23.燻った心


 ――恋を成就させたい。


 深く話を聞いたところ、アルティに特別好きな人物がいるというわけではなかった。

 もちろん、アルティ自身が恋をして、それを成就させることができれば一番ではあるらしい。ただ、彼女は「自分は恋ができるような存在でない」と、何かを諦めたように卑下していた。


 なので、妥協案として、恋に落ちている人を紹介して欲しいという話になる。

 誰かが恋をしているのを見て、感じ、それが成就するのを見届ければ何も未練はないとのことだ。


 下世話な話だ。

 それに胡散臭い話でもある。


 だが、嘘にしてはアルティの目が輝きすぎていると思った。


 恋というものを語るときのアルティは見た目通りの幼さを感じさせた。

 恋に恋をしている乙女のような顔をしている。


 この望みに対して僕は、どう対応するか考えた。


 考えに考えた結果。

 請け負うふりをするのが最も妥当なところだろうと判断した。


 戦意がないと言っている以上、アルティとの交戦は見送ることに決めたわけだ。

 やはり、女の子の顔をしたアルティに剣を突きつけるのは気が引けるというのもある。それに時間が過ぎれば、レベルの上昇によりボス戦の安全が増していくという計算もある。


 僕は請け負うふりをするための布石として、とりあえずアルティと二人で11層を歩き始める。


 もちろん、アルティの話を全て鵜呑みにはしていないので、油断はしていない。

 アルティは僕の前を歩かせ、常に背後から監視する。強い敵は避け、意識をあまり割かないで済む弱い敵を選ぶ。


 そんな歪な急造二人パーティーは、11層を歩きながら話を続けていく。


「――つまりだ。このまま恋も知らずに死ぬのは女の子として、ちょっとなぁー。と思っているわけだよ」

「……おまえ、女の子って年なのか?」

「少なくとも千年は生きている……はずだったような?」

「お婆さんだな。早く成仏したほうがいい。そのほうが皆のためになる」

「失礼なやつだな、キリストは。こんなに愛くるしい女の子をつかまえて、お婆さん呼ばわりとは……。女性の扱いがなってない」


 僕らは軽い自己紹介をすませ、名前で呼び合っている。


 ちなみに、もうアルティの身体から炎は漏れていない。

 炎を抑える呪文の入った包帯を隙間なく巻き(なぜか、僕が手伝わされた)、その上から普通の服を着ている。さらには外套を着込み、そのフードを深くかぶり、顔を隠している。


 炎人間と協力していると誰かに見られるのは、僕としても避けたかったため助かった。

 第三者から見れば、人間の少女と歩いているようにしか見えないだろう。


「む。前方にモンスターを発見したぞ、キリスト」

「ああ、それじゃあ戦闘だ。僕は後ろから援護しよう」


 そして、何度目かのモンスターとの戦闘が起きる。


 もちろん、そのモンスターは僕の魔法《ディメンション》で選んだモンスターだ。

 戦いながらもアルティへの警戒を解かなくて済むモンスターと遭遇するように、道を決めている。


「では、行ってくる……!」


 アルティは炎の剣を手に、モンスターに襲い掛かる。


 ティーダばりのスピードで動き、モンスターの剛力で斬りつけ――あっけなく、モンスターは致命傷を負う。


「――《アイス・急造矢アロー》」


 そこに僕がとどめの魔法の矢を投げ、モンスターは光となって消えていく。


 落ちた魔石をアルティが拾って、僕に放り投げる。

 そして、誇ったかのような顔をして、魔石をキャッチした僕を見つめる。僕に何か言って欲しそうだったので、適当に褒めることにする。


「……はいはい。すごいすごい。いいから早く進んで」

「む。君は善意の協力者に対して冷たいな……。ここは素直に誉めてくれていいんだぞ」

「すごいって誉めたじゃないか。君はボスモンスターだから、すごいのは当然だけどね」

「素直じゃないな。キリストは」


 アルティはやれやれと肩を落としながら、言われたとおりに進み始める。


 先の話通り、アルティは協力的な姿勢を崩さない。

 お喋りなところはあるが、僕の迷宮探索に貢献したいという意思を行動で示している。


 だからといって、簡単に信用し切るわけにはいかない。

 モンスターである以上、何があっても絶対に信用するわけにはいかないのだが……その決意も、触れ合えば触れ合うほど薄らいでいくのがわかる。


 アルティをモンスターと判断しているのは『表示』だ。そして、彼女の自称だ。それがなければ、僕はアルティを異世界特有の亜人だと判断するだろう。


 この異世界では、僕にとってモンスターと大差ない獣人や竜人が生活に溶け込んでいる。もし、僕に『表示』なんてものがなく、アルティがモンスターと自称せずに、いまのような友好的な態度で近づいてきたら、僕は何の疑いも持たずパーティーとなっていたに違いない。

