74.ギルドを支配する簡単なお仕事



 ギルド『エピックシーカー』での新しい生活が始まり、翌日の早朝。

 スノウが直接、僕を起こしに来た。


 同じベッドで寝ていた僕たち兄妹を見て、彼女は微笑んだ。呆れたような、羨んでいるような、懐かしんでいるような、不思議な笑みだった。思えば、彼女の笑っている姿を見たのは、これが初めてかもしれない。


 それから、すぐにスノウは僕を部屋から連れ出した。そして、僕たちのために用意された執務室で、ギルドの仕事を一から丁寧に教えてくれた。


 本格的にギルドの仕事が始まったのは昼を過ぎてからだった。訓練場にメンバーが十数人ほど集まり、今日の予定を確認していく。最初はパリンクロンが主導していたものの、すぐに僕がギルドマスターとして『エピックシーカー』全員に指示を出すことが決まる。


 僕は断ろうとした。しかし、パリンクロンは「カナミとスノウの二人なら簡単さ」と言って、すぐに訓練場からいなくなってしまった。


 二人残された僕とスノウは、ギルドメンバーたちの視線を浴びながら、考える。

 僕たちの持つ手札で、最も効率的にギルドを運営する方法を選び出していく。

 こうして、僕たちが出した答えは――



◆◆◆◆◆



 目前には、書類の山。

 様々な報告書と依頼書が重なった山の前で、僕は必死に羽ペンを走らせる。


 ギルドの物資の流れを確認し、資金の運用を改善し、人材の配置を把握していく。そのために必要な書類を順次、こなしていく。


 そして、机上で書類仕事しながらも、一方で・・・現場の指示も行う。


 僕の反則的な次元魔法が、本拠に居ながらにして現地の状況を把握させる。現代教育を受けたことにより最適化された考え方が、書類整理を捗らせる。そして、《レベルアップ》によって人類最高クラスまで強化された『賢さ』が、それらの並列作業を可能とさせる。


「……カナミ。テイリパーティーの指示」


 僕の隣でスノウは小さく呟いた。

 対し、僕は《ディメンション》で拾った情報を整理する。


 本拠から北北東に数キロメートル先の現場――とある逃亡犯と、それを追うテイリさんたちのパーティーを、リアルタイムで認識する。


「ああ、見えてる・・・・。……テイリさんは、次を左に曲がって進んで、三つ目の曲がり角で待機。他メンバーは、このまま標的を追いかけてくれていい。テイリさんのところに、あと二十秒で……いや、十七秒ほどで標的が飛び込む。十分に気をつけながら魔法で迎撃してって伝えて。おそらく、その数秒後に他のメンバーも到着する。それで挟み撃ちだ」

「……ん、伝える」


 スノウは手に持った魔石に向かって、しょぼしょぼと話しかける。

 その内容は、さっき僕が言ったそのままだ。いま彼女は魔石を通じて、数キロメートル離れたテイリさんたちと連絡を取っている。


 その連絡を耳にしながら、僕は手を止めずに、書類を片付けていく。

 並行して《ディメンション》で、テイリさんたちが強盗犯を捕まえたかどうかの確認も行う。追われていた強盗犯は前方に現れたテイリさんに驚き、そのままメンバーたちに挟まれて捕縛された。


「……どう?」

「うん、予想通りだ。標的はテイリさんの魔法で足止めされて、メンバーたちの包囲によって捕縛完了。テイリパーティーの依頼は、これで終わり。思ってたよりも、すぐ終わったね」

「……そりゃそう。まさか、強盗犯も町全体を把握しているのが相手だなんて思ってもいない」

「パリンクロンも似たようなことできるんじゃないの?」

「パリンクロンの『呪術』のことを言っているなら、それは間違い。あれは色々と条件が厳しい。それにカナミほど正確じゃない。こんなことできない」

「そうなんだ……」


 パリンクロンは大陸有数の感知魔法の使い手と聞いていたけれど、それでも僕の次元魔法の方が精度は高いみたいだ。


「はっきり言って、これは異常。パリンクロンは私たちにこれをさせたかった……?」

「そうみたいだね。スノウの能力と僕の能力を聞いて、ずっとこの合わせ技コンボを思い描いていたらしいよ。上手くいってよかった。これで、形だけでもマスターらしいことができる」

