第十二章:ロストヘブンロスト

12-1:ロストヘブンロスト(1)



 多くのアナウンスがひっきりなしに流れている。空港に来るのなんて久しぶりだな、と緑川は行き交う人たちの雑音の中、ぼうっと立っていた。緑川は黒家の二人と一緒にいた。荷物を預け終わった静香が操に向かって走ってきた。静香の傍には付き添いを頼んだという教育機関の関係者がいる。

 静香は長身の操に飛びつき、ぎゅっとその細身の体を抱きしめている。そして、しばらくその体に顔を埋めた後、パッと操を見上げて笑った。

「じゃあ、行ってきます!」

「はい。気をつけて。向こうについたら一度連絡を」

「分かってるわよ。おじさんは心配性なんだからぁ!」

 静香はそう言ったが、しばらく操に抱きついていた。それに何を言うわけでもなく、操はポンポンと彼女を優しく抱きしめる。抱え上げて涙目の姪を見つめると、私もすぐ行きますから、と告げて、付き添い人に彼女を頼んだ。

 静香はこの春から遺伝子工学の分野で留学することになったらしい。操は家業や土地のことがあり、しばらく手続きのため日本にいるが、そのあと彼女の元に行くことになると聞いた。

 緑川は静香を見送った後、操と外のデッキに行き、彼女を乗せた飛行機が飛んでいくのを見守るために其処で二人並んで座って待っていた。

 今日はよく晴れていて、風が気持ちいい。

 緑川は春の空気を思い切り吸い込んで操に尋ねた。

「操さんは向こうでどうするんですか?」

「まだ決めてないですね。英語はできますが、ビジネスをできる程でもありませんし。まあ、しばらくは貯えで適当に過ごしますよ」

 うわ、金持ちの隠居生活ですか……と緑川は眉をひそめて思わず突っ込んだが、操はいつもの白手袋を外し、葬儀屋も廃業です、と笑った。

「葬儀屋は予約が入ってないので、廃業が楽で助かりますね」

「……もしかして、俺を笑わせにきてます?」

「いえ、ただの事実です」

 そんな話をしているうちに、静香の乗っている飛行機が離陸していくのが見えた。それを二人はじっと見つめる。簡単に飛び去って行ってしまうもんなんですね、と操がボソリと呟いていた。その横顔を見つめて緑川はふと尋ねた。

「操さんは……乗り物は大丈夫なんですか?」

「え?」

「いえ、事故のこととか……付き添いが別でいるとは言え、一人で行かせて。俺は車はまだあまり好きじゃありませんし」

「まあ、飛行機は車よりは事故率低いですからね」

 ハハッと笑った操は、終わりましたね、とだけ告げた。

 そう終わった。あの世界も何もかも。緑川の父が追っていた真実は明らかになった。世間は何も変わりない。それでも彼らの中に真実が残った。自分たちの家族がどうして死ななくてはいけなかったのか。

「竜也くんはスッキリしましたか?」

「……思うところはありますが、前に進めそうな気がします」

「そうですか」

 森崎さんのことは本当に残念でした、と操は告げた。

 森崎のインスタグラムの更新が止まって数ヶ月、ネット記事では「失踪?」と騒がれていた。彼女の家族のことは知らない。実家は出ていたはずなのだが、緑川は結局彼女のことを何も知らないままだった。

「……操さん、アナタが向こうに発つ前に、葵の葬式をあげさせてほしいんです」

 お願いします、と緑川が頭を下げるのに、操はそうしましょう、と承諾した。

「拓人くんたちから声をかけてもらって、皆でたくさんの花を添えてあげましょうよ」

 真っ青な空を見上げると、あの日枯れたと思った涙が出てきた。

 自分が人の死で泣けるのだと知った、彼女の笑顔や声は少しずつ薄れていって、もうどんなだったかも曖昧だ。

 何の花が好きだったのかぐらい、訊いておけばよかったな、と緑川は後悔をした。

 彼女の残した写真の数々に何かが残っているだろうか。その写真に向き合うには、まだもう少し時間が必要な気もしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る