31.天上の七騎士



 マリアを家に置いて、酒場までやってくる。

 休みを挟んでの出勤だったが、特に代わり映えはない。軽く店長とリィンさんたちに挨拶して、仕事に入っていく。


 いつも通り、皿下げと皿洗いを中心に勤しむ僕だった。

 ただ、久しぶりに仕事をしていると、無駄に上がったステータスのせいで、皿洗いの速さが異常なことになっていた。怪しまれないように、手の速度を抑えるのに気を遣った。


 もちろん、その間も情報収集は怠らない。

 話しかけれそうなお客がいれば、それとなく話題を吹っかける。魔法《ディメンション》による聞き耳だけでは、20層までの情報が足りないのだ。


 今日は、顔馴染みの戦士のお兄さん――クロウさんから情報を引き出していた。


「――へえ。それじゃあ、14層にはモンスターが少ないんですね」

「ああ、そうだぜ。13層の湿原地帯とは打って変わって、14層は不毛だ。広大な砂漠が広がり、水気が全くない。モンスターの数は少なく、同時にエリアボスの数も少ないな。あそこで探索したり、モンスターを狩ろうとするやつはほとんどいねえ。普通は『正道』だけを通って15層に直行だ」

「なるほど。砂漠って暑そうですしね」

「それが一番の原因だな。14層の温度では、身体から水分を奪われる。だから、未探索の場所も多い層らしいぜ」

「へぇ……」


 クロウさんは、仕事の初日に絡んでもらってから縁が深い人である。僕が仕事をしていると、大抵は酒を飲んでいる。


 こうして、僕は仕事の合間を見つけては、こういったことを熟練の探索者から聞いて回っている。

 だが、クロウさんとばかり長話していると、店長に目をつけられてしまう。今日は迷宮の情報を十分手に入れたので、早めに話を切り上げることにした。


「ありがとうございます、クロウさん。今日はこれくらいで――」


 そのときだった。

 珍しい団体が来店する。


 見かけない顔ばかりだ。

 装いはヴァルトに多い粗雑なものではなく、細工の行き届いた美麗で清潔なものが多い。

 何より裕福そう。というのが僕の第一印象だった。


 その裕福そうな団体の先頭を歩く女性は、獣人だった。

 彼女から強者特有のものを感じて、僕は『注視』する。



【ステータス】

 名前:セラ・レイディアント HP256/256 MP101/101 クラス:騎士

 レベル21

 筋力6.22 体力7.91 技量8.89 速さ10.02 賢さ5.60 魔力7.77 素質1.57

 先天スキル:直感1.77

 後天スキル:剣術2.12 神聖魔法0.89



 20レベル代。

 連合国最高クラスの猛者のご来店だった。


 青みがかった銀の髪をした若い獣人女性だ。

 前髪を一房だけ左端で結び垂らし、後ろ髪は腰ほどまである。両耳が獣耳になっており、狼のような尻尾が生えているので獣人と判断できた。動きやすそうな衣服に、最小限の銀の防具をつけ、腰には剣を差している。


 そして、何よりも目が特徴的だ。

 切れ長の鋭い目から、この女性の厳格さが窺える。


 入店した女性は酒場全体を見渡していく。

 何かを探している様子だ。

 他のお客も何事かと団体を気にし始めていた。


 女性は痺れを切らしたのか、周囲の人間に聞こえるように喋り始める。


「……ここでキリストという男が働いているはずだが」

「――っ!?」


 僕の心臓が大きく跳ねる。


 まさかの名指しだ。


 この女性の一声で、いくらかのお客の視線が僕に集まる。店の常連さんは僕の名前を知っているのだから、仕方がないことだった。

 その視線に導かれて女性も僕に目を向け、声をかけてくる。


「おまえがキリスト・ユーラシアか?」


 女性の目は一層ときつくなり、僕を睨む。


 僕は答えに窮する。

 この人の目的が見えないのが問題だ。

 雰囲気が只事ではないし、ぞろぞろと引き連れている鎧を着た仲間たちも物騒だ。できれば、しらばっくれたい。


 だが、ここで嘘をついても、誰かに確認をとられたら終わりだ。

 仕方がないが、名乗るしかない。


「……はい。私が店員のキリストです」

「そうか」


 僕を確認した女性は一つ息をつき、厳粛に言葉を続けた。


「私の名前はセラ・レイディアント。フーズヤーズに所属する『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の一人だ。用件はただ一つ。貴様に決闘を申し込みにきた」


