第498話 変わりゆく明日へ at 1996/3/4

 また新しい週がはじまった。



「――ってカンジだね! でもっ! あんまり無茶しちゃダメですからね? いっつも――」


「あ、あははは。えっと……ホント、すみません。やあ、シブチン、おはよう!」



 先日、僕と純美子の仲はとっくにクラス公認――というか、否応なしに認めざるを得ないイチャコラぶり――らしいので、素直にふたりで待ち合わせしてから登校することに決めたのだ。




 そして。




「ダッチに、ムロも。おはよう!」


「お……おう」


「やぁ、おはよう!」



 最近の小山田は、予鈴ギリギリに滑り込むようなこともなく、朝早くから登校してサッカー部の朝練をはじめたらしい。イキナリの方針転換についていけない部員たちもいるようだったが、横山さんがマネージャーになってからというもの、徐々に部のフンイキも変化したという。



『見た目はあんなほんわかしてるんだがよ……怒らせると怖ぇんだ、美織みおり



 それは冗談というより結構本気で小山田は言っていたようだけれど、決してそれだけではなくて、なごみというか癒しの効果も高く、元からあった殺伐としたフンイキは消え去り、上下の亀裂も薄れたようだ。今は真面目に全国大会出場、そして優勝を目指しているという。



「お、おい! ち、ちょっといいかよ、モリケン!」



 僕は小山田の潜めた声に一瞬驚いた顔をするところだったが、平静を保って駆け寄った。



「べ、別に構やしねぇんだが……河東に、そのう……言ってねえだろうな? あのことをよ?」


「え……? ああ、もしかして……先週のハナシ?」


「そうそう! 決まってるだろ!」


「大丈夫だって。肝心なところは伏せてるから。特に『あのハナシ』はしてないよ、誰にもね」


「なら、いいんだけどよ……おっと、やべぇ!」



 慌てて教室の前の方の席へ戻っていく小山田に首をかしげていると、ちょうど横山さんが教室に戻ってきたらしかった。来るなり、ずかずかと小山田の席へと直行する。横山さんは僕の方を、ちらり、見ながら腕組みして何か言っている。どうやら心配してくれているらしい。



「そ――! そんなことしてねえって! もうキンプリとはなんだからよ!」


「その呼び方。もうちょっとなんとかしなさいよ、小山田君?」



 そうだそうだ。

 もっと言ってやって!



 でも、小山田が発した『ダチ』というセリフが妙に嬉しくて、ま、いいかな、とも思う。先週の金曜日のことは、ずっと僕らのココロに残るはずだ。ふと、室生とも目が合い、苦笑する。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






『よし! はは、よく言った! ほれ、落とすなよ? それ持って、ガキはまっすぐ帰んな!』


 ――ぽすっ。

 ゆるやかな軌道を描いて飛んできた小箱を反射的に受け止めた小山田は、それを開けてみた。



『お、おい! これって――!?』


『そいつは俺からの餞別だ。……ま、バレたらドヤされるだろうけどな。遠慮なくとっとけよ』


『いいのかよ!? だって……だって、これってよぉ……』



 中に入っていたのは。



 小山田が買ったモノとよく似たアクセサリーだった。ただし、色は金でなく銀だ。それでも、ペンダントヘッドには、サイズは小さくともキラキラと光る小粒のダイヤモンドがあった。



『ついでにな……名刺もあるよな? そりゃあ俺のだ』



 小山田は箱の中にあった厚みのある紙を裏返す――二代目●●会金丸組若頭補佐・白木しらきしのぶ



『必要ねぇに越したこたぁねえが、もしも――もしもおめぇが誰かに助けて欲しい時、それもおめぇの大事な誰かの人生が台無しになりそうな時――そんときはかけてこい。手貸してやる』



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