 そう。

 彼女はそれほどまでに、人に近いのだ。人と同じように知性を持って喋り、人のように感情があって、人に近い姿をしている。それが、僕を悩ませる。気持ちを揺るがせ、決意を薄めていく。本当に、アルティを拒絶するのは正しいのか? 人として最低な行為をしているのではないか? わかりあえる『人』を、一方的に貶めているのでは――


 ――やめよう。


 これ以上思いつめると、スキル『???』が暴走する可能性がある。

 発動条件がわかっているのに、それを何度も暴走させるのは愚の骨頂だ。


 悩まなくてもいい。

 モンスターは全て警戒する。

 それに徹していれば精神的にも肉体的にも楽だ。


 そう僕は決意を固め直した。

 アルティというモンスターは死ぬまで信用しない。信用した振りをして、遠ざけるようにする。請け負ったふりをして時間を稼ぎ、アルティを確実に倒せるであろうレベルまで上げる。


 ――彼女と向き合うことがあるとすれば、それからだ。


 それからでいい。


「じゃあ、進もうか。確かに、アルティのおかげで戦闘が楽だ。11層は問題ないから、12層に行こう」

「ふふ……。デレたな、キリスト。12層も任せてくれていいぞ」


 アルティは楽しそうだった。

 楽しそうに笑って、先導していく。


 僕は胸中で渦巻く感情に抗いながら、アルティの顔を見ないようにして、その後ろをついていく。



◆◆◆◆◆



「――いまだっ、キリスト!」

「わかった!」


 僕は巨大なゴリラのようなモンスターの額を目掛けて、剣を投擲する。


 全力で放たれた剣は狂うことなく、モンスターの頭部を貫いた。それに合わせて、アルティも炎の剣でモンスターの胴体を貫く。


 脳と心臓を破壊されたモンスターは、すぐに光となって消えていく。

 僕は投擲した剣と魔石を回収する。合わせて、『表示』で経験値の変動を確認する。12層にもなればモンスターから貰える経験値も格段に上がってきた。アルティの助力によって経験値が減少しているようにも見えない。


「12層のモンスターも楽勝だな。キリスト」

「そうだね。アルティが前衛をしてくれているから楽だ」


 僕は徐々にアルティを信用していっている振りをする。

 アルティの献身が僕の心を動かしている演技をする。


「ふっ、それほどでもあるよ。任せてくれていい」

「健気だね。君も……」


 アルティは僕の言葉を信じて、満足そうだ。

 積極的にモンスターを倒していき、僕に攻撃が届かないように立ち回ってくれている。


 だが、僕としては、この状態を維持したくない。

 いつアルティと戦闘になってもいいように気を張り、残りMPを気にし続けるのは疲れるのだ。早々に、アルティを信用したということにして迷宮探索を切り上げたい。


 そこで僕は、その離脱イベントを自分で演出つくることにする。


 計画は単純だ。

 雑魚モンスター相手に隙を見せた僕を、アルティに助けさせるという計画だ。


 時間節約のためでもあるが、アルティの真意を探るためでもある。


 もし、この隙を見て、アルティが僕を攻撃するようであれば話は単純だ。引っかかったアルティに盛大なカウンターを叩き込めばいい。その後は当初の計画通りに戦うなり、逃亡しよう。


 もし、この隙を見て、アルティが僕を助けようとすれば計画は成功だ。僕を助けたアルティを褒め称え、それを証にアルティを信用しきった振りをする。あとは、望みを叶えること請け負う振りをして、別行動を提案する。


