだ。

 マリアの殺気に当てられ、パリンクロンはさらに魔力を注ぎ込んで、黒い防御壁を厚くする。

 そして、懐かしい名前を呼ぶ。


「ティーダァ!! 相手が相手だ! 手を貸せえぇえええっっ――!!」


 ――ドクンッと。


 世界が胎動した気がした。


 黒い液体の闇が深くなる。

 光さえも焼く炎の中、漆黒とも呼ぶべき闇が溢れる。それは底なし沼のように全ての光を吸い取る――闇夜の大盾となる。


 そして、マリアは剣をもう一度振り下ろす。


「アルティイイ!! 私に力をください! あの男を焼き殺す炎をっ――!!」


 ――また、ドクンッと。


 二度目の鼓動が聞こえる。


 炎剣の熱が増し、更に色を変える。

 芯の白が白金へ、白金が透明に近い寂光へ。純白とも呼ぶべき光へと変わる。それは太陽のように全ての闇を払う――陽光の大剣となる。


 剣と盾が衝突し、大量の魔力の粒子が散る。

 矛盾を世界が嫌うかのように、魔力の粒子のカーテンが衝突を覆い隠そうとする。その光に《ディメンション》さえもが、目を眩ませた。 


 拮抗は一瞬だった。

 本当に一瞬だけ、外界の情報の全てが遮断される。

 黒とも白ともつかない衝撃に呑まれ、あらゆるものを認識することができなくなる。


 熱も音も、何もかもが刹那の間だけ無になる。

 静寂を超えた、世界が停止したかのような錯覚――


 そして、その次の瞬間、決着がつく。


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