第379話 男の顔は女に叩かれるためにある at 1995/12/15

「じゃ、そろそろモモは帰るね。ロコたちも帰んなよ? いきなり浮気とか、マジやばいゾ♪」



 意味深な小悪魔めいた微笑みを浮かべると、桃月がひと足先に女子更衣室を出て行く。






 しばらくは声も出なかった僕らだったが、






「どう……なってるの……?」



 老婆のごとく皺枯れたかすれ声で、ロコがようやくそれだけを口にした。


 そのひとりごとのようなセリフに、僕は応じる。

 やはり、声が思うように出てこない。



「例のスマホアプリ『DDR』からのメッセージには、『強制リセットを実行する』と書かれていたんだ。原因はきっと……ロコが『』を話してしまったからだと思う。そして、僕らが『』ことについても――」



 あの会話がはじまってから異変が起きたのだ。

 他の可能性だって決してゼロではなかったけれど、そう考えるのがもっとも自然だ。



「き、『強制リセット』って何! どういうこと!?」


「怒鳴るなよ! 僕にだってわかるはずないだろ!?」



 喧嘩腰のロコの口調に、つい、僕もムキになって怒鳴り返す。混乱しているのはお互い様だ。それに、ロコがあんなことを言い出さなければ、こんな異常事態にはならなかったはずなのだ。



「なんで、桃月にあんなことをしゃべったんだよ!? 桃月の身に、この先起こりうることなんて、絶対に口にするべきじゃなかったんだ! たとえそれが真実だったとしてもさ――!?」


「だって、ホントのことじゃんか! それを言わなきゃ、あたし、どうみても悪者じゃない!」


「……桃月が、室生のことを好きだって知ってたんだな?」


「当たり前でしょ!?」



 ロコはそう叫び返してから、苦しそうに表情をゆがめる。

 目元には光るものがあった。



「だって、モモはあたしの……。そう、あたしの親友子……だから! 傷つけたくなかったの、傷つけたくなかったのよ! こんなことになるなんて……こんな……こんな……!」


「だから、か――」



 僕はようやくロコの考えていたことをほんの少し理解できた気がしていた。



「――だからロコは、何を言われても何をされても、どんな仕打ちを受けたって、それを否定したり、言い返したり、誰かに助けを求めたりしなかったんだな? 自分が耐えればいいって」



 ロコと桃月が反目しはじめたのが校外活動で鎌倉へ行った頃からだとすると、多かれ少なかれすでに五ヶ月半、実に半年近くもそんなゆがんだ状態が続いていたことになる。最終的な引鉄ひきがねになってしまったのは、『西中まつり』の舞台直前の『センター交代劇』だろう。それですら、もう三ヶ月も前のできごとだった。



 どうして僕は気づけなかったんだろう。


 自分のことばかりだ。河東純美子とのカンケイを発展させること、部活の仲間との絆を深めること、小山田や室生たちとの勝負に夢中になっていたあまり、まったく見えてなかったのだ。




 ロコは、――。




「……ねぇ?」



 すぐ目の前にロコが立っていた。


 今まで見たこともないほど、不機嫌そうで、気が立っていて、ぴりついた表情をしたロコが。






 ――ぱしぃん!!






「……あたし、言ったよね? 、って? なのに……どうしてこんなことするのよ!? ケンタなんかにそんな権利なんてないんだから! 自分だって『過去』を利用してるんじゃない!? ずっと大好きだった純美子と付き合えてるんじゃない!? 違う!?」



 僕は何も――何ひとつ言い返すことができず、去っていくロコの背中を見つめるだけだった。



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