106.北エリア第三試合



 『舞闘大会』二日目の朝。


 朦朧とした意識の中、ラスティアラたちが目を覚ますのを確認する。

 元気のいい挨拶と共に食事をとる彼女たちの横で、僕はぐったりとテーブルに突っ伏していた。


 ラスティアラたちは十分に睡眠をとり絶好調だろう。

 もちろん、僕は空腹と寝不足で絶不調だ。


 午前中は四人で準決勝までの行動計画スケジュールを詰めていった。基本的には試合を早く終わらせて、すぐに合流して待機する予定だ。理想としては、同じタイミングで試合をしているローウェンやスノウたちよりも試合を早く終わらせること。できれば、常に四人で固まって行動したい。


 そう入念に話し合いを終えてから、僕は北エリアへ、ラスティアラたちは西エリアへと向かう。


 昨日と同じように、僕は闘技場に続く回廊を歩いていく。

 これから試合が始まる。

 しかし、身体に力が入らない。


 たった一日の徹夜だったが、想像していた以上に辛い。特にライナー、ローウェンとの戦いが身体に疲れを残している。あのあと、ずっと襲撃を警戒して気を張っていたのが災いしたようだ。

 いや、計画通りなのだから災いではないか……。


 手に持つ剣が何倍も重く感じる。

 身に纏う服は、まるで水を吸った服を着ているかのようだ。

 歩いているだけで嫌な汗が流れ、喉が渇いて仕方がない。


 酷い体調だ。

 さらに身体の魔力も頼りない。おそらく、MPは枯渇寸前だろう。

 僕の魔力の自然回復量は異常だ。しかし、いまはリーパーへの魔力供給があるため、常人程度まで回復量は落ちている。そこに不眠ときているのだから、回復しようはずもない。


 この試合で使える魔法は限られている。


 僕は不安と共に、闘技場内へ入っていく。


(――『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』北エリア第三試合です!)

 

 燦々と輝く太陽。

 僕を歓待する声。

 鳴り響く喝采。

 しかし、そのどれもが煩わしい。


(――まずはフーズヤーズの代表、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』チーム! 今年は女性騎士のみの構成で参加し、話題独占中! 見目麗しい彼女たちの試合の席は即日完売っ、集客においては完全独走状態です! 『舞闘大会』運営側は嬉しい悲鳴をあげています! さあ、舞台を彩る戦乙女たちは、どこまで勝ち進めるのか!?)


 対戦相手の紹介が行われている。

 向かいでは、三人の騎士が周囲に手を振っていた。


 ライナーに似た装いの双剣のツインテール少女、フランリューレ・ヘルヴィルシャイン。

 民族衣装のスカートを何重にも着こんだ女の子、ラグネ・カイクヲラ。

 黒の全身鎧を身につけフルフェイスの黒兜を手に持った長身の女性、ペルシオナ・クエイガー。


(――対するはラウラヴィアの代表、『エピックシーカー』ギルドマスターアイカワ・カナミチーム! しかし、チームと言っても彼一人だけです! 三対一になることさえも厭わない彼は、はたして愚者か英雄か! 今大会のトリックスターとして注目されています!)


 そして、僕の紹介が行われていく。

 僕は苦笑いで、周囲に力なく手を振った。


(――そして、なんとつい先日、彼が西の竜を討伐したという情報が届いています! この男は大会前に一体何をやっているのか! やること全てが天然! 『竜殺し』の英雄となった彼は、果たして逆ブロックにいるもう一人の『竜殺し』の英雄グレン・ウォーカーまで届くのか!?)


 妙なノリでろくでもない個人情報が流出されているのが聞こえてくる。

 そして、ことあるごとに僕を「天然キャラ」扱いするのはやめてほしい。甚だ心外すぎる。


 しかし、そんな僕の気持ちとは裏腹に、『竜殺し』と聞いた観客たちはさらに声を大きくする。


 僕は顔を歪めながら、闘技場への中央へと歩く。


(――それでは、両チームで試合方式を決めてください!)


