第14話 頼み事と魔術師

 ギルドに捕まえた男たちをしたシスはしばらく探索者たちに紛れて泥のようなコーヒーを飲んでいると、赤い髪の少女がギルドの中に入ってきた。


「リーダー。今日はどうします?」

「そうですわね。近頃はダンジョンに潜っていないですし、ここは勘を取り戻すためにも久しぶりにダンジョンに潜ってみるのはいかがでして?」


 シスはお目当ての少女の手を取ると、彼女たちの仲間に一言入れた。


「すまん。レティシアを借りる」

「あっ。ちょ、ちょっと!? 手を……」


 顔を真赤にして驚くレティシアと、それをとぼけた顔で見ているメンバーたちが対称的だったが、レティシアよりも先に事情を飲み込んだのか、メンバーたちはにやっと笑って、


「どうぞどうぞ」

「リーダー、今日はお休みにしましょう」

「帰りは明日の朝でも大丈夫ですよ!」


 そういって各々がニヤニヤ笑いながら、成り行きを見守ることにした。


「ちょっと! あなた達、何か勘違いして……」

「悪い、レティシア。ちょっと来てくれ」

「シス!? あなた、物事の順番というものが……」


 そして、シスはそのまま我が物顔でレティシアの手を引いてギルドの裏口から外に出た。


 シスは素早く誰もいないことを確認すると、レティシアを壁際に追い詰めた。

 彼女の赤い瞳が震えて、長く綺麗なまつ毛が煌めいた。


「わ、わたくし。殿方と手をつなぐのは初めてですわ」


 嘘つけ、父親と手ぇ繋いだことくらいあるだろ。

 という言葉をぐっと飲み込んで、シスは口を開いた。


「話がある」

「わっ、私が言うことは何もありませんわ……」


 そういって目を瞑るレティシア。


「おい、目をつむるな。話を聞け」

「ふぇ?」


 驚いた顔で目を開くレティシア。

 そっとシスは彼女の耳元に口を近づけた。


「《人斬り》が出た」

「……本当ですの?」

「しっ。このまま、聞かれないように」


 シスとレティシアでは、シスのほうが頭一つ分大きい。

 だからこそ、シスがレティシアを壁際で覆うようにして彼女の口の動きは外からは分からない。


「《人斬り》なんて、そんな前時代的な……」

「俺もそう思う。だが、そう名乗った男がいる」


 《人斬り》、とは前時代に世間を騒がせた暗殺者たちのことだ。

 闇夜に紛れ、貴族王族に限らず、金を持っている商人。力をつけて調子に乗っている探索者など、依頼を受ければ必ずそれを達成する超人じみた殺人者たちである。


 だが、消えた。


 それは、世の中の安寧が訪れたからと言うよりも不景気になったからだ。

 つまり、《人斬り》に払うだけの金を用意できなくなったのだ。


 頼まれれば、どんな身分であろうがどんな実力者であろうが殺す。

 勿論、その対価は尋常ではない金額だ。


 それを払うだけの金が世の中に無いからこそ、《人斬り》は消えた。


「……出任せではないですの? 裏社会を渡り歩くために、そう名乗る実力者も少なくなくてよ」

「だが、俺とアイリがその気配を捉えられなかった」

「…………」


 その言葉に、レティシアは黙り込んだ。


 アイリならともかく、シスも含めてその気配を感づかせないようにしているとなると只者ではない。


「隠れているだけ、ではなくて? あなたも、アイリさんも攻撃の意思もなく隠れている者を見つけれるほど無駄なことはしないでしょう」

「その可能性は十分にある。だが、を前にして《人斬り》と名乗った。それは、それだけで証拠になると思わないか」

「大した自信ですわね、シス」

「だが、事実だ」


 かの“鏡櫃“を前にして、《人斬り》を名乗るリスクが一体どれだけなのかを把握できないほど馬鹿なのであれば、裏社会を渡り歩くことなんて出来ないだろう。


「……それで、話というのは?」

「どこの馬鹿がこの街で《人斬り》なんてものを動かしているのかを調べて欲しい」

「……良いですわ。調べものなら、私のほうが向いてますもの」

「……すまん」

「もう、あなたはいつもそうやって……」


 レティシアはわずかに微笑んでそう言うと、きゅっと表情を元に戻した。


「でも、どうしてあなたの前に《人斬り》が?」

「……他言無用で頼みたいんだが」

わたくしが他の誰かに言うとでも?」


 それもそうだな、と思ったシスはそっとレティシアの耳元に口を近づけてささやいた。


「……俺の弟子が、狙われている」

「えッ!?」

「おい、馬鹿! 耳元で大声だすなよ!」


 囁いた直後に大声を出されて、耳がキーンとなったシスは苦情を言ったがレティシアはそれどころではないと言った顔でシスの胸ぐらを掴んだ。だが、身長が足りないので、どちらかというとしがみつくようになったが。


「なッ! いっ、いつの間に、弟子を取ったのですの!!」

「いや、ついこの間……」

「あれだけパーティーを組もうと言っても無視をし、バディも無視をし、あまつさえアイリさんですらも長らくバディにしようとしなかったあのシスが……弟子を……」

「昔のことを大きな声で言わなくていいから……」

「か、変わりましたわね……。シス……」

「……まぁ、成り行きだよ」

「……Sランクを目指してまして?」

「そうだ」


 先程まで、驚きで口元を震わせていたレティシアもシスがそう言うと「なるほど」と言わんばかりに大きく頷いた。


「やはり、あなたは先を目指すのですね。シス」

「そんな大したもんじゃねえよ」

「それで、弟子にはちゃんとご飯を食べさせていますか? 身だしなみは? あなたは適当ですからね。弟子に変な格好させないように気をつけてくださいまし」

「わーってるよ」


 まるで母親に口うるさく注意される子供のように文句を言うと、レティシアは続けた。


「それで、どうして狙われてまして?」

「【降霊魔法】を受け継いでる可能性がある」

「……それは」


 魔法に触れている者であれば、一体それがどれだけのものなのかというのを知らない人間はいない。レティシアも魔術に素養のある内の1人で、やはり目を丸くした。


「だが、本人には魔力がない」

「厄介な状況ですわね」

「そうなんだよ」

「でしたら、鑑定してみますか?」

「鑑定? なんで」

「もし、彼女が【降霊魔法】を受け継いでないと分かれば狙われることもなくなるでしょう」

「つっても、鑑定水晶なんて希少すぎて持ってるやつなんか……」

「この間、ドロップしましたの。私たちでは使いませんし、一つくらい大丈夫ですわ。それに、私もちょうど鑑定の練習がしたかったとこですし」

「恩に着るよ、レティシア」


 シスにそう言われたレティシアはまんざらでもなさそうに微笑むと、


「ええ、構いませんわ。シスの弟子ならわたくしの弟のようなもの。力になりましてよ」

「……ん? 弟??」

「ええ。あなたの弟子でしょう?」

「あ、いや。俺の弟子は女の子だ」

「えぇッ!?」


 本日、2度目の大声がシスの耳を貫いた。

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