第414話 大みそか(2) at 1995/12/31

「……」



 そんなわけで強引に連れ出された僕。

 しかし、ロコはむっつりと口を閉ざしたままだった。



「な、なんだよ、さっきは妙に上機嫌だったくせに」


「大掃除なんて面倒なこと、手伝いたくないからに決まってるでしょ、馬鹿ケンタ。はぁ……」


「理不尽すぎる」



 特に行くあてもないので、なんとなく足の向く方へと歩いているうちに、僕らは『中央公園』まで来てしまっていた。しかたなく、入り口近くにぽつんとひとつだけあるベンチに座る。




 しばらく無言のままだったが、やがてロコが口を開いた。




「ケンタでも、あたしに勝てるものがあるなんて……屈辱だわ」


「まだサッカー対決のこと根に持ってんのかよ。言ったろ? フットサルやってたんだって」


「でも、ケンタはケンタじゃん」


「お前はジャイアンか」



 まだ時刻は午後一時。

 凧揚げやゴムボール野球をやっている子どもたちの姿が見える。


 その様子をぼんやり見ながら、はた、と僕は思い出した。



「そうだ。ロコに教えておかないといけないことがあったんだ。ツッキーパパのことで」


「?」



 そこで僕は、コトセに連れられて訪れた水無月家で見た絵のことをかいつまんで話してやった。


 あの絵が発していた名状しがたい気配のようなものについて。今までツッキー一人がモデルだったのに、二人の人物が描かれていることについて。完成した絵はどこかの神社――おそらく菅原神社――に奉納されていることについて。あの絵の『リトライ者』への影響について。



 僕のハナシをすべて聞き終えたロコは、とりわけ難しい顔をしてみせると、こう言った。



「確かめてみる必要がありそうね……でも、あそこには宝物殿みたいなのってないわよ?」


「そこまでの規模じゃないからね」




 町田の『菅原神社』の歴史は意外と古く、室町時代に天神像が奉安されたことに端を発する。


 日本各地に点在し、文教の神として崇敬される天満天神の本社といえば、言うまでもなく京都の北野天満宮と福岡の大宰府天満宮であるわけで、ここはいわゆる『分家』にすぎない。が、『町田三天神』のひとつとしてもあげられる由緒正しき神社でもあった。



「メインの社殿に置いてあるんなら、もしかすると初詣の時に拝めるかもしれないな」


「………………初詣、やっぱりスミと行くの?」


「な、なんだよ……行くけどさ……」


「へ、変な誤解してない? あ、あたしは、ひとりで偵察に行くなら付き合うわよってだけで」


「おいおいおい。変なのはそっちだろ……。大体、ロコだってムロと行くんじゃないのかよ?」


「ふんっ! 余計なお世話ですー!」


「そりゃこっちのセリフだっつーの」



 やだなぁ、もう。


 そんなつもりなんてないのに、どうしても顔を合わせるとちょっとしたきっかけで口げんかになってしまう。どうして僕らはこうなのか。前世で敵同士だったりとか?



「あー。おにーちゃんおねーちゃんたちーふーふげんかしてるー」


「なかがいーほどけんかするんだってー。うちのまま、いってたもん」


「……へ?」


「だっ! 誰がコイツと夫婦だっ――」



 いつのまにか僕らの前に現れた、小学校低学年か幼稚園年長くらいの子どもたちが(なお性別は不明)寒さのあまり垂れた鼻水を拭こうともせず、鼻声で僕らのことを言いはじめた。まあ、子どもの言うことだから……と無視しようかと思ったが、かなりしつこい上に距離が近い。



「ねーねー。おねーちゃんたちー。もーきっすとかしたのー?」


「は、はぁ!? しっ、してないし! すっ、するわけないでしょ、こんなんと!」



 それが、しちゃったんだよなぁ、と思い出し、顔を赤らめていたらロコに殴られた。なぜだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る