 その言葉と共に、鞘に入ったままの剣を持ち上げて戦いの意を示す。


 酒場がざわつく。

 唐突に決闘の挑戦が行われたこともそうだが、セラ・レイディアントという人物そのものに驚愕している者もいる。


「意味がわかりません。どうして、僕と決闘を?」


 僕は努めて冷静に、真意を問う。

 以前、パリンクロンという騎士から忠告を受けたことは覚えている。それでも、こんな状態になっている意味が、未だにわからない。


「どうしてだと……!? どの口で、そのような戯言を……!!」


 僕の返答が気に入らなかったのか、レイディアントさんは怒りを露わにした。

 そこで、僕と先ほどまで喋っていたクロウさんが僕を庇ってくれる。


「おい、待てよ。フーズヤーズの騎士だかなんだか知らないが、急に来てその態度は頂けねえな。ここは酒場だぜ? 店員に難癖つけてんじゃねえよ」


 他にも僕と交流のあるお客が立ち上がっていく。


 なんだか大事になりそうな気配だ。

 腕に覚えのありそうなお客が、次々と口を挟む。


「面白そうだと見てたが、決闘なんて物騒なこと言い出すなら話は別だな」

「おい、ヴァルトを舐めてんじゃねえぞ」

「付き合いは浅いが、キリストの坊主は知らない仲じゃないからな」


 多くの声がレイディアントさんを非難していく。


 僕のために奮起している人もいるので、胸が熱くなる。

 いつの間にか、それなりに認められていたようだ。


「なあ、店長!」


 その内の一人が、締めくくるように叫んだ。


 いつのまにか厨房から出てきていた店長が、僕の後ろで仁王立ちしていた。

 店長は僕の頭越しに話す。 


「おまえら、殺気立ち過ぎだ。フーズヤーズのお嬢ちゃんも、いますぐ暴れだそうってわけじゃねえだろうが……。だが、フーズヤーズのお嬢ちゃん。ここは酒場だ、店だ。営業の邪魔をするなら、お互い面倒なことになるぜ」


 店長も20レベルに近い男である。

 この物騒な一団を相手に、一歩も退かなかった。


「失礼した。少しばかり頭に血が上っていたようだ。営業の邪魔になっていたのならば謝罪しよう。ただ、私たちには絶対に果たさなければいけない使命があるのだ。それは、そこの男と決闘し、我らがお嬢様を取り返すことだ」


 レイディアントさんは一礼して、店長と穏やかな様子で話をする。

 先ほどは激昂したが、本来は理知的な人間のようだ。

 店長はレイディアントさんの話を聞くと、にやりと笑って僕に問いかける。


「ほう、面白いな……。おい、キリスト。おまえどっかの貴族のお嬢様でも誑しこんだのか?」

「ええと……。するように見えますか?」

「いや、おまえのような優男は案外……、なあ?」

「何が、なあです。してませんよ」


 最初は殺伐とした空気だったが、内容が痴情のもつれかもしれないとわかると、途端に店長は軽い調子になった。


「なあ、レイディアントさんとやら。うちのキリストはこう言っている。しかしまあ、内容が内容だ。ゆっくりと話がしたいだろう。決闘するにしても、こいつの休憩まで待ってくれねえか?」

