82.26層、27層
『ルフ・ブリンガー』を見つけてから、僕は迷宮のドロップアイテムにも注意を払いながら迷宮を進んだ。
しかし、先の『ルフ・ブリンガー』のようなレアアイテムとは中々出会えない。たまに迷宮のドロップを見つけはするものの、何の魔力もない古い調度品や装飾品がほとんどだ。
そういったものを集めているうちに、僕たちは24層と25層をクリアしていた。
階段自体は《ディメンション》で見つけられるし、襲い掛かる敵も脅威ではなかった。
25層は溶岩の代わりに熱湯が川のように流れ、湯気が霧のように視界を塞いできた。ただ、僕は視界を妨害するタイプの攻撃とは相性がいい。《ディメンション》と『注視』を駆使すれば、後れを取ることはありえない。幸い、敵も姿を隠すモンスターがほとんだだった。
クリアするのに、合わせて1時間もかからなかった。
そして、26層。
順調な迷宮探索に陰りが見えたのは、この26層の中頃だった。
26層のモンスター、クリスタルゴーレム。
その名の通り、全身が水晶で出来た動く石像だ。
しかし、その水晶の硬さが並ではなかった。
人外と化している僕とスノウの一撃でも、皹一つ入らない硬度があった。さらに、魔法に関しての防御力も高く、いつまでたっても決定打を与えられない。
「く、くそっ――! 硬い!!」
僕は破損した五本目の剣を投げ捨て、六本目の武器を取り出す。そろそろ、剣の予備が心許なくなってきたので、スノウ用の大剣を装備する。
その隣で、スノウが魔力を込めた一撃を叩き込む。
「――《インパルスブレイク》!」
《ディメンション》を展開しているため、スノウの構築した魔法攻撃を理解する。
大斧が水晶の身体にぶつかり、火花が散る。その衝撃を魔法で増幅することによって、さらなる破壊力を生み出しているようだ。
鈍い攻撃ではあるが、このクリスタルゴーレムには有効な手段のようだ。
ようやく、頑丈な水晶に亀裂が入った。
「僕の攻撃は通らない! 武器が無駄になるだけだ! スノウ、頼む!!」
僕は身体に合わない大剣を振り抜いて、クリスタルゴーレムを叩く。ダメージはないが、体勢を崩すことくらいはできる。
「もうっ、これ疲れるのに! ――《インパルスブレイク》!」
スノウは体勢を崩したクリスタルゴーレムに大斧を振り下ろす。それは亀裂に叩き込まれ、大斧は水晶の身体に食い込んだ。
そこへさらに、スノウの竜人の膂力で放たれた拳が襲い掛かる。
振動の魔法を纏った拳により、クリスタルゴーレムは砕け散った。
「……やっと倒した。はぁっ、はぁっ」
「はぁ、はぁ……」
光になったクリスタルゴーレムを前に、僕たちは息を切らせる。
魔石を拾いながら、現状を確認する。
「……カ、カナミ、武器残ってる?」
「残ってはいるけど、このペースだと27層に辿りつく前になくなるかもしれない……」
「……なんだか一筋縄じゃいかなくなってきたから、もう私は帰りたいかなぁ」
「いや、まだ大丈夫だ。硬いやつは動きが遅い。無視すれば、いいだけの話だ」
スノウは執拗に帰還を促す。
実際のところ《コネクション》でスノウだけ帰ることはできる。しかし、帰ってもらっては僕が困る。スノウがいなければトドメをさせないモンスターが出現してきた以上、僕一人で進むのは避けたい。
「……うぅ。ここから26層も一人で帰るのは嫌だぁ」
「いや、一人で帰ろうとするなよ。本当に辛そうだったら、《コネクション》出すから」
「……いま本当に疲れてる」
「まだまだHPもMPも有り余ってるぞ……?」
「……カナミ、数字だけに囚われては本質を見誤るよ?」
「そうだな、気をつける。けど、おまえはまだいける。間違いない」
「……えぇー」
僕はスノウにステータスを言葉で伝えて説得する。
そもそも、まだスノウは数回ほどしか魔法を放っていない。
有り余らないわけがない。
「とりあえず、先へ、――くっ」
無駄話をしていると《ディメンション》がモンスターの接近を知らせた。
複数のクリスタルゴーレムが、こちらに向かって近づいてきている。
すぐに、新たな27層へのルートを割り出して、スノウの手を引いて歩き出す。
「スノウ、硬いやつらが近づいてきている。道を変えよう」
「……もう26層は逃げるしかないね」
スノウは僕の手を握り返し、足を速める。
クリスタルゴーレムと戦いたくない気持ちは同じのようだ。
経験値は高いのだが、割に合わな過ぎる。
足止めにすら武器を消耗し、トドメにはMPを必ず消費する。厄介なモンスターだ。
ただ、出会わないようにするのは簡単だった。
ただでさえ動きが遅いのに、迷宮を徘徊しているときはさらに遅い。僕の《ディメンション》があれば、出会うことはない。
少し遠回りになるが、割に合わない戦いをするよりはマシだった。
こうして、僕とスノウは一度もクリスタルゴーレムと再戦することなく、27層への階段まで辿りつき、急いで下りていく。
