父親はATM③




―――子供は無力だ。

―――・・・私一人だけじゃ、何もできない。


事前に準備をしていたのならまだしも突然居場所を失った時にどうすることもできない。 それでも夏未は一人家を飛び出した。


―――もうお母さんとも一緒に暮らせない。


母の皮肉を思い出しながらATMへ行って残高を確認した。


―――たったの二千円・・・。


思った以上に少ない金額しか入っていなかった。


―――ATMは個人の持っているお金しか引き出せないじゃん。


振り込んだお金があって初めてお金は引き出せる。 お金がなければその日雨風をしのぐ場所すらままならない。


―――・・・どうしよう。

―――このまま野宿でもする?

―――そしたら補導されて、お母さんが迎えにくるのかもしれない。

―――じゃあ友達に頼む?


そう考えたが諦めて首を横に振った。


―――そんなのはただの時間稼ぎにしかならない。

―――それ以前に、友達に何て説明したらいいのか・・・。


母が不倫をしてその相手に襲われかけたなんてことは言いたくなかった。


―――そうなると私が今、頼れる人は・・・。


脳内に浮かぶのは父の姿。 携帯をポケットから取り出し連絡先を開く。 いつ登録したのかも分からない父の番号。 震える手でコールボタンを押した。


「・・・やっぱり駄目!」


コール音を聞き緊張で手が震え仕舞いには切ってしまった。 これだけ酷い扱いをしてきて父は出ていったというのにと、都合が悪い時だけ話すのは虫が良過ぎる。


―――どうしよう・・・。


喉がカラカラに乾いている。 先程飲み物を飲もうとしたのに飲めなかったためだ。 だが今はジュース一本ですら買うのが惜しかった。


―――やっぱり頼れるのは、お父さんしかいない・・・。


もう一度コールボタンを押す。 コール音が再び流れ始めた。


―――今までのお父さんへの態度を考えて、私がお父さんを頼るなんて普通に考えれば有り得ない。

―――だから、こんな私の味方になってくれるなんて・・・。


やはり緊張で怖くなり再び切る。 もし拒絶されたらと思うと怖くて、かけては切っての繰り返し。 それでも少しずつコール時間が長くなり、最終的には父と電話が繋がった。


―プツ。


緊張して上手く言葉が出ない。


「おとう、さ・・・」


不審に思って電話を切られてしまうのかもしれない。 そうしたらもう一度電話をかける勇気は出なかっただろう。 涙が目に溜まり、何か言わなければいけないと焦れば焦る程言葉が出ない。 

そんな時に父が静かな口調で言った。


「・・・今、お金を振り込んでおいたから」

「・・・え?」


―ツー、ツー。


父は夏未からの着信が何度もあったことで異変を感じたのだろう。 何も聞かずにそれだけを言って父は電話を切った。


―――何、どういうこと・・・?

―――私は何も理由を言っていないよね?


通帳とキャッシュカードは持ってきているが父には当然言っていない。


―――お金を振り込んだから、って・・・。


慌ててATMへ向かい再度確認してみる。 すると先程二千円しか入っていなかった残高に十万円が加算されていた。


「嘘・・・」


お年玉やお小遣いをほとんどもらった分だけ使っていた夏未からすればかなりの大金だった。 自然と涙が溢れてきた。


「・・・おとう、さん・・・ッ」


この時初めて父の有難味が分かった気がした。 お金は紙切れだがそこに内包されている力は凄く強い。 ATMにではなく確かに父が自分を守ってくれた気がしたのだ。

現金な話だと思うし自分でも単純だったなとは思うが、助けてほしい場面で助けてくれたという事実は何よりも大きい。 今頃母はどこか知らない気味の悪い男と寝室を共にしているのだから。


「・・・お父さん、ありがとう」



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