 反対側から近づいてきたペルシオナさんと向き合う。


「トーナメント表に恵まれたな。こうも早く当たるとは」

「今日はよろしくお願いします、ペルシオナさん……」

「さて、ルールについてなんだが――」

「それについでですが……、スタンダードルール以外は認めません。三対一、『武器落とし』でやりましょう」


 僕はラグネちゃんとあらかじめ決めたルールを先に提示する。

 それを聞いたペルシオナさんは、少しだけ眉をひそめる。


「……知らない仲じゃないんだ。そんな味気ないルールではなく、もっと凝った趣向でも構わないのだが?」

「いいえ、必要ないです。何も賭けず、スタンダードな試合を望みます」

「しかし、せっかくのお祭りだ。国に貢献するギルドのマスターとして、このお祭りを盛り上げようとは思わないのかな?」


 やけに食い下がってくる。

 ラグネちゃんの言っていた通り、無理にでも僕から何かを引き出そうとしているふしがある。


「すみません。僕はギルドの代表としてこの『舞闘大会』に参加してるわけではないんです。とても私的な理由で戦っているだけですので……」

「ふむ……。では私たちが勝っても――」

「何もありませんね」


 僕は言い切る。

 それを聞いたペルシオナさんは困ったような顔をする。


 こうも僕が頑ななのは予想外だったようだ。先の二回戦のせいで、流されやすいやつだと思われていたのだろう。


 僕とペルシオナさんの間に沈黙が流れる。

 すると、その間にフランリューレが入ってくる。


「そこまで言うのでしたら、無理強いはできませんわね……」


 残念そうな表情で近づいてくる。

 しかし、すぐに顔を明るくして、びしっと手をこちらに差し伸ばしながら宣言する。


「しかし、こちらは三人で斬りかかって何もなしというのは心苦しいですわ! ですので、もしそちらがわたくしたちに勝てれば――なんとっ、フーズヤーズの騎士に叙任してあげますわ! とても誉れ高いことですわよ!?」

「それ、勝っても僕が損するじゃないか……。丁重にお断りさせて頂きます……」

「えっ。だ、駄目ですの!?」

「駄目です」


 むしろ、どうしてそれで僕が頷くと思うのだろうか。

 やはり、この子は苦手だ。


「で、でもっ、勝っても負けても何もなしだなんて、そんなのつまらないですわ!」


 けれど、フランリューレ・ヘルヴィルシャイン・・・・・・・・・にはやってもらいたいことがある。


 僕は妥協する振りをして、朝に考えた条件を出す。


「そうだね……。なら――」


 要はどちらが主導権を握るかの話だ。

 あちらの提案は全部怪しくて一つも飲みたくない。しかし、全てを拒否できるほど僕は口が上手くない。

 ならば、こちらの妥協案を先に通せばいい。

 これで大事故だけは避けられる。たぶん。


「僕が勝ったら……、フランリューレちゃん、あとで僕の部屋に来て欲しい。話したいことがあるんだ……」

「え、キリスト様の部屋に……?」


 ライナーのやったことを話し、彼女には彼の抑制をしてもらいたい。

 彼女の好意を利用するような形になるので良心が痛むが、それでもライナーの凶行は見過ごせない。早急に話をつけてしまいたい。


「誰にも聞かれたくない話だから……」


 僕は意味ありげに呟く。

 それを聞いたフランリューレは興奮した様子で答える。


「い、いいでしょう! それでいきましょう! やりましょう! むしろ、ウェルカムですわ!!」

「あ、はい」


 そのテンションの急上昇具合に僕は少しだけ後悔する。

 しかし、これで言質が取れた。


 後方でペルシオナさんはため息をつきながら、フランリューレの頭をはたく。


「勝手に了承するな、フラン……」


 我に返ったフランリューレは、気まずそうな顔でラグネちゃんの後ろに逃げる。

 ペルシオナさんはそれを見逃し、こちらへ話しかける。


「……しかし、面白い提案をする。ならば、私たちが勝てば、君は私の部屋で話を聞いてくれるのかね?」

「それが妥当なところですかね……」

「悪くないな。小一時間ほど君を口説く時間ができると解釈していいか?」

「ええ。こちらも小一時間ほど、フランリューレさんを借りるということで」

「よし、決まりだ。一対一では敗れたが、『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の真価は多人数で発揮されることを教えてやろう」


 この条件で納得してくれるようだ。

 というか、どうやら僕はペルシオナさんとも戦ったことがあるらしい。本当に何やってるんだ、過去の僕は……。


 こうして、全てのルールは決まり、司会はそれを全体に伝える。


(――なっ、なんとっ、カナミ選手!! あのヘルヴィルシャイン家のご息女を部屋に連れ込もうとしています! 前試合で天然ヘタレの称号を手に入れた彼ですが、どうやら事情があったようですね! 意中の女性が大会に参加していたのなら、あれも仕方ないことでしょう!!)