「いや、この時点で、そこらのマスターの何倍も有能……。流石はマスター……」

「……スノウ、マスターって呼ぶのやめてくれ。なぜだか・・・・わからないけど・・・・・・・、君のような女の子に呼ばれるのは嫌なんだ」

「……ん、了解」


 僕が本気で嫌がっているのを見て、スノウは素直に頷いた。

 基本的にスノウは従順だ。

 意思が薄弱と言ってもいい。


「あ、また強盗発見した」


 僕は《ディメンション》の端で、犯罪の発生を捉える。


「……うぇ。また?」

「近くに、ヴォルザークさんたちがいるから連絡して。点数稼ぎだ」

「……ちょっと面倒」

「いやっ、いやいやいや……! 仕事だって、スノウ。ラウラヴィアで暮らす人たちのためにも、強盗は捕まえないと」

「……んー。たるいものはたるい。それ、ギルドに依頼されていないやつだし」


 スノウは従順だが、極度の面倒臭がりでもある。

 本気になるのを好まず、疲れることを嫌い、サボれるものならいくらでもサボっていく。

 異常なまでに・・・・・・


「スノウは、僕の言っていることを繰り返すだけだろ?」

「……繰り返すだけの楽な仕事かと思ったら、思いのほか面倒だった」

「おい。本来ならばスノウがやるべき書類整理を、いま僕がやっていることを忘れるなよ……? もう手伝わないぞ?」

「……それを言われると辛い」

「いいから連絡」


 スノウの仕事のいくつかを肩代わりしていることを引き合いに出すと、スノウは諦めた様子で魔石に話しかけ始めた。


 町中を歩いていたヴォルザークさんは連絡を聞き、口を動かす。

 僕は展開していた《ディメンション》を、ヴァルザークさんの周囲のみ《ディメンション・多重展開マルチプル》に強化して、その口の動きと声の振動を把握する。


 どうやら、強盗を倒す余力はあるようだ。

 ステータスを見る限りでも、大丈夫そうだ。

 強盗のレベルは低く、ヴォルザークさんのHPも十分。

 直接対決させても問題ないはずだ。


「よし、請け負ってくれた。それじゃあ、いますぐ六十七番地の市場に急行。近くまで行ったら、細かく案内ナビゲートする。標的のレベルは5。特に注意点はないから、正面からの捕縛でお願いして」

「……伝える」


 スノウは僕の指示を繰り返す。

 魔石から指示を受けたヴァルザークさんは、その巨躯を走らせて、標的に近づいていく。ある程度まで近づいたら、あとは標的とぶつかるように細かな指示を出すだけだ。


 《ディメンション》で二人の動きを確認し、チェスの駒を動かすように手を詰めていく。


 ほどなくてして、二人はぶつかり合い、強盗は捕縛された。

 力の差は歴然だったため、戦いは一瞬だった。


 ヴォルザークさんは捕らえた強盗を、被害のあった店まで連れて行く。

 店主は失った物品が帰ってきたことを、涙を流して喜ぶ。もしも、あのままだったら相当の被害が出ていたのだろう。その表情から、それがわかる。そして、それを防げたことを僕は嬉しく思う。


