寒夜駅前ファストフード店にて

 メイン食う前に甘いもん齧るのか。いや別にいらねえ、そもそもそれ分けると散らばるだろパイ生地だから。限定なんだっけ、いつも冬の時期になると広告では見るんだけど食おう食おうって思ってるうちに時期過ぎてて……そうだな、結局定番ばっかり食ってる。別に好き嫌いとかそういうのがあるわけじゃねえけどな、何だろうなこの間の悪さ。そうそうあれも秋の季語だよなもう。俺? この話の流れでそれ出すってことは分かってんだろ、食い損ねたよ。結構行ったんだけどなあの時期。いっつもコーヒーとチーズに気が向くとポテト頼んで終わって、食べ終わったあたりでそういや今そういう時期だったなって気づく。ちょうどその辺の席でさ、ぼーっと交差点眺めてるときに思い出すんだけど手遅れ。楽なんだよな、いつ食べても同じ味が確実にするから考えこまなくていいっていうかさ。そもそも飯自体にあんまり執着がないってのもあるけどな。飯にいくら凝ったって、手に入る材料の幅だって限度があるし、通販やるほどの熱意はねえし、そもそも食うのは俺だしってなるとどうでもよくなんだよ。片付けも面倒だしな。ちゃんと作ると鍋やら皿やら洗わないといけないだろ。そう考えるとうんざりする。

 お前がもうちょい年食ってたら飲み屋でも連れてけたんだけどな、いくら俺だって高校生飲み屋に連れ込めるほどろくでもなくはねえし……未成年でこの時間だと本当に食える店がないんだよなこの辺り。かといって五時前でもろくな店が開いてないから本当に選択肢がない。都会じゃド早朝だろうが真夜中でもどこかしら開いてるんだろうけどさ、ここだとどうやったってなあ。そもそも九時過ぎたら駅前ほぼ無人だしな、その時点でどうしようもねえのか。おかげで店内ガラガラなのはありがたいけどな。馬鹿みたいに混んでるのも好きだけど、こうやって閑散としてるのも好きだな。俺を気にしなくてすむからな。

 寒くなると尚更だな、この辺だとそもそも外に出るのが辛い。暇潰しに命賭けるような馬鹿な真似をするやつなんかいるわけがないしな。すごく馬鹿なことを言うけどさ、寒いと人って死ぬんだよな。そう考えると冬って怖いな、氷点下とか現代だから悪態つくくらいで済んでるけど大昔だったらちょっと気を抜くとあっさり死ねる温度だろ。ちょっと水掛けて外蹴り出して耳でも塞いでたら人なんかすぐ死んじまうんだから。

 そうだな、映画は面白かったよ。何だよその顔、別に俺何でも見るからジャンルでどうこうとか言わねえよ。火薬暴力愛ウケる要素全部乗せの娯楽大作も地味サブカルも何だって見るけどよ、この辺だとそもそも大作か人気作しかかかんねえじゃん。俺の見たかったホラーなんか隣りの市ですら扱ってなかったしな。ジャンルとか作品の好き嫌いはあるよ。人間だからな、ただそれだって俺の好みに合わないってだけのことでそれが絶対ってことはねえだろ何だってよ。映画気に入るか不安だったって、じゃあ何で俺誘ったんだよ……いや、迷惑とかそういうんじゃねえけどさ、わざわざ学校中退した元先輩を誘う理由がよく分かんねえってだけだよ。あるだろもっと選択肢。いや、暇だけどもさあ。律義っつうか変なとこ意固地だねお前も。わざわざこんな元先輩と遊んだって飯代浮くぐらいしかないだろうに。しかもその飯だってファストフードで安上がりだしな。俺としては見栄が安く張れて嬉しいけどな。せめてもっと食えよ。高校生ったら量食ってなんぼだろ。

 そういや学校とかどうなんだよ……そこで気まずそうな顔すんなよ。振ったのは俺なんだから気持ちよく答えろっつうか、気にするほどのことじゃねえだろ。雑談だよ。こういう話題が普通だろ。喋れよ元後輩。俺がそういうの上手くねえの知ってるだろ。分かんねえんだよ雑談の話題とか。本の話しかできねえし、それだって趣味が偏ってるから威張れたもんでもないんだよ。分かったらさっさと話せ。

 今の時期だと受験と、あー、そうだな体育祭があったな。お前何に出るの……ふうん。いや、俺はいつも義務分だけ済ませて図書館で本読むか視聴覚室で映画観てたかだったから競技の記憶は全然ない。遠くで他のやつらがわあわあやってるのを聞いて、真昼の校舎うろうろするのはちょっと楽しかったけどな。平日昼間の学校なのに、いるはずの人間に一人も会えなくて、冷たい廊下に明るい陽射しだけが嫌になるくらい照りつけててさ。上履きの音が冗談みたいに響くから、疚しいことなんかないはずなのに妙な罪悪感があったっけか。

