170.追跡

 何十人もの兵たちが中庭に寝転がる中、四人だけが残った。

 僕とマリア、そしてハイリとスノウだ。


 救援に来てくれた二人のMPは十分に残っていたので、余裕をもって兵たちを昏倒させることができたのは助かった。だが、その数分の間に、パリンクロンは馬車に乗って砦を出て、目の届かないところまで離れてしまった。


 それを落ち着いて《ディメンション》で見送る。

 ハイリに言われたとおり、空を自由に飛び回るシスと違って、軍に属しているパリンクロンの足取りを追うのは容易い。

 なので、敵ではなく、まず助けに来てくれたハイリへと意識を向ける。


「助かったよ、ハイリ。スノウが連れてきてくれたのか……?」


 スノウへ目を向けると、すぐにハイリの後ろへ隠れた。

 ただ、身長的に隠れきれるわけがなく丸見えだ。特に尻尾が横にはみだしているのがシュールだった。


「ほら、一緒に謝ってあげますから、出てきてください」


 ハイリは微笑みながら、身体をずらしてスノウを前に出す。

 スノウは目を俯けて、震えていた。


「に、逃げちゃって、ごめんなさい。き、嫌いにならないで……」

 

 どうやら、一人で逃げ出したことを悔やんでいるようだ。戦いの前とは打って変わり、しゅんとしている。

 だが、そのことについて僕は責めようと思わない。むしろ、責められるべき失態を犯したのは僕だと思っている。

 その気持ちをスノウにどう説明すればいいか迷っていると、ハイリがフォローに入ってくる。


「許してあげてください、少年。スノウさんは『闇の理を盗むもの』相手にトラウマがあるんです。確か、数年前に仲間たちを皆殺しにされたことがあるんですよね?」

「う、うん……」


 スノウは頷いた。

 ハインさんの記憶のおかげか、ハイリは僕よりもスノウの過去に詳しいのかもしれない。そのフォローに続いて、僕はスノウの頭を撫でる。


「いや、いいんだ、スノウ。別に僕は怒ってない。戦いの場に赴いてくれただけでも、スノウには感謝してる。前と比べたら、ずっと前進してる」


 考えるのが面倒で・・・・・・・・、淡々と甘やかして終わらせる。


 とはいえ、以前のスノウならば、今頃リヴィングレジェンド号の船底に隠れているのは間違いない。きっと、いまもそうしたいと彼女は思っているはずだ。それでもこの場にいてくれているのは、勇気を振り絞ってくれているおかげだろう。

 今回のミスの原因は、単純に僕が目算を間違えたせいだ。

 スノウ自身、船で「そう簡単には変われない」と言っていた。なのに、パリンクロン相手に善戦できると勝手に思っていた僕が甘かったのだ。


 そう思うことにする。


 許されたスノウは安心して、ほっと一息つく。けれど、顔色は冴えないままだった。

 彼女は面倒くさがりだが、一度手をつけたことに対しては責任感がある。やはり、助ける仲間と倒すべき敵がいたというのに逃亡したのは許されないと、後悔し続けているのだろう。


 スノウが内省している間に、僕はハイリへ声をかける。


「なあ、ハイリがいるってことは、あの守護者ガーディアンもいるのか?」


 アイドとハイリはパーティーを組んでいる。つい先ほど場から離れたアイドも、近くにいるのかと警戒する。


「いいえ、アイド先生は砦を離れました。今日一日で、各々の目標が随分と変わりましたもので……」


 苦々しくハイリは笑った。

 先ほどの様子から、もうアイドはパリンクロンに興味がないとわかった。そして、僕たちに関わるつもりもなさそうだった。


「目標が変わったって言うのは?」

「アイド先生は、シアとルージュとノワールを連れてこのまま『北』へと行くつもりですね。国を興すため、人を集めると言ってました。ライナーは一人だけパリンクロンにこだわっているため、パーティーを離脱しました。――ちなみに私は『中立』みたいなものですね」


 確か、アイドは世界平和が目的だと言っていた。そのための人材を集めるといったところだろうか。

 シアが同行しているのは、迷宮探索に強い人の協力が必要だからだろう。最終的な目標は違えど、利害は一致している。


「そうか。いや、僕たちの邪魔にならないのなら、それでいいんだ。それで中立のハイリは、これからどうするつもりなんだ……?」


 それよりも目的が曖昧な目の前の少女のことが気になった。


「軍に捕まっているライナーを助けに行くつもりです。少年たちの奇襲のおかげで、色々と調べ物が捗りましたので、居場所もわかりました」

「え、捕まってるのか? あいつ」

「パリンクロン相手にボロ負けして、牢屋に入れられたみたいなんです」

「一人で何やってんだ……」


 一人で先走って喧嘩を売っているライナーの姿は容易に想像できる。彼がパーティーから抜けたのは嘘でなさそうだ。


 パリンクロンを追いかけるのにライナーが協力をしてくるかもしれないと期待していたが、時間的に厳しそうだ。僕は庭にある『魔石線ライン』へ、ちらりと目をやる。


 パリンクロンはこれを準備していたと言った。

 おそらく、僕がラウラヴィアに居る間、この『魔法陣』に心血注いできたのだろう。それだけの力が、この『魔法陣』には備わっている。

 少し見たところ解析も難しいレベルの術式だ。破壊や解除をするには、かなりの時間を要するだろう。なにせ、《ディメンション》で感じる限り、この『魔法陣』の規模は国一つを覆う――いや、大陸を呑みこむレベルで根付いている。