 あとは強盗を国の治安管理所まで連れて行けば終わりだ。

 ものの数分の出来事だったけど、また一人ラウラヴィア市民を助けられた。


「よかった。お店の人も喜んでくれてる……」

「……そう」


 しかし、この感情をスノウとは共感できないようだ。

 どうでも良さそうな表情で、窓の外の空を見上げている。やることがないと、こうやって日向ぼっこをする癖が彼女にはある。


「暇なら、書類とか手伝って欲しいんだけど」

「……大丈夫。カナミのおかげで怒られないくらいの量はもう終わってる」

「ああ、スノウの基準はそこなんだ」

「……カナミみたいに、自分のできる限りを精一杯やるのは好きじゃない」


 今日一日でスノウの性格も大分掴めてきた。

 ギルドマスターとしての僕とは相容れないスタンスだが、その気持ちはわからなくもない。元の世界の学校に通っていたときは、僕もスノウと全く同じスタンスをとっていた。


 いま僕が精一杯生きているのは、ひとえに異世界という環境のせいだ。

 厳しい環境さえなければ、僕もスノウと同じ行動を取る可能性は高い。


「いやでも、やっぱりスノウが見ててくれないと安心できないよ。僕は新参者だし、何か勘違いしている可能性があるかもしれない」

「……それは、そんな人事をしたパリンクロンが悪い。余所者が書類整理している時点で、諦めよう」

「……そうだな。こんな大事な書類を、一日目の新人が目を通しちゃってる時点で、全てがおかしい……」

「……そういうこと。よって、私は悪くない。悪くないので、これ以上は頑張らない」

「あ、そう……」


 僕はスノウへの注意を諦めて、黙々と書類と向き合う。

 実際、スノウは魔石の連絡だけで、何十人分もの働きをしているのと同等なのだ。


 窓の外の色が赤みを帯びていき、日が沈み始める。

 正午から始めた書類仕事も、そろそろ終わりそうだ。

 散らばったギルドのパーティーたちも、各々の依頼を終えている。


 とりあえず、ギルドマスター初日としては良い出来だったと思う。


 僕は気合を入れ直して、あと少しの書類を崩し始める。

 しかし、そこで『エピックシーカー』の本拠に誰かが入ってくるのを《ディメンション》で感じ取る。


 侵入者の正体は、剣を腰に下げた少女だった。

 息を切らしながら建物内を走っていたのは、昨日の総当たり戦で最初に戦った少女剣士セリちゃんだ。


 セリちゃんの所属していたパーティーは町の遠くで依頼を終わらせたから、もっと遅くに帰って来ると思っていたが、彼女だけ先に走って戻ってきたようだ。

 

 そして、その勢いのまま、こちらに向かって来ている。

 どうやら、僕に用があるみたいだ。


「んー、セリちゃんがこっち向かってる。あぁ、居留守を使いたい。僕、あの子が苦手だ……」


 僕は正直な感想をスノウに零す。

 今日の朝、セリちゃんと遭遇して面倒な目にあった記憶が蘇る。


「……セリが? ……私も苦手。けど、カナミがいるとそっちいくから楽で助かる」


 スノウは空を見つめながら、僕に同意する。


「彼女、昔はスノウを尊敬していたらしいね」

「……目標にされてた。あれはすごい疲れる」


 疲れる。そう、その感想が全てだ。

 そして、その目標がスノウから僕に変わっているのが、憂鬱の種だった。


 決して悪い子じゃないとわかってはいても、話していてすごく疲れる。

 そう苦い顔を作っていると、部屋の外から床を踏み鳴らす音が聞こえてきて――大きな扉の開閉音と共に、セリちゃんが入室してくる。


「カナミさん! ただいま戻りました!」

「お、お帰り……。セリちゃん」


 元気に挨拶するセリちゃんを僕は迎える。


「これがリーダーから渡された報告書です。どうぞっ」

「ありがと……」


 業務である報告書の受け渡しを終える。これで帰ってくれればいいのだが、当然のように彼女は部屋から出て行こうとしない。そして、何か会話の切っ掛けを探そうとしたあと、嬉しそうに僕へ話しかけてくる。


「いやあ、マスターのおかげで、すごい早さで依頼が終わりました! 流石ですね、カナミさん!」

「……ううん。僕は指示しているだけで、実際に動いているのは君たちだ。君たちの手際の良さが、そのまま早さに繋がってるだけだよ」

「そういう謙虚なところも尊敬してます、カナミさんっ!」

「いや、謙虚とかじゃなくて……」


 ただでさえ、問題のある形でギルドマスターに着任した僕だ。

 功績を自慢するような真似はできないという機微を、彼女は全く察してくれない。


「カナミさんは権力を振り回しませんし、偉ぶったりもしません! 誰にでも平等で、誰にでも優しい! まさに最高のギルドマスターですねっ!!」

「ま、まだ一日目だからね……。そういうのは、もう少し時間をかけて判断してほしいかな……?」

「そうですね、カナミさんの言うとおりです! 私、いっつも先走りして失敗しちゃうんですっ! 流石、カナミさんっ。ギルドメンバーの一人でしかない私のことまでよくわかっているなんて!」

「あ、うん。はい……」


 僕はセリちゃんの勢いに押され、頷くことしかできなかった。

 そんな生返事しかしない僕に、彼女は遠慮なく話しかけ続ける。


 今日の仕事についてから始まり、次には僕のことを色々と聞いてくる。

 セリちゃん独特の勢いがあるため、僕は終始苦笑いを浮かべるしかできない。


「つ、疲れる……」


 途中、ふと本音が軽く零れてしまう。


「お疲れですか、カナミさん! では、肩でも揉みましょうか!?」


 しかし、セリちゃんには全く通用しない。


「いや、いいよ。君は休んでて。そして、静かにしようね……」

「流石、カナミさん! いかなるときも部下を労わることを忘れない! すごく優しいです! パリンクロンは、私たちを馬車馬のごとく働かせやがりますからね! 天と地の差です!」

