第157話 僕らの『がっしゅく!』三日目(ちょっと寄り道(復路)) at 1995/7/29
――どくん、どくん。
あの日、純美子への告白に失敗したあの日の夜、自転車の荷台に乗せられた僕を、中学二年生というこの『現実世界』とつなぎとめていてくれた、ロコの鼓動が同じ速度で伝わってくる。
――どくん、どくん。
「……ダーメ。もっと、ぎゅっとして。じゃないと、恋人同士じゃないってバレちゃうじゃん」
僕の左耳に、ロコの熱い吐息と甘い囁きが流れ込んでくる。声を潜めているせいか、いつものロコとは違う、甘えたような、とろけたような声。また腕にチカラがこもり、僕らのカラダとカラダは紙一枚の隙間もないほど、ぴったりと密着する。応じるように僕も抱きしめ返した。
「あっ……。こーら、ケンタ、苦しいってば。そうじゃなくってぇ……こう。……わかった?」
僕はただ機械的にうなずくことしかできない。震えるような囁き声も、やわらかでしなやかなカラダも、薄桃色に染まっていく頬から首筋にかけてのラインも、すべてが夢のようで――。
と、次の瞬間。
どんっっっっっ!
「い、いつまでくっついてんのよ、馬鹿ケンタっ! もう行っちゃったから離れても大丈夫って、さっきから何度も言ってるじゃん!? あーあー、やだやだ! やっぱえっちじゃんか!」
「い、いててて……。何も突き飛ばさなくったって……」
ロコの渾身の一撃で無様に尻餅をついてしまった僕は、痛むお尻をさすりながら済まなそうに頭を下げるしかなかった。でも、いつの間に? 声なんて全然気づかなかったんだけど……。
「ほ、ほら! 今のうちに出なきゃ! いつまでも帰ってこないって、みんなに怒られるよ!」
「……自分から寄り道したくせに。ったく」
「な・ん・か・お・っ・し・ゃ・い・ま・し・た・ー・?」
「いっ! 言ってない言ってない! うんうん、行こう!」
僕らは慌てて逃げ出すように入園口を飛び出していく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ロコちゃん、たっだいま帰りましたーっと!」
「え、えっと……ただいまー。お、遅くなってごめ――」
ドアを開けるや否や、ロコは平然と明るくそう言い放ったのだけれど、僕の方は罪悪感があまりに強すぎて、とてもそんな気分にはなれなかった。と、横合いから手が伸び引っ張られる。
「え? え? な、なに? ス、スミちゃん……?」
「……ぶぅー」
「ちょ……ど、どうして怒ってるのさ? そんなにふくれて……痛っ!」
「あ・や・し・い・! 二人っきりでこんな時間になるまで、何してたのー?」
「な、何って……な、なんにも……痛っ!」
声こそ可愛らしく他のメンバーに聞こえないように潜めてもいたものの、とにかく圧が物凄い。うつむく僕の顔を、光を失ったジト目で下から覗きこみ、しきりに脇腹を細い指でつんつんしながら問い
「ふーん……ロコちゃん、可愛いもんねー。なんたって、学年ナンバーワンの美少女だしねー」
「はぁ!? い、いやいやいやいや! ロ、ロコだよ? あるわけないじゃん! ……痛っ!」
「本当にそうかなぁー? そうなのかなぁー? 何もなかった、って言い切れるのかなぁー?」
「ち、誓って! 誓う! 目当ての品が見つからなくって、あちこち探し回ってたんだって!」
ずびしっ! とみたび繰り出された純美子の手を優しく絡めとり、自分の胸にぴたっと押し当てると、誓いの言葉を述べるかのように僕は右手をかかげ、純美子の瞳をみつめながら宣言した。すると、たちまち純美子の、私、怒ってます! の顔が、ふにゃり、ととろけてしまう。
「ふ、ふぇっ!? ゆ……許し……ますっ! わ……わかった、からっ……! も、もう……」
「ふぅ、よかった……。って! 大丈夫、スミちゃん!? 顔がゆでだこみたいに……痛っ!」
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