 去り際にパリンクロンはこれの発動を中心で行うと言っていた。

 僕は不安を隠しきれず、ハイリに聞く。


「なあ、ハイリ。おまえはこの『魔法陣』について何か知っているのか? あいつはこれを『世界奉還陣』と呼んでいた。もしかして、これは千年前の『魔法陣』と同じものなのか?」


 質問されたハイリは少しだけ目を伏せる。そして、厳しい表情で説明する。


「ええ、そうです。パリンクロンは千年前の『魔法陣』を再現しようとしています。戦場全てを『代償』にして、『世界奉還陣』を展開するつもりでしょう」

「これが千年前の戦争を終わらせたという『魔法陣』……、『世界奉還陣』か」


 予想していたことだが、伝承で聞いていた代物が目の前にあることに驚きを隠せない。


「『世界奉還陣』の発動例は一度だけ……。そのときは大陸の九割の命が失われたと伝えられています。おそらく、今度も同じ結果になることでしょう」


 このままでは数え切れない人が死ぬ。

 その可能性をハイリは示唆する。


「どうして、あいつはそんなことを……」


 パリンクロンの目的が全く見えてこない。

 やっていることがでたらめで一貫性がない。

 フーズヤーズの邪魔をしたかと思えば、ラウラヴィアの『エピックシーカー』で『英雄』を産もうとした。そして、今度は南軍の将になりながら、北も南も皆殺しにする勢いだ。


 普通に考えれば、ただの愉快犯としか思えない所業だ。だが、目的もなく動いているやつだと僕には思えなかった。

 その悩みにハイリが答える。


「私が思うに、パリンクロンではなくレガシィという存在の意思だと思います」

「レガシィ……。シスが言うには使徒の一人らしいけど……」

「ディア様が『使徒シス』の記憶を。少年が『始祖カナミ』の記憶を持っているように、パリンクロンも記憶を二重に持っています。伝承にすら残っていない『三人目の使徒レガシィ』の記憶です」


 伝承にすら残っていない使徒。それがパリンクロンの中にいるらしい。

 しかし、その使徒の人物像は全く見えない。

 シスと敵対していたかと思えば、先ほどの戦闘ではシスと協力的だった。あれほどレガシィを目の敵にしていたシスの態度が変わっていたのもよくわからない。


「パリンクロンは使徒レガシィの願いを叶えるために動いているように見えます。それが私の――いえ、騎士ハイン・ヘルヴィルシャインの推測です。パリンクロンの友として長く付き合ってきた記憶が、そう推測しています」


 そうハイリは言い締めた。

 僕は集めた情報を、ゆっくりと吟味する。


「……少しだけ、あいつの状況がわかってきたよ」


 そして、パリンクロンの状況なんて僕には関係ないこともわかる。


 レガシィが関わっていたからといって、パリンクロンに温情をかけるつもりはない。僕にとって話でしか聞いたことのない使徒レガシィなんて関係なく、パリンクロンはパリンクロンでしかない。


 いま重要なのは、パリンクロンが使徒の知識を使って『世界奉還陣』を発動しようとしていること。そして、僕はあいつに多くの借りがあること。それだけだ。


 僕は顔をあげて、パリンクロンがいるであろう方角へと目を向ける。


「少年はパリンクロンのところへ行くんですね」

「ああ、行く」

「……まだ少年は戦えるのですか?」


 その確かめるような言葉から、ハイリの言いたいことを僕は察する。

 だから僕は、無心のまま頷く。


「ああ、まだ戦える。パリンクロンは僕を器って呼んだ。そして、僕の知っている相川陽滝は千年前に死んでいるとも言った。……それでも戦う。まだ何も終わってない」

「そうですか……。やはり、そうだったんですね」


 陽滝の死を聞き、ハイリは顔色を変えなかった。やはり、彼女はそれを知っていたのだろう。

 そして、再度確かめるように言葉をかけてくる。


「まだ少年は、迷宮の『最深部』を目指すつもりですか?」

「もちろん目指す。正直なところ、パリンクロンの話なんて全く信用できないからね。だから、結局は自分の目で確かめるためにも『最深部』へは行かないといけない。人づてじゃなくて、自分の力で真実を知らないといけない。それに、最深部あそこへ行けば、陽滝だけじゃなくて、もっと他のこともわかる気がする。そこに全ての答えがあるって……、なぜだか、そう思うんだ……」