「……うむ。私も店に迷惑をかけにきたわけではない。そうだな、その男の休憩時間まで休憩させて貰おう。当然、注文もしよう」


 そう言って、レイディアント一行は大きめのテーブルにつく。


「そういうわけだ。このフーズヤーズの騎士の方々は食事をしにきただけだ。おまえらも気にせず、食事してろ」

「おいおい。いいのか、店長」

「いいも何も、店には関係ない話だろう? これはキリストの問題だ。不当な憤りでもないようだし、見守るしかないぜ」

「まあ、そうみたいだがよ……」


 店長はお客たちを次々と宥めていく。

 けれど、僕にとっては都合が悪い。

 どんどんみんなに助けてもらいたいところなのだ。


「いえ、店長。これは不当な憤りです。僕には身に覚えがないんですよ?」

「貴様ぁ……! まだしらを切るつもりか……!?」


 僕が発言するとレイディアントさんは恐ろしい表情で睨んできた。


「ほら、騎士さんもこう言っている……。あとでゆっくり話しな、キリスト」


 店長は僕の自業自得のように話を終わらせ、厨房に戻っていった。


「ふふ、貴様の命は休憩時間に入るまでだ。覚悟しておくのだな」


 僕に聞こえるようにレイディアントさんは呟く。


 休憩時間までその人を殺すような視線に耐えながら仕事をしなければならないと思うと、僕は大きな溜め息が出てしまう。


「はあ、なんだこれ……」


 それでも、いつも通りに仕事をするしかなく、僕のバイトの時間は過ぎていき――



◆◆◆◆◆



「――それで、お嬢様って誰のことです? ディアですか?」


 針のむしろのような仕事時間を耐え切り、僕は休憩時間を迎え、レイディアントさんと同じ席に座った。

 後ろには、レイディアントさんのお仲間である騎士たちが逃げ道を塞いでいる。


 パリンクロンのときにフランリューレでないのは確認しているので、とりあえずディアをあげてみる。なんだかんだで、あの性別を信じてはいないし、お嬢様だと言われれば納得できてしまうやつなのだ。


「ディアとは誰だ。とぼけるな。ラスティアラお嬢様のことだ」


 レイディアントさんは『ラスティアラ』という名前を出すとき、小さい声に切り替えた。


 どうやら、名前が広まるのは本意でないようだ。


「ラスティアラ……? ああ、あの迷惑なあいつか」


 密度の濃い数日を送ってきたため、初日の少女を思い出すのに時間がかかった。

 アルティやフランリューレの登場で印象は薄れていたが、未だに危険人物リストの上位に入っている少女だ。どうやら、この状況はあの少女のせいらしい。


「迷惑だと……!? お嬢様をかどわかしたあげく、そのような侮辱を――!」

「待って。僕がラスティアラをかどわかした?」

「そうだ。お嬢様は失踪され、置手紙には、貴様と……貴様と! か、かかか駆け落ちする旨を残されていたのだ!!」

「はあ、駆け落ちですか」


 駆け落ちしているはずがない。

 当の相手である僕が、ラスティアラと再会すらしていないのだ。


 明らかな濡れ衣である。

 そして、それをかけたのはラスティアラという奴。


 次会ったら、ぶっ飛ばそう。

 そう僕は思った。

 レベル的に、そろそろ戦えるはずだ。


 レイディアントさんは興奮で呂律が回っていないが、それでも僕をなじり続ける。


「お嬢様がお嬢様がお嬢様が――! あの可憐で心優しいお嬢様が!! 大聖堂では貴様のことばかり話していたのだ! 迷宮で偶然知り合った貴様が、どういった男で、どのようなことをしてくれたか、毎日のように毎日のように我らが七騎士に楽しそうに話し、我らがどういった気持ちでそれを聞いていたのか……貴様には、貴様にはぁっ、わかるまい!!」

「落ち着いてください。お水です」

「水など飲んでいる場合か! さあ、言え! お嬢様をどこに隠したぁ!!」

「知りませんって。僕は迷宮以来、彼女と会ったことはありません。彼女の言っていることは嘘です。彼女のことだから、面白がって家出しただけじゃないんですか?」


 僕はラスティアラがただの愉快犯であるとしか思っていない。レイディアントさんには申し訳ないが、僕をいくら怒鳴ったところで意味などない。


「ふ、ふふふっ――。あのお嬢様が、面白がってだと? 家出だと? あの慎み深く、思いやりのあるお嬢様がそんなことをするわけがない。するわけがないのだ。ああ、わかっていたさ。貴様がそうやってしらばっくれることはな。だからこそっ、だからこその決闘だ。決闘をもって貴様を始末してくれる。お嬢様は貴様がいなくなってから、ゆっくりと探せばいい……!」