「あ、はい……」


 もう何も答えちゃ駄目だ。

 短く「はい」とだけ答えよう。

 そうすれば被害は最小限に抑えられる。


 こうして、僕は並列作業で書類を進めながら、セリちゃんとコミュニケーションという名の暴力を受け続ける。


 僕の胃が痛くなってきたあたりで、《ディメンション》がメンバーたちの帰還を捉える。

 日が完全に沈み、ほとんどのメンバーたちが帰ってきた。


 その中にはテイリさんもいて、先ほどの任務の報告書を手に持っていた。

 僕は好機だと思い、席を立つ。


「あ、テイリさんたちが帰ってきたみたいだ。色々と話さないことがあるから行かないとっ」

「あっ、もうそんな時間ですか? それじゃあ、私も一緒に――」

「ス、スノウの仕事が少し残ってるみたいだ。よければ、セリちゃんはスノウを手伝ってあげてくれないかな?」


 書類に向かっている振りをしていたスノウに、セリちゃんを押し付けてみる僕だった。


「――っ!?」


 スノウは耳をぴくっと動かし、目を見開いてこちらを見る。


「わかりました! 全力でお手伝いさせてもらいます!」


 セリちゃんは喜んで引き受けてくれたが、スノウのほうは文句があるようだ。


「……待って、ちょっと。待てっ、カナミぃ!!」


 何か聞こえた気がするけれど、そのまま僕は部屋から出ていく。

 スノウだって僕を生贄にして、ずっと安全圏にいたのだ。僕だって同じことをしても、ばちは当たらないだろう。


 僕は《ディメンション》で、セリちゃんにまとわりつかれているスノウを確認して安心し――そのまま、感覚を広げて、テイリさんを探す。


 玄関のほうでパリンクロンと話しているのを見つけた。

 僕は早急に玄関へ向かう。部屋の中の二人の気が変わって、こちらに来られても困る。


 『エピックシーカー』の本拠内を歩き、パリンクロンとテイリさんの話し声が聞こえるところまで辿りつく。


「――どうだい? カナミはマスターとして優秀だろう?」

「ええ、あんたよりもね。正確な情報が、恐ろしい速度で届くわ。もう情報収集というプロセスが、丸々ないのと一緒よ。そのおかげで、七日の期間が設けられていた依頼が、僅か数時間で終わったわ。もはや反則ね」

「カナミもスノウも、本国のやつらが知れば何をしてでも欲しがるほどの逸材だ。その二人の合わせ技だからな。そのくらいは当然だぜ」

「当然ってあんたね……。でも、彼らには、まだ経験が足りないわ。ツテもなければ、顔も広まっていない」

「ツテや経験は、メンバーたちで補ってくれればいい。あの二人は素直だ。君ら年長者の話は、ちゃんと聞くさ。顔を広めることに関しても心配するな。もう色々と仕込んでる」

「すごい念の入れ様……。カナミ君に対しては本気なのね、パリンクロン。ここまで必死なあんたは初めて見るわ……」

「ふふっ。必死に見えるなら、俺もまだまだだな。なあに、俺は安心して本国へ行きたいだけだぜ?」


 悪い癖だ。

 《ディメンション》を展開していると、なりたくもないのに地獄耳になってしまう。

 距離があれば《ディメンション・多重展開マルチプル》でないと不可能だが、このくらいの距離だと癖で情報を拾ってしまう。


 これ以上の盗み聞きをしないためにも、僕は早足で二人に近づき、パリンクロンに話しかける。


「パリンクロン、書類関係は大体終わったぞ」

「……おっ、カナミか。それで、どのくらいまで終わったんだ?」

「どのくらい? えっと、ほぼ全部だけど……」


 スノウのために残しておいた僅かなものを除けば、渡された書類の全ては終わっている。

 しかし、それを聞いたパリンクロンは信じられないことを聞いたような顔になる。


「ぜ、全部……? あの書類の山のことだぜ?」

「ああ、そうだよ。あれをやるのが、ギルドマスターの仕事だって言ったじゃないか。だから、全部終わらせた」

「待て。……待て待てっ、おかしいぞ。そんな容易く終わるようなものじゃないだろ!? 確認するだけの書類もあったが、中にはすごい面倒な収支の計算書類とかもあったろ!」


 確かに、そういうものもあった。

 ギルドの物流、その経費、全員分の人件費、その収支――新人が見てはいけない様々な数字の動きだったが、その全ての整理を僕は今日一日で終わらせた。


「たぶん、使ってる算術自体が違うせいじゃないかな……? 簿記も数学も得意だったし……」

「マ、マジで言ってるのか?」

「あと、《ディメンション・多重展開マルチプル》を使えば、一度に複数の書面を見るっていう荒業ができるからね。それにレベルが上がって、一度に複数のことを考えられるようになった気がするし……」


