第三章:漆黒の森に眠れ
3-1:死神に出会った者は死すのみ
*
その日、現実世界の方では六月らしい長雨が降り、空気が少し冷えていた。それがミラーワールドにも影響したのか、新宿都庁前の広場には大きな水たまりがいくつかできていた。
新宿都庁はまた青く光っている。浅黄拓人は近くから広場の様子を窺っていた。音も画質も申し分なし。自分の持っている千里眼の能力は、時にこのように役に立つ。
広場前の建物の上空、円形に張り出した部分に黒づくめのスーツの男が座っていた。男の名前は黒家操。死神と呼ばれるその男は、いつものように髪をオールバックに固め、眼鏡をかけていた。タバコを吸っていないのは隣に座っている姪のせいだろう。彼の姪である静香はその高さに怖気付くこともなく、ブラブラと足をばたつかせている。
「静香、危ないから下がっていなさい」
「やーよ。わたし、ここで見下ろしてたいんだもの」
「ワガママを言うんじゃありません」
その彼らの眼下、広場には金髪の若い男、紺屋丞がいた。死神とのバトルは開始しているようだが、上に逃げられたのだろう。操くん、飛べるもんな、反則だよなあ、と浅黄はそれを見ながら思った。
「っ……舐めやがって!」
紺屋はそう言って銃口を向けているが、操はそんな彼を見下ろして、その左手から鎌を取り出す。黒のハーフグローブに覆われた掌から長い柄のついた武器が一気に実体化された。その大きな得物を器用にぐるりと回すと、その鎌が黒く光出す。それに浅黄は目を細めた。
死神の鎌と呼ばれるそれは、柄の部分が骨を継いだような……なんともグロテスクで妙な形をしている。大きな鎌の部分にも透かし模様のように継がれた骨型のパーツといくつかの石が埋め込まれていた。その石と骨の共鳴でか、その鎌が振られると悲鳴のような泣き声が辺りに響く。そして、その反響と衝撃で小さなマリスは一斉に消えてしまうのだ。
死神と呼ばれるバディは、黒家操と黒家静香という実の叔父と姪のバディである。
静香がマスター、操がスレイブだ。静香はIQが高く、オンラインオセロの世界チャンピオンの小学生である。加えて何かを元々学んでいたのか、武器精製がとても独特でうまい。今、操が得物にしている鎌も静香がカスタムを加えた物である。操も元々の運動神経がいいのもあり、二人の役割は非常に明確に分かれていた。
また、ゲームの中だけではなくべったりの肉親同士である。絆の強さもピカイチなのは当然のことであった。
(まあ、それだけじゃあないみたいだが)
浅黄が水谷と調べたところによると、静香の両親は数年前に亡くなっている。以来、操が面倒を見ており、二人は実の親子関係にも近い、いや、それ以上の間柄であった。
また、能力的に静香は戦闘シーンの近くに居なくても指示できるだけの能力と絆の強さなのだが、前線に出たがる……まあ、叔父の近くに居たり、肩に乗って戦闘を楽しむぐらいである。そもそも、操の能力的に近接戦になることは少ないので、操もそれを許しているようだった。
(死神の鎌。あんなものがこのシステム内で作れるとはな……)
彼らが他バディたちに「死神」と呼ばれているのには、操の持っている鎌が大きく関係している。元々彼らがいるのは品川から恵比寿近辺の治安のいい地域なので、大きなマリスはそこまでの数は発生しない。……正確には、システム上、させないように制御しているようだ、と浅黄は考えていた。その代わり、小さな有象無象が多いのだが……それを一気に狩るために一振りの衝撃波で小物を殺せる鎌を彼らは生成したのだ。
いろんな素材・物質、属性から、静香が設計したものだと思われる。中長距離では明らかに最強の武器だ。加えて操は体術も得意で、近接戦で叶うものはいなかった。
(大毅くんと丞くんも勿論強いんだが、まあ、今回は早まったな)
今日は自分たちもノルマだけをこなして帰るつもりだったのだが。新宿に大きな気配があることに気づき、黒家の二人がこちらに来ていることを悟った。もしやと思って様子を見ていると、水谷・紺屋が接触をはかったようで、賭け試合に発展したのだ。黄宮に残りのマリス狩りを任せて、浅黄は一人でこちらを見にきた。
正直、水谷たちが黒家に賭け試合を申し込んだのは予想外だった。喧嘩早い紺屋はともかく、水谷はかなり計算高く慎重派だ。思わぬところで大胆さを見せたな、と浅黄はいつも通り姿を隠している水谷を思った。
早めに一度対戦しておいて力量をはかり、たとえ負けたとしても、またシーズン最後に賭けで大量にポイントを奪うことも考えているのだろうとは予想がついた。しかし、あの死神相手にただで済むか? 浅黄は水谷たちの考えに苦く笑った。