「僕が決闘を受ける理由がないのですが……」

「決闘を受けなければ、どの道、貴様とお嬢様が結ばれることはないぞ。貴様は七騎士全てに打ち勝たなければ、一生我々から追われる身だ」

「追われてもラスティアラはいませんよ。何ならうちまで見に来てくださいよ。本当にいませんから」

「貴様の考えていることはわかっておるわ。そうやって偽の情報をもって我らを撹乱しようとしておるのだろう? 騙されるものか。何があっても尻尾を掴んでみせる」

「うーん」


 お話にならない。

 何がどうなったのかわからないが、レイディアントさんは僕が犯人だと信じて疑わないようだ。


 このまま潔白を訴え続けてもいいが、ずっと付きまとわれるのも困る。僕は僕の情報をできるだけ隠しておきたい。マリアのレべリングなんてものは、その最たるものだ。この様子だと、四六時中追い掛け回し、迷宮探索の際にもついてきそうだ。


 僕は損益の計算を頭の隅で行う。


 その計算結果。

 レベルが上がったことによりリスクの許容範囲が拡がっているので、別に決闘することも悪くはないと思ってしまう。


「わかりました。決闘しましょうか。僕が負ければ、何でもお話しします。ラスティアラの居場所はわかりませんが、全面的に協力することを誓いましょう」

「ほう……。ようやく諦めたか。いや、自分の犯した罪に気づき、首を差し出す気になったか」

「いや、殺さないでくださいよ。決闘は受けますが、その代わりにルールを一つだけ決めさせてもらいます。大怪我は駄目です。殺したら負け。相手に参ったと言わせたら勝ちにしましょう。平和が一番ですからね」

「……む。まあ、いいだろう。本来ならば、私とて荒事は好まない。そうだな、まずは悪事を働く気がなくなるまで貴様をいたぶってやろう」


 レイディアントさんは荒事を好まないと言いながらも、僕をいたぶると言う。

 荒事を好んでいないとは、全く信じられない。


 できれば、接触を控えたい人だ。

 僕は決闘の報酬を提示する。


「僕が勝ったら、二度と顔を見せないこと」

「構わん。だが、決闘の内容は当然、一対一の試合だぞ」

「ええ、僕もそのつもりで話してました」

「いい覚悟だ。ふふ、表に出ろ」


 その一言で、僕の背後に並んでいた騎士たちは道を空ける。


 僕は立ち上がり、その空いた道を進もうとする。周囲から僕を心配する視線が飛ぶ。そして、ウェイトレスをしながら、僕の話を盗み聞いていたリィンさんが僕に声をかけようとする。それを、僕は先に断った。


「キ、キリスト君――」

「大丈夫です、リィンさん。いましがた決めた通り、最悪でも殺されません」


 店長にも周囲のお客にも聞こえるように、僕はリィンさんに笑顔で答える。


「そ、そうかもしれないけど……。気をつけてね、キリスト君……」


 僕はリィンさんに心配されても、笑みを崩さない。


 なにせ、これは悪いイベントではない。

 むしろ、良いイベントなのだ。


 ずっと気になっていたことだ。

 人類が手をこまねいていたというティーダを僕は倒した。

 その僕は、いま人類の中のどのあたりに位置するのか……。


 そこに都合良く現れた20レベル台の人間。

 いまは激昂しているが、礼節と人道を大切にしていそうな人格は美味しい。とどめには、僕の提示した温いルールでの決闘を受け入れてくれた。いまの自分の位置を確かめるには、絶好の機会過ぎる。


 僕のレベルはレイディアントさんの半分程度。

 けれど、ステータスでは劣っていない。

 少しの数値の差ならば魔法《ディメンション》が埋めるだろうし、彼女の戦術もステータスから読み取れる。


 試したい新魔法もある。

 まともな対人戦に興味もある。


 前向きに考えよう。

 わざわざ酒場まで来てもらったのだ。

 利用しない手はない。


 そう合理的な答えを出し、僕は薄い笑みを浮かべながら歩いていく。



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