第22話 捕食と探索者
ダンジョンの捕食。
それは、人によって神秘を暴かれたダンジョンの復讐だ。
ダンジョンの最奥にいるボスを連続して倒すことによって、ダンジョン内のエネルギーが枯渇したダンジョンは、その中にいる人間を捕食することで、ダンジョンとしての形を取り戻す。
そして、それにより消えた人間のことをダンジョンに
「……な、なんで、こんな時に……」
シスの動揺を感じ取ったアイリが、彼の服を引っ張った。
「……きっと、ファティさんです。【降霊魔法】はダンジョンにとっても喉から手が出るほど欲しいでしょう。恐らくアンデッドとして蘇らせてファティさんを使うんじゃないですか?」
シスはアイリの言葉を右から左に聞き流す。
ダンジョンの捕食。
ファティが、呑まれる。
その事実に、視界が暗くなっていく。
「マスターッ! 動揺するのは後にしてください!!」
「……ッ! あ、ああ。分かってるッ!」
シスは奥歯を噛みしめると、ファティを抱きかかえた。
「……マスター。思い返すのも辛いでしょうが、単刀直入に聞きます。
アイリの無慈悲な問いかけは、シスのトラウマをえぐり返すが……しかし、この場に置いては何よりも大切なことだ。それを分かっているからこそ、シスは自らの感情を切り離して、ゆっくりと言葉にした。
「…………まず、ダンジョンの入り口が封鎖される」
「外に出れないってことですね」
「そうだ。だが、外から中には入れる。そして、モンスターたちが中にいる人間に襲いかかって……ダンジョンの最奥に引きずりこもうとしてくる」
「なるほど。だから、先程からこちらに向かってモンスターたちがやって来てるんですね」
「捕まんなよ」
アイリはそう言いながら、ふらりとシスに背を向けて、こちらに向かってくるモンスターたちに向き合った。
「もし私が捕まったら、助けに来てくれる王子様がマスターってことですね」
アイリは笑いながら、手を伸ばしたオークの身体を6つに断ち切った。
オークは本来Dランクダンジョンに出てくるモンスター。
間違っても、Eランクダンジョンの1階層に出てきたりなどはしない。
「俺が助けにいく前提なのか?」
「だって、マスターは来てくれるでしょ?」
「じゃあ目覚めのキスでもしてやるよ」
「魅力的な提案すぎて捕まっちゃいたくなりますよ」
「自分から敵の手にかかりにいくお姫様がどこにいるよ」
そう、オークは間違ってもEランクダンジョンの1階層目に出てくるようなモンスターではないのだ。
つまり、それはダンジョンのあがきである。
わずかに残ったエネルギーを振り絞り、必ず中に入った人間を捕食する。
それは、生きていようが死んでいようが関係ない。
人の身体というのが、ダンジョンにとっては絶好のご馳走なのだ。
だから、残りのエネルギーを賭してあまりにも不釣り合いなモンスターを生み出して人を手に入れたがる。
「さて、マスター。あるんでしょう? このダンジョンから出る方法が」
「……ああ」
シスは深くうなずく。
これまで、何度も調べた。
あの
あの絶望を覆すために。
「ダンジョンが捕食するときは、逆に俺たちもダンジョンを喰らうチャンスだ」
「というと?」
「ダンジョンの最奥。そこにいるボスのさらに奥が
「つまり、それを壊せば良いってことですね」
「そういうことだ。物分りが良すぎて困るぜ、アイリ」
「ご褒美のキスでもありますか?」
「こっから出たらな」
「言質とりましたよ」
アイリがからからと笑いながら一歩踏み出す。
ファティを抱えたシスが歩みだす。
狭いダンジョンの中で、2人が並ぶ。
飛び散ったモンスターの中から、ごろりと出てくる魔石を蹴り飛ばして“鏡櫃”が歩いていく。
1階層のボス部屋にいくと、そこにはゴブリンではなく巨大なオークがいた。
普通のオークと違い、黒く変色した皮膚に異常に育ちきった牙を持つのは恐らくオークキングだろう。盛り上がった筋肉が、恐らく数トンはあると思うような巨大な岩石の棍棒を空気を裂くほどの速さで振り回している。
それが、シスたちを見ると大きく吠えて、
「【展開】」
首を断たれて絶命した。
「【解放】」
鏡の箱が消えると、オークキングの頭部がごろりと地面に転がる。
どしん、と異常な筋密度の体が地面に落ちるとわずかな地震を起こす。
「行くぞ、アイリ」
「行きましょう。マスター」
Eランクダンジョン『迷宮窟』は全15階層。
「マスター」
「ん?」
それら全てに通常の階層ではありえないレベルのモンスターがあふれかえる。
「怖かったら手を握っててあげますよ」
「魅力的な提案だけどよ。ファティを背負ってんだ」
だが、それが何だと言うのだ。
強いモンスターが溢れて、それら全てがシスたちを狙う。
だから、それが一体どうしたというのだ。
「ふふっ。怖かったら漏らしてもいいですよ。マスター」
「お前こそ、泣かないようにしろよ」
真白な剣が赤く染まる。
神速の速度で断ち切られたモンスターたちは斬られたことにも気がつかず、地面に落ちていく。
鏡の箱が赤く染まる。
それが、“鏡櫃“。
彼らが、最強だ。
「マスター」
「ん?」
アイリがジェネラルオーガの身体を真っ二つに断ち切る。
シスが天帝牛鬼の首を飛ばした。
「強いって、良いですね!」
「ああ、そうだな」
漆黒と純白の2人は地獄を生み出しながら、先に進んでいく。
「さぁ、マスター。踊りましょう!」
「女性のリードには乗れねえよ」
「なら、マスターがリードしてください。ほら、エスコートですよ」
15階層。そのボス部屋を前にして、その奥には進ませんと集まった無数のモンスターたちを前に、アイリとシスは駆け出した。
「アイリ」
「はい?」
「俺に合わせろ」
「強引ですね! そんなマスターも素敵ですよ!」
シスは鏡の箱を展開しながら、嗤った。
あの時、目の前で妹がダンジョンに呑まれていく時を思い出しながら……それでも、シスは嗤った。
何も出来なかった。
圧倒的なモンスターたちを前に、シスは妹がモンスターに連れて行かれるのを泣いてみているしかなかった。自分が使う魔術はどれも広範囲を殲滅するための魔術であり、連れて行かれる妹を助け出せるものは1つしてなかった。
たった1人、惨めに生き残ったシスは全ての攻撃魔法を捨てた。
「【展開】」
「せいッ!」
「【解放】」
「とりゃッ!」
アイリはダンジョンの地面を蹴って
それに手を伸ばすモンスターたちの手が、足が、頭が鏡の箱に呑まれていく。
「あれだけ言っても私に合わせてくれるところがマスターの素敵なところですよ!」
「馬鹿。レディをエスコートしないで、男が務まるかよ」
「素敵ですよ、マスター。大好きです!」
アイリが加速しきったまま飛ぶと、手を真下に伸ばす。
「錬成」
そして、地面が全て黄金色の魔法陣に染まると地面を突き破るように剣の山が出現。道を塞いでいたモンスターたちを、軒並み薙ぎ払った。
「さて、行きましょう。マスター」
一人、先に進んだアイリがシスに手を差し出す。
遅れて、モンスターたちの死体を抜けたシスはその手を掴むと、ボス部屋に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます