第150話 夜話 ~フロム・バスルーム~ at 1995/7/28

「中学生相手でも、意外と通用するもんなんだなぁ、会社時代につちかったテクニックって……」



 はたから見ると、さぞや不思議で滑稽こっけいな光景だったに違いない。なぜなら、そんないっぱしの口をきいている者こそが、今彼自身が口にした『中学生』にしか見えなかったのだから。



「にしても、おもしろいことを思いつくよなぁー! ま、作れるかどうかは二の次、だからか」



 もうもうと湯気の立ち昇るごつごつとした岩に囲まれた湯船に肩までつかりながら――聞けばpH値8.6のアルカリ性単純泉とのこと――目隠しを兼ねたかやぶき屋根の隙間からのぞく星々のきらめく夜空を見上げているのは古ノ森健太、『電算論理研究部』の部長である。



「ブレスト、だなんてひさしぶりだったけど、楽しいって思えたのは今日がはじめかもな……」



 会社いた頃は、ブレストとは名ばかりの、浮ついた思いつきをこっぴどくこき下ろし、確実で堅実なプランを作るための、息苦しく、目新しさなどカケラもない会議でしかなかった。要は、上のご機嫌をうまくうかがっていかにすばやく優等生的模範回答ができるか、それだけだ。



「まー、それをこの後うまくまとめるのが一番大変なんだけどね、っと!」



 ざぶり、と音を立てて立ち上がり、かたわらに絞って置いておいたタオルを手に、洗い場の方へと向かっていく。ピンク色に染まったカラダはじゅうぶん暖まった証拠だ。がらがらとガラス戸を開け、目当ての場所へと進んで行く。しゃれたタイルの床が少しひんやりと感じる。



「~~♪」



 今日の話し合いでは、ブレイン・ストーミングで重要な三つのステップのうち、ふたつまでがクリアできた。明日の会議で最後の3ステップ目をこなせば、この合宿の目的は達成となる。



 ここで「ブレイン・ストーミング」を知らない人にもわかるように説明しておくとしよう。



 ブレイン・ストーミングとは、集団思考、課題抽出ともいわれる会議方法のひとつだ。会議の参加者それぞれがアイディアを出し合うことによって生まれる相互刺激や、自由で柔軟な発想を期待することができる。一見すると、言いっ放しの無責任な意見が飛び交う一方的なヒアリングにも見えるがそうではない。ここで重要なのは、積極的なアイディア出しと、それを分類して整理することと、そして最後に、プラン実現へ向けての行動方針を決めることだ。


 アイディア出しのステップでは、それぞれの発言者に、自身のアイディアの概要を説明――つまりプレゼンテーションをしてもらった。ここで肝心なのは、その善し悪しを決めるのではない、ということだ。数多くアイディアを出してもらい、決して否定はしない。ここはどうなってるの? そうするとどうなるの? そうやって発言者からより多くの情報を引き出すのだ。


 次に続く、分類・整理のステップでは、前のステップで出てきたアイディアが、最終的なゴールに対してどのような役割を果たすか、それを念頭にグループ分けしていく。僕があらかじめみんなに与えた最終的なゴールは、文化祭の出し物で「電算論理研究部を理解してもらうこと」である。なので、「」「」「」の三つで分類・整理をしていった。


 最後の、行動方針を決定するステップは明日に繰り越すことにしたのだけれど、今日出てきた分類・整理されたアイディアをひとつのプランにまとめ上げ、それを実現するためにどのように、どういう方法で、どういった体制で、どれくらいのスケジュールで進めていくかを決めるいわゆるロードマップ作りとなる。これさえ完成すれば、あとはひたすら手を動かすだけだ。



(なんだかちっちゃな会社みたいだな……。でも、無理は禁物だ。だって僕らは――)



 あくまで中学生なのだ、ということを忘れちゃいけない。


 文化祭の出し物は、仕事なんかじゃないのだ。この準備自体も楽しめて、中学生らしい日々もそれ以上に楽しめないといけない。



(なんたって、男らしくなりたい奴と、人間らしさを知りたいって奴がいるんだもんな。はははっ、こいつはすっごく大変で、とっても楽しい夏休みになりそうだぞ、古ノ森健太!)



 やたら高級そうなボディソープでごしごし磨き上げたカラダに、さささ、と熱めのシャワーを浴びて、もこもこの白い泡を洗い流していく。アルカリ温泉の効果でやたらすべすべだ。



「さーってと。明日はなにして楽しむかなぁー! やっぱ、合宿といったら……アレだな!」



 じゃんけんに負け、古ノ森健太は一人ほくそ笑むのであった。



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