「それじゃあ、モンスターをもっと倒そうか。今後のために、12層の一通りのモンスターは倒しておきたいんだ」

「ああ、了解だよ」


 こうして、僕たちは12層のモンスターたちを倒していく。


 アルティは危険な前衛で戦闘のほとんどを引き受けて、僕は止めをさすだけの簡単な作業を何度も繰り返す。

 その最中、適当なモンスターを見繕って計画実行に移る。


「――アルティ! そいつの動きは素早い! 二人で囲もう!!」

「いい提案だ。それじゃあ、私は背後に回ろうか」


 俊敏そうな四足歩行の獣を相手に、僕は提案した。

 見るからに身軽なモンスターだったので、アルティは迷いなく承諾した。


 アルティは独特なステップを踏み、獣の後ろに見事回る。

 予定通り、僕とアルティでモンスターを挟み込む形となった。同時に二人で、モンスターに襲い掛かる――振りをする。


 僕はアルティが見ているところで全力を出すつもりはないのもあるが……何より、普通に戦ってしまえば、モンスターはすぐにやられてしまう。

 僕は適当にアルティの動きを邪魔したり、モンスターを逃がしながら戦いを悪化させていく。


 そして、アルティが距離を離したのを確認して、わざと僕はモンスターの攻撃によって剣を弾かれる。


「くっ――!」


 得物を失った僕は呻き、無防備な姿をモンスターに晒す。同時に、右手を後ろに回して、『持ち物』に入っているスペアの剣をいつでも抜けるようにする。


「――しまった!」


 僕は不覚をとったことを口にして、アルティに目線を投げる。


 助けてくれと意思表示をしている振りをしながら、アルティがどういった感情を見せて動くのかを注視する。


 ――そして、アルティの反応は、とても単純だった。


「キリストッ――!!」


 焦ったような表情を浮かべて、全力で駆けつける。

 その先は僕でなく、獣のモンスターだった。


 全力で炎の剣を突き出しながら、身体全てをモンスターにぶつけた。


 それによって僕はモンスターからの攻撃を免れる。僕は『持ち物』から手を引いて、立ち上がり、弾かれた剣に向かって走る。


 アルティはモンスターと揉み合いになっていた。超接近戦の中、アルティは炎を噴出させつつ、手の炎の剣でモンスターの胴体を切り裂いた。当然、モンスターは光となって消えていく。


 モンスターを倒したアルティは、すぐ僕に顔を向ける。


「キリスト!! 大丈夫か!?」


 悪意も敵意もない。

 純粋に安否を気遣った言葉。

 それがアルティの答えだった。


 そして、その答えが、僕を責めているような気がした。

 真っ黒なヘドロが身体の芯から滲み出て、頭の中を満たしていくような不快感。

 この場で汚らしいのは、自分だけだった。


「……う、うん。大丈夫だよ。ありがとう、アルティ。本当に助けられるなんて、ふがいないな……」

「無事か……。ふふ、気にしなくていい。助けるのは仲間として当然だろう?」


 助けることが当然だと言って、アルティは笑った。

 モンスターに包帯を切り裂かれ、血を流しながらも、アルティは僕を助けた。


 ふと9層の出来事を思い出す。

 奴隷が使い潰され、僕は飛び出し、助けた後に待っていた疎外感。


 もし、アルティがあの場面に居たなら、僕を肯定してくれただろうか?


「…………っ!」


 すぐに僕は頭を振って、いまは関係ないことだと頭の外に追い出す。

 当初の計画通り、アルティを信用した演技をしなければならない。


「ははっ、当然か……。わかったよ、認める。アルティは僕に望みを叶えて欲しいだけであって、僕に敵意なんて一つもないってことをね……」

「あれ? もういいのかい? 私は、もっと気長にやるつもりだったのだが……」

「ここまでされて意地を張り続けていたら、子供みたいで情けないからね。少しは信用することにする」

「少しか。いや、十分だ。私たちは人とモンスターなのだから」


 アルティは嬉しそうに頷いた。

 それを僕は情けない気持ちで見つめる。


「けど、今日はここまでにしようか。MPが減ってきたし、集中力も落ちてきてる」


 本当は半分以上のMPが残っている。

 だが、アルティとの交戦を見据えるならば、これが最低ラインだ。


「ふむ、わかったよ……。今日はここまでかな」

「道を戻ろう。……せっかくだから、帰りながら詳しい話を聞いてあげるよ」

「それは、私の望みに協力してくれるということかい?」

「さっき言っただろ。少しは信用するって。いいから、話してみてくれ」


 僕は剣を収めて、道を戻り始めながら聞く。


「ふふふ、そうだなぁ……。さっき言った通り、恋に落ちている子を観察するのがメインになると思う。具体的な方法だが、私の能力でばれないようにとり憑く。私には寄生能力があるからね」

「とり憑く? それ、とり憑かれた子に害はないのか?」

「ないよ。場合によっては私が助力することもできるが、基本的に害はない。私が、その子の想いを感じるだけだ。その状態で、その子の恋が成就するまで見守ろうと思っている」