 パリンクロンに見せれらた記憶は、確かに辻褄は合っていた。僕の予想からも外れていなかった。けれど、あの全てを信用するなんてできるわけがない。

 嘘が交じっている可能性がある。もしくは、巧妙に絶望的な記憶ところだけを見せられた可能性もある。


 だから、僕は確かめに行く。

 あの千年前の生き残りの『誰か』の遺言であるレヴァン教の伝承も、最深部へ行けと言っている。千年前の出来事の集大成がそこにある気がするのだ。


「そうですか。やはり少年は強いですね。信じてよかった」


 僕の意思を感じ取り、ハイリは優しく微笑んだ。

 その過大評価に居たたまれなくなる。


 …………。……違う。

 強がっているだけだとは口が裂けても言えない。


 いまの僕は全自動で動く機械に近い。


 設定された目的を果たすことだけに思考が特化している。マリアの言うとおり、色々な悩みを後回しにしている状態だ。


 僕の目的は大きく分けて三つ。 

 一つ目はパリンクロン。やつの『世界奉還陣』なんて馬鹿げた真似は止める。もちろん、ついでに今日までの借りも返すつもりだ。できれば、過去についての情報を引き出したかったが、それはもう期待できそうにない。


 二つ目はディア。仲間を取り返すため、使徒シスは絶対に倒す。

 現在、足取りを見失ってしまったものの、そこまで悲観してはいない。探す方法を僕は過去の記憶から知っている。あの狂った男が行ったのと同じように、僕の持つ次元魔法で大陸を覆えばいいだけだ。魔力が足りなければ、リーパーと共鳴魔法を試みればいい。大陸を覆うのは、そう遠くない未来のはずだ。


 三つ目は陽滝。

 この目で確認するまで、死んでいるなんて信じはしない。それに、もう宣言したことだが、どちらにせよ僕は助けると決めた。それを違えはしない。


 この三つ。

 これらを無心に解決していこうと思う。


 もう前へ前へ進むしかない。

 たった一度でも立ち止まってしまえば終わりだ。余計なことを考えてしまう。機械のように感情を殺さないと、恐怖と悲哀で動けなくなるのはわかっている――


 だから身体をパリンクロンの方角へと向ける。

 時間を惜しんでいる振りをして、歩き出そうとする。


「それじゃあ、もう僕は行くよ……」

「パリンクロンなら主戦場の本陣へと向かいました。おそらく、戦場の中心で『世界奉還陣』を本格的に発動させるつもりなのでしょう。追いかけるのならば、私の馬車を使ってください」


 ハイリは建物の壁を指差す。

 《ディメンション》を使うことで、その壁の先に馬車があるのを感じ取る。《ディメンション》を使うもの同士でしか成立しない指差しだ。


 砦内をよく探ってみれば、戦闘不能になっている人が増えていた。ハイリが調べものとやらをしているときに兵を減らしてくれたようだ。


「色々とありがとう、ハイリ。ライナーを助けたら、すぐにこの『魔石線ライン』の届かないところまで逃げてくれ。もしかしたら、パリンクロンを止められない場合もある。ハイリの身体だと『世界奉還陣』の中にいるのは危なそうだ」

「……優しいんですね、少年。ええ、その通りです。あれは生物の綻びから魔力を抜き取る魔術式ですので、すこぶる『魔石人間ジュエルクルス』と相性が悪いです。あの中で自由に動けるのは、守護者ガーディアンの魔石を持っているお二人だけでしょう」


 『アレイス家の宝剣ローウェン』とマリアを見る。

 いまここには『地の理を盗むもの』と『火の理を盗むもの』の魔石がある。その魔石には『世界奉還陣』の影響を弾く力があるらしい。パリンクロン自身も、それに似たようなことを言っていた。


「それではまた。私はライナーが拘束されている砦へと行ってきます――」


 それを最後に、ハイリは《コネクション》を唱えて去って行った。

 

 翠色の魔力の残滓が消えるのを見送り、僕は大きく息を吐いて身体の緊張を解く。


 よかった。

 強がりを保ったまま、ハイリと別れられて。

 あの人に・・・・、情けないところを見せないですんだ。


「僕たちも早く行こう。もう余裕はない・・・・・・・


 悩んでいる時間なんてほしくない。

 だから僕は、そんな言葉を投げかけて歩き出す。

 ぶっきらぼうな言葉だったが、スノウは怯えた様子で、マリアは悲しそうな様子で後ろからついてきてくれていた。


 パリンクロンの『世界奉還陣』の危険性を知ったいま、一秒も無駄にできない。パリンクロンが待ち構えているであろう魔法陣の中心とやらに、早く行かないといけない――そんな建前で頭を一杯にして、僕はハイリの用意した馬車の中へと向かう。

 無駄のない動きで馬車を走り出させて、すぐに《コネクション》を詠唱する。

 それは仲間たちが口を挟む暇もないほど、せわしない動きだった。


 なぜなら、そうでもでないと「助けて」と一言、弱音が漏れてしまいそうだったからだ……。

 そして、皮肉にも、もし僕を助けられる可能性があるとすれば、それはおそらく……。


 ――もう考えたくない。

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