 ルール決定を確認した司会は、それを会場全体に改めて伝えていく。

 

 もうそれでいい。

 間違いを正す気力なんてない。


(――というか、カナミ選手、ペルシオナ選手からもアプローチされている気がします! いやあ、彼、大人気ですねっ! では負けたほうがお持ち帰りされるという条件の上、スタンダードルールの『武器落とし』で試合を始めますね!!)


 お、お持ち帰りって……。

 司会の言葉の選択から悪意を感じる。

 盛り上げるのが仕事とはいえ、それでももう少し自重して欲しい。


 ほら、あのお堅そうなペルシオナさんが顔を赤くして怒ってる……。


 その後、僕たちは『武器落とし』の条件に当てはまる武器を司会に伝える。

 それぞれが愛用の剣を手に持っている。

 僕は油断なく、相手の武具を『注視』する。



【装飾用の宝石剣】

 攻撃力1



 驚くことに、ラグネちゃんの剣は張りぼてだった。


 しかし、ペルシオナさんとフランリューレの剣は文句なしの名剣だ。僕の自慢の『クレセントペクトラズリの直剣』にも匹敵する。


 そして、その名剣たちよりも異常な力を纏う武具がある。

 それは――



【黒鎧アルフェンリイト】

 防御力6 対魔力7 

 装備者の速さに-10%の補正がかかる



 ペルシオナさんの鎧だ。

 間違いなく、この世界で最高レベルの代物だろう。普通に剣で戦っていては、彼女にダメージは与えられないかもしれない。


 さらに三人ともが、大量の魔法道具を服の中に身に着けている。おそらく、僕の初戦の情報から対策を練っているのだろう。

 これからの戦いは全て魔法道具が相手だと思ったほうがよさそうだ。


 僕は相手の全てを『注視』して確認してると、ラグネちゃんと目が合う。


「お、おにいさーん。せっかくの私の忠告をー……」


 結局、賭けは行われている。

 ラグネちゃんは自分の努力が無意味になったことを嘆いている。


「え、えっと……、ごめん。ちょっと事情が変わったんだ。まあ、大丈夫だよ。忠告通り、本気でやる。だから――」


 昨日と違い、この試合に怠慢はない。

 負けられない理由がある。

 アイカワ・カナミとしての全てをぶつけて勝利するつもりだ。

 ゆえに。


「――僕は負けない」


 負ける要素はない。

 もちろん、同時に絶対に負けない戦いなんて存在しないことも認識している。

 それでも、絶対に負けないと誓う。


 これが最も理想的な試合への臨み方だろう。


 そんな僕の固い意思を感じたのか、ラグネちゃんは不承不承といった様子で頷いた。


 僕と『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』チームは距離をとる。

 そして、始まる。


(――それでは『一ノ月連合国総合騎士団種舞踏会』北エリア第三試合、開始します!)



◆◆◆◆◆



「――魔法《次元の冬ディ・ウィンター》」


 開始と同時に、さらに距離をとる。

 この試合は万全を期して慎重に戦うつもりだ。


 もちろん、開始と同時に攻めて一瞬でけりをつける自信もある。

 けれど、速攻は選択しない。


 ラグネちゃんは僕との戦いの経験があると言った。

 ならば、僕の『特殊な魔法』と『速さ』による奇襲は通用しない確率が高い。

 情報収集を選択するほうが安全だろう。


 僕は遠くから『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』チームの様子を見る。

 彼女たちも、僕と同じく補助魔法をかけていく。


 僕はステータスを再度『注視』して、彼女たちの『状態』の変化を確認する。

 


