第368話 蛙は池の水を飲み干さない at 1995/12/8
「おい……! てめぇ、まさか……!!」
「ち、違う、違うよ!? 僕ちゃんが、モモちんのそんな写真撮るわけないじゃんか……?」
教室の隅に追い詰められ、卑屈な笑みを浮かべて懸命に両手を振って否定するのは吉川だ。
部員としての籍こそないものの、我が校写真部の部長じきじきに乞われて名誉顧問として迎え入れられ、影のコーチ兼裏の顧問として後進の指導に当たっている、それが『エロマスター・吉川』の隠されたもうひとつの姿なのである。トンデモ設定だが、事実なのでしかたない。
「だ、大体、もし撮るんだったら、もっとかわいくてとびきりエロい写真にするってば!!」
「おま――っ!? ……はぁ、まあ、それもそうか」
納得すんのかよ……。
なぜだか小山田が暴走した時のストッパー役でひっぱり出された僕は、二人の真剣なんだか不真面目なんだかよくわからないやりとりに付き合わされている真っ最中なのであった。
「まあ、
うわ、語りはじめた!
「モモちんのセクシーアピールポイントは、実はEカップだとも言われているお胸ではなくってですね。なんとなんと! 敏感でセクシーな背中なのですよ! そこを撮らないなんて――」
「あー! わかった! わかったって! も、もういい! それ以上しゃべるな、カエルッ!」
「他にもですよ? ちょっと油断とスキの感じられるひざ裏なんて……くぅうううっ! あ、もちろんですね? モモちんは脇もキレイですべすべしてましてね? これが、またッ――!」
「ひ、ひざ裏? 脇? ……て、てめぇ! いい加減にしねぇとぶち殺すぞ、ゴルァアアア!」
もう小山田は顔どころか頭頂部から何から真っ赤になって暴れはじめた。ようするにそっち方面に関しては、ウブでシャイな純朴中学生なのである。対して、吉川はというと……これはこのまま放置しておくと、将来が不安でしかたない。頭の中は、もう隅から隅までエロなのだ。
取っ組み合いの、というよりは一方的な蹂躙がはじまりそうな一触即発の状況に慌てて割って入った僕は、なんとか荒ぶる小山田を取り押さえながら、自称・プロの吉川に聞いてみる。
「でさ……? そのプロ目線で見ると、この写真を撮ったのって、どんな奴だと思う、
「んーそーだねぇー……あ、いい機会だから言っておくと、僕ちんのことはカエルでいいよん」
元々、僕ちんはモリケンのこと嫌いじゃないからねぇ、と吉川は屈託なく笑いながら続ける。
「僕ちんから見ると……うん。まず、この写真を撮った奴は男子じゃないよん」
「……どうしてわかるんだい? あ、い、いや、疑ってるとかそういうんじゃなくて――」
「わかるわかる。でもね? 僕ちんには伝わっちゃうの。これはエロく見せかけた
げ、芸術……とは?
「男子が求めるエロじゃないの、これはね。他の写真も似たようなモノなんでしょ? 下着モロの奴。……そうじゃないんだ、男子の欲しがるエロってのはさ。見えそうで見えない、そこなの。ただ裸で下着着てればいいんだったら、お袋の持ってる通販カタログでも見たらいいじゃん?」
「ディ、ディノスとか、べ、ベルメゾンとかってこと……?」
「そーそー! あんなのの下着コーナーで満足できちゃうじゃん? でも、実際にはあれじゃ満足できないよね? ……ま、あれはあれで、別の使い道があるんだけど。それは置いといて」
どんな使い道なんだよ……怖くて聞けないんですが。
「つまり、同じ盗撮でも、使い道が違うんだ、ってことね。これは撮った自分の欲求を満たすためのものじゃなくて、撮られる側の願望をカタチにしてあげたものだって。キレイに撮って欲しい、もっと見て欲しい、もっとちやほやしてほしい……そんな願いがこもっているのさ」
「お、おい! じゃあ、何か?」
そこで慌てたように口をはさんだのは小山田だ。
「それじゃあまるで、モモがこれを撮って欲しくって撮ってもらったみてぇじゃねえか!」
「ぐ……っ! ぐるし……っ! そ、そんな可能性もあるってことだってば、ダッチ!?」
しかたないので再度僕は二人の間に入って、吉川を救出した。
吉川は済まなそうに続ける。
「と、撮った時はそうだったんだって、きっと。でも、撮った奴が裏切ったのかもしれないってハ・ナ・シ」
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