第470話 かりそめのヒーロー at 1996/2/16

「はぁ……やっと落ち着ける。なんだかえらい目にあっちゃったよ……」



 ようやく放課後だ。


 いつも僕ら『電算論理研究部』の部室は癒しの場所だけれど、今日あんな騒動に巻き込まれた後での、この隠れ家的な安心感は格別だ。そして、金曜日なのに試合が近いということで、純美子は泣く泣く――本気で泣いていたが――女子テニス部の部活で不在ということもある。



「だから言ったじゃん、僕」



 うひひ、といやらしい笑みを浮かべながら渋田は冷やかし半分の口調で言った。



「バレンタインって、好感度をはかる大事なイベントなんだよ、ってさ。叶わぬ恋にせめて一矢、突如現れた学校のヒーローに一大決心して告白しようって女の子だっているんだよ。ね?」


「う、うれしくねぇ……」


「じ、実際、古ノ森リーダー、すごかったですからねー!」


「さ、佐倉君まで……すごかったのは僕じゃないの! みんなが助けてくれたんじゃんかよ!」


「しかし、我々に同じことができるかと問われれば、即座にノーとこたえますね」


「おいおいおい……。ハカセだけは味方だと思ってたんだけどなー……まったく」



 僕はあらためて部室のこじんまりとしたちゃぶ台をほぼ覆い尽くしてしまっている色とりどりのチョコレートの山を見つめて溜息をついた。気の利く子が手提げ袋をくれたので助かった。



 どうやらおとといのタツヒコとの対決の件が、校内のウワサをもっか独占中の様子だ。特に四階の一年生の子たちは、僕が佐倉君を逃がそうと自らおとりとなって言い放ったセリフを偶然耳にした生徒がいたらしく。あとは口づてにあっという間に広まってしまった、というわけ。



 それにしても、二日も経ってるっていうのに、わざわざチョコレートを自作してプレゼントしようと考えるその発想自体は、とてもありがたいし、マジでうれしいなぁと思ったりする。


 が、おかげで純美子のメンタルはハリネズミのようにとげとげしいのであった。まる。



「こんなにもらったって困るって。それにさ……」


「スミ、おかんむりだもんね」


「そうです、そうなんですよ、咲都子さん! ……マジでなんとかなりませんかね?」


「あはははは! 今にはじまったことじゃないじゃん、スミのヤキモチ焼きはさー」


「……お前が言うと、割とシャレになってないんだけどな、ロコ」



 俗に言う、オマエモナー、というヤツである。



「にしても……僕の顔もロクにしらないのに、チョコ渡すだけじゃなくって告白までしちゃおうだなんて。しかも、勝手にバレンタイン・デーを守ったヒーロー、ってことになってるし」



 どこからどう間違ったのか、タツヒコの一件は、バレンタインにチョコがもらえなかったアイツが腹いせに起こした騒ぎだ、というウワサが出回っているのだ。



 校長センセイからもきちんとした説明があったのにもかかわらずそのウワサがまかり通ってしまっているワケは、騒ぎが起こる前の朝の登校中、咲山団地商店街の裏の森でアイツに出くわした女子生徒が自作の大事な本命用チョコレートを強奪されたことと、それを奪ったタツヒコの全身に描かれた文様がチョコレートだったことが原因らしい。そのかわいそうな女子生徒の恨みを晴らすため、偶然そのハナシを耳にした僕がこらしめようと立ち上がった、という。


 ただ、後半は真実だったとしても、前半のウワサはホントにあったことなのかわからない。



(まあ……その方がいいのかもな。正体不明のおどろおどろしいハナシになるよりは……)



 なにより、現場にいた僕ら、さらに言えば、ある程度の秘密を知っている僕とロコでさえ、あの出来事が実際なんだったのか、いまだもって1ミリも理解できていないのだ。



(自ら『代行者』を名乗るタツヒコがこうして動いたってことは、もしかすると彼も――)



 彼――ロコの『未来の夫』となるはずの少年、大月大輔は、自らを『代行者』と名乗ったわけではなかった。ただ、あまりにもタイミングが符合している。しすぎている。可能性がある。



(あとでロコとムロにも話しておかないと。しばらく注意した方がよさそうだから)



 はぁ、と溜息をつき、再び目の前に積まれたチョコレートを見つめ途方に暮れる僕だった。



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