(下手打てば戦闘不能だぞ。死神の呪いは強力だからな)
そんな風に思っていると、ふとマップの上におかしな気配を感じた。マリスの気配か? この時間帯だ、自分たちもノルマを終えているし、他のバディたちも。水谷たちだって同じだろう。ノルマを終えたから賭け試合をしているのであって、彼らのノルマではない。
ノルマ分のマリスは、しつこくそのバディを追って戦闘に入る仕組みになっているが、野良にはそのような追跡機能はない。プレイヤーからの接触は可能だが、スルーも簡単なのだ。なのに、そのマリスは一直線に広場の逆側に向かっていく。
「なんだ、あれは……」
浅黄の目がその妙な動きをするマリスの姿を捕らえた。よくある猿型や鳥型ではない。駆け抜けるその姿は虎のようだが、妙な翼が生えている。VR版でもあまり見たことのない形、そして霊獣でもなさそうだ。その存在に気づいた紺屋が水谷に通信で叫んだ。
「大毅! そっちに変なのが行った! 一旦戻る!」
そう叫んだ紺屋は広場の端へとマリスを追いかけて走り抜ける。暴走したマリスはなぜか紺屋を無視し、一直線に水谷を襲いに行っているのだ。しかし、その変形マリスに目の色を変えたのは紺屋だけではなかった。
「……あれは」
操の声色が変わる。そして、操はなぜか鎌を大きく振りかざした。それに静香が何かの指示コードを打ったのか、鎌の形が大きく変形するのが見えた。
「ちょうどいい。試したかったんですよね、これ」
「結構いい威力が出そうね」
「静香、流石に危ない。向こうで待っていなさい」
「はーい」
紺屋は操の鎌の気配を感じたのか、そちらを振り向いて目を見開いていた。それを傍観している浅黄も驚いた。遠目にも分かる。死神の鎌はいつものシンプルな形とは違い、四方八方に大きな刃を突き出し、その大きさを三倍ほどに変えていた。それを操は容易に上空に放り投げ、その端を掴む。
「なんだ……あれ……ッ!」
はっとした紺屋はマリス相手にシールドを張ろうとしている水谷に向かって叫ぶ。
「大毅! オマエのシールドじゃ間に合わねえ! とにかくそこから離れろ!!」
「!?」
次の瞬間、水谷のいた場所が風圧で吹き飛ぶ。そこにいたマリスごと、いや、建物ごと操の鎌の攻撃圧で周辺一帯が吹き飛んだのだ。衝撃と粉塵で視界が揺れる。浅黄はその様子をじっと見つめた。
しばらくして、瓦礫の下に水谷の姿が見えた。その上から庇うように紺屋が倒れている。誓約でマスターの傍に移動したか、と浅黄は彼らの絆の強さも思って目を細めた。だが、その代償は大きい。
操はブーメランのように戻ってきたその大鎌を、元の姿へ戻して手の中へおさめた。そして、その場に降り立ち、そしてすでに消滅しかけているマリスを見つめた。あの変形マリス……いや、キメラ? はなんだ……? 浅黄は眉間に皺を寄せてそちらの様子を窺うが、塵が壁となって遠くからではよく見えない。
操はスマホの画面で何かを確認したあと、水谷と紺屋に近づいた。そして、タバコを吸いながら瓦礫の山を蹴り飛ばして、そこに埋まっている紺屋と水谷を見下ろした。二人はそれを見上げるので精一杯だ。
「失礼。出力をまだコントロールできないもので。貴方のガード能力の高さなら、もう少し控えめにできると思ったんですがね」
「……っ」
「体力ゲージは共にゼロだ。その怪我だと戦闘不能ですね。ゲームは終わりです」
ブザー音が鳴り響く。戦闘不能判定がスマホの画面に映し出され、水谷と紺屋の姿が消えていく。二人は元の世界へと強制送還されたのだった。
操はタバコの残りを吸っている。すると、後ろから静香がやってきて、おじさん、タバコ捨てて、と苦言を呈した。失礼、と操は携帯灰皿にそれを押し付けると、ふっと息を吐き出した。それを見ながら浅黄は「本当に反則だな」と呟く。静香もふわふわ空を飛べるのだから、あの二人は一体どこまでこの世界で能力をカスタムしているのだろうか。すると、そんな彼に警告するように操が告げた。
「で、いつまでそこで見学しているつもりです、拓人くん。どうせこの会話も聞いているんでしょう?」
距離を置いている浅黄に操が話しかける。浅黄は観念して、潜んでいた建物の影から姿を現すことにした。操は瓦礫の中に消えたマリスをじっと見つめている。そんな彼に浅黄はごめんごめんと話しかけた。
「バレてた? 操くん、本当に鋭いなあ」
「お久しぶりですね。地域的には滅多に会いませんから」
「まあね。まあ、また現実世界でも店にきてよ」
浅黄がそう言うと、ええ、いずれ、と操は社交辞令を返してきた。
「あ。お花屋さんだ。久しぶり!」
「久しぶり、静香ちゃん。またお店においで。可愛いお花でブーケ作ってあげるから」
「ほんと? 楽しみ!」