「ふーん……」


 つまりは、恋愛真っ只中の誰かを紹介できれば、その子からアルティは離れないわけだ。その間は、安心して迷宮を探索できることになる。


「わかった。それなら、適当に探してみるよ」

「おお、本当かい?」

「けど、僕には向いていない話だぞ? 僕は人の色恋に疎いし、人脈もない。それでもいいならだけど」

「いや、いいよ。私は君に『未練』を果たして欲しいんだ。……君にはティーダの望みを叶えた実績があるからね。それに私は気が長い。待とうと思えば、何十年でも待てる」

「それで、見つけたら、僕はどうすればいいんだ?」


 本題に入る。

 ここで、「四六時中、キリストにつきまとうから大丈夫」と言われたらおしまいだ。その場合は、交戦が選択肢に入ってくるだろう。


「そのときは、そうだな……。10層の炎にでも報告してくれたらいい。私は私でそれらしい人を探しているから、いつもそこにいるわけではないが……。ここの炎に語りかけてくれたらどこに居ても反応できるはずだ」


 僕と行動を共にするという話にはならなかった。

 僕を気遣ってのものかはわからないが、一先ずは安心だ。


「わかった。そうするよ。というか、アルティ。それらしい人を探すって、迷宮でか?」

「いや、町でだよ。結界のせいでかなり力は落ちるけど、守護者ガーディアンは迷宮に縛られていないから出歩けるんだ」

「それは、何というか……驚きだ」


 そんな話は酒場でも聞いたことがない。

 おそらくは迷宮国家さえも把握できていない情報だろう。

 いい機会だと思い、僕はアルティから情報を引き出せるだけ引き出せないかと考える。


「ティーダも時々、覆面して町を歩いていたよ」

「それは恐怖だな。というか、気になっていたけど、ティーダとアルティ以外にも守護者ガーディアンって居るのか?」

「いや、いないよ。情けないことに、人間は23層までしか封印を解いてくれていないからね。10層毎に、一人ずつ解放されると思うから。二人だけだ」


 アルティは残念そうに、「人間もっとがんばれ」と話す。


 意外だった。

 ボスというのは迷宮を進ませないために邪魔をしてくる存在だと思ったが、そうでもないみたいだ。アルティの話からすると、むしろ協力しているような気さえする。


 そういった細かな話をしている内に、僕たちは10層に辿り着く。


 相変わらず炎が燃え盛っており、人間には居辛い空間だ。


「ここで一旦別れるのか?」

「いや、地上に出るよ。今日は、キリストが面白そうな子を紹介してくれたからね」

「僕が?」


 覚えのない話だった。紹介をした記憶はない。


「あのフランリューレって子だよ。あの拙い恋の炎は私好みだ。まあ、見たところ芽はないけどね。ふふふ、ふふ」


 アルティはいやらしい笑みを浮かべる。


「あー、あれか」


 僕は思い出したくないものを思い出して、げんなりとする。


「あれ呼ばわりはないじゃないか。見たところ、あの子は君に惚れているよ」

「えぇー……」


 薄々と感じていながら、認めたくなかった事実をアルティに突きつけられてしまった。


「ふふ、君にその気がないのはわかっているよ。けど、面白そうだ。少しばかり、あの子の近くで遊んでいるよ」

「ご自由にどうぞ……」


 僕としては、あの厄介なフランリューレがどうなろうが関係ない。

 何の良心の呵責もなく、フランリューレを差し出すつもりだ。ただ、アルティが彼女の助力をするかもしれないのが少し怖い。


 僕たちはアルティの望みを叶える為の打ち合わせをしながら、地上に歩いていく。


 地上での方針は、基本的には別行動。

 適当な人物が見つかれば報告し合うということになったのは助かった。

 定期的にアルティと顔を合わせることにはなるが、守護者ガーディアンと戦わなくていい道ができた上、さらには遠ざけることもできている。


 僕は信用した振り作戦が成功したのを心の中で喜びながら、心の底で自己嫌悪の泥が溜まっていくのも感じた。


 スキル『???』を使えば、この感情を消し去ることができるだろう。けれど、混乱が10.00を超えるのは避けたい。ゲーム的に考えれば、十の位に届くのは何らかの条件を満たすかもしれないという予感がする。


 まだ……。

 まだ致命的な感情ではない……。


 そう自分に言い聞かせて僕は歩き続けた。


 アルティと二人。

 明るい地上に続く道を。




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