第9話 支部長と探索者
「武器も買ったところで、さっそくダンジョンに潜るか」
「も、もうですか!? ま、まだ……心の準備が……」
「そんなに深く潜らねえから安心しろ。まずEランクダンジョンの1層。そこで、武器の振り方からだな」
「振り方から……! が、頑張ります!!」
ファティが両手を握りしめて、気合を入れた所でアイリがシスの黒いコートを引っ張った。
「あの、マスター」
「ん?」
「ファティさんの防具は?」
「今回は、無しだ」
「……正気ですか? ファティさんは普通の女の子ですよ。そんな子に防具無しでダンジョンだなんて……」
「急にそれっぽいことを言い出すな、アイリ。テンションの寒暖差で頭おかしくなったのかと思ったぞ」
「いや、マスターならともかくファティさんの命がかかった場面でおふざけできないですよ」
「アイリ。ファティの防具がないのは、ファティが普通の女の子だから、だ」
「どういうことです?」
アイリはこてん、と首をかしげる。
それだけ見れば可愛らしい女の子なのだが、普段の言動がその可愛さを帳消しにするどころかマイナス方向へと思いっきり足を引っ張っていた。
「ファティはまだ武器をちゃんと握れない。振ることもできない。それはな、武器が重いからだ」
「……それは、そうですね。あっ! 分かりました!! ファティさんがスカート履いてるからダンジョンの中で動き回らせてパンツ見ようとしてるんでしょ! マスターの変態! もー、そうなんだったら最初から言ってくださいよ。私ので良ければ――」
「ちげーよ。ファティはギルドでちゃんと動きやすい格好に着替えさせるっつーの。そのためにタタ婆に服を選んでもらってんだよ。おい、馬鹿。脱ごうとすんな。んで、本題だけどな。武器を振るので精一杯なんてやつに、重い防具を着せても動けなくなって終わりなんだよ」
「マスターみたいな薄い防具にすればいいじゃないですか。そしたら軽くてファティさんは楽。マスターはファティさんの身体のラインが見えて特。ほら、Win-Win」
「ほら、じゃねえっつーの。良いか、ファティはまだ小柄だ。そんな状態で防具に頼った攻略なんてさせられねぇんだよ。これからどう成長するかは分かんねぇけど、タンクにはなんねぇだろうしな」
シスがそういうと、ファティが手をあげた。
「はい、お師匠。タンクってなんですか?」
「大柄で、重たい金属製の防具に身を包んででっかい盾構えて、モンスターの攻撃を一箇所に集めるやつだよ。だが、それをやるなら恵まれた体格がいる。ファティ向きじゃない」
「た、たしかに。私もそういうのは……あんまりできなさそうです」
「そうだ。ファティのような小柄なやつは、なるべくモンスターの攻撃を食らわないように避けて避けて避けるのが向いてんだよ」
「なるほど……! 避けるのがんばります!!」
「ああ、とは言っても今日はまず武器の振り方からだろうけどな」
そういってシスが笑うと、アイリがそそそっと走ってファティに近づいた。
「口は悪いですけど、マスターがファティさんのことをちゃんと考えてるってのが伝わりましたか?」
「は、はい。お師匠は口が悪いですけどちゃんと私のことを考えてくださってて……嬉しいです」
「そうなんです。マスターは口が悪いですけど……」
「それ全部聞こえてんぞ」
そんなことをやりながら、シスたちがやってきたのは『迷宮都市』の中でも一等地である中心街。そのど真ん中にそびえ立っている、巨大な建築物だ。
「こいつが、俺たち探索者の最大の味方にして最大の敵の探索者ギルドだ」
「聞いたことあります」
「全ての探索者はこのギルドに所属し、ダンジョンから入手できるアイテムを売る場合はこのギルドを通して売らなければならない。手数料は20%。何が悲しくて命を賭けて手に入れたアイテムの利益の5分の1も持っていかれなきゃならんのだ……と、思うがその分恩恵も大きい」
「恩恵、ですか」
「俺たちのようなやつが胸を張って生きていけるのは、ギルドが俺たちの身分を保証してくれるからだ。というわけで、早速探索者登録から行くぞ」
「は、はい!」
勢いよく扉をくぐると、ぱっと好奇の視線が集まった。
黒と白のコンビは探索者であれば誰でも知っている有名人。
それだけでも視線を集めてしまうのに、そこに新しい少女が加わっているとなれば、尚更だ。
「シスさん。本日はいかがされましたか?」
「この子の探索者登録に来た」
「承知しました。では、こちらに手を」
受付嬢がそう言って差し出した水晶に、そっとファティが手を乗せる。
水晶は淡く発光。
ファティの情報を水晶が読み取っているのだ。
「俺の弟子になるから、その処理も」
シスが当然のようにそう言うと、受付嬢が目を丸くして驚いた。
「え、で、弟子ですか!?」
「ああ、弟子だ」
その声がギルドに響き渡った瞬間、余計に視線が集まった。
だが、それはシスにではない。
シスの弟子であるファティに、だ。
「しょ、承知しました。では、
「わ、私の名前を……」
「えぇ、この水晶が教えてくれるんですよ」
探索者登録をする時に誰もが驚く場所で、期待通りのリアクションをしたファティに受付嬢が微笑む。
「あ、そうだ。シスさん。少々お待ちください」
「ん? 何か用か?」
「はい。支部長からお話があるそうです」
「支部長から?」
支部長というのは、探索者ギルド『迷宮都市』支部の長だろう。
それが話とは一体どうしたのだろうか?
「こちらに、どうぞ」
何が待っているのかと構えていると、受付嬢がシスを奥へと案内した。
シスは受付嬢に『応接室』へと案内され、中に入ると白髪の老婆が座っていた。
「久しぶりだね、“
「……ああ」
シスは久しぶりに見た彼女に短く返した。
エルフという長命の種族がいる。
彼女が、そうだ。
100年、200年という単位を生き続ける彼女たち……。その中でも、白髪になるほどの年齢というのは、一体いくつなのだろうか。もはや、本人すらも覚えていないだけで1000年を生きているのではないかと噂されている生きる伝説。
それが、この『迷宮都市』の支部長を努めている。
「さて、大事な話だが……っと、その子は?」
その彼女がシスについてやってきたファティに目を丸くした。
「俺の弟子だ」
「ほう? お前さんが弟子? こりゃ、どういう風の吹き回しだい。本気でSランクを目指しはじめたのかい?」
「成り行きだよ」
シスが肩をすくめると、支部長は「そうかい」と言って自らの紅茶をすすった。
「本題は短い、が……重い」
「重い? あんたがそれを言うのか」
「そりゃそうさ。話は……こいつだ」
そういって、支部長が机の上に置いたのはシスがAランクダンジョンを攻略した時に、ボスが落とした黒い頭蓋骨だった。
「これがどうかしたのか?」
「どうかした、なんてもんじゃない。私もね、長くを生きたが本物を見るのは初めてだよ。“鏡櫃“、聞いて驚くな。こいつの正式名称は、『貪欲なる絶対者の頭骨』」
支部長は一息つくと、
「
そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます