第166話 『電算論理研究部』、奔走す(1) at 1995/8/1

「おはよー。……早いね、みんな」



 今日は火曜日だ。


 さすがに夏合宿の疲れもあるだろうし、昨日の月曜日は完全オフにしたのだ。とはいえ、兼部メンバーである純美子やロコは、それぞれテニス部と体操部で登校していたはずである。



 我ら『電算論理研究部』の決して広くはない部室には、その二人を除いた正規部員六名が僕より早く登校していて、早速、ああでもない、こうでもない、と盛んにやりとりをしていた。



「あ、おはよー。って、ちょっと聞いてよ、モリケン!」


「わーわーわー! ちょっとっ!? モリケンを味方にしようったってそうはいかないわよ!」


「うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp」



 あー。

 あいかわらず仲良いなあ、この夫婦ドツキ漫才。


 とか羨ましがったり感心している場合でもないみたいだから、一応割って入ることにする僕。



「早速なにを揉めてるんだよ、もう……。っていうか、とりあえず僕に話してみろって」


「「聞いてよ!?」」


「……悪いんだけど、一人ずつで頼む」



 シンクロ率一〇〇パーセント。

 ホント、お似合いの二人だわ。


 なお、先攻・後攻は、武力の圧倒的差で咲都子が勝った模様。

 シブチン……腹筋鍛えとけよ。



「模造紙の件、コイツはどうしてもいるって聞かないのよ。……ん? あたし? あたしはモリケンと同じく、わら半紙賛成派。あれならいくらでも手に入るし、立体物だって作れるもの」


「痛たたた……って! それは、サトチンが一人で作るっていう、衣装の生地を買う費用に回したいからじゃん! いくらなんでも、強引すぎるって! ちゃんと予定していたとおり――」



 僕は興奮している渋田をなだめつつ、とぼけた顔つきでそっぽを向いている咲都子に尋ねた。



「ち、ちょっと待ってくれ! 、ってなんの話だ? そんなの予定になかったじゃないか」


「あー……言い忘れてたかも。うっかりしてたわー。今、説明する。部長、いい?」



 こいつ……抜け抜けと。


 けれど、怒るよりは、何が出てくるのか楽しみでワクワクしている僕がいたのも事実。むすり、と不機嫌さを装った僕の顔を見つめ、まるで心のうちを読みとったように咲都子は笑った。



「より参加者を、あたしたちの創った世界にいるかのように錯覚させるには、ガイドが必要だなって思ったの。その創られた世界からやって来たガイドってわけ。ちょっと面白くない?」


「うんうん」


「そうすればさ、参加者を誘導することもできるし、危ない行動を止めることだってできると思うんだ。でも、そのためにはガイドの衣装もそれっぽくしないと興ざめしちゃうじゃんか?」


「なるほど、ね――」



 以前クラスの出し物でお化け屋敷をやった時には、進むべき方向がわからなくなった先輩男子たちに、段ボールと机で作った壁を破壊され、めちゃくちゃにされてしまったことがある。


 加えて、荻島センセイから出された「宿題」の「盗難と破損の対策」の一つとしても提示できそうな案だ。咲都子のアイディアから思わぬ手がかりを得て、納得を通り越して感心してしまった。



「確かになんのヒントもないと、こっちが予想してない行動をされちゃう可能性もあるよな……。それに、僕らは元々参加者全員に最後まで辿り着いて欲しいんだし。いいな、それは!」


「でしょ?」


「い、いや! モリケン! でもさ! でもだよ!?」



 面喰った渋田は、咲都子の手元からラフスケッチらしきものを奪い取って僕に見せつけた。



「その衣装、着るの、僕とサトチンなんだよ!?」


「……え」


「なによ、文句あんの? あたしたち『電算論理研究部』の出し物を盛り上げるためでしょ?」



 ……そういうことか。


 ようやく渋田が必死で制止しようとしている理由がわかった。要するに、僕たちの出し物の「キャスト」を咲都子と渋田の二人でやりたい、ということらしい。色鉛筆でざっくりと描かれた扮装を見るに、設定は近未来。


 でも、渋田はノリ気じゃないわけで。



「サ……サトチンと一緒なのは嬉しいけど! 僕ぅ、こういうのニガテなんだってばー!!」



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