第381話 知らない、ふたり at 1995/12/18
また新しい週がはじまった。
「おはよう、ケンタ君!」
「あ……おはよう、スミちゃん」
「……どうしたの? なんか、元気、ない?」
「あ……いやいやいや! げ、元気! 僕、すっごく元気だから!」
「ふぇ……? うふふっ、変なケンタ君!」
とまあ、ありもしない余力を総動員してやたらチカラの入ったガッツポーズをしてみせると、純美子はもちろん、まわりの連中の顔にまで笑みが浮かんだ。真っ赤になり、慌てて座る僕。
その中でただひとつだけ。
興味もなく、おもしろくもなさそうな顔をした視線だけが、ぽっかりと浮き上がって見えた。うつむき加減に座り込んだ僕がこっそり視線を上げると、その少女に向けて声がかけられた。
「ね? ね? ロコ? あ、あの……クリスマスの予定って……」
「……えっ!? あ、あー、ごめんね、ムロ。その日、予定あってさー」
「ああ……そうなのか。じゃあ……仕方ないね……」
「ホッント、ごめんっ! ち、ちょっと外せない用事でさ、家の――」
「いいって! でも、プレゼントは受け取ってくれるよね? 期待してて!」
あはははー……、と気まずそうに笑い返し、それから、一切の感情を排した冷たい目で、盗み見ている僕の視線をロコが跳ね返す。さすがの僕でも、慌てて顔をそむけたほどだった。
(やっぱ……怒ってるよな……。どうにかしたいんだけど……)
そう思ってから――ふと、思うのだ。
(……待てよ? ロコはもう、ムロと幸せになる未来を手にするんだし、それこそ余計な――)
いやいやいや! と慌てて首を振る。
確かにロコの『リトライ』の目的がそれだったとしても、僕たちはこの一年間が終われば、再び一緒に元の時間軸へと戻ることになる、いわば一心同体の仲なのだ。できるかぎり連絡をとれるようなカンケイであることが大事なはずだ。それに、ツッキーパパの件を話せていない。
土曜日の、二人きりの『リトライ者会議』で、コトセは僕にこう告げた。
『例の絵だが……徐々にアウトラインができあがってきたようだ。だが、どこか妙なのでな?』
「……妙、とは?」
『ずっとパパは、私――いいや、琴世の絵を描いてきた、と話していたよな?』
「うん。そう聞いたよ」
『二人、いるのだ。なぜか、な』
「……二人? まだ下書き段階だから、構図に迷っている、とかじゃないのか?」
まだ実は、完成した絵を一度も目にしたことがない僕らだったが、ツッキー=コトセより油絵だということは聞いていた。であれば、途中から描き直すことや、急な方向転換をすることだって、さほど珍しくはないのかもしれない。かの巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチでさえ、名画『モナリザ』の下に三層の下絵を残していたというじゃないか――そう僕は思ったのだ。
『……かもしれんし、そうではないのかもしれん。いずれにせよ、もう少しでわかると思うぞ』
(琴ちゃんの、哀しい時も、苦しい時も、すべてを描いてるんだ――)
そうツッキーパパ――水無月笙さんは語っていたはずだ。
だとすれば、二人の少女がいるというその構図にも、何か別の意味があるのかもしれない。
(二人の少女……ひょっとしてそれは、琴世とコトセ? やっぱり……笙さんは『リトライ者』なのか? でも、それならば、僕がスマホを出した時になんらかの反応を見せたはずだ……)
彼とは、一度じっくり話してみる必要があるのかもしれない。
だが問題は、中身は四〇男であっても、見た目はそこいらへんにいる中学生だということである。
その時だ。
急に興奮した様子で渋田は駆け寄ってくるなりこう告げた。
「ね? ね? クリスマスに『電算論理研究部』のみんなでパーティーをしないかって。どう?」
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