第6話

 吸血鬼に吸血鬼の催眠術は効かない。そして、人間の時にかけられていた催眠は吸血鬼になると解けてしまう。

 故にユリアは、昨晩のことを何一つ覚えていなかった。目を覚ますと、見知らぬ天井だった。口の中に残る血の味から、ユリアは自分が吸血鬼になったことを瞬時に悟った。服は着ておらず、隣には同じく裸の幼女。幼い頃のまま姿のユリアの姉。ユリアの手を握りしめる手も、身体も、双子の妹であるユリアよりも遥かに小さい。最後に見た姿と一切変わらないその姿を見て、ユリアは切なさに胸を締め付けられる。しかし、姉の成長を幼女のまま止めた犯人はもう居ない。ユリアが殺した。


「……ん。……ユリア、おはよう……早いね……」


 寝ぼけた声で言うと、メアリーはユリアを抱きしめた。そして「大きくなっちゃったね」と寂しそうに笑う。


「……お姉ちゃんも、本当ならこれくらい大きくなってたのよ」


「ごめんね。ユリア。生きてるなら、もっと早く吸血鬼にしてあげるべきだったね。こんなに老けちゃって……可哀想……」


 哀れみながら、メアリーは小さな手でユリアの頬を撫でる。


「……お姉ちゃん」


「ふふ。なぁに?ユリア。甘えてるの?よしよし。大丈夫だよ。これからは、お姉ちゃんが守ってあげるからね」


 小さな姉を抱きしめながら、これからどうすべきか考えていると、首筋に針で刺されたような痛みが走り、現実に戻される。


「っ……お姉ちゃん……っ!?」


「ん……ごめん……我慢出来なくて……ユリアの血、美味しかったから……」


「やめ——っ!?」


 メアリーに吸血されてから、すぐにユリアの身体に異変が現れた。身体は異様に火照り、尋常じゃないほどの吸血欲と性欲が湧き上がる。


「お姉ちゃん……私に何したの……んっ……」


 メアリーはユリアの質問に答えずに、くすくすと笑いながらユリアの唇に自身の唇を重ねた。恋愛経験の無いユリアにとってそれは初めてのキスだった。初めてのキスは、自分の血の味がした。


「あれ。ユリア、もしかしてキスしたことない?じゃあ、えっちもないのかな」


 そう言ってメアリーは、戸惑うユリアの肌に手を滑らせた。ユリアは抵抗しようとするが、身体は動かない。


「お姉ちゃん……何してるの……やめて……私は貴女の妹よ!」


「はぁ……ユリア、おっぱいおっきいね。私も人間だったら今頃こんなに大きくなってたのかなぁ。あーでも、老けちゃうのは嫌だなぁ」


 ぶつぶつとそう言いながら、メアリーはユリアの胸に噛みついた。


「んっぅ!ふ……ぁ……やだ……何これ……なんでこんな……」


「あのね。吸血鬼の牙からはね、えっちな気分になる成分が出るんだって。私も最初はびっくりしたけど、大丈夫だよ。すぐに気持ちよくなるからね」


「っ……んっ……お姉ちゃ——」


「ユリア、なんで嫌がるの?昨日はあんなに激しかったのに」


「っ……なんの話……っ……」


「そっか。覚えてないのかぁ。まぁ、覚醒したばかりはそうだよね」


 メアリーに優しく愛撫されながら、ユリアは幼い姉が吸血鬼に攫われてから何をさせられていたかを思い知らされる。攫われた当時のメアリーはまだ六歳だ。性行為のせの字も知らない純粋無垢な少女。しかしユリアを愛撫する手付きは手慣れていた。

 分かってはいた。そういう可能性があることは。しかし、それでもショックだった。


「お姉ちゃん……っ……やめて……」


「ユリアも吸血して良いよ」


「しない……!絶対しない……!あっ……くっ……」


「ねぇユリアぁ……吸ってよぉ……わたしも気持ちよくなりたいのぉ……」


 幼女とは思えない妖艶な表情を浮かべるメアリー。幼い姿に似つかわしくない淫らな姿を見せられた瞬間、ユリアは姉をこんな風にした女吸血鬼に、吸血鬼という存在に対する激しい怒りに支配される。同時に、耐え難いほどの吸血欲に襲われる。


「ユリア……吸いたくなってきたでしょう?ほら……お姉ちゃんに噛み付いて」


 メアリーに誘われるがまま、ユリアはメアリーの首筋に噛み付く。


「はぁぁぁぁ……ユリアぁ……」


 口の中が血の味で満たされていく。


(人の血がこんなにも美味しいなんて……あぁ……私はもう本当に人間じゃなくなったのね)


「ねぇユリアぁ……触ってぇ……いっぱい吸って、いっぱい触ってぇ……」


「っ……お姉ちゃん……!」


 理性の糸はそこでぷつりと切れて、ユリアは血の繋がった姉と欲望のままに求め合う。

 我に帰ったあと血塗れになったベッドと吸血痕塗れの幼い姉の身体を見てユリアは、一瞬でも姉を殺すことを躊躇ったことを酷く後悔した。


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