【ステータス】

 状態:身体強化0.70



 身体能力を強化する魔法が全員にかけられた。

 使用者はペルシオナ・クエイガー。内部に浸透するタイプの魔法のため、妨害はできない。


 彼女たちの身体能力の上昇具合を、数値で細かく把握する。

 戦う前に相手の力量を推測できることは大きなアドバンテージだ。僕の世界のゲームでも、ボスのHPや攻撃力を知っているのと知らないのでは、難易度は大きく変わる。


 僕の武器は剣と魔法だけじゃない。


 『注視』による情報収集能力、『持ち物』システムによる対応力。そして、パリンクロンすら驚く思考速度と分析力。ローウェンが人外と評した観察力と理解力。

 これらも僕の武器なのだ。使わない手はない。


「――《グロース》。これでよし。あとは例のフォーメーションで攻めるぞ」

「了解ですわ」

「了解っす」


 準備を終えた三人は陣形を作る。

 ペルシオナさんが一番前に出て、その斜め後ろに残りの二人が並んでいる。

 そして、歩調を合わせ、三人は同時に僕へ向かって襲い掛かってくる。


 その全てを僕は観察し、分析し、記憶する。


 三人の筋肉の収縮、重心の推移、眼球の動き、発した言葉、細かな表情の変化、体温、心音――どんな些細なものであろうと、彼女たちが発した信号の全てを記憶する。


 ローウェンの技を真似たときと同じ要領だ。

 ただ、今回は真似るのが目的じゃない。攻略することに集中する。


 対象の動きの全てを把握、分析し、変化から癖と傾向を知り、思考と狙いを予測する。


 僕は戦いながら、それを行う能力がある。

 ステータスによって補強された思考能力が、それを可能にしてくれる。


 高速で回転する脳みそが、徐々に熱されていくのを感じる。


 体調不良で鈍くなっている頭ではきつい情報量だ。

 けれど、手は抜かない。全力で戦うと約束した。

 僕は向かってくる三人に対し、剣を構えて迎え撃つ。


「――《レイス・ワインド》!」


 まず、フランリューレが風の魔法を放ってくる。カマイタチに似た真空の刃だ。

 普通ならば視認できない魔法だが、僕の次元魔法は正確に捉えている。


 それが放たれる前から、僕は回避行動に移っていた。

 事前の魔力と身体の動きから、魔法で何かを撃ってくることは予測できていたからだ。


 そして、その魔法の後ろから、ラグネちゃんが走ってくるのもわかっている。

 《ディメンション・決戦演算グラディエイト》という過剰な情報収集能力と、それを処理する思考能力が、未来予知にも似た推測を可能にしてくれている。


 僕は余裕を持って風の刃を避けた。

 そして、その後ろにいるラグネちゃんが『魔力物質化』で、空いた手から伸ばしてきた魔力の剣も、悠々と避ける。


 もしも、風の刃を余裕なく避けていたとしたら、このラグネちゃんの攻撃を避けることはできなかっただろう。大きく避けた硬直を突かれていれば、足を止めて剣で弾くしかなかった。


 そうなれば、その次に待つペルシオナさんの大剣を受けることになっていた。ペルシオナさんは筋力に特化したステータスの持ち主だ。その彼女の大剣をまともに受ければ、ただではすまない。


 横に振りぬかれた黒い大剣を、僕は顎を引いてスウェーバックのように避ける。


 見事な三連撃だ。

 流麗でいて迅速。

 緻密で正確。

 確かな訓練の跡を感じさせる、阿吽の呼吸。


「……勉強になる」


 僕は本心を呟きながら、後方に逃げる。


 当然、目の前の三人は追撃してくる。


 今度はラグネちゃんの魔力の剣が最初だ。

 僕の動きを制限し、そこにペルシオナさんの一撃が加わる。今度の横薙ぎは僕の足を狙っていた。しかし、明らかに僕へ当たるとは思っていない攻撃だ。おそらく、僕を空中に跳ばせることが目的で、そこでフランリューレの魔法が直撃する予定なのだろう。