浅黄の言葉に静香は嬉しそうに微笑む。その屈託のない笑顔に、浅黄はどっちが本当なのか分からないな、と彼女のことを思った。
(こうしていると天真爛漫なただの子供なんだけどな。なんせ能力が高すぎる。小学生とは思えない)
いやはや、と先ほどの戦闘と武器変形に驚いていると、操が浅黄に、ところで、と尋ねてくる。
「新宿の彼らを嗾けたのは貴方ですか?」
「いいや、まさか。彼らが勝手にやったこと。俺はちゃんと伝えてるよ。君らがダントツだってね」
「まあ、彼らもトップを狙っているということは、何か知りたいことでもあるんでしょうね。あんな優秀な彼らがわざわざ危険を冒すだなんて、欲しいのがモノではないのは明白だ」
(……その通り)
黒家たちも水谷たちも……このレースで欲しいのはモノではない、カネでもない。彼らはこの世界に潜む真実を求めているのだ。それを浅黄は知っていた。自分にも分からない真実。それが本当にこのレースの果てに分かるのか、それは何の保証もない。けれど、彼らはその真実を求めて、この世界に自ら飛び込んできたのだった。
(まあ、それは俺もだけど)
浅黄は思い出しそうな過去に蓋をして、操の顔を見つめた。いつも通り、穏やかな顔。しかし、先ほど暴走していたマリスに何かこだわっていたのは分かっている。もう消滅してしまったマリスの痕に残った灰を浅黄は足で払った。
「しかし、君たちがこっちにまで足をのばしてくるなんて、なんだか珍しいね。大毅くんたちが恵比寿ぐらいまで偵察にいってバトルってのは想定してたけど」
「ここ最近、こっちや池袋を探索していましてね。それで鬱陶しくなったんでしょう。そういう意味では焚きつけたのは私たちかもしれませんね」
「けど、こっちでも結局見つからなかったわ。ね、おじさん」
「ええ、残念でしたね。無駄足でしたよ」
「探してる……? 素材か何か?」
「いいえ、違うわ」
浅黄の質問には静香が答えた。先ほどとは違い、暗く澄んだ瞳。彼女の着ている丸襟のワンピースの裾が、ふわりと風に揺れた。
「青い炎をだすキメラよ」
「青い炎……?」
そのキーワードに浅黄はまた過去を思い出す。動揺を悟られまいと、じっと操を見つめると、向こうはふっと小さく微笑んだ。
「ええ、もし見かけたら、是非とも情報をお願いします」
「今の所見たことはないね。何かあったら知らせるようにする」
「いつも助かります。葬式代は安くしときますよ」
「……それ、笑えないからやめて」
本業が葬儀屋である操の言葉に、浅黄は苦く笑った。そして、さっきのマリスって何だったの? と尋ねる。
「あれはマリスじゃありませんでした。人の名前がなかった。ただのキメラです。MWポイントは付いていましたけどね。レアですよ。ポイントも高いし」
「……それは……珍しいね」
「ええ。けれど、二ヶ月ほど前にも一匹いたんですよ。その時は一斉に討伐したので、後で討伐リストを見直していておかしいなと思っていたのですが」
浅黄は少し考えた。このミラーワールド内にいるキメラは現実世界における人の悪意を実体化したものだ。ノルマであるマリスには必ず予備犯罪名と人名が討伐後に表示される。最近はノルマ分しかこなさず、他のバディの動きを気にしていたからか、マリス、いや、キメラにそんな特異なものが紛れ込んでいるとは知らなかった。
「青い炎を出すやつ含めて、何か分かったら連絡するよ」
「助かります」
そう告げた操と静香はふっと笑って夜の空へと飛び去って行ってしまった。浅黄は飛んでいくその黒い影を見守って一息つく。さっきまで操が吸っていたタバコの香りがする。それに煽られるよう、自身もタバコを取り出し、火をつけ、ゆっくりと吐き出した。六月の湿気と粉塵の入り混じる匂い。
「青い炎、か」
そういえば、あの日も雨だった。
自分の遠い記憶を遡る。鮮やかな、あの、飲み込まれそうな青。自分の目に焼き付いているあの炎、そして、その前に倒れている相棒の姿……そう、この世界ではまだ見たことはない。自分の記憶の中にしかない。
「『あそこ』では見たことあるんだけどね」
浅黄は自分の胸の奥にある黒い点がじわじわと広がっていくような感覚を受けた。少しずつ点が線になっていく。けれど、あの死神にそれを告げるのはまだ早い。まだだ、まだ、もう少し。
「もうすぐです。もうすぐきっと駒が揃うんだ。ねえ、待っていてくださいよ」
浅黄の言葉の続きは風にかき消された。
今夜も青く光る新宿都庁を見つめ、過去を思う。浅黄はタバコの煙を吐くと、その右耳にある赤いピアスをそっと撫でた。
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