第18話 酒と探索者
「うーん……」
シスは宿の一室の中で、深く椅子に座りながら唸った。
ちなみにだが、シスは宿を2部屋借りており片方は自分の部屋、もう一つはアイリとファティの部屋である。
シスは机の上におかれたグラスに入っている蒸留酒をちびちびと口に含みながら静かに目を瞑った。
「……うーん」
「何をそんな悩んでるんですか? マスター」
「おわっ!?」
シスの部屋にいるはずのないアイリから急に話しかけられて、驚いたシスは椅子から転げ落ちそうになった。
「全然気が付かないから寝てるのかと思いましたよ。珍しいですね、マスターがそこ
まで考えこむなんて。何かあったんですか? もしかして、酒場で女の子にナンパされたのをどうやってカッコよく返答しようか考えてるんですか? あれリップサービスだから真面目に受け取ると恥かいちゃいますよ?」
「……俺は酒場で女に話しかけられたことねえよ」
「すみませんでした……」
アイリはすぐに頭を下げた。
「いや、そうじゃなくて。ファティについてだよ」
「ファティさんがどうかしました?」
「今は短刀を握らせてるだろ? あれで良いのかなって思ってな」
「今武器を変える方が良くないですよ。それとも【降霊魔法】でも使わせるんですか」
「……いや。少し、戦い方を考えてたんだ。俺は、あいつの戦い方を変えるべきなんじゃないかと思ってる」
「聞きますよ。人に話してみれば見えてくるものもあるでしょうし」
「いやに真剣だな。お前、何か俺に頼もうとしてないか」
「そ、そそそそんなことないですよ!?」
急に挙動不審になったアイリにため息をついて、シスは語り始めた。
「まぁ、良いや。俺の方でもいろいろと【降霊魔法】について調べたんだよ。そしたら、まぁ出るわ出るわ。伝説級の逸話が凄いほど出てきた」
「死んだ人の魂を持ってきて、自由に使える魔法ですからね。使い道は普通の魔法とは比にならないくらいですよ」
「……俺はな、ファティは後衛になるべきだと思ってる」
「どういうことです?」
「ファティは【降霊魔法】が使える。魔力はゼロだが、外から魔力を取り込むための《門》を開けば、それなりの物が使えるようになるだろうさ。だから、【降霊魔法】で呼び出した死者たちで盾を築き、ファティは後ろから攻撃する。これが、あいつに取っての最適解なんじゃないかと思い始めたんだ」
「マスターの言いたいことも分かりますけど、それ今すぐにやるべきことなんですか?」
「……いや。まだ、だ。この戦い方で、遠距離に慣れてしまうと近距離で追い詰められた時に何もセずに死ぬからな。まだしばらくは短刀で近距離の感覚を掴んでから…………」
「あと、マスター」
がたり、と音を立ててアイリがシスの顔を覗き込んだ。
「ファティさんが門を開く前提でいるのは、辞めたほうが良いですよ」
「……分かってる。分かってるさ」
魔力を持っているのは3人に1人。
だが、それは魔力を生まれ持って生まれる人間の割合だ。
外にある魔力を取り込むための門を開くことができれば、魔力がなくても魔術が使える。
だが、それが容易であるならば、より多くの人間が魔法を使っているだろう。
では、どうして門を開かず魔法を使えないままにしている人間がいるのか。
答えは簡単。
門を開くのは、容易ではないのだ。
「マスター。知ってるでしょう? 門を開くための条件を」
「……ああ」
「『死の淵に立つこと』。それを、ファティさんに求めるんですか」
「探索者をやってれば、大なり小なりそういう状況に立つさ」
「ええ。そして、30代まで生き残れずに、死ぬ」
「………………」
「もしかして、マスター。焦ってるんですか」
「……ああ」
焦っている。
それは、自分がSランクになりたいという欲求からではない。
「聞いたか、アイリ」
「何がです?」
「Cランクの魔術結社である『宵の帳』が壊滅したらしい」
「いえ、初めて聞きました。何があったんですか?」
「さぁな。ただ、どの死体も綺麗に真っ二つに斬れてたらしいぜ」
「抗争じゃないんですかね? 魔術結社なら、よくある話でしょう」
「そう思うか? だがな、犯人はたった1人だ」
「なんでそれが分かるんですか?」
「鑑定結果でそう出たんだとよ。多分、あいつだ」
あいつ、というのが《人斬り》を指しているというのが分からないほどアイリは抜けていない。
「はー。また、なんのために」
「Cランクの魔術結社が《人斬り》なんて雇えるかよ。もっと上からの指示だろうぜ」
「指示、ですか。マスターはどういう流れだと思ってるんです?」
「さて、な。そこに関してはレティシアに任せてる。変な憶測で動くよりも、確実な情報があったほうが良い」
「うわ……。元カノに頼んでるんですか。マスターもなかなか女癖悪いですね……」
「なんでだよ。そんな関係じゃねえだろ。俺とあいつは」
「似たようなもんでしょ」
「……まぁ、良いや。だから、ファティを強くする必要がある。俺がいないときでも、あいつが生き残れるだけ、強くする必要が」
シスの言葉を聞きながら、アイリは静かに座っていたが、やがて勢いよく立ち上がった。
「情けないッ!!」
「……おい?」
「情けないったらありゃしないですよ! マスター!!」
「な、何が……」
「天下の“鏡櫃“が何を《人斬り》に怯えることがあるんですか! そんなやつ! ぶっ殺せば良いでしょう!」
「……敵はそれだけじゃないだろ。《人斬り》は、あくまでも依頼されて動いているだけで」
「だったら、他のやつもぜーんぶぶっ殺せば良いんですよ! そして、教えてやりゃあ良いんですよ! 【降霊】少女の側に、最強の“鏡櫃“ありってッ!」
「……野蛮だな」
「今更何を言ってるんですか! 野蛮結構、喧嘩上等ッ! 歯向かうやつを全部ぶっ倒して、最後にマスターが立ってりゃ勝ちなんですからッ!」
そこまで言ったアイリは机の上に置いてある蒸留酒を見つけた。
「あーッ! なんかマスターがネガティブだと思ったらお酒飲んでるッ! だから気分が落ち込むんですよッ!」
「……うん? ああ、これはな。ガンダから進められたんだ。美味いぞ」
「じゃあ私が全部飲みますっ!」
そういって机の上に置いてあった蒸留酒をボトルごとアイリは一気に飲み干した。
「……お、おいおい。それ度数半端ないぞ……?」
「うるせーッ!!」
ドン、と空になったボトルを机に叩きつけてアイリが叫んだ。
「“鏡櫃”が最強なんですッ! その自信を持って日々を生き抜かなきゃならんのですよッ!」
「だ、大丈夫か……?」
「どかーっと構えときゃあ良いんですよ! ほら、腹ァくくって! 男でしょ!!」
「……まぁ、それもそうか」
「そうですよ。そんなネガティブになる必要はないんです。はい、ということでこれ」
アイリはそう言って、そっと砕けた刃物を差し出した。
「あ? なにこれ」
「ファティさんの短刀です」
「壊れてんじゃん」
「手入れしてたら壊れました」
「さてはお前、これで怒られないように真面目に話してたな?」
「そっ、そそそそそんなことは無いですよ!」
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