 最近感じ始めたことだが、明らかに元の世界にいたときよりも思考レベルが上がっている。思考速度もだが、何よりも思考の形態自体が変質している。思考が分割され、並列作業が可能になったのは、その変質の一端だ。


「スノウが本気で手伝ったのか……?」

「いや、スノウはその、あまり手伝ってくれなかった……」


 むしろ、スノウの分まで僕がした。

 朝は真剣に色々と教えてくれたスノウだったが、全ては僕に押し付けるためだった。

 昼からは、怠け切っている。


「いや、スノウが手伝っていてもおかしいだろ、この早さは……。レベルが上がったからって、そんなことにはならないはずだ……。いや、しかし、カナミの魔力性質によっては、そういうこともありえなくないのか? それとも次元魔法の特性、いや『代償』か――?」


 僕の話を聞いて、パリンクロンは酷く真剣に考え込む。

 そういった考察に関して、僕は口を挟まない。この世界の文化にパリンクロンは詳しい上、特殊な魔法技術の専門家でもある。分析は彼に任せておいたほうがいい。


「とにかく、終わったから。これで、今日の仕事は終わりなの?」

「あ、あぁ。……しかし、今日の仕事というか、七日分の仕事が終わりだな」

「え、あれだけで七日分?」


 僕は驚く。

 確かに、その量に最初は面食らった。

 しかし、一個の組織を運営する一日分の資料なのだから当然だと思って、取り組んでいた。あれで七日分だったと言われると、少々肩透かしだ。


 そんな僕を見て、隣のテイリさんが口を挟む。


「パリンクロン……。魔法とかじゃなくて、カナミ君自体、何かおかしくないかしら?」

「言うな……。俺もびっくりしてる……」


 そして、得体の知れないものを見る目で、二人は僕を見る。


「え、えっと……それじゃあ、あとはメンバーたちの補佐に集中すればいいのかな?」

「いや、メンバーたちに割り振られた七日分の仕事も粗方終わってるみたいだ。このテイリの報告で、全員任務クエスト完了だ。カナミの補佐のおかげでな」


 どうやら、今日並列作業で終わらせた任務は、全て七日分のものだったようだ。


「えっと……、少なくない……?」

「カナミが初めてのギルドマスターということで、甘く少なめにしていたのは確かだが……。それでも、決して少なくはないぞ。平均的なギルドの仕事量だった……」

「そ、そう……」


 そろそろ、事の重大さに僕も気づき始める。


 僕の能力の高さ。

 そして、スノウの補助魔法があった場合の指揮能力の高さ。

 ギルド運営を七倍速にするほどの異常な事態だったようだ。


 パリンクロンは難しい顔をして、話を続ける。


「国に掛け合って、来週からは仕事をもっと回して貰おう……。それまでは、迷宮の攻略を進めててくれ。あれも一応、ギルド貢献になる」

「了解……」


 僕は素直に頷く。

 それに合わせて、テイリさんが疑問の声をあげる。


「パリンクロン、私たちは?」

「おまえたちはいつも通り、余った時間は自由に使っていい。公的機関で、適当なクエストを貰ってもいいし、パーティーで好きなところへ行ってもいい」

「わかったわ」


 どうやら、初日だと思って、張り切りすぎてしまったようだ。

 悪いことではないが、ギルド『エピックシーカー』全体の仕事がなくなってしまっている。


 こうして、今後の方針も決まり、僕たち三人は解散していく。

 そのあと、部屋に戻るのは少し億劫だったので、僕は訓練場に足を運んだ。

 そこにはやることがなくなったメンバーたちが、たむろしていた。


 そこで僕は、まず張り切りすぎたことをみんなに謝罪したが「必要ない」と言われてしまった。

 ほとんどの人は、早く終わることに越したことはないと思っているらしく、僕を責めるどころか、僕の指揮の精度の高さを褒めてくれる声のほうが多かった。


 そのまま、メンバーたちと交流を深めていく。

 総当たり戦のリベンジを受けたり、魔法について教えあったりして、少しだけだが距離が縮まった気がした。


 そんな交流イベントを行なっていくうちに、日は暮れる。

 夜にはマリアと食事を摂って、また一緒に寝て……僕のギルド生活一日目は終わったのだった。



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