第393話 ふたりきり、だね。 at 1995/12/23
――こん、こん。
「……!」
親父とお袋が千葉の田舎に向けて車で出発したのは昨日の晩だ。
それからもう嫌になるほど貧相な家の中を少しでもキレイに見せようとあちこち片付けまくったはずなのに、まだ最後のあがきを続けていた僕の耳に、控えめなドアのノック音が聞こえてきて、心臓が跳ね上がった。
ダッシュで玄関口まで急ぎ、ドアスコープから覗くと――当たり前のように純美子の姿が。
がちゃり。
「あ……えっと……。い、いらっしゃい、スミちゃん」
「えへへ……こんばんは。お邪魔しても……いいかな?」
「う、うん。あんまりキレイじゃなくて……ごめん」
「そんなこと――じゃ、お邪魔します」
ぱちん、とストラップを外して片方ずつ黒のおでこ靴を脱ぐ純美子。ていねいに逆向きにそろえて置くと、立ち上がった。なんというか――いつもよりすごく純美子との近さを感じる。
「ふーん、ここがケンタ君のおうちなんだねー」
「あ、えっと、こ、ここはダイニングキッチンで、夕食はここで食べてるんだ」
へたくそな不動産屋の内覧か。
どうでもいいだろ、そんなこと。
ふんふん、とうなずきながら部屋の奥へと進んで行く純美子に、あちこちつぶさに観察されているようで妙に気恥ずかしい。続く六畳間にはくすんだ緑色のカーペットが敷かれていて、壁一面タンスが並んでいる。親子三人暮らしで、そんなにタンスいるか? と自分でも思う。
「そ、その奥の四畳半が、僕と母さんの部屋なんだ。ふだんはカーテンで仕切ってるんだけど」
「今日は開けてるの? どうして?」
「え……? だ、だって……そのう……」
無邪気に尋ねて腰を下ろした純美子の素朴な質問に、思わず言葉に詰まってしまった。
「ぼ、僕の部屋って言っても、ほ、ほら、こんなだから……」
四畳半をカーテンで半分に仕切ったスペースは、驚くほど狭い。僕の部屋と言いながら、そこにベッドを置いたらもうあまるスペースなんて全然ないわけで。そのベッドの端に純美子が腰かけているものだから、余計に動揺してしまってなんと言葉にしたらいいかわからない。
「ケンタ君、いつもここで寝てるんだね。いいなー」
「え……! あ、あの……! ち、ちょっと……!」
純美子が僕のベッドの上に身を投げ出して、ごろごろとうれしそうな表情で転がっている。へ、変な臭いとかしないよな? ちゃんと着替えとか脱いだパンツとか片づけたよな? えっちな本とか置いてないよな? 上機嫌な純美子の仕草にもう落ち着かなくって気が気じゃない。
「え――えっと……ぼっ、僕、飲み物、持ってくる……」
「大丈夫。スミはいらないよ。ねえ……ケンタ君……?」
「あっ! あのっ! おおお音楽とか、ききき聞く!?」
「座って」
くいっ。
そんなに強いチカラじゃないはずなのに、純美子が僕の手をとって引いたとたん、ひざが、かくん、と折れ曲がり、へたり、とベッドの上の、純美子のすぐ隣に座ってしまった。
「……ね?」
ちちち近い。
言葉だけじゃなくって、吐息と熱と、湿度までが届く距離。
「……あ、あのね、ケンタ君? あたしね? あたし――」
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