 なんで参加しなかったって聞かれてもな、そもそも上手くできねえんだよ団体競技。前向きに参加して迷惑かけるくらいなら頭数に入らないようにしといた方がお互いのためだろ。そうできるだけの裁量がこっちにあるんなら、あとは善意と倫理の方向性の話だろ。いない方が世間のためになるやつっていうのはいるんだよな。心当たりがあるって顔してるじゃんかお前だって……別にどうとも思わねえよ俺は。あるだけのものにどうこう思うのはそいつの勝手だよ。それで殴りかかるのは行儀が悪いとは思うけどな、それだって俺の趣味だって言われたらそれまでだしさ。そうだな、そういうところは悪いとこじゃなかったなあの学校。自由だか放任だかの差はよく分かんねえけど、べとべとうるさいこと言わない連中が多いのは楽で良かったな。だからそこでそういう顔をすんなよ。雑談にそんなに引っ掛かってたら説教喰らったら噛みついてきそうねお前。今? 今だってあんまり変わんねえよ俺は。変わりようがないから未だここにいるようなものだしな、別に肩書一枚変わったところで俺自身がどうにもならねえんだからどうしようもない。なあ? 年齢だって同じだよ、どう頑張って今生じゃ俺はお前より年上だし、お前が俺を忘れてくれない限りはすっと先輩だ。頭に元はつくけどな、難儀な話だよ。


 ……ここ外行かねえと煙草吸えねえんだよな。ああ大丈夫だ、まだコーヒーあるしな。いや砂糖とかは要らねえんだけど、まだ冷めてねえから飲めなくって……んで何だよ、映画観る前にも言ってたろ、話したいことってのがあるんだろお前。


 幽霊屋敷なら知ってるに決まってるだろ。地元の人間にそれ聞くのって意味がねえよ。お前だって散々言われたろ、小学校の頃に先生とかにさ、休みだからって羽目を外して危険な場所に行ったりしないようにとかそういう注意事項。肝試しなら時季外れだしな。今日の気温何度だったと思ってんだお前、昼間の最高気温が七度だぞ。そんな時期にわざわざ度胸試しに危ねえ場所に行くなんざ馬鹿のすることだ。実際行方不明者とかその、色んな噂があるだろ。本当かどうかはともかく、そういう煙が立つようなところに関わるのはおよそろくなことにならねえの。つうかこういうこと言いたかねえけど受験だろそろそろ、そこでこんな──お前じゃねえのかそういう馬鹿なこと言ってるやつは。


 心霊動画を撮りたいやつがいるから幽霊屋敷に連れて行って欲しい?


 いや呆れてるっていうか──困ってるな。妄言に戯言重ねてこられたらお手上げだよ。そんなに撮影って流行ってんのか? 昔みたく夏になりゃ心霊特番ってご時世でもねえだろ最近。めっきり見なくなったもんな心霊写真とかそういうやつ。恐怖映像詰め合わせみたいなDVDはレンタルショップで見るけどさ、ああいうのってちゃんとした制作会社が作ってるわけだから素人がそんなもん撮ったところで何の意味があるんだよ。趣味とかそういうやつなら分かるけど違うんだろ? そんな義務があるような学校ならあれだ、教育委員会とかそういうところにチクれよ。いやちゃんと相手してもらえるかどうかは俺だって分かんねえよ。危ないもんに近づいて記念撮影決めたいっていうのが一つも分からんからさ。どうして俺にそれを相談しようと思ったかも分かんねえけど……久原君か。高校別じゃなかったか。バイト先一緒ってお前受験生だろ、まだバイトやってんのかよ。そこもどうかと思うぞ俺は。バイトだって立派な人生経験だって言われたらそうだけども、せっかく学生やれてるんならそっちに注力した方がいい結果になるんじゃねえかと俺は思うぞ。どうせ卒業したら嫌でも働くことになるんだから、わざわざキツい真似することねえだろうにさ……。

 いや、説教がしたかったわけじゃなくってな……ああ、そうだな。悪かったよ。そこはお前の自由だし、俺が答えるべきはとりあえず一つだよな。


 ツテはな、ある。だから行こうと思えば今からだってできるけど、俺は──お前が行くわけじゃねえの?