 僕は《ディメンション》によって得られる情報を吟味し、最善の選択を取り続ける。

 不眠で淀んでいた思考力が研ぎ澄まされていくのがわかる。


 疲れが一周して、逆に清々しい気さえしてくる。

 徹夜明けの妙なハイテンションに似ている。 

 戦いの読みが冴え渡っていく。

 僕は予知にも似た動きで、ペルシオナさんの剣とフランリューレの魔法を紙一重で避けた。


 またもや全ての攻撃をすかされた三人は、苦々しい表情となる。

 けれど、彼女たちはめげることなく、手を変え品を変え、様々な戦術で僕を攻撃し続ける。 

 こちらも隙を見ては攻撃に転じようとしたものの――しかし、その全てはペルシオナさんの鎧に弾かれる。常に彼女が僕の前に立ち、軽装のラグネちゃんとフランリューレはいつでもその後ろに逃げこめるようにしている。


 無理に軽装の二人を攻めれば、横からペルシオナさんの剛剣を受けてしまうだろう。

 かと言って、フルメイルのペルシオナさんを攻めることも容易ではない。堅牢な上に、時間をかければ他の二人に邪魔されてしまう。


 僕は冷静に、時を待ち続ける。

 避けに徹して、観察に徹する。僕の分析能力があれば、時間をかければ時間をかけるほど有利になるのはわかっていたからだ。


 三人の戦術の引き出しが開けられるにつれ、僕の推測の精度が高まっていく。

 戦い続ければ、開けていない引き出しも透けて見える自信がある。


 僕は三人の美しい連携攻撃に見蕩れながら、時間をかけて情報を収集し続ける。


 本当に見事な連携だ。

 ずっと見ていたい衝動に囚われそうになる。

 けどそうもいかない。


 本気でやると宣言したし、ラスティアラに時間をかけるなとも言われている。

 とうとう頭の隅で計算し続けていた彼女たちの分析が終わり、反撃の時間が訪れる。


 数分ほどの戦闘だったが、その情報量は膨大だ。

 筋肉の収縮、重心、目線、表情まで、その全てを細かく記憶しているのだから、それも当然だろう。


 そして、僕はその混濁とした情報の渦の中から、一つの答えを導き出す。

 彼女たちが特定の状況になれば、特定の行動をするという確信を――得る。


「――これで詰める」


 僕は勝利を確信し、一歩前に出る。

 三人の猛攻の前に身を晒す。


 それを確認した三人は、互いに目を合わせることもなく、また新たな連携で攻撃した。

 そこに淀みもズレも一切ない。


 そう。

 彼女たちは互いの位置を確認すらせずに戦っていながら、ミスがない。


 『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』チームの最大の強み、それは高度な訓練によって構成されたチームプレイだろう。

