第203話 おしごとはじめ at 1995/9/5

 二学期最初の今週は、生徒たちの――もしかすると先生たちも含むのかもしれないが――休みボケ対策なのか軒並み授業時間が削られていて、その分、別のことに時間を費やす週らしい。



 西町田中学校文化祭、通称『西中まつり』は、毎年『敬老の日』、一日限りで開催される。


 普段から娯楽に乏しい団地住民たち、特に小さい子どもを持つ家庭にとっては、期待に胸ふくらませて寝れずに待つほどではないにしろ、そこそこ楽しめるイベントとして親しまれていた。


 なにしろ、タダ、なのである。

 まあ、当たり前なんだけど。


 なかでも、体育系・文科系問わず、各部活動が主催するさまざまな出し物が人気だ。ウチの中学は、やむを得ない理由がない限り、必ずいずれかの部活動に所属しなければならない、という暗黙のルールがある。きっちり校則で定められているわけではなかったが、実態はそうだ。


 その反動からなのか、逆にクラスごとの出し物は、主に学習成果や課外活動の展示レベルに留まっていた。なんとも味気ないが、こちらはこちらで普段忙しくて目にする機会が少ない我が子の成長を見られる場として、共働き家庭が多い団地族の親たちにはウケがよろしいらしい。



「さて、と――」



 昨日はほぼHRのみで帰宅となったので、実質今日が授業再開初日だったわけだ。ややくたびれたようにも見える部員たちの顔を一通り眺め終えた僕は、ひと呼吸おいてこう切り出した。



「いよいよ来週が本番だ。……けど、はじめに残念なお知らせをしておく」



 わざともったいぶった言い方をしてみせたものの、予想に反してリアクションが薄い。



「ええと……僕たちが使う予定の視聴覚室だけれど、ギリギリの前日まで授業で使うみたいだ」


「ということは……そこまで待たないと準備にとりかかれない、ってことだよね。うーん……」


「一応、最後の授業が前の日の二時間目らしいから、長休みからは自由にしていいってことだ」


「長休みから、ったって……十五分ぽっちじゃなーんにもできないんじゃない?」


「いやいや、サトチン。その『ぽっち』の時間も有効に使うさ。資材搬入くらいはできるから」


「我々は人的数量で、他の部より劣っていますからね。僕も古ノ森リーダーの意見に賛成です」


「ぜ、全員同じクラスで良かったですよね。集まる手間がないんですもん」


「そ、そこだけは……有利なのかも。で、でも……男子四人だけだから……あ、あたしたちも……」


「いや、それはダメだ、ツッキー。特にツッキーには無理させたくない」



 僕が言うと、水無月さんは不満そうに頬をふくらませたが、残る四人は皆うなずいた。その様子を順番に見つめる水無月さんの眉根は険しかったが、咲都子になだめられて溜息をついた。



「ツッキーの気持ちはうれしーけどさ。無理はダメだって。力仕事は男どもにお任せしましょ」


「あれ……? でも、サトチンは運ぶ係じゃないの?」


「あぁん!? なんでよ?」


「いやだってほら。ひ弱な僕らよりよっぽど男らし――ぐふっ!」



 だらん、と咲都子の拳の先で脱力した渋田にはさして目もくれず、皆は僕に視線を戻した。



「なんか些細なアクシデントがあった気がするけど……さておき、段取りを再確認しておこう」



 怖い怖い。まだぐんにゃりしたままの渋田の容態もさることながら、次第に慣れっこになってきた他の連中もどうかしてる。あと咲都子。お前の相方、百舌鳥もず早贄はやにえみたいになってるぞ。



「来週の水曜までは、視聴覚室に一時的に入ることはできてもそのまま置いてくることはできないから、基本的には今までどおり部室で準備作業を続けることになる。完成した物も作業途中の物も、ここか荻島センセイに許可をもらった理科準備室に置くことになるから。いいね?」


「どちらに何を置くかは決めていますか、古ノ森リーダー?」


「うーん……そこまで厳密に考えてはいなかったけれど……」



 僕は五十嵐君の質問にしばし考えてからこう答えた。



「理科準備室の方は、あくまで仮の置き場所だ、って考えよっか。フツーに授業で使うから」


「こ、壊されでもしたらマズいですもんね……」


「いやいや。さすがにそれはないっしょ、かえでちゃん。そんなの、超ヤバい奴じゃんかー」




 そう――この時の僕らは、そんな『超ヤバい奴』がいるだなんて想像すらしてなかったのだ。



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