 違う。中学のときの同級。そいつの事情は──聞いてないのか。恋愛沙汰じゃないかってお前それは無理がないか。だってその、心霊スポットで心霊動画撮りたいっていうのにそのアプローチはどうやって恋愛に繋がるんだ。仮に相手がホラーマニアだったとしても、それなら尚更博奕だろ。相手の土俵に迂闊に上ると凄まじい痛手を喰らうもんだぞ。血のように赤いドレスが欲しいってやつにマジに血染めの服渡したら投げ捨てられて終わるだろ、怖いもんが好きなやつに本物渡して喜ばれるとは限らねえし──何ですかそれってそういう話があるんだよ、馬鹿の献身は踏み躙られて終わりっていう教訓。何だかな、聞いても分かんねえけど分かったところでどうしようもないやつじゃねえかそれ。図る甲斐のない便宜だぞきっと。下手を売ったら叱られるけど上手くいっても褒められないやつ。貧乏くじだよ。それをお前がやってやる必要があるのか? そうか、そうだよなその手のやつは諦めが悪いだろうしな。お前も大概引きが悪いな。

 ……そいつのことさ、お前どう思ってんの。違えよ、そういうやつじゃない。友達だとか、こう、不倶戴天の仇とかさ、何でもいいから繋がりがあるかっていう話で──悪かった。怒ってるわけじゃねえんだ、それだけ聞きたいってだけだからさ、教えろ。正直にな。

 俺は学校の先生や偉い大人じゃないからな、みんな仲良くお友達みたいなことは言わねえよ。他言もしないし責めもしない。だから先輩に教えてくれよ。


 ──そうか。分かった。


 そいつどこの高校か分かるか。ん、じゃあまあ……いいよ、何とかしとく。そいつの名前と、あと学年と分かるんならクラスだけ教えてくれるか。口頭かメモにしてくれ。そうしたら知り合いに話つけとくから、お前はもう気にすんなよ。いや、俺は何もしない。そこの高校なら適任がいるからってだけのことでさ、ほら市役所の窓口みてえなもんだよ。ただ市役所よかサービスがいいから客を回さずにこっちで窓口を寄越すってだけだからさ、良心的だろ。ちゃんと受け付けたから安心して忘れろ。友達でもなんでもないんだろ? 向こうだってたまたまお前に話しただけだろうし、お前が心配する必要なんか何もないだろ。

 お前はただ話を聞いただけで、たまたま心当たりを俺に話しただけで、俺は偶然それを知り合いに教えるってだけのことだ。どこにも疚しいところなんかないだろ。それぞれがそれぞれの役割を万全に果たしたってだけのことだ。結果がどうなろうとそんなもん、一番最初に手を挙げたやつが全部引き受けるだろ。自分が言い出したことがその通りになったのなら、そんなもん言ったやつが背負うのが筋ってもんだろう。そこを人のせいにするのは……そうだな、往生際が悪いだろ、そんなのはさ。


 悪い、マナーにしてなかった。聞き慣れてる音なのにな、こういう風に聞くと驚くなやっぱり。


 確認するけどいいか、ありがとう。いや一応礼儀だろこういうの。そこまで笑うんなら次からは絶対確認しないからな。俺はそういうのは忘れないぞ。そういうところで細かい傷をつけると忘れてもらえなくなるからな、あとは普通に小心者だっていうのがあるけども……バレるか。そうだな、小心者だよ。その癖小細工が下手だからどうしようもなくってな、お前はもうちょい器用にやれよ。何って色んなことをだよ、差し当たってはちゃんと受験勉強とかしろ。まさか卒業すら危ないとかそういうことは言わないよな? じゃあまあ最低限はいいだろ。高校くらいは出とけよ、俺が言えた話でもないけどさ。

 悪いんだけどそろそろ机まとめてくれるか。俺これからちょっと行かなきゃなんなくてさ、お開き。うん。楽しかったよ今日は。映画も観れたし人と飯食えたしな、たまにならこういうのも──いや、あー、ちょっとそこの紙ナプ取ってくれるか。スマホ画面油ついてる。多分ポテトのやつだろ、不意討ちだったからさ、さっきの連絡。ありがとな、意外とべとつくからなこういうの。


 油じゃなくてあれだろ、ケチャップ。ポテト頼んだときにつけたろ? それ飛んだんだろ。気のせいだろどこも怪我なんざしてないし……あんまり人のゴミ眺めるなよ、俺のスマホが汚れてるみたいだろ。


 忘れもんないか? ほらトレイ寄越せよ重ねるから。さっさとやんないと時間的にもそろそろあれだろ、お前んとこ確か終電十時だろ。相変わらずだよなあクソ田舎のゴミ私鉄。その癖料金だけ一人前に取るんだからさ、早く免許取れよお前も。そしたらこんなとこ出てけるだろ? どこにだって行けるんならさ、どこかには楽に息ができるところがあるかも知れないだろ……俺? 俺はどこに行ったって同じことだよ。さっきも言ったろ、俺がこのままなら場所が変わったところでどうにもならない。お前はそうじゃないからってだけの話だろ。口答えすんなよ後輩。先輩の言うことを聞けよな。

 駅までなら見送ってやるからさ、真っ直ぐ帰れよ。そんでできれば──そうか。分かったよ。また都合が合ったらな。

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