 そして、逆に言えば、そこを崩すことができれば勝てる。


「――魔法《次元の冬ディ・ウィンター》」


 なけなしのMPを使って、特殊な魔法の冬を展開する。

 そして、その冷気をフランリューレだけに集中させる。


 こちらの情報収集能力が落ちる代わりに、フランリューレは肌で感じるほどの冷気に包まれていった。

 それでも、動きを邪魔するまでには至らない。

 ただ、違和感は感じるだろう。

 例えば、剣を抜く動作ならば、まるで新しい剣を触っているような感覚になるはずだ。

 その違和感は慣れていれば慣れているほど、訓練していれば訓練しているほど大きい。


 結果として、三人の美しい連携が僅かに崩れる。

 少しだけフランリューレのテンポが遅くなった。本当に僅かな遅れ。しかし、見事な連携ゆえに、それが目立ってしまう。


「おいっ、フラン――!」

「い、いえ、総長! 妙に冷たくて――!」


 当然、周囲がフォローしようとする。

 ペルシオナさんはフランリューレの状態を把握し、僅かに遅れる彼女に合わせて立ち位置を変えた。ラグネちゃんも僅かに攻撃のテンポを遅らせて、周囲に合わせる。


 見事な対応力だ。

 しかし、僕の予定通りと言わざるを得ない。


 僕はフランリューレだけを《次元の冬ディ・ウィンター》で邪魔し続ける。

 他への注意が散漫になるが、問題ない。序盤の情報収集のおかげで、ペルシオナさんとラグネちゃんが何をやってくるかは大体予測がついている。


 どんどん遅れていくフランリューレの動き。

 その原因を他の二人もわかってる。わかってるからこそ、フランリューレに合わせようとする。


 それはチームプレイとして理想的だった。

 いつか、僕もこんなチームプレイをしてみたいと思わせるほどの完成度だ。


 けれど、残念ながら、僕の魔法とは絶望的に相性が悪い。


 フランリューレに合わせて二人が速度を落としているところで、彼女への干渉を急に止める。

 阿吽の呼吸で動いていたからこそ、今度はフランリューレが突出してしまう。


 一人だけ前に出てしまったフランリューレを僕は狙う。

 当然、慌てて他の二人は前に出て、彼女を助けようとする。


 しかし、次はラグネちゃんだけが遅れる。

 今度は彼女だけに冷気を当ててるからだ。


「ラグネっ!!」

「急に手足がかじかんで――!」


 ペルシオナさんはテンポの遅れたラグネちゃんを叱責し、一人でフランリューレをフォローするために無理をする。


 僕はフランリューレを攻撃する振りをやめて、無理して突進してきたペルシオナさんをいなす。


 こうして、たった数秒で、彼女たちの綺麗なフォーメーションは崩れてしまった。

 壁役であるペルシオナさんが遠ざかり、砲台役のフランリューレが僕に一番近い。


 三人共、陣形が崩れたことに慌てる。

 まずラグネちゃんが、遅れを取り戻そうと速度を上げた。

 そのタイミングに合わせて、とどめとばかりに今度は壁役のペルシオナさんに冷気を集める。


「――げ」


 結果的に、テンポの速すぎるラグネちゃんだけが、一人で僕のすぐ傍にやってくる。


 僕は渾身の一閃を、彼女に放った。

 ローウェンから教わった武器弾きの技は、『魔力物質化』の剣すらも弾き上げる。

 魔力の剣に釣られて左手が上に跳ね上がり、ラグネちゃんは無防備になる。


 そして、僕は剣を持っていない手で彼女の剣を奪いに行く。

 《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で正確に、肘にある肉の薄い部分を叩く。肉の下にある神経を刺激されたラグネちゃんは剣を握る力を失った。

 最後に、軽くラグネちゃんのはりぼての剣を叩いて弾き飛ばす。

 

 これでラグネちゃんは終わりだ。


 そこに残りの二人が斬りかかってくる。

 僕はいまにも地面へ落ちようとしているラグネちゃんの剣を取り、双剣で二人の剣を防いだ。


 片方にだけありったけの筋力をこめて、もう片方にありったけの魔力を注ぎ込む。

 もはや、空間把握は必要ない。

 次元属性ではなく氷結属性に偏った《次元の冬ディ・ウィンター》の冷気がペルシオナさんを襲う。逆にフランリューレは、力任せに剣ごと弾き飛ばす。


 これで分断は成功。

 僕はペルシオナさんを置いて、ラグネちゃんの剣を投げ捨てて、フランリューレに近づく。


 ペルシオナさんが追いつく前に、彼女を無力化しないといけない。

 僕はラグネちゃんのときと同じように素手で剣を奪おうとする。しかし、フランリューレは慣れた様子でそれを避けてみせた。


 明らかにラグネちゃんよりも反応がいい。ステータスには表記されていなかったが、『体術』の心得があるのは間違いない。


 そして、フランリューレの手首を掴んだ瞬間、まるで引き込まれるように身体のバランスが狂う。

 最低限の《ディメンション》が、その現象の実態を捉えていた。フランリューレは腰を落とし、手の力を抜き、沈み込むことで僕の力を利用してバランスを崩そうとしたのだ。


 その妙な『体術』を僕は言葉で知っていた。自信はないが、僕の世界で言うところの合気道や柔道に当たる技だろう。


 この力の流れのままに動けば、次の瞬間に倒れているのは僕だ。咄嗟に僕は《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で、その力の流れの終着点を予測する。予測し、理解し、その対応策を導き出す。