27層は25層前後の溶岩地帯から様変わりし、涼しげな印象の回廊へと変わった。
僕は回廊の壁の材質を確かめる。
透明に近い空色の石に剣を突き立てると、キィンという高い音が響き、こちらの剣が逆に欠けてしまった。
「これ、さっきのクリスタルゴーレムと同じ……?」
「……
いや、正確には違うだろう。
僕の知っている水晶は、こんなに硬くない。
もはや魔の域に達している別の鉱物だ。
そして、その魔の鉱物が壁に使われている事実が、僕に嫌な汗を滴らせる。
「回廊がクリスタルってことは……」
「……モンスターも、それ系?」
その可能性は高い。
基本的に迷宮の地形と生息モンスターは適合している。
川があれば水棲モンスター、生い茂っていれば昆虫モンスター、熱気があれば火炎モンスター、いままでの経験がそれを肯定している。
僕は《ディメンション》を広げて、階段を探すと共に、27層のモンスターを観察する。
人型の水晶が徘徊しているのを捉える。予想通り、クリスタルゴーレムの続投である。
さらに、それだけでは終わらない。26層と違って、多種多様のモンスターがいた。もちろん、その全てが水晶の身体だ。
飛んでいるものなら鳥や蝶。這うものなら蜘蛛や蟻。厄介そうなモンスターばかりだ。何より問題なのは、その身軽さだ。クリスタルゴーレムは鈍いが、小物のクリスタルモンスターたちは動きが速い。
易々とは逃げられないだろう。
「硬くて速そうなモンスターばっかりだ」
「……よし、帰ろうっ。もう帰ろうっ。すぐ帰ろうっ」
「いや、もう少しやるよ。少なくとも、スノウのMPに余裕がある内はやる」
「……それ、私の魔法を中心に戦うってこと?」
「一応、僕も戦うけど、トドメはスノウだろうね」
「……か、過労で倒れてしまう」
「倒れたら《コネクション》に投げ込むから、安心していいよ」
「……鬼だ。鬼マスターだ」
「いや、どうせ倒れないでしょ。まだまだ余裕だし……」
怠けようとする意思を見せるスノウの手を引いて、僕は迷宮の奥に進む。
まずは手頃なモンスターで様子を見ることにする。
全長1メートルほどの水晶蟻が単独でうろついているのを見つけ、僕は剣で襲い掛かる。
【モンスター】クリスタルアント:ランク26
名前からして、蟻の習性を得たクリスタルゴーレムと判断する。
そして、その小さな体躯が、僕に微かな希望を持たせる。クリスタルゴーレムの巨体でなければ剣が通る。
そう願って振るわれた剣は――甲高い音と共に弾かれてしまう。
「くっ!」
僕の全力の一撃は、クリスタルアントの身を裂くことは敵わなかった。
しかし、クリスタルゴーレムのときとは違い、亀裂が入っている。防御力だけを見れば、こいつはクリスタルゴーレムより下であるとわかる。
クリスタルアントは襲撃者に対して、金切り声をあげながら牙を向く。
その独特な声を聞いて僕は、違うモンスターを頭に思い浮かべる。21層と22層のモンスターたちだ。やつらは群れであることを武器としたモンスターで、仲間を呼ぶときに似た声をあげていた。
僕は攻撃を続けながら、《ディメンション》で少し遠くのモンスターを把握する。
案の定、金切り声を聞いた他のクリスタルアントたちは、急に機敏な動きを見せて僕たちのほうに向かって来ている。
「まずい!! 周りの蟻まで集まってきてる!」
「……う、うわぁ」
僕は手段を選んでいられず、『持ち物』からスノウ用の大斧を取り出す。そして、渾身の力でクリスタルアントを打ち、壁に叩きつける。
これがクリスタルゴーレムならば、亀裂一つ入らないだろう。
しかし、クリスタルゴーレムより僅かに低い防御力と、叩きつけた先の材質の差が明暗を分けた。
水晶の壁にぶちあたったクリスタルアントは身体にヒビが入り、動きが鈍くなる。そこにスノウの一撃が入り、クリスタルアントは粉々に砕け散った。
思ったより早く撃破できたものの、のんびりしている時間はない。
すごい数のクリスタルアントが、ここに向かってきている。
僕は手に持った大斧を見る。
たった一度の攻撃で、見事に刃こぼれしていた。スノウの武器も刃が潰れて、ただの打撃武器と化している。
「スノウ、とりあえず26層まで戻ろう」
「……賛成」
このまま何の対応策も考えず戦っていては『持ち物』の武器がなくなってしまう。それがわかった僕たちは、来た道を戻っていく。
戻っていく最中、数匹のクリスタルアントに襲いかかられる。
迎撃するために武器を振るえば振るうほど、破損していく状況だった。代えの武器も心許なくなってきたところで、ようやくクリスタルアントの猛襲をかいくぐり、26層まで辿りつく。
27層と違って、ここは足の遅いモンスターしかいない。
一息ついて、僕たちは話し合う。
「今日はここで限界かな……?」
「……か、帰ろう」
スノウは一も二にもなく賛同した。
無理をすれば27層は突破できるだろう。しかし、スノウを連れての強行軍は
