第九章:ホワイトアウト

9-1:世界は××に満ちている



「なん、ですか……これは……」

「……」

 浅黄から急遽新宿に呼び出された真琴と仁美は、その映像に絶句した。時間がない、今すぐに来て欲しいと呼ばれた先、新宿都庁のワープスポット前で浅黄と黄宮と合流し、黒家操から送られてきた映像を確認する。

「水谷くんと紺屋くんは現地に飛んだ。多分、もうキメラはいないとのことだったが……向こうで操くんに話を聞いていると思う。竜也くんはすでに外に出されているみたいだ」

「森崎さん、が……」

 それ以上は続けられなかった。戦闘不能のステータスを超えてそのまま死に至った可能性の方が高いだろう。突如襲ってきた吐き気を真琴は耐えた。隣にいる仁美も言葉を飲み込んでいる。

「っ、時間がくる」

 空が真っ黒に覆われていく。二時になってしまったのだ。各々が抱えきれない気持ちを持ったまま、その日は終わりを告げた。



「っ……!」

 いつもは静かに目を開ける真琴だったが、今日ばかりは夢であって欲しいと願った。汗が止まらない。

 さっき見た映像、巨大な龍。映像では見えはしなかったが、あれに森崎は食われ……

「っ、グゥっ、ぁっ!」

 吐き気を思わず抑え込む。彼女とは秋葉原のファミリーレストランで一言二言交わしただけだ。屈託の無い笑顔の明るい女性だった。あの笑顔が……全身を包む寒気にぶるりと震える。そして真琴は緑川から手渡された手帳を手にとった。

 読みにくい字だ。キーワードぐらいしか書かれていないが、自分の父親の名前や仁美の母親の名前を見て思った。あの世界の死に自分の肉親が関わっているのではないかと思うと、体の芯が震える。

 以前、仁美に問いかけられた。父のことを気に病んでいるのか、と。そうではない、アレと自分は別物だとわかりつつも、その絆を断ち切ることもできない。縁はきれていても、あの男の存在は自分の中にあるからだ。なぜ、どうして、何がどうなってあんなことに。

 真琴は顔を覆って体の震えを受け止めることしかできなかった。さっきからスマホが鳴っている。おそらく、仁美や浅黄から連絡が入っているのだろう。しかし、真琴はまた緑川の父の手帳をゆっくりとめくった。乱れた字、過去にこの人が追っていた謎は、時を超えて、今明かされようとしているのかもしれない。最後の方にいくつかの殴り書きがあった。その中の一文に、真琴はピタリと指を止め、その文字をなぞる。


「『世界は悪意に満ちている?』……」


 疑問符が必要だろうか。自分の父ならそう言うだろう、あの男は、世界に常に懐疑的だ。

 そう思った瞬間に、真琴は耐えていたものをその場に嘔吐した。ゼエゼエと上がる息を整え、近くにあったタオルに残り全てを吐き出す。

 父がしたいことが分からない。父は感情のない人間だということは分かっている。

 しかし、私利私欲の為にこのようなことをする人間ではないはずだ。じゃあ、アレは大きな正義の為ならば許される行為だとでも言うのか? 

(いや、俺があの男の何を知ってるっていうんだ)

 家にも帰らず、仕事に没頭し、自分になんの愛情も与えなかったあの男の何を。

 真琴は大きく息を吸い、そして決意を吐き出した。

 考え込んでいても仕方がない。もう一度あの男に会いに行こう。

 自分にできることはそれしかないのだと、饐えた匂いの中で静かに闇の向こうを見つめた。


 自分たちは今、どこにいるのだろう。夢か現か……。仮想現実に慣れきった自分たちは、どこが現実の境目なのか、もう分からなくなってきているのかもしれない。

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