 このままだと、地面に叩きつけられるとわかっていた。なので、投げられる勢いに逆らわず、力の流れに乗って、宙で一回転して着地する。


 フランリューレは奇妙な動きで投げをいなされたことに驚く。

 その隙を突いて、左手だけの力で彼女を上空へと放り投げた。


 このまま組み合っての剣の取り合いになれば時間がかかってしまう。時間をかけるくらいなら、上空へ放り出して戦力外にすることを僕は選んだ。


「え――!?」


 フランリューレは驚きの声をあげて、空を飛ぶ。


 筋力に任せた強引な投げ飛ばしだったが、有効だったようだ。

 かなりの力でフランリューレの手首を握ったため、その痛みで彼女は剣を手放していた。


 単純な分断策のつもりだったが、これでフランリューレはリタイアだ。


 結局は、ただの力任せになってしまった。フランリューレは投げた僕も引くくらい、天高く飛び上がっている。それを見届けつつ、僕は背後から迫るペルシオナさんを迎え撃つ。


 これで完全に一対一だ。

 もはや小細工は必要ない。


 対するペルシオナさんも僕の気概を理解しているようだ。

 獣のような雄たけびと共に斬りかかってきた。


「――魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》」


 黒い大剣と僕の剣がぶつかり合う。

 無論、後ろに弾かれたのは僕だ。


 僕では彼女の11.00ほどある筋力には、まだ対抗できない。

 大きな隙を作ってしまう。


 体勢の崩れた僕に、彼女の二撃目が襲い掛かる。

 しかし、一対一ならばどう避けても問題はない。僕は身を限界まで捻って、それをかわす。

 そして、その捻る勢いのまま、真下から剣を斬り上げる。


 黒鎧の腹を叩き、鈍い金属音が鳴る。

 衝撃で彼女の身体が少し横にずれたものの、鎧自体は無傷だ。やはり、いまの僕ではこの黒鎧を破壊することはできないようだ。


「――仕方ない」


 僕は諦める。

 できるだけ女性の身体に傷をつけたくなかったが、ペルシオナさんだけはそうもいかない。


 僕はさらに攻撃してくる彼女の剣を紙一重でかわし、鎧の隙間に剣を刺す。


「くっ――!」


 ペルシオナさんは呻く。

 しかし、それでも僕は手を止めない。剣を持っている右手を、執拗に攻める。


 指を守る防護グローブのようなものの隙間、篭手と鎧の隙間、肩の関節の隙間、その全てを裂く。


 そして、数秒の剣戟が過ぎ、ペルシオナさんの大振りに合わせて剣を叩く。

 もちろん、真正面からではない。空振りした剣の後ろから強く叩く。


 結果、斬り刻まれた右腕では支えきれず、ペルシオナさんは大剣を手放してしまった。

 ガランと大きな音をたてて、大剣は地面に落ちる。


「――くっ。やはり、一対一では敵わないか」


 剣を弾かれたペルシオナさんは苦々しく呟き、膝をついた。


 最後に、僕は意識を空に向ける。

 時間にして数秒ほど滞空していたフランリューレが、帰ってくるところだった。


「フランリューレ!」


 僕は彼女に声をかける。

 少し涙目になっている彼女と目が合う。

 僕は剣を地面に突き刺し、受け止める意思を伝える。彼女も頷いて応えてくれた。


 《ディメンション》で着地点を割り出し、僕は駆ける。


 そして、両手で彼女を柔らかく受け止める。

 お姫様抱っこの状態でくるりと回り、走った勢いを殺す。


 腕の中のフランリューレと目が合う。

 できるだけ柔らかく受け止めたつもりだが、どこか痛いところがあるのかもしれない。潤んだ目をこちらへ向け続けている。


「え、えっと、大丈夫……?」


 僕は確認を取る。


「キリスト様……――いたぁ!」


 唐突に抱きつこうとしてきたので、とっさに手放してしまった。


「ご、ごめん。つい……」


 彼女への苦手意識が身体を勝手に動かしていた。

 尻餅をついて痛がるフランリューレに僕は手を伸ばす。


「い、いえ。大丈夫ですわ。あのまま、地面に落ちていたよりかはマシですので……」


 フランリューレを引き起こし、僕は周囲を確認する。

 丁度、状況を確認し終えた司会が宣言するところだった。


(――決着! 速すぎて武器を落とした順番がわかりませんでしたが、厳正な審査の結果、最後に武器を落としたのはカナミ選手とわかりました! しかも、彼が武器を落としたのはヘルヴィルシャイン嬢を抱き抱えるためみたいですっ! その紳士的な最後に、会場の全女性が感激しております!!)