今日のところは、27層の特色が知れただけで十分としよう。
「――魔法《コネクション》」
僕もスノウもHPは減っていない。
しかし、その代わりに多くの武器が使い物にならなくなった。こういった退却のさせられ方もあることを学ばされ、僕たちは迷宮探索を終えていった。
◆◆◆◆◆
「これはまた、随分と壊したねぇ」
「敵が硬いんです……」
その後、僕たちはアリバーズさんの工房までやってきて、破損した武器を全て見せていた。
前に来たときとは違い、工房内は慌しい。
見知らぬ顔の鍛冶師が数人ほど増え、狭い中で忙しなく作業している。僕の注文どおり、人数を増やして作業速度を上げてくれているのだろう。
「敵が硬い?」
「はい。26層あたりのモンスターは水晶の身体で厄介なんです」
「26層かい。それは俺たちには想像もつかない世界だねぇ。――そうだなぁ。そいつの魔石とかはあるかい?」
「少しならあります」
僕は『持ち物』からクリスタルゴーレムの魔石を取り出して見せる。
「これは……、クリスタルゴーレムの魔石かな?」
「わかるんですか?」
「確か、遥か西部の霊山に出現するモンスターが、これと同じ材質だったと思う。超高級鉱物の一つだな。『レイクリスタル』と呼ばれていたはずだ。へえ、迷宮でも手に入るんだな」
どうやら迷宮外にも、あの硬いモンスターたちは存在するようだ。
「その『レイクリスタル』を斬れるような剣が欲しいんです」
「まあた、うちのマスターは無理を言う……と言いたいところだが、実際のところ、明日まで我慢してくれれば問題は解決だ」
「……え?」
「例の注文した武器なら斬れる。『クレセントペクトラズリ』は『レイクリスタル』よりも鉱物として優秀だからね。宿っている魔力の含有量が桁違いだ」
「よかった。それで、例の武器はいつごろ完成するんですか?」
「これだけの予算で、これの人数を動員しているんだ。明日の夜までには完成する。させてみせる」
「明日の夜ですね。わかりました」
僕は思ったよりも完成の日が近くて安心する。
製鉄の知識はないが、それでも剣が簡単にできるとは思っていない。魔法技術の恩恵か、もしくはここにいる鍛冶師の人たちが優秀なのかもしれない。
「このあとは暇なのかい?」
「あとは休息をとるだけですね」
「それなら、マスターの迷宮探索の話を聞かせてくれないかな?」
「僕の話を?」
「ああ、迷宮で困ったことやあれば助かるものを聞かせてもらえば、手の空いたものでそれを作ることができる。あと『英雄』であるマスターの話を個人的に聞きたいってのもあるがな」
「『英雄』じゃありませんが、確かに情報の共有は必要ですね……」
これから何度もアリバーズさんにはお世話になるはずだ。彼との協力関係を深めれば、今後の迷宮探索が楽になる。
僕は頷いて、ゆっくりと迷宮探索の話を始める。
ちなみに、ついてきていたスノウは「帰って寝る」と言って、工房から出て行った。また長話で一日が終わると思ったのだろう。間違っていないので特に止めない。
いま、僕たちが梃子摺っているのは24層からだ。
そのあたりを特に詳しく話していく。
「なるほど。その溶岩地帯で炎属性の魔石を入手したんだな。熱さに困っているなら、炎に干渉するマジックアイテムを作ろう。幸い、炎属性の魔石は沢山ある」
「助かります。もし、足りなければ狩って取って来ます」
「そんなに必要じゃないからいいよ。簡単なネックレスを作るだけだ。本当はマスターに似合う全身鎧か盾を作りたいけど、マスターの戦い方に合わないだろうしね」
「重いものは遠慮します……」
「湖や沼に適応できるようなマジックアイテムもあれば便利そうだな。見繕ってみよう」
「……本当に助かります」
「あとは……そうだな。どこかで丸太でも貰ったほうがいい」
「ま、丸太?」
「スノウ用の武器だ。どうせ壊すなら、丸太で戦わせたほうがいい。それに聞いたところ、クリスタル系のモンスターには打撃のほうが有効そうだ」
「確かに、その通りだと思います」
僕とアリバーズさんは戦闘面についても話し合う。
その途中、僕が暇見ては作っていた木彫りを渡して、前々から欲しかったものの注文もする。作ったことはないが、挑戦してくれるそうだ。
こうして、十分に話し合ったあと、修理済みの武器を受け取り、丸太が手に入る場所へ向かう。いまも連合国周辺は開拓中であり、木材の値段は安かった。
とりあえず、丸太を百本ほど購入し、『持ち物』の中に入れる。
少し大き過ぎかと不安になったが、問題なく入った。ことのついでに、『持ち物』にはどれくらいのサイズまで入るのか試してみたが、僕が持てる限界の大きさの丸太まではちゃんと入るようだった。
これで、いまできる準備は終わりだ。
僕は26層の攻略法を考えつつ、マリアの部屋に帰っていった。
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