 またもや悪意の感じるアナウンスだった。

 すぐにフランリューレを乱暴に落としたことはなかったことにするつもりだ。


 そのほうが盛り上がると思っているのだろう。


(――アイカワ・カナミ選手、勝利条件を満たしました! 四回戦進出!!)


 そして、試合が終わる。


 武器を鞘に入れたペルシオナさんとラグネちゃんが、穏やかな顔でこちらへ握手を求めてくる。


 まずはラグネちゃんと握手をする。


「いやぁー、見事に負けたっす。三度目の正直はなかったっすねー、くそー」


 口では憎まれ口を叩いているものの、顔は悔しそうじゃない。

 僕に本気を出せと言っておきながら、ラグネちゃんは全く本気じゃなかったように見える。


「いや、ラグネちゃん、全然本気じゃなかったでしょ……」


 僕の中で、彼女の評価は高い。

 目下の強敵であるローウェンに似ているというのもあるが、その飄々とした態度が底知れぬものを感じさせる。ステータス上を見る限り脅威ではない。しかし、言葉にし難いが、『数値に表れない強さ』を感じる。


 ラグネちゃんは薄く笑って何も答えなかった。


 そして、次にペルシオナさんが握手を求めてくる。


「見事だ、カナミ殿。まさか、この条件で真っ向から打ち破られるとはな……」

「いえ、そちらも見事な連携でした。崩すのにかなりの神経をすり減らしました」


 僕たちは手を握り合って、お互いの健闘を讃え合う。

 そのペルシオナさんの誠実な姿勢は落ち着く。妙なわだかまりがなければ、彼女とは仲良くなれそうだ。


「そうか……。では約束どおり、うちのフランリューレを連れて行くがいい。勝者の報酬だからな……」

「はい。遠慮なく、お話しを――」


 残念なことに、僕のペルシオナさんに対する好印象はここまでだった。


「そして、そこでフランに告白するなり、何なり好きにするがいいっ。別に結婚を申し込んでもかまわないからな。フーズヤーズが全面的にバックアップする。ラウラヴィアがなんと言ってこようと、君を『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』にする準備はある!」

「ちょ、ちょっと、そういうのやめてくださいっ」


 ペルシオナさんは司会の持つマイクに声が入るように、絶妙な声の大きさでとんでもないことを言い出した。


 案の定、それを耳にした司会は興奮して叫ぶ。


(――やはり、部屋に連れ込んで告白するつもりだったのか、カナミ選手! しかも、なんとお国からの許しが出てしまった! 流石はラウラヴィアの『英雄』様だ!)


 やはり、僕の否定の言葉はなかったことにしやがった……。

 僕の最大の敵は、この司会と言っても過言ではない気がする。


(しかし、この大舞台で勝利した彼を止めることはできませんね! 彼ほど面白い出場者が彼女持ちになるのは惜しまれますが、拍手をもって送り出しましょう! さようなら、カナミ君、フランリューレ様! あとはごゆっくり!)


 この司会……、完全に僕を舐めてる気がする……。

 たった二試合で妙に親しげだ。それも僕に対してだけ。


 僕は溜息をついて惨状を憂う。

 その隣で、ペルシオナさんもため息をついていた。


「はあ、ラグネ……。これで私はできる限りのことはしたよな……?」


 ようやく面倒な仕事が終わったと言わんばかりに愚痴を零し始めていた。


「はい、大丈夫だと思うっすよ。不器用なりにやれることはやってたように見えたっす」

「そもそも、こんな任務、私には無理だったんだ……。そういうのはパリンクロンとホープスに任せきりだったから、てんで駄目だ……。というわけで、私はフーズヤーズに戻って、騎士の調練に移る。あとは任せた……」

「りょーかいっす」


 ペルシオナさんは早足で闘技場から出て行った。


「それじゃ、いきましょうっす。カナミのお兄さん」

「え、ラグネさんもついてくるんですの……? あ、あれ……?」


 そのあと、囃したてる司会と観客たちを置いて、僕はフランリューレとラグネちゃんを連れて闘技場